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在宅医療を支える組織づくり──“チームアプローチ”で地域を守る診療所の実践|医療法人社団いばらき会 理事長 照沼 秀也先生

在宅医療を支える組織づくり──“チームアプローチ”で地域を守る診療所の実践|医療法人社団いばらき会 理事長 照沼 秀也先生

開業以来約30年、地域医療を支えてきた医療法人社団いばらき会。理事長の照沼秀也先生は、「老人医療はチームアプローチ」という、老人の専門医療を考える会の天本先生の教えを大切に、多職種が力を発揮できる組織づくりを続けてこられました。
本記事では、複数拠点の運営に込めた思いや、多職種連携によって支えられる在宅医療の実践、そして組織運営において大切にしている価値観について詳しく伺いました。

医療法人社団いばらき会 理事長 照沼 秀也先生 プロフィール

1986年浜松医科大学を卒業し、同年に浜松医科大学第2外科へ入局。
翌年(1987年)より国立東静病院(現静岡医療センター)外科に出張し、
その後大学に戻り第2外科の浜松医科大学大学院入学し、大腸癌におけるC-KI-ras遺伝子と悪性度の関係をレポート。
その後、父が理事長を務める医療法人綾和会に参加し老人の専門医療を考える会、介護力強化病院連絡協議会に参加、厚労省科学研究のケアプランに関する研究に参加。
1997年にいばらき診療所を開設,その後医療法人社団いばらき会理事長として在宅勤務に携わる。

複数分院の運営管理──地域に根ざした拠点づくり

ーー現在、茨城県内で5つの診療所を運営されていると伺いました。多拠点展開を進められた背景について教えてください。

最初から「拠点を増やそう」と思っていたわけではありません。診療を続けていくうちに、自然と診療範囲が広がっていきました。移動が大変になってきたため、「車で10〜15分のところにもう一つ拠点があれば便利だな」と考えて新たな診療所を開設しました。すると、また少し離れた地域にも患者さんが増え、同じように必要に応じて拠点が増えていきました。
そのように進めていった結果、現在では水戸から日立までをカバーする5つの拠点で診療を行っています。

ーー各拠点はどのような方針で運営されているのでしょうか。

開設当初から「こういう方針でやっていこう」という明確なものを定めていたわけではありません。最初に来てくださった患者さんを大切にし、そこからまた新しい患者さんが少しずつ増えていく——その積み重ねの結果が、今の診療所の形です。
目の前の患者さんを大切にし、信頼関係を築く。それに尽きると思っています。

ーー訪問診療以外に、外来もされていると伺いました。両立は大変ではありませんか?

うちの外来は“地域へのファンサービス”のようなイメージです。遠くの病院まで通うのが難しい方に薬を処方したり、糖尿病のフォローだったり、訪問診療の患者さんのご家族だったり、顔なじみの方々が来る外来です。
不特定多数の患者さんがたくさん来るような外来ではなく、「地域の人を支えるために開いている」という位置づけですね。

訪問診療と外来の両立で、忙しい日々を送っているのは事実です。特に茨城は医師が少ない地域でもあり、私自身、今でも研修医のような働き方を続けています(笑)。たとえば午前中の外来だけで80名を診察し、午後は訪問診療で平均10名を回り、その後インフルエンザの予防接種を40名ほど行い、夜は会議……という日もあります。
大変ではありますが、それでも地域の方々が必要としてくださる限り、できるだけ応えていきたいと思っています。

“チームアプローチ”で在宅医療の質を高める

ーー在宅医療では、医師・看護師・管理栄養士・介護職・リハスタッフなど多様な職種が関わり合いながら医療を支えているかと思います。多職種連携の重要性については、どのようにお考えでしょうか。

在宅医療は、一人の医師だけでは支えることができません。継続的に地域の医療を守るには、職種ごとの専門性が補い合う「チーム」としての体制が欠かせません。
この考え方は、私が長く関わってきた「老人の専門医療を考える会」の創設者である天本先生の教えです。天本先生は常に「老人医療はチームアプローチだ」とおっしゃっていて、その言葉が今も私の基盤になっています。
野球に例えるなら、医師はキャプテンのような存在ですが、キャプテンだけでは試合は成り立ちません。ピッチャー、キャッチャー、内野、外野……それぞれが役割を担い、一つのチームとして動くことで初めて在宅医療が成り立ちます。
そのため、開業してすぐに取り組んだのが、必要な職種をそろえていくことでした。中でも管理栄養士の配置は、今振り返っても本当に良い判断でした。
最初は看護師が中心でしたが、「高齢者医療では栄養が要だ」と考え、20年ほど前に管理栄養士さんに来てもらいました。栄養状態が維持できれば、病状のコントロールもしやすくなり、薬の影響も安定し、結果として生活の質も保ちやすくなります。高齢者医療の根底には「食事」があると、今でも強く感じています。

ーー多職種連携を実践される中で、いばらき会ではMSW(医療ソーシャルワーカー)も訪問に同行されると伺いました。MSWと訪問同行することで組織としてどのような効果が得られているのでしょうか。

患者さんは、どうしてもお医者さんには話しづらいと感じることがあります。でも、MSWが一緒に来てくれると、「いつも一緒に来てくれるあの人に話しておこう」という気持ちになるようで、そこからいろんな情報が得られます。
例えば「お腹が痛かった」とか「このあいだめまいがしていた」といった、日常の小さな変化ですね。そういった情報を集めることで、次回の訪問時に医師から「この前めまいしていたけど良くなった?」と聞くことができます。そうすると、「良くなったんですよ」とご家族が話し始めたりする。そうした会話のきっかけをつくってくれるのがMSWの大きな役割です。
MSWは犬や猫の名前まで覚えてくれているんです。そういうやり取りの中で、ご本人もご家族も安心して話しやすくなる。難しい理屈ではありませんが、在宅医療で私が大切にしている“家族の一員として寄り添う”という姿勢を、MSWはまさに体現してくれていると思います。

地域全体でつくる「24時間365日の支援体制」

ーー地域の総合病院や介護事業者との連携はどのように維持されていますか。

在宅医療は、診療所だけで完結できるものではなく、地域全体で支えることが欠かせません。そのため、できるだけ“顔の見える関係”を大切にしてきました。近隣の病院の先生方と、日頃からちょくちょく顔を合わせ、気軽に相談し合える関係性をつくるようにしています。
中でも、日立総合病院は600床規模の基幹病院で、私たちが在宅医療を行ううえで大きな支えになっています。院長の渡辺先生は、毎年必ず当院に来てくださるんです。私たちももちろんご挨拶に伺いますが、院長先生自ら足を運んでくださるのは本当にありがたいことです。
院長先生が診療所と良い関係を築いてくださると、他の先生方にもその雰囲気が伝わり、自然と地域ぐるみで協力体制が整っていき、緊急時の支援体制にもつながると考えています。

スタッフの学びと成長を支える組織運営をめざして

ーー理事長として、組織づくりの中で大切にされていることを教えてください。

医師は医療を、介護職は介護を、サービス担当者はサービスを——専門分野で最大限に力を発揮してもらえる環境を整えることを大切にしています。
今はオンライン勉強会や学会参加を積極的に推奨しており、スタッフ一人ひとりが主体的に学び続けられる環境づくりを心がけています。大学院に進学したり、修士を取得したり、特定行為の研修を受けたり。そうしたキャリア形成を診療所として支援しています。

キャリアパスはスタッフ自身が考えるものですが、診療所としては「学びたい」という思いを大切にし、経済的負担がかからないよう研修費のサポートをしたり、休みを自由に取得できるようにしたり、学会参加は出勤扱いにしたりなど、できる限りの後押しをしています。
また、学んだ内容は職場に持ち帰って共有し、チーム全体の成長につなげています。最近では訪問看護師の間で「爪のケア」の講習が流行っていて、うちの患者さんはみんな爪がきれいなんですよ。

ーーありがとうございます。最後に、組織運営において特に大事にされている価値観があれば教えてください。

一番大事なのは「親身」になることです。いつもスタッフには「感性」の世界を大事にしていこうと伝えています。いばらき会の経営方針をまとめた冊子があり、毎日1ページずつ読んでもらっているのですが、その最初のページには「気の充実が大事」と書いてあります。
ちょっとしたことで家族でも仲が悪くなるように、人間関係は「感情」で変わるものですし、医療も理屈や理論だけで成り立つものではありません。地域のお地蔵さんや仏像が何百年も大切にされてきたように、医療もまた、人の思いや感性によって支えられてきたと感じています。
そして私は、医療と経営はよく似ていると思っています。本田宗一郎さんの「経営とは成功と失敗の経験学である」という言葉を大事にしているのですが、まさに経営は学歴や学問ではなく、経験の積み重ねで育つものです。
医者も同じで、患者さんとの関係をどう築くかが大切で、失敗も試行錯誤もあります。その経験を積み重ねていくことで、より良い診療につながるのだと考えています。

この記事を書いた人

一坊寺 唯

医療ライター・コンテンツディレクター/Cuddle Writing(カドルライティング)代表。大学卒業後、ヘルスケア関連企業にて企画職に従事。2019年にフリーランスWebライターとして独立し、医療・健康ジャンルを中心に多数メディアの記事制作を手がける。「信頼できる医療・健康情報を通じて、ヘルスリテラシーを向上させる」というミッションのもと、医療系記事制作チームCuddle Writingを運営。

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