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地域包括ケア×まちづくり|震災にそなえた地域づくり

  • #地域連携
地域包括ケア×まちづくり 震災に備えた地域づくり

地域包括ケアをまちづくりの視点から考える「地域包括ケア×まちづくり」シリーズ。
今回は「震災にそなえた地域づくり」をテーマに、地域が災害に備えるための取り組みや地域の結びつきの重要性について、令和6年能登半島地震において現地でサポート業務も経験された千葉大学客員研究員の森 優太さんに解説していきます。

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著者

森 優太

医療法人松徳会 花の丘病院
千葉大学客員研究員
国立長寿医療研究センター 老年学評価研究部外来研究員

医療・福祉分野における震災に強い地域づくりとは

震災に強い地域づくりは、医療・福祉分野においても重要な取り組みです。医療機関や福祉施設が災害に備え、災害時に迅速かつ適切な対応を行うことが必要です1)。著者も令和6年能登半島地震において現地でサポート業務を経験しました。震災に強い地域づくりとは、平時からの取り組み強化が重要です。著者の経験も踏まえて以下に、医療・福祉分野における震災に強い地域づくりの取り組みを考えてみます。

医療機関の災害対応体制の強化

医療機関は、災害時に急患や負傷者の受け入れ、治療、避難所としての機能を果たす必要があります。そのためには、医療従事者の災害時の対応訓練やシミュレーションを定期的に行い、スムーズな災害対応体制を確立します。つまり、災害時には医療機関が地域の貴重な資源になり得るため、それが機能するために災害対策委員会を平時より設置することも一つの方法です。

福祉施設の災害対応体制の強化

福祉施設は医療機関とは異なり、主に生活支援や精神的なケアに重点を置き、高齢者や障がい者などの弱者の避難所や食料配給、心理支援などの福祉サービスを提供します。特に福祉施設は地域社会とのつながりが強く、地域のニーズに応えるための役割を果たしています。平時より地域社会とのつながりを持ち、地域の特徴を把握することで、災害時には地域のコミュニティと協力し、地域の状況やニーズに応じた支援を提供することが重要です。

災害時の医療機関と福祉施設の連携強化

医療機関と福祉施設は、災害時にお互いの支援体制を確認し、連携を密にする必要があります。医療機関が負傷者や避難者の医療サービスを提供し、福祉施設が生活支援や精神的ケアを行うことで、被災者のニーズにより適切に対応します。

災害時の医療機器や医薬品の備蓄

医療機関は、災害時に必要な医療機器や医薬品を備蓄しておく必要があります。医療機器の稼働確認やメンテナンス、医薬品の保管管理などを定期的に行い、災害発生時に迅速な医療支援が行えるよう準備します。

地域住民の医療・福祉に関する情報提供

医療機関や福祉施設は、災害時に地域住民に対して適切な医療・福祉情報を提供します。避難所の場所や医療機関の診療時間、避難生活での健康管理などについて、地域住民に理解しやすい形で情報を提供します。特に、災害時には緊張感が高まるため、情報が理解しやすく、行動に移しやすい形式で提供される必要があります。

以上の取り組みを通じて、医療・福祉分野における地域の災害対応力が向上し、被災者の救命・治療、生活支援が円滑に行われることが期待されます。

震災に対する「プライマリ・ケア従事者」の役割

医療機関が被災し、医療機能が乏しくなる可能性もある中で、地域住民の健康を守る「プライマリ・ケア従事者」は、災害時の医療体制を支える重要な存在です。

要配慮者への対応

災害医療支援は第1期:救命・救助、第2期:救護、第3期:仮設診療・巡回診療、第4期:地域医療再生の視点で構成されています(図)2)。特に、避難により困難を伴う者=要配慮者には子ども、高齢者、障害者、妊婦、短期滞在の外国人、旅行者などが含まれています。災害関連死で考えた際には高齢者が多数を占めることが分かっています。高齢者が不活動になることでフレイルや有疾患の重症化に起因するところが大きいと考えられます。このように、2次的健康被害の予防には、食事、排泄・生活環境の整備、薬剤管理、孤立予防等の包括的な支援や医療・福祉支援組織との連携した支援が必要になります。避難所では床上動作となることが多いですが、起居動作に必要な台の設置やダンボールで組み立て可能なベッドなどを状況に応じて導入する工夫が重要です。このように、「身体構造」「心身機能」と「活動と参加」、「環境因子」の関連を捉えて、生活機能を予防・維持し、低下した際には速やかに改善できるアプローチが必要となります。

メンタルヘルスサポート

災害により被災した住民は、心理的ストレスを経験します。失ったものや被害の大きさによるショック、避難所生活の不安、家族や友人との別離などがストレス要因です。このような状況に対処するためには、適切な精神的支援が重要です。現地では、精神保健医療の専門職機関も活動しています。これらの専門職機関に繋げることで、心理カウンセリングや心理救援活動を通じて、被災者のストレスを軽減し、心のケアを行います。また、コミュニティの支援体制の構築や適切な情報提供も不可欠です。復興支援プログラムやボランティア活動を通じて、被災者が自己効力感を持ち、心の回復を促します。また、災害時には、被災した現地の医療・福祉従事者も心理的ストレスにさらされます。これは、自身や家族が被災者であること、緊急対応の負荷、業務量の増加などから生じます。このようなストレスに対処するためには、適切な自己管理とメンタルヘルスのケアが重要です。

地域資源の把握と医療・福祉専門職機関との連携

プライマリケア従事者が震災に対処するためには、地域の資源を把握することが不可欠です。これを地域診断と呼びます。地域診断では、地域内の医療機関、福祉施設、避難所、地域住民の特性やニーズなど、地域の資源と課題を明らかにします。これにより、震災発生時に迅速かつ適切な対応が可能になります。震災時には地域外からも、多くの医療・福祉専門職機関が現地でサポートに入りますが、地域レベルの課題の把握まではできていない場合が多いです。地域の保健師と共同して地域診断を行うことで、医療・福祉の提供先や必要な支援内容を正確に把握し、地域住民のニーズに合った支援を提供することができます。また、地域の特性や資源を把握することで、連携や協力体制の構築が容易になります。これにより、地域全体での効果的な支援が実現し、被災者のニーズにより適した支援が提供されることが期待されます。

震災と地域内の社会的結びつき

東日本大震災後、地域内の結びつき(ソーシャル・キャピタル)が注目を集めました。地域内の結びつきが強い場合、地域住民はより効果的な災害対策活動を展開することができます。地域コミュニティ全体での防災訓練や災害対策の策定、地域リーダーやボランティアグループの組織化などが容易になります。地域の課題やリスクを共有し、協力して解決策を見つけることができるため、地域全体の災害対策の効果が向上します。
一方で、地域内の社会的結びつきが弱い場合、災害時の対応や復興が困難になる可能性があります。お互いに知り合いが少ない、コミュニケーションが希薄な地域では、支援の行き届きにくい状況や情報の伝達が滞る可能性が高まります。その結果、避難所での混乱や不安、支援物資の不均等な配分などが生じる恐れがあります。
以上のように、地域内の社会的結びつきは災害時の対応や復興に大きな影響を与えます。地域住民が互いに信頼し合い、協力し合うことで、より強固なコミュニティを築き上げ、災害に対する準備や対応能力を高めることが重要です。これによって、災害が起きた際にも、地域全体で一丸となって困難に立ち向かうことが可能となります。


震災前のソーシャル・サポートの有無が、震災後の高齢者の死亡リスクや心理面(うつ・認知症発症リスク等)に影響があることが明らかとなった研究を紹介します。高齢者860名を対象とした研究では、日頃から友人と会っていた人は会っていなかった人に比べ、震災翌日以降の死亡リスクが0.46倍と低かったが、震災当日の死亡リスクは高い傾向にありました3)4)。人々のつながりがある人の方が、有用な情報を入手しやすい、相談相手が多いなど健康によい効果があると考えられ、死亡リスクが低いことが示唆されました。しかし、震災当日は友人が多い人の方が友人を助けようとする行動により避難が遅れた可能性が考えられます。


続いて、震災後のソーシャル・キャピタルについての研究を紹介します。高齢者3,111名を分析対象とした研究では、震災前より震災後にご近所づきあいが増えた(近所づきあいが「なし」→「あり」)人は、震災前後ともに近所づきあいがある人と比べ、震災後のうつ症状の悪化の度合いが少ないことが示されました。震災前に近所づきあいがなかった場合も、震災後に近所づきあいが生じれば、震災後の高齢者のうつ症状の悪化が抑制されることが示されました。まちの復興においては、被災者を孤立させない、近所づきあいが生まれるコミュニティづくりを行うことが、震災後の高齢者のうつ症状の度合いの悪化抑制に有効であると言えます3)5)。

ポイント・まとめ

  • 医療機関や福祉施設が災害に備え、災害時に迅速かつ適切な対応を行うことが必要である。

  • 医療機関が被災し、医療機能が乏しくなる可能性もある中で、地域住民の健康を守る「プライマリ・ケア従事者」は、災害時の医療体制を支える重要な存在である。

  • 地域内の結びつきが強い場合、地域住民はより効果的な災害対策活動を展開することができる。

  • 地域コミュニティ全体での防災訓練や災害対策の策定、地域リーダーやボランティアグループの組織化などが容易になる。

1) Schoch-Spana, Monica, et al. "医療・ 介護における災害レジリエンスの枠組み: 将来展望."
2) 東日本大震災リハビリテーション支援関連10団体『大規模災害リハビリテーション対応マニュアル』作成ワーキンググループ, 大規模災害リハビリテーション対応マニュアル.医歯薬出版株式会社.2012.
災害発生時における高齢者の死亡リスク要因とソーシャル・キャピタル
3) 高杉 友. 災害発生時における高齢者の死亡リスク要因とソーシャル・キャピタル
. SOMPOインスティチュート・プラス. https://www.sompo-ri.co.jp/2021/01/20/1039/
4) Aida J, Hikichi H, et al. “Risk of mortality during and after the 2011 Great East Japan Earthquake and Tsunami among older coastal residents”, Science Reports. 2017;7(1):16591.
5) Sasaki Y, Tsuji T, et al. “Neighborhood Ties Reduced Depressive Symptoms in Older Disaster Survivors: Iwanuma Study, a Natural Experiment”, International Journal of Environmental Research and Public Health. 2020;17(1):337.

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この記事を書いた人

森 優太

医療法人松徳会 花の丘病院 理学療法士として臨床業務・管理業務に従事する中で、介護予防・社会疫学に関する研究を実施。2022年度、千葉大学大学院にて医学博士を取得。2023年度より千葉大学予防医学センター客員研究員、国立長寿医療研究センター老年学評価研究部外来研究員として介護予防・社会疫学に関する研究活動を実施している。自治体とともに介護予防事業・地域づくりに関与。また、フレイルに関する和文・英文は多数執筆。

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