神津島で実践する「何でも診る」医療|神津島診療所 栗原 智先生

 神津島で実践する「何でも診る」医療|神津島診療所 栗原 智先生

東京都心からおよそ180キロ離れた伊豆諸島・神津島。
神津島診療所に勤務する栗原智先生は、学生時代から島しょ医療に興味を持ち、現在は島での幅広い診療に日々取り組んでいます。
地域で生活する人々の暮らしに寄り添いながら、どのように医療を提供しているのか。
本記事では、栗原先生に離島医療における診療体制の工夫や緊急時の対応、そして未来への展望について伺いました。

栗原 智先生 プロフィール

2017年杏林大学医学部を卒業。杏林大学医学部付属病院にて初期研修、都立広尾病院総合救急診療科の総合診療専門医第1期生として後期研修終了。学生時代より研修を通して島嶼医療の魅力に魅入られ、後期研修で小笠原村診療所に勤務。その後も、継続して島嶼医療を実施し、御蔵島、青ヶ島を経て、神津島診療所に勤務し現職。地域全体をまるごとみる島嶼医療、総合診療の魅力を発信している。

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妊婦健診からお看取りまで──島の医療を支える診療所の特徴

ーー神津島診療所での診療の特徴や、日々どのような業務を担当されているか教えてください。

神津島診療所では、島の医療をほぼ一手に担うため、妊婦健診からお看取りまで本当に幅広い診療を行っています。
体制としては月曜日から金曜日の午前中に一般外来を行っていて、現在は二診体制で1日あたり30名前後の患者さんを診ています。
風邪やけがをしたお子さん、糖尿病や心不全などの慢性疾患の管理、外傷対応、さらには妊婦健診まで、年齢や疾患を問わず「何でも診る」というのが大きな特徴です。

午後は訪問診療や予防接種など様々な業務を行っています。島内には、特別養護老人ホームもあり、そちらの配置医にもなっているので、週に1回往診に行っています。
内地に存在するすべての診療科の役割を一つの診療所で担っているようなイメージですかね。

神津島診療所 栗原 智先生

多職種で支える、取りこぼしのない診療体制

ーー医師の数が限られている離島医療においては、多職種の方と連携することが非常に重要かと思います。具体的には、どのように協力して診療にあたっていますか?

診療所に来てくださる看護師さんは現在7名ほどいらっしゃるのですが、それ以外にも保健センターには保健師さんや看護師さんがいて、日々地域の見守りをしてくださっています。

実際に診療しているなかでも、多職種連携の重要性を感じる場面は数えきれないほどたくさんあります。
たとえば「薬が余っていて認知機能が低下している方がいる」という情報が保健センターから上がってきたら、見守りや受診につなげてもらったり。
取りこぼしがないような体制がつくれているのは、日頃から保健センターのみなさんが動いてくださっているからこそで、本当に感謝しています。

保健センターには理学療法士も常駐しており、フレイル予防や訪問リハビリを通じて在宅で過ごせる環境づくりをサポートしてくれています。
こうした連携のおかげで、神津島は在宅看取り率が非常に高い点も特徴です。


ーー島で多職種の方と連携する際に、普段意識していることはありますか?

診療所と保健センターはすぐ近くにあるので、気になったことがあればすぐに保健センターまで行って、「あれこうだったよ」「〇〇さん気になるからちょっと見ておいて」などと声をかけるようにしています。
逆に向こうからも気軽に声をかけてくれるので、自然にやり取りできています。

内地の病院にいたときも、他の科の先生に聞きたいことがあったら、できるだけ足を運んで直接聞きに行くようにしていたのですが、やはり顔を合わせて話す時間を作ることで、連携もスムーズになると思います。

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限られた医療資源の中で診療の質を保つ工夫

ーー限られた医療資源の中で、診療の質を担保するために、意識していることがあれば教えてください。

診療の質を保つため、まず各種ガイドラインが出たら、必ず確認するようにしています。
やはりガイドラインはゴールデンスタンダードだと思うので、診療の基準として重視しています。

また、一人で診療していると独りよがりになりやすいため、必要に応じて内地の病院に紹介することも多く、その際は紹介先の先生に「どうでしたか」と聞くようにしています。
しっかりフィードバックを受けることで、今後の診療に反映することができます。
広尾病院とつながっていることもあり、気軽に相談できる環境があるのは大きな助けになりますね。


ーー外部の医療機関や専門医との連携はどのように行われていますか?

患者さんの希望やご家族の介護力、医学的な病態の妥当性などを総合的に考え、必要であれば内地の病院に紹介します。
一方で、高齢の方が「島で過ごしたい」と望む場合は、在宅酸素やTCAポンプでの麻薬使用なども含めたBSCを提供し、可能な限り島で診るようにしています。

転院や紹介の基準は明確に定めているわけではなく、症例ごとに患者さんの希望、ご家族の介護力、医学的必要性などを総合的に判断しています。
たとえば、中等度心不全や肺炎であれば当院での入院をしていただき島で対応することもありますし、長期入院が必要な場合は内地に送ります。

大切なのは、治療を最大限行うことだけが正解ではなく、「どう過ごしたいか」を尊重することです。
島に住む方は「島にいたい」という思いが強い傾向があるため、その希望に沿ったケアを心がけています。

急患への対応と島での救命の現場

ーー神津島診療所では、急患や重症患者が発生した場合、どのように対応されているのでしょうか?

命に関わる重症患者が来院した場合は、まず院内でできる限りの集中治療を行いながら、ヘリコプターで内地の病院へ搬送する準備を進めます。
天候が悪いとヘリが来られず、1日以上待機せざるを得ないこともあるため、その間はこちらでICU相当の環境を整え、挿管、人工呼吸器、昇圧剤などの薬剤を駆使して全力を尽くします。

ほかにも、症状や希望によっては船や定期便の飛行機で搬送するケースもあります。
たとえば軽度の肺炎や骨折などは船を使うこともありますし、医師同乗の緊急搬送が必要な場合はヘリで対応します。

ーー実際の診療現場で、特に印象的だった緊急対応のケースがあればお聞かせください。

多発外傷で生命の危機に瀕した患者さんを、これまで救命救急で培った経験を生かして全力で治療し、何とか救命できたケースは、非常にやりきった感覚があり印象に残っています。

また、末期のすい臓がんの患者さんが、病院でPD判定を受けて島に戻られたケースもありました。
島に戻られてからは腹水を抜いたり、投薬を調整したりしながら症状を和らげ、最終的にはモルヒネを使用して苦痛をコントロールしました。
ご本人が自宅で家族に囲まれて最期を迎えられるよう支え、ご家族へのグリーフケアにも寄り添いました。
最期にご家族から「ありがとうございました」と言葉をいただけたことは、自分にとって非常に大きな経験となりました。

ICT活用で広がる可能性──離島医療の今後のビジョン

ーー離島医療に携わる中で、どのような点に魅力ややりがいを感じますか?

離島では「来た患者さんは必ず診る」という姿勢が基本で、何でも自分のところに来る環境です。
患者さんに行ったことは良くも悪くもすべて自分に返ってくるので、責任もありますが、その分やりがいも非常に大きいですね。

地域の中で生活を共にしながら診療を続けることで、患者さんに育ててもらえる感覚があります。
難しい場面もありますが、自分自身が大きく成長できる場所だと思っています。

ーー最後に、今後の地域医療や離島医療におけるビジョンをお聞かせください。

地域全体を見渡しながら診療するうえで、ICTの活用はこれからますます重要になると感じています。
神津島診療所は広尾病院とネットワークを整えており、レントゲンやCT、心電図などの結果を送ってオンラインで専門医の意見を得ることができます。

こうした技術を活かすことで診療の偏りが是正され、交通の不便な地域でも適切な医療が受けられる環境づくりが進むでしょう。
ただし、オンライン診療が広がることで複数の病院に島にいながら受診し、「主治医が誰かわからなくなる」などの課題もあるため、島の総合診療医と内地医療機関の連携を軸にした体制づくりが大切だと思います。

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この記事を書いた人

一坊寺 唯

医療ライター・コンテンツディレクター/Cuddle Writing(カドルライティング)代表。大学卒業後、ヘルスケア関連企業にて企画職に従事。2019年にフリーランスWebライターとして独立し、医療・健康ジャンルを中心に多数メディアの記事制作を手がける。「信頼できる医療・健康情報を通じて、ヘルスリテラシーを向上させる」というミッションのもと、医療系記事制作チームCuddle Writingを運営。

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