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アンコンシャス・バイアスを知り在宅医療現場で活かす|悠翔会在宅クリニック品川|井上淑恵先生

アンコンシャス・バイアスを知り在宅医療現場で活かす|悠翔会在宅クリニック品川|井上淑恵先生

近年、耳にすることも増えた『アンコンシャス・バイアス』という言葉。しかし医療現場での認知度はまだ低いといえます。
在宅医療現場では、アンコンシャス・バイアスによるコミュニケーションエラーのトラブルがあらゆる場所に潜んでいます。逆にアンコンシャス・バイアスを理解して活かせば、診療に役立つものとなるでしょう。

今回は、悠翔会在宅クリニック品川の井上淑恵先生にアンコンシャス・バイアスと在宅医療現場での活かし方について伺いました。

アンコンシャス・バイアスとは

アンコンシャス・バイアス(unconscious bias)とは心理学の用語で認知バイアスの1つです。
人間は、自分自身の経験や価値観などから物事を判断することがあります。このような「考え方の癖」が認知バイアスであり、認知バイアスは200種類以上あります。
認知バイアスの中でも無意識下で行われる思考プロセスが「アンコンシャス・バイアス」です。

例えば、白衣を着た男性が病室に来ると患者さんは「医師である」と思いがちです。でも看護師かもしれないし、検査技師かもしれない。それは患者さんが持つアンコンシャス・バイアスであり、経験やイメージから無意識に白衣を着た男性は医師だと思い込んでいるのです。

日常生活のほとんどは潜在意識

氷山の絵を見るとわかりやすいと思います。実際に目に見えるのは氷山が海の上から出ている部分のみです。それが顕在意識となります。

顕在意識は「エアコンの効いている部屋は涼しいな」とか「隣の部屋で子どもがうるさくしているな」というような、自覚的な気持ちです。
逆に目に見えていない、海の中にある氷が潜在意識です。例えば今回の取材でオンライン会議システムに入るとき「さあパソコンを開こう。電源をつけよう」と思ってパソコンを操作しませんよね。無意識の意思決定と行動です。
普段の行動のほとんどは潜在意識が選択をしており、必要最低限の労力で済むように動いています。それは動物として、究極のところ命を守るため最小の労力で解を求める当たり前の行動なのです。

アイコンシャス・バイアスを学ぶ意義

「アンコンシャス・バイアス」にネガティブなイメージを抱く方もいるでしょう。しかし、アンコンシャス・バイアスは考え方の癖なので、良し悪しで判断することはできません。
ひとりひとりの価値観の違いもありますし、私にとって良いと思うことでも、相手にとって悪いということもあるからです。
重要なのは「ひとりひとり違う人間で違う価値観を持っている」というのを理解することです。そのためにもアイコンシャス・バイアスを学ぶ意義があります。

アンコンシャス・バイアスを学ぶ2大目標としてこの2つが挙げられます。

  1. 自分の持っているアイコンシャス・バイアスを知る
  2. 自分の持っているアイコンシャス・バイアスが他の人に良い影響・悪い影響を与える可能性があることをメタ認知*する


自身のアンコンシャス・バイアスを知り、客観的に分析できる力をつけることが大切です。

メタ認知*:自分の思考を客観的・第三者的に捉えること

アンコンシャス・バイアスを知る

先ほども話しましたが、アンコンシャス・バイアスを含む認知バイアスは非常に多くの種類があります。その中で、アンコンシャス・バイアスを学ぶために役に立つ認知バイアスを6つ紹介します。
思い当たることはありませんか?私たちの日常はアンコンシャス・バイアスで溢れているのです。

ステレオタイプ 性別や学歴、世代など、ある属性に対する先入観や固定観念
例)女性の医療従事者は看護師、男性の医療従事者は医師と思われがち
正常性バイアス 予期せぬ警告などに「このくらいなら大丈夫」「自分は大丈夫」と思い込む
例)災害時に警報が発令されていたのに逃げ遅れてしまう
確証バイアス 自分が望む結果に有利な情報だけを集めてしまう傾向
例)新型コロナワクチンが体に悪いと思い込み、ワクチンが体に悪影響であるような情報ばかり検索してしまう
同調バイアス 周りの言動や行動に合わせたくなる傾向
例)自分の意見が違っても他の多数の意見に合わせてしまって言えない
現状維持バイアス 現状から変化することを恐れる傾向
例)介護サービスの導入を提案しても、特別な理由がないのに嫌がる患者心理
インポスター症候群 周囲から評価されているのに「自分には無理だ」と自身を過小評価する
例)仕事を評価されて昇進の打診を受けても「自分はふさわしくない」と考えてしまう


参照)6つの認知バイアス|一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所

在宅医療現場で遭遇するアンコンシャス・バイアス

在宅医療現場では、患者さんの意思決定を支援する機会が多いでしょう。患者さん、医師、看護師、ケアマネージャーなど、それぞれアンコンシャス・バイアスを持っている。その中で感情的にならずに自身をメタ認知することが大切です。
ここからは在宅医療現場で遭遇するアンコンシャス・バイアスを症例を含めて紹介します。

医療従事者が患者に抱くアンコンシャス・バイアス

例えば、新規で在宅患者さんを受け持つとき、事前に患者プロフィールや患者背景・社会背景の情報を聞くことがよくあります。
実際に本人に会っていなくても「この属性ならこういう人」と無意識に想像するでしょう。もちろんそれが当たることもあり、トラブルを未然に防ぐコツになったりもしますね。
しかし事前情報に過剰に反応してしまうと、良好な患者・医療者間の関係が築けなくなってしまうこともあります。

患者さんとの会話の中でも、お互いのアンコンシャス・バイアスでコミュニケーションエラーが生じることもあります。
会話する中で、相手の言葉を自分のフィルターを通さずにただ聴くということは、簡単に見えて実は非常に難しいことなのです。人間は常に聞いた内容を無意識に自分の中で変換し、都合良く解釈してしまいますから。
お互いに都合の良い方に思い込んで話を進めていき、後々「そんなつもりじゃなかった」と認識の相違が生まれてしまうのです。
医療訴訟の多くも、根本を探ればコミュニケーションエラーやお互いの思い込みから始まっているといわれています。
会話を進める中で少しでも疑問に思ったり、引っかかったりしたら「ちょっと確認していいですか」「詳しく聞かせてもらっていいですか」と掘り下げるスキルが必要です。患者さんに対しても疑問に思ったことを聞いてもらいやすい雰囲気・環境作りを心がけましょう。

『イメージはしつつ決めつけない』『自身のアンコンシャス・バイアスを理解し、そこに陰性感情がないか常にチェックする』ことを心がけましょう。
自身のアンコンシャス・バイアスを理解し、メタ認知することが重要です。

在宅医療現場でどれだけのバイアスがあるのだろうか

ここからは実際の在宅医療現場で、どのようなアンコンシャス・バイアスに遭遇するのか具体例を挙げてみます。
在宅医療を受けているXさんの自宅でのサービス担当者会議の一幕です。
この中に潜んでいるアンコンシャス・バイアスを考えてみましょう。

症例
患者Xさん:在宅医療を受けている90歳男性。既往は廃用症候群と臀部褥瘡。ADLはベッド上。要介護5
Xさんの妻Yさん:Xさんと二人暮らしでXさんの介護をしている。

<ある日のサービス担当者会議(Xさん自宅)>

参加者

  • Xさん、Yさん
  • 訪問診療医A氏(50代男性)
  • ケアマネージャーB氏(40代男性)
  • 訪問看護師C氏(30代女性)
  • 訪問看護師D氏(20代女性)

    Y氏:(A氏を上座に案内しながら)「先生、お忙しいところいつもありがとうございます」

    B氏:皆さんお忙しいところお集まりいただきありがとうございます。全員揃いましたので、Xさんのサービス担当者会議を始めます。まずはA先生、最近の病状をお願いします。

    A氏:最近は老衰が進んでいます。臀部にⅢ度褥瘡があり、訪問看護師さんによる連日の処置が必要です。
    Yさんの介護の負担も大きくなっているよね。二人とももう年だしいろいろ出来ないよね。今くらいの状況だと普通は特別養護老人ホームに入所するレベルじゃないの?

    B氏:(いつもA先生は無理難題を言うよな……。本人が家で過ごしたいからこうやって集まっているのに)先生、ありがとうございます。それではみなさんはいかがですか?

    C氏:マットレスは褥瘡対応ですが、本人は半坐位が好きなため、褥瘡は一進一退です。ヘルパーさんが不在のとき、おむつ交換は奥さんがやっていますが、適切に管理するのが難しく、皮膚は常にふやけています。
    この状況だと完治は難しいと思います。先生、薬はこのままでいいでしょうか?ドレッシング材の使用はいかがでしょうか?
    (先生は忙しいだろうから、結局こちらで判断することが多いのよね)

    A氏:(ムッとした表情で)薬を変えたって良くならないよ。結局、褥瘡は除圧が基本だからね。どうしてドレッシング材が必要だと思ったの?君はいつもそうだけど、エビデンスを基に説明してもらわないと。

    D氏:(先生怖いなぁ……。これだから医療者はやりづらいのよね)

    在宅医療現場で目にする光景です。さて、この中にどのようなアンコンシャス・バイアスが潜んでいるのでしょうか。



    まず、Y氏がA氏を上座に誘導する場面です。医師という立場と年齢が上のA氏=立場が上という無意識のイメージがあると考えられます。
    また、それぞれの参加者に下記の発言や気持ちは、無意識の決めつけや思い込みがあり、アンコンシャス・バイアスといえるでしょう。
    A氏:「二人とももう年だしいろいろ出来ないよね」「普通は特別養護老人ホームに入所するレベル」「君はいつもそうだけど」
    B氏:(いつも先生は無理難題を言うよ)
    C氏:(先生は忙しいだろうから)
    D氏:(これだから医療者はやりづらい)

    せっかくお互いに意見を交換する機会があるのに、良好なコミュニケーションとは言えません。ではどうしたらいいでしょうか。
    無意識に抱く感情は抑えられるものではありません。そのような感情があるということを理解した上で、偏った思考や思い込みのまま行動に移さないように感情をコントロールすることが大切です。

アンコンシャス・バイアスによる悪影響を防ぐ感情コントロール

患者さんとの会話や医療従事者間の会話の中でも、イライラ・モヤモヤすることがありますよね。逆に褒められたりしてとても嬉しいこともあると思います。
どちらの場合も感情的になったら1回立ち止まり深呼吸する。そして立ち止まったときに「アンコンシャス・バイアスが潜んではいないか」と考えてみる。立ち止まってから感情で発言せずに視野を広げる癖をつけるようにしましょう。
これもステレオタイプになってしまいますが、医療従事者は人の命を預かる仕事なので、責任感が強く完璧主義者になりがちな傾向があります。「~であるべき」「~するべき」という言葉はアンコンシャス・バイアスの代表的な言葉です。
自分が当てはまると感じたら「自分は偏った思考を持ちやすい」と意識しておくことが大切です。

とくに在宅医療はオーダーメイドに対応することがほとんどです。患者さんの状況や家の環境によって、出来ることもあれば出来ないこともあります。
「こうするべき」「こうであるべき」と思い込みすぎず「この状況であればこの程度までにしよう」というような緩さや曖昧さも、ときには必要なのだと思います。

アンコンシャス・バイアスについて話してみよう

無意識の偏った思い込みを防ぐにはコミュニケーションが大切です。
モヤモヤした感情が出現したとき、それをしっかりと話せる環境が皆さんの職場にはあるでしょうか。話し合いができると「そういう考えもあるのか」と新しいアイデアのヒントにもなりますし、自身のアンコンシャス・バイアスをメタ認知するきっかけにもなります。

アンコンシャス・バイアス自体の認知度を上げるという目的で勉強会などを職場で開催するのも良いでしょう。しかし受動的なものでは意味がありません。
症例検討会のように、身近な事例から自分のモヤモヤしているポイントを相談するというところからスタートしてみてもいいですね。その中で「ここにアンコンシャス・バイアスが隠れているのでは?」と皆さんで考えていくきっかけになればといいのではないでしょうか。

まとめ

医療現場で経験を積むと、患者さんの状態を見て「そろそろ一歩踏み込んだ介入をしなければならない」など経験で感じることが多くあります。
このような経験則は患者さんの命を救うためにとても重要であり、バイアスの有効活用といえるでしょう。
しかし、決めつけてしまうことが弊害になることもあるのです。経験で導いた緊急度の高い対応をしつつ、あらゆる可能性を想定することが大切です。

在宅医療現場でも、無意識に決めつけて会話をしたり、診療したりすることに弊害があります。医療者としての経験を活かしながら、自身のバイアスに固執しすぎないようにしましょう。
患者さんのニーズ、何を求めているかを明確にし、適切な医療を提供することが、感情に流されないでできることだと思います。

アンコンシャス・バイアスは決して悪いものではありません。誰しもが当たり前に持っている価値観です。重要なのは自分にはこういう考え方の癖があるというのを知る、そしてそれをコミュニケーションに活かすことです。
  

参考)
一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所
令和4年度性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究|男女共同参画局

この記事を書いた人

井上淑恵

悠翔会在宅クリニック品川 医師、藤沢市民病院救命救急センター 非常勤医師。医学博士。日本救急医学会救急科専門医、日本内科学会総合内科専門医。2020年より日本医科大学総合医療学 非常勤講師。2006年香川大学卒。藤沢市民病院初期研修医、救命救急センター後期研修医の後、日本医科大学付属病院集中治療室での国内留学を経て現職。

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