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オピニオンリーダーに聞く在宅医療 vol.1

  • #在宅医療全般
 オピニオンリーダーに聞く在宅医療 vol.1 悠翔会 佐々木淳

在宅医療業界のオピニオンリーダーへ在宅医療の課題や今後についてお聞きする「オピニオンリーダーに聞く在宅医療」シリーズ。

記念すべき第1回目は医療法人社団悠翔会理事長 佐々木淳先生へ「在宅医療が推進される背景ー在宅医療を始める前に知っておくべきことー」についてお聞きしました。

医療法人社団悠翔会 理事長/診療部長 佐々木 淳 先生

1998年筑波大学医学専門学群卒業。社会福祉法人三井記念病院内科/消化器内科、東京大学医学部附属病院消化器内科等を経て、2006年に最初の在宅療養支援診療所を開設。2008年 医療法人社団悠翔会に法人化、理事長就任。2021年より 内閣府・規制改革推進会議・専門委員。現在、首都圏ならびに愛知県(知多半島)、鹿児島県(与論町)、沖縄県(南風原町・石垣島)に全24拠点を展開。約8,000名の在宅患者さんへ24時間対応の在宅総合診療を行っている。

今、在宅医療が推進される背景について教えてください。

世帯構成の変化に追いついていてない日本の医療提供体制

私たちの主たる診療圏である東京では何が起こっているかということを最初にお話ししたいと思います。

このコロナ禍では東京の救急医療が逼迫し、時に医療崩壊と言われる状況が起こったことは皆さんも記憶に新しいかと思いますが、実はコロナ前から東京消防庁は1年間に70万人を超える方を病院に運んでいたんですね。この搬送数というのはずっと右肩上がりで増え続けています。

救急搬送増加の図

この搬送される人たちの内訳を年代別に見てみますと、ここ30年、実は増え続けているのは後期高齢者の搬送だけだということもお分かりいただけると思います。75歳以上の高齢者はぐっと増え続けていますがそれ以外の年齢層の救急搬送というのは実は増えていないんですね。
この搬送される人たちを病院で診てみますと実は搬送される高齢者の過半数は軽症だということもわかっています。

全国各地で救急医療システムが非常に逼迫をしていますが逼迫させているのは実は救急搬送が必ずしも必要のない後期高齢者の搬送が増えているからだということはお分かりいただけると思います。

ではなぜこのようなことが起こるのでしょうか。

実は一つは社会的な変化、特に世帯構成の変化が関係しているのではないかというふうに考えられます。

日本の世帯構成

例えば1974年、その頃日本の世帯構成で一番多かったのは「4人世帯で有業者1人」、お父さん・お母さん・子ども2人という世帯が一番多く、15%ですね。この世帯がいわゆる標準世帯として私たちの社会の制度やインフラを作っていく上で一つの指標とされてきました。

しかしこの標準世帯は平成も終わりに近づきますとなんと5%を割り込みます。

代わりに世帯構成で一番多いのは無業の一人世帯。大部分がおそらく高齢独居ですよね。これが17%。
その次が働いている世帯の一人暮らしですね。
その次が無業の二人世帯。おそらく大部分が老老世帯。

日本の世帯は今、この高齢単独世帯というのがいわゆる標準世帯になっているんだということです。

この高齢者一人暮らしの世帯で、例えば休日夜間急に具合が悪くなったらどうするでしょうか。

高齢者が夜一人で病院に行く、タクシーに乗るのも大変だとなったら
結局救急車を呼ぶしかないということがあるのかもしれません。

全国で高齢者の軽症の搬送が増えているという背景にはこうした世帯構成の変化というのが関わっているのかもしれない。

というのは、こうした世帯構成の変化といった社会情勢の変化に実は日本の医療提供体制というのが追い付いていないということがある、そういう風に言い換えてもいいのかもしれません。 

今、在宅医療の現場で起こっている課題について教えてください

高齢者の病気の成り立ち・治療とは

そもそも若い人たちと高齢者では病気の成り立ちも治療法もかなり違うんです。

高齢化にともなう疾病構造の変化

若い人の病気は外因性と言って何か明確な原因があります。
病院で診断と治療をすれば多くの方は病気を治して地域に帰ってくることができます。
救命と治癒による社会復帰ですね。これがいわゆる急性期病院の大きなミッションですね。
私たち医療者がより医学モデルの中で仕事をしているのはこれが目的となります。

しかし高齢者の場合、例えば骨折というのは転倒という外因によって起こる事故ですけれども、高齢者の骨折というのは転倒という外因だけで起こっているわけではないんですね。もともと骨粗鬆症があって骨がもろかったとか、もともと筋力低下があって転びやすかったとか、認知症があって危険回避ができなくて転んでしまったとか、白内障があって段差が見えなくて転んだとか、いろんな要因が複合的に絡み合ってその事故が起こっているんですね。

したがって、外因性は外因性なんですけど、骨粗鬆症、筋力低下、認知症、白内障などの老化に伴う内因性の変化があってそれが起こっているという点が大きく違います。

高齢者の場合にはいくつもの病気を持っていたり、それらの多くは慢性で、治ったと思っても再発をしたり、全体的に病気の種類も大きく変わってきます。

そして若い人たちの場合であれば病院に連れて行ったら治るんですけれど、高齢者の場合には病院に連れて行ったからといって必ずしもよくなるとは限りません。

骨折のおばあちゃんは病院に連れて行けば手術はできます。しかし寝たきりになるかもしれません。
したがって病院に連れて行って治療した方がこの人にとってハッピーなのかあるいはそうでないか。
それよりも大事なのはそもそも骨折しないように日頃からケアをした方がいいのではないか。

それは転ばないように危ないから歩かせない、ということではなくて転んでも骨折のリスクが下がるように、栄養状態をよくするとか筋力を守るとかいろんなアプローチがあると思いますが、何か起こった時に救急車で病院に連れていったら安心だ、ということでは全然ないんだということですね。

 

高齢者の場合にはまず予防する、そして何か行ったとしてもその状況で地域で暮らし続けるという選択についても検討する。

そうなってくると病院に連れて行ってそこで完結するということではなくて地域の中の様々な専門職や様々な機能が連携しあいながらその人を最期まで支えていくということになるわけですよね。

若年層と高齢者の医療ニーズの違い

若い人たちと高齢者ではそもそも医療に対するニーズが根本的に違うということなんです。

年齢とともに臓器の機能はどんどん低下していく。そういった機能の低下について一つ一つ病名をつけて一個一個治療をしていくと何が起こるかというと、飲んでいる薬の数が増えてくるんですね。

年を取ると病気が増えていろんな病院にかかってちょっとずつ薬をもらっているんですけど、病院の先生方は薬を飲んでいる前提で患者さんを診ています。降圧薬を出しているんだけど下がりが悪いな、ということで降圧薬がどんどん増えていくんですね。こういった方が施設に入ったりすると、もらっている薬を全部持っていく。飲めていなかった薬をちゃんと飲ませ始める。そうすると薬が効きすぎて具合が悪くなっていくんですね。

こういった現象を私たちは在宅でよく経験します。

お年寄りはたくさんの病気を持っているんですね。
もしかしたらそれは病気ではなくて加齢に伴う機能低下なのかもしれませんけど、例えば慢性心不全があって骨粗鬆症があって慢性胃炎があったり便秘があったりあるいは認知症があったり、いろんな病気があるんですね。

これまで私たちは病気があると専門医にかかって診断をして、専門医に治療を受けているということが多かったと思います。しかしその人にたくさん病気がある場合、一つ一つに最適な医療をしてそれを全部足し算したら、その人にとって最適な医療になるかというと大概やりすぎになっちゃうんですね。

大切なことは病気を一個一個丁寧に診ていくということに加えてたくさんの病気を持ったこの人を診るという視点なんですね。

マルチモビリティ

病気をたくさん持った状態を「マルチモビリティ」といいます。

日本では多疾患といったり多病といったりしますけど、たくさんの病気に対して一個一個専門医がついている、たくさんのお医者さんが診ている状況を「ポリドクター」といいます。

「ポリドクター」の状況でたくさんのお医者さんがそれぞれ複数の薬を出すと「ポリファーマシー」、多剤併用ですね。

薬をたくさん飲みすぎることによって高齢の方が具合が悪くなってしまうことを「ポリファーマシー」というんですけれども、この原因になっているのは臓器別の診療体制であるとか、その人を診るというよりは病気を診るという医療が行われているという状況があるんだと思います。

 

在宅医療を受けている患者さんたちの多くは、たしかにたくさんの機能低下があるけれどもそれって本当に全部病気なんですか?全部治療すべきなんですか?病気として治療するにしても他の病気との兼ね合いの中で調整が必要じゃないですか、というようなことを考えながら私たちは薬を調整していく必要があります。

その人が置かれている生活状況、その人の生活力に応じて治療をモディファイできる、これは在宅医療の大切な仕事ですね。

その上で在宅医療の役割について教えてください。

納得した人生を送ることを支える

日本では多くの高齢者が人生の最終段階で救急搬送を繰り返し、入退院を繰り返し、そして最期は病院で、運が悪ければ孤独死をしています。こんな最期を送りたいと思っている方はたぶんそんなにいないと思うんですね。

だからこそ在宅医療が頑張るんですね。

在宅医療

私たちはしばしば急変する高齢者、継続的・計画的・包括的な健康管理を提供することでなるべく急変を減らすことができないか。

もし急変したとしてもまず救急車を呼ぶのではなくてまず私たちが、あるいは訪問看護師さんたちが駆けつける。自宅で何が起こったのかをきちんと評価して、どうしてもこれは入院が必要だということであれば、病院に入院させてお任せ、ということではなく、できるだけ早く地域に帰ってこられるように早期退院をお手伝いする。

そして帰ってきたときには入院関連機能障害で体が弱っています。だけど退院直後の2週間しっかりと関わることでかなり回復できるということもわかってきているんですね。

なので退院した後は弱った状態に最適化したケアプランを立てるのではなくて元の状態に戻そう、なるべく近づけようということできちんと訪問看護、リハビリテーション、口腔ケア、栄養ケアをしっかりと入れてなるべく回復をさせるんですね。なるべく入院しないで済む、結果として自宅で最期を迎えることができればご自宅で看取るとういことになるわけですね。

 

大切なのは亡くなる手前、どれだけみなさんが安心して生活できたか、納得して人生が生ききれているのか、ここを支えていくのがより重要だということになります。

病気とともによりよく生きることを一緒に考える

残された時間が限られている中でどこまで病気を厳格に治療するのがこの人にとって最善の選択なのか。
もしかしたらこの人は死ぬまでにやりたいことがあるのかもしれない。会いたい人がいるかもしれない。
もしかしたらそれらは病気の治療を相反するものも含まれるかもしれません。

一つ一つの行動にもちろんリスクは伴うんですけど、リスクがある方やっちゃいかん、ではなくて、この人の人生において優先順位がどうなっているのか、ですね。

そしてそれをやりたいと思ったときにいかに安全にできるか、どうやったらできるかってことを一緒に考えていくんですね。

人生の最終段階、変化していく優先順位をしっかりキャッチアップしながら、病気があるからどうこうではなくて、この人が病気とともによりよく生きるとはどういうことか一緒に考えていくということですね。

地域の医療資源・社会保障資源の適正利用化に貢献する

私たち在宅医は患者さんのお宅を定期的に訪問してこの人たちが安心して暮らし続けられるようにサポートするわけですけれども、予期せぬ健康変化はいつ起こるかわかりません。それは夜中かもしれない、日曜日かもしれない。だけど患者さんたちは私たちにいつでも電話をかけてくることができます。

悠翔会では年間で約3万件の緊急コールに対応していますが、3万件のコールというのは東京消防庁が1年間に救急搬送する後期高齢者の救急搬送数の約10%に相当します。

このうち3分の1については緊急往診で対応していますが、約1万件の緊急往診の件数というのは東京都立6病院が1年間に受けられる救急車の台数の3分の1に相当します。

緊急往診の件数

在宅医療って地味な仕事だと思ってらっしゃる方は多いと思いますが、きちんと対処をすることで地域の救急医療システム、あるいは救急車の、あるいは救急病院の負担を軽減するということができるんですね。

在宅医療には日々の健康管理や看取りを支えるという仕事のほかに、実は高齢者の救急、二次救急をしっかりと対応して地域の医療資源の適正利用化に貢献するという側面もあるということです。

 

往診で呼ばれた私たちは自宅で何が起こったのか診断し、治療をします。
急性期疾患の治療、侵襲の高い処置、あるいはがんの緩和医療などが自宅でちゃんとできるようになれば患者さんたちの入院に対する依存度が下がります。

例えば私たちの患者さんたちは在宅医療が始まる前の1年間で一人あたり年間のべ41日入院をされていますけれども、在宅医療を提供している私たちの患者さんたちは年間換算で一人当たり11~13日に減るんですね。一人当たり30日入院が減るんです。

これは患者さんにとってみると1年間のうち1か月入院が減るってすごく大きいですし、医療経済的にもすごく大きいインパクトがあります。入院治療というのはかなりお金がかかる。高齢者の場合、平均すると一泊で約3万円くらいお金がかかると言われていますが、30日入院が減ると高齢の方ですと、私たちの在宅医療を提供することで約90万円の医療費の節約にもなっているんですね。

在宅医療はここまで高額ではありませんので、在宅医療がきちんと普及していくということはその分社会保障費アドオンされていくということではなく、社会保障資源の適正利用化を通じてもしかしたら医療費が下がるかもしれない、そんな可能性もあると私は考えています。

求められる在宅医療とはどのようなものでしょうか。

治療の線引き

30歳を過ぎると1年歳を取るごとに1%ずつ体の機能が低下していきます。

どこまでが病気でどこからが老化なのかということを誰かが線引きをしないと、歳を取ったらどんどん病名が増えていって、ついた病名について一個一個薬で治療していたらどんどん薬が増えてしまいます。

この人にとってこの機能低下は治療の対象とすべきかどうかということをやはり誰かが考えないといけないですよね。今は誰もこの歳を取って弱って死んでいくという全体像を意識しないまま、その人の機能だけをいろんなデータから、血液データなどから評価をして治療を行っていますがそれが果たしてその人にとって本当に最適な選択なのか。

体の機能はどんどん弱っていきます。この弱った機能に応じてどこまで予防するのか、治療するのか考えていかないといけないんですが、もう一つ大事なのは弱っていくのは体の機能だけじゃないということです。

社会とのつながり

実は社会とのつながりというのも年々弱っていきます。

社会とのつながりは「社会関係資本」といいますが、このつながりも人生最終段階どんどん弱くなっていきます。
皆さんもご自身の人生を振り返っていただくと子どもの頃は親や兄弟しかつながりがないんですが学校に行って友達ができて、社会に出てより多くの人とつながって時間の流れとともにより強い人とつながっていくんですね。より強い人たちとたくさん繋がっている人たちが社会の中でどんどんのし上がっていき人生後半になればなるほど強くなっていくのですが、仕事を辞めるとこのつながりは失われていきます。その頃子どもたちも自立します。そうすると家族も小さくなっていわゆる老老世帯になります。夫婦水入らずでいいのではとも思いますが、残念ながらこの高齢者二人どちらかが先に必ず亡くなります。そうすると最後は高齢独居です。

 

私たちの医療保険・介護保険は自立支援が目的、在宅医療も自立支援が目的ですが、人生の最終段階生きたいように生きられないのは、体が弱っているというのもあるのですが、もしかしたら社会とのつながりが希薄でどんな風に生きていきたいのか理解している人が周りにいない、あるいはそういった生き方をさせてくれる人がいないというのも関係しているかもしれません。

在宅医は何をするか

体の機能は年々弱っていく。

人生の最終段階の下り坂は何か原因があって弱っている、病院に行けばよくなるというものとはちょっと違います。この状況で病院に連れていってより長く生きるんだったらそうしますがなかなか難しい。

在宅ケア

だからこそ私たち在宅医は何をしているのか。

 

この人生の最終段階の下り坂が病院に行けばよくなるのかそうではないのかを一緒に考えます。

病院に行ってもよくならないものなのであれば、この状況で最後まで生活が継続できるよう、その中でなるべく急変しないように、なるべく入院しないで済むように、結果として自宅で最期まで過ごせるようサポートしていく。これが私たちがやる医学モデルとしての在宅医療の仕事ということになります。

だけどこれだけだと患者さんは自宅で事故が起こらないように生かされただけだ、と思ってしまうかもしれません。

 

大事なのは最期までその人らしく生きるということですよね。

 

これはすごく大事なことなのですが、私たちの生活や人生は人と人とのつながりの中にあります。自分一人で生活ってなかなか難しいですよね。

どんなふうに行きたいのか、それをみんなが理解してみんなで支えていく。そういうつながりがないとその人らしい生活・人生というのはなかなか送り難いです。

 

歳とともに失われていく人と人とのつながりをいかに維持できるのか、失われたものをもう一回取り戻すことができるのか、これが私たち在宅医が、あるいは在宅医療に関わる専門職が意識をしないといけないことなんだと思います。

このつながりの中に本人が納得できる生き方を一緒に探し、それが実現できるようにサポートしていく。これが「生活モデル」としての私たちの仕事です。

私たち在宅医療はこの医学モデルと生活モデルの考え方をバランスよく組み合わせながら、その人にとって納得のできる人生を最期まで伴走していくということになります。

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この記事を書いた人

在宅医療カレッジ編集部

在宅医療に関わる方・これから始めたい方を応援する在宅医療の情報プラットフォーム「在宅医療カレッジ」編集部です。 「学ぶ」「働く」「役立つ」をテーマに在宅医療に関するあらゆる最新情報を配信しています。

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