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海外の在宅医療 第8回|イタリア地域包括ケアと緩和ケアネットワーク|日本福祉大学 社会福祉学部 教授|篠田 道子 先生

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海外の在宅医療 第8回|イタリア地域包括ケアと緩和ケアネットワーク|日本福祉大学 社会福祉学部 教授|篠田 道子 先生

イタリアは麻薬性鎮痛剤の使用を規制していた過去があること、死をタブー視する国民性から、死を迎える場所は自宅ではなく、ホスピスなど専用の場所であるべきという考え方が強かった。しかし、イタリア政府は2010年以降、緩和ケアの充実に舵を切り、家庭医や在宅サービス事業所とネットワークを形成することで、自宅での看取りを面で支える仕組みを構築する政策を打ち出した。
今回は、イタリアを代表するベンティヴォリオ・ホスピスの概要と、地域包括ケアの一貫して取り組んでいる、AUSLボローニャの在宅緩和ケアネットワークを紹介する。

日本福祉大学 社会福祉学部 教授
篠田 道子 先生

筑波大学大学院教育研究科修了。病院勤務、民間企業を経て日本福祉大学社会福祉学部赴任。2008年日本福祉大学社会福祉学部教授(現在に至る)。2011年から1年間は慶応義塾大学大学院経営管理研究科で、訪問教授としてケースメソッド教授法を学ぶ。主な研究テーマは、医療・福祉マネジメント、終末期ケア、ケースメソッド教授法、フランス・イタリアの医療・看護・介護制度と人材育成

1.イタリア緩和ケアの概要‐ホスピスでの看取りを希望‐

前回インタビューを紹介したベテラン家庭医であるF医師によれば、「イタリア人は死をタブー視する傾向が強く、死のことは考えたくない、考えない人が多く、死が生活から切り離されている」と指摘している。さらに、「多くのイタリア人は、死を迎える場所は自宅ではなく、専用の場所(ホスピス)でなければならないと思っている」と語っていた。

緩和ケアが遅れた原因として、1990年の大統領令「麻薬・向精神薬の規制とそれら薬剤への依存状態の予防・治療・リハビリに関する規定」が指摘されている。この法律は、麻薬性鎮痛剤の使用に対して規制をするものであった。そのため、イタリア人は麻薬性鎮痛剤に対する警戒心が強く、医療におけるモルヒネ等の使用量は、ヨーロッパ諸国と比較すると極端に少なくなっていた。厚生労働省の医療用麻薬消費量調査(2012)によれば、モルヒネの使用量はフランスの10分の1にとどまっていた。そのため、がんの痛みの治療が不十分であることが指摘されていた。

このようにイタリアの緩和ケアや疼痛コントロールへの対策はヨーロッパで遅れていたため、イタリア政府は2010年3月にがんの末期や慢性疾患による激しい痛みを緩和する法律「緩和ケアおよび痛みの治療へのアクセスの保障に関する規定」(法律第38号)を制定し、緩和ケアの充実に舵を切った。

この法律の基本理念は、①いかなる差別をすることなく、患者の尊厳と自主性を擁護する、②命が尽きるまで生活の質を擁護するである。12か条から成る本法の第1条には、「すべての国民が緩和ケアおよび痛みの治療を受ける権利を有する」と明記され、第5条では病院やホスピスは、家庭医や在宅サービスと緩和ケアネットワークを形成することを義務づけた。

また、2018年1月31日付で「適正な情報を得た上での同意及び事前指示書(DAT)に関する規定(法律第219号)」が施行され、いかなる医療処置は当事者の同意なしには開始または継続できないことが規定された。

2.ベンティヴォリオ・ホスピス

1)施設の概要

ベンティヴォリオ・ホスピス(Hospice BENTIVOGLIO)は、2002年に設立された民間の非営利団体「ホスピス財団」(ボローニャ市)が運営している。当該財団は他にも複数のホスピスと教育機関である「緩和医療科学アカデミー」を有しており、緩和ケアの提供だけでなく、医療従事者に対する教育・研究のサポートも展開している。

入院患者数は30人で、98%ががん患者、ALS患者がまれに入院する。70%がホスピスで死亡しており、入院後1週間以内に亡くなる人は全体の約4割である。30%は自宅に退院し、自宅での看取りとなるが、その際は、家族に介護力があるかなどを十分にアセスメントしたうえで、自宅の環境が整えば退院となる。それらの調整もホスピスで行っている。なお退院後24~48時間以内であれば再入院できる仕組みもある。ここ数年の平均在院日数は15~16日、病床稼働率は91~94%である。

職員配置は、医師(常勤:複数人の交代制)、看護師、介護職、心理職(遺族ケア専門心理士含む)、理学療法士、医療ソーシャルワーカー、技術管理スタッフである。

ホスピスには以下の7つの入院基準がある。

    1. 末期で進行状態にあるがん患者
    2. 余命が6ケ月以下と推測される患者
    3. カルノフスキー指数(注1)が50以下で、身体的な障害がある
    4. 腫瘍をコントロールするための治療や侵襲的治療の全てをやりつくした患者
    5. 自分でケアすることがもはや難しい(一時的・継続的)患者
       ・適した治療を行っても、症状をコントロールするのが難しい
       ・適したケアを保証できる同居家族がいない
       ・サポートしてくれる家族が全くいない
       ・一時的なサポートを家族が必要としている
    6. 緩和ケア個別ケア計画(PAI)の方針を承諾している患者または家族
    7. ホスピスに入居するのが初めての場合、死にかけていないこと

2)緩和ケアはガイドラインとカンファレンスがメイン

常勤医師が作成した緩和ケアガイドラインがあり、それを活用している。他に、定期的な研修、月1回のミーティングがある。ガイドラインはあるが、マニュアルのようなものはないため、常に多職種で意見交換しながらケアに当たっている。意見交換は、毎日12:45~14:00に行われるカンファレスが主な場となっている。ここでは、看護師や介護職が持っている情報を中心に、これらを多職種で共有する。特に、新規入院患者と複雑なケースについては時間をかけている。

個別ケア計画(PAI)は、入院して24~48時間以内に作成される。医師、看護師、介護職、理学療法士、心理職がそれぞれ分担して記入する。電子カルテも多職種で共有し、特に人間関係形成やアプローチの方法については丁寧にアセスメントしている。

さらに、患者が死亡した後は、遺族ケアやデスカンファレンスを実施している。具体的には、患者死亡後2週間をめどに心理職が家族に連絡をし、家族の様子などを確認している。デスカンファレンスはPAIの最終評価を多職種で行うことで実施している。ケアの提供に不足する点はなかったか、何が必要だったのかなどを丁寧に話し合っている。

3.AUSLボローニャにおける在宅緩和ケアネットワーク

エミリア・ロマーニャ州のAUSLボローニャは、イタリアで最も大きい医療事業体である。AUSLはSS法(国民保健サービス制度)によって設置されている公的機関である。保健医療福祉サービス機関は、AUSLと契約しないとサービスが提供できない仕組みになっている。AUSLボローニャは地域包括ケアシステムの一貫として、先駆的な緩和ケアネットワークを形成しているので紹介する。

1)2つのレベルの緩和ケアネットワークを緩和ケアコーディネート本部がつなぐ

法律第38号第5条には、緩和ケアを担う病院やホスピスは、家庭医や在宅サービスとネットワークを形成することが義務づけられており、そのための予算措置も行われている。

2013年からAUSLボローニャの緩和ケアネットワークは、2つのレベルで実施されている。この2つのネットワークを「緩和ケアコーディネート本部」がつないでいる(図1)。

    1. 第1レベルのネットワーク(ネットワークの入り口)
      ⇒患者のニーズの収集、およびレベル2のケアが必要になった際の迅速な対応や始動を容易にするための機能
      ⇒緩和ケア専門医または腫瘍科医師、家庭医、看護師、心理士で形成され、患者のニーズの収集、およびレベル2のケアが必要になった際の迅速な対応や始動を容易にするための機能を有する。
      ⇒緩和ケアコーディネート本部は、患者やその家族のニーズを評価し保証する。ニーズに応じた緩和ケアのルートを早期に始動。
    2. 第2レベルのネットワーク(専門家チームによる支援)
      ⇒緩和ケアに従事する多業種によって形成された専門家チームが中心的な役割を担う。UOCP(緩和ケア総合オペレーション)、 ANT(イタリアがん協会:注2)、ホスピス、AIL(イタリア白血病・リンパ腫・骨髄腫協会) 、ネルソン・フリガッティ社会支援機関、地域がん救急医療センターなどである。

図1 AUSLボローニャの緩和ケアネットワーク

このように、AUSLボローニャが提供する緩和ケアは幅広く多角的であり、病院、大学付属病院、管轄区内の腫瘍科関連施設が提供するケアだけでなく、ホスピスや高齢者住宅での専門的ケアも含まれている。

患者とその家族を中心に据えて作成されるネットワークであり、緩和ケア専門医・家庭医・腫瘍科医師・痛み専門の療法士・心理士・看護師・理学療法士・医療ソーシャルワーカー・社会医療オペレーターなどの多職種連携である。

2)AUSLボローニャの死亡場所の推移

AUSLボローニャでは、毎年3000人以上ががんでなくなっており、約2400人が緩和ケアネットワークを利用している。また、ネットワークを利用している患者の約50%は、ANT(イタリアがん協会)が提供する在宅サービスとの協働によるケアを受けている。

2013年の緩和ケアネットワーク開始時の申請者数は520名であったが、徐々に広がり2018年には1,331人と2.5倍に増加した。がん患者の死亡場所については、2006年は病院55.2%、自宅27.2%、ホスピス10.3%、施設5%であった。2015年には、病院は32.6%に減少し、自宅は31.7%と微増、ホスピスは28.3%に増加した(図2)。

図2 AUSLボローニャのがん患者死亡場所の推移

おわりに

イタリアでは緩和ケアネットワーク形成と法律により、ゆっくりと緩和ケアの質が改善されている。ただし、州や地域レベルで格差が生じているのも事実である。AUSLボローニャの取り組みを全国レベルに普及させるためんは、予算・住民への啓発活動・情報インフラ整備・医療従事者への研修を地道に展開することが重要である。

【注1】カルノフスキー指数:患者の全身状態や日常生活の自立度を評価する指標で、緩和ケアの分野で広く使われている。0~100のスコアで表し、100「正常で制限なし」~0「死亡」を意味している。ホスピスの入院基準は、カルノフスキー指数50以下を目安にしている施設が多い。
【注2】ANT(イタリアがん協会):1978年に設立されたがん患者等に対するソーシャルケアを提供するイタリア最大の非営利団体である。2018年時点で、イタリア国内全20州のうち11州30か所に設置されている。活動理念として、質の高い生活の推進を掲げており、「末期状態であっても最期まで輝いて生きて欲しい」との願いから、医療的、社会的、心理的なケアを多職種連携で提供している。財源は州からの交付金が全体の11%で、残りはすべて寄付などで賄っていることから、寄付専門部署を設け積極的な募金活動を行っている。

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この記事を書いた人

篠田 道子

筑波大学大学院教育研究科修了。病院勤務、民間企業を経て日本福祉大学社会福祉学部赴任。2008年日本福祉大学社会福祉学部教授(現在に至る)。2011年から1年間は慶応義塾大学大学院経営管理研究科で、訪問教授としてケースメソッド教授法を学ぶ。主な研究テーマは、医療・福祉マネジメント、終末期ケア、ケースメソッド教授法、フランス・イタリアの医療・看護・介護制度と人材育成

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