海外の在宅医療 第7回|イタリア医療制度の概要と家庭医|日本福祉大学 社会福祉学部 教授|篠田 道子 先生

海外の在宅医療 第7回|イタリア医療制度の概要と家庭医|日本福祉大学 社会福祉学部 教授|篠田 道子 先生

イタリアは憲法第32条「健康を個人の基本的権利」に基づき、1978年に国民保健サービス制度(SSN法)を導入した。保健医療サービスは20ある州がそれぞれ自主的に運営しているため、提供されるサービスの地域格差が大きいのが特徴である。
今回はイタリア医療制度と病床再編成の動向、地域包括ケアに舵を切ったエミリア・ロマーニャ州の取り組み、家庭医の概要とボローニャで長年家庭医として勤務した医師へのインタビューを紹介する。

日本福祉大学 社会福祉学部 教授
篠田 道子 先生

筑波大学大学院教育研究科修了。病院勤務、民間企業を経て日本福祉大学社会福祉学部赴任。2008年日本福祉大学社会福祉学部教授(現在に至る)。2011年から1年間は慶応義塾大学大学院経営管理研究科で、訪問教授としてケースメソッド教授法を学ぶ。主な研究テーマは、医療・福祉マネジメント、終末期ケア、ケースメソッド教授法、フランス・イタリアの医療・看護・介護制度と人材育成

1.イタリア医療制度の概要と病床編成の動向

最初にイタリアの基本情報を確認する(表1)。国土面積は日本の8割程度、人口は日本の半分である。平均寿命は男女ともに80歳を超える長寿国家である。GDPに対する医療費は8.5%とヨーロッパ諸国の中では低位にとどまっている。人口1000人当たりの医師数は4.25人(OECD全体では3.5人)とやや多いものの、引退を控えている医師が多いという課題を抱えている。
イタリアは国民保健サービス制度(SSN法)のもと、医療・福祉・介護サービスの拠点であるAziende Unita Sanitaria Locali(AUSL:地域医療事業体)が設置されている。人口5万人から20万人を単位(USL:地域医療単位)とし、医療サービスだけでなく介護や社会福祉サービスを提供している。実際のサービスは、AUSLと協定を結んでいる民間の医療・福祉機関が提供している。すべての医療・介護・福祉サービス機関は、AUSLと契約しないとサービスが提供できない仕組みになっている。
イタリアの病床は、急性期病床、リハビリテーション病床、長期入院患者用病床(慢性期病床)、精神病床に分類される。急性期病床数は179,372床(人口千人当たり3.2床)で、制度が異なるため単純には比較できないが、OECD諸国の平均3.5~5.0床を下回る。
イタリア政府は財政赤字の抑制と医療体制の効率化を図るために2010年から2020年の間に急性期病床を19%(30,492床)削減し、病院の再編成と病床数の適正化に舵を切った。
急性期医療重視から地域密着型医療を促進するために、在宅医療を強化するとともに「コミュニティ病院」を新たに創設した。コミュニティ病院とは、急性期病床と慢性期病床の病床を適正化したもので、入院医療と在宅医療の中間に位置付けられている。入院から在宅医療、在宅医療から入院医療への橋渡し的な役割を担う病院である。コミュニティ病院の詳細については次回紹介する。

2.エミリア・ロマーニャ州の医療システム

イタリアの医療制度は州ごとに運営されており、地域格差が大きいのが特徴である。今回紹介するエミリア・ロマーニャ州は、イタリア最大規模のAUSLボローニャが地域包括ケアに舵を切っており、医療・福祉・介護サービスの統合化を図っている。 
エミリア・ロマーニャ州の州都はボローニャ市で、ヨーロッパ最古の大学があることで有名である。ミラノから約200㎞で、赤にれんが色に染まる赤の町である。イタリアを代表する経済都市でもあり、様々な見本市が開催される。中世ルネッサンスの建物が保存されており、中世にタイムスリップしたような街並みが美しい。

3.イタリア家庭医の概要

1)総合診療医「家庭医」について

イタリアの総合診療医(GP)は家庭医とも呼ばれている。家庭医制度は1978年(法833号)から始まった。家庭医には小児科家庭医と、一般家庭医の2種類がある。家庭医になるためには、医師免許取得後に、一定の実務経験を積んだ後、3年間の家庭医研修を修了しなければならない。最初の2年間は公立病院で、残りの1年間は家庭医のもとで研修を行う。3年間の専門課程の期間中は、800ユーロの月給が支給されるが、他の仕事を兼務できない仕組みになっている。
家庭医数はAUSLによってコントロールされており、自由に開業できない。現在は退職者が出たら補っている状況である。団塊の世代の多くの医師が退職を迎えたため、家庭医の不足が顕在化している。 
 登録住民数は、一般1500人+学生・移民150人の1650人までである(州によっては1800人まで可)。家庭医の報酬は委託契約を結んでいる AUSLから支払われる。委託費用は登録住民1人あたり月額6ユーロである。さらに診療所で働く看護師や事務職員を雇用した際は、住民1人あたり月額13ユーロが加算される。委託費用から税金、クリニックの家賃、職員の給与などを支払っているため、生活は楽ではない。患者の窓口での自己負担はない。地域住民はAUSLが発行している名簿から自由に家庭医を選ぶことができる。
 次に、家庭医療専門課程(2025年版)の概要(受験資格要件・選抜試験・内容)を以下に示す。

①受験資格要件

志願者は下記の資格要件の1つを満たしていなければならない:

  • イタリア国籍である
  • EUに所属するいずれか一か国の国籍を有している;
  • EU国籍を持つ者と家族関係にあり、有効な居住許可または永住許可書を有するEU諸国外の国籍を持つ者であること

さらに、以下の要件をすべて満たすこと。

  • 医学部の学士号を有すること
  • イタリアで医療行為を行うことのできる資格を有すること
  • イタリア共和国の県の医師・歯科医師会名簿に登録されていること
②家庭医療専門課程選抜試験

家庭医療専門課程への選抜試験は、臨床に関する多肢選択式問題100問で構成され、糖尿
病、心不全、薬理学などから頻繁に出題される。試験時間は2時間である。各州がそれぞれ募集要項を告示するが、試験日はイタリア全土で同じ日であり、保健省が決定している。

③専門課程の内容

家庭医療専門課程 4800時間/3年間で、病院/管轄区域内の指定された場所およびその地域の家庭医の診療所で実施される実践的な教育活動 (指導者の下で行う臨床活動) と理論的な教育活動 (セミナーを通じた教育活動) に分かれている。

2)ボローニャの家庭医へのインタビュー

ボローニャ在住のF医師は家庭医になって43年になるベテラン医師である。家庭医の定年である70歳に達したため退職した。現在は、イタリア全国家庭医組合(SNAMI)の名誉理事長を務める傍ら、知人のクリニックを借りて、週数回自由診療を行っている。温厚で誠実な人柄であり、地域住民に信頼されている様子が伺えた。
筆者は2018年と2019年の2回にわたり氏にインタビューを行った。インタビュー内容は以下の通りである。

(1)家庭医は診療以外の業務に忙殺されている

多くの家庭医は定年退職前に退職をする。なぜならこの仕事の「バーンアウト(燃え尽き症候群)率」が高いからだ。その理由は、事務仕事が増え続けて臨床活動に費やす時間が減っていること、「すぐに全て」を望む患者からの係争も増加しているからである。家庭医には事務作業の重圧がかかる。あらゆる種類の申請手続き(慢性疾患治療、診断書、入院手続き、障害者用の装具申請書、病欠書類など)にかなりの時間を要している。
1日7~8時間の勤務時間のうち、診察活動は実質3時間程度で、残りはさまざまな書類作成に当てている。大人用オムツの処方箋や身体計測なども家庭医の仕事であり、診察以外の仕事に追われているのが現状である。そのため往診や訪問診療の時間が制限される。
 診察は原則として予約制をとっていた。外来での診察18人、薬処方+検査30人で合計50人程度を診察し、慢性疾患やアルツハイマー型認知症などが多い。
 一人で診療しているので、重症患者やがん患者には対応できない状況である。重症患者やがん患者を担当した場合、AUSLから600ユーロ支払われるが、責任が持てないのでANT(イタリアがん協会)が展開しているネットワークに照会することが多い。
また、エミリア・ロマーニャ州は家庭医に電子カルテの使用を義務づけている。診療情報は電子カルテを通して州に送られている。ICTに関する機器(パソコンやプリンター)はAUSLから支給される。

(2)がん患者の在宅医療

家庭医はADP(外出できない慢性疾患患者に対して在宅医療プログラムによる定期的な訪問診療)、ADI(がん患者に対して地区看護師を含めた包括的チーム在宅医療)を行う義務を持つ。ただし、これらは基本報酬には含まれておらず、訪問時15ユーロ、さらにがん患者用ADIの開始契約として400ユーロが支払われる。
 がん患者には通常ADIⅢ(特別な在宅医療プログラム)が適用され、家庭医、訪問看護師、がん専門医、ANT(イタリアがん協会)による在宅医療が提供される。ただし、患者が死亡するのは、ほとんどがホスピスである。なぜならイタリアは他国と異なり、死が全てから切り離されているためである。死を迎える場所は、自宅ではなく専用の場所(ホスピスなど)でなければならないという考えが強い。そのため、家庭医が自宅で最期まで看取るということはほとんどない。

おわりに

イタリアGIMBE財団(非営利のシンクタンク)の2025年3月のレポートによれば、理想的な担当患者数は家庭医一人あたり1200人であるが、エミリア・ロマーニャ州においては57.6%の家庭医が1500人以上の患者を担当していると報告している。さらに536人の家庭医が不足しており、魅力ある家庭医の研修制度・業務内容・報酬体系を検討すべきと提案している。さらに、オラツッオ・スキラッチ保健大臣もこの問題に触れ、「家庭医療はイタリア医療サービスの支柱であり、専門医として十分な訓練を受け、適正な報酬が得られるよう、国をあげて養成することが重要」と発言している。イタリア家庭医の変革を注視したい。

表1 イタリア基本情報

イタリア(2023) 日本(2022)

総人口(千人)/高齢化率(%)

58,934/24.7 125,325/28.5
合計特殊出生率(%) 1.20 1.36
平均寿命(年) 男81.4/女85.5 男81.6/女87.7
失業率(%) 6.1 2.78
医療費対GDP(%) 8.5 11.4
平均在院日数(日) 7.1 16.0
医師数/看護師数
(人口千人当たり)
医師238,378(4.25)人
看護師302,841(6.5)人
医師315,406(2.59)人
看護師1,487,444(11.76)人

出典:OECD Health Statistics

ボローニャの街並み

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この記事を書いた人

篠田 道子

筑波大学大学院教育研究科修了。病院勤務、民間企業を経て日本福祉大学社会福祉学部赴任。2008年日本福祉大学社会福祉学部教授(現在に至る)。2011年から1年間は慶応義塾大学大学院経営管理研究科で、訪問教授としてケースメソッド教授法を学ぶ。主な研究テーマは、医療・福祉マネジメント、終末期ケア、ケースメソッド教授法、フランス・イタリアの医療・看護・介護制度と人材育成

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