地域包括ケア×まちづくり 「糖尿病になりにくい地域づくり」
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地域包括ケアをまちづくりの視点から考える「地域包括ケア×まちづくり」シリーズ。
今回は「糖尿病になりにくい地域づくり」をテーマに、身体活動を促進する"自然に健康になれる"地域環境について解説していきます。
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著者
森 優太
医療法人松徳会 花の丘病院
千葉大学客員研究員
国立長寿医療研究センター 老年学評価研究部外来研究員
(1) 糖尿病予防ができる環境づくりとは
糖尿病の治療には、薬物療法・食事療法・運動療法の3本柱が挙げられています。
その中で、運動療法は治療の1つとして重要であり、2型糖尿病患者に対する有酸素運動やレジスタンス運動、あるいはその組み合わせによる運動は、血糖コントロールや、心血管疾患のリスクファクターを改善させることが報告されています。また、運動の効果は筋肉量や筋力などの身体的な側面に着目されがちですが、認知症やうつ、ストレスの低減、QOLの向上といった精神・心理的な側面の改善効果も認められています。加えて、運動のみならず、日常生活内において生活活動を増加されることも体重減少や予後改善に促進的に働くことが示唆されています。実際に、糖尿病患者で運動と生活活動を合わせた身体活動が高い人ほど心血管疾患の発症や総死亡率が低いことが明らかになっています1)。
一方で、運動は大切だと分かっていても続けられないと感じている方は多いかと思います。
運動を始めたにもかかわらず、 3~6ヵ月後には約50%の人が離脱するとことが分かっており2)、その理由として、「時間的余裕がない」、「一緒にやる友人がいない」、「運動する施設・場所が近くにない」、「病気やけがで運動できない」ことが言われています3)。
運動継続の効果として先行研究では、8ヶ月運動継続群では血糖コントロールが改善しましたが、前半4ヶ月は運動継続し後半は未実施群では血糖コントロールの悪化を認めました4)。
このように、個人の努力では健康行動を維持することが難しい一方で、「自然に健康になれる環境づくり」という表現を政府も使い始めています。これは「地域」の単位で考えることが必要で社会経済や環境、行動的要因など、生活している環境を改善することで、生活習慣病予防や重症化予防を実施しようという考えです。「健康日本21(第三次)」の厚生労働省の検討案の中に、この表現が新たに盛り込まれています(図1)。
(2) 地域環境と身体活動
身体活動を支援する地域環境としては、学校・公園・食料品店・集いの場などの、住民にとって目的地となりうる「魅力的で興味のある場所」の数が多いことが挙げられます。また、歩行や自転車などのアクティブな移動を促す環境要素としては「3つのD」(3Ds)、密度(Density)、土地利用の多様性(Diversity)、歩行者志向のデザイン(Design)がよく知られています 5)。これらに、目的地へのアクセス性(Destination Accessibility)、公共交通への距離(Distance to transit)を加えた「5つのD」(5Ds)も知られています。
ここでは海外21カ国からの100編の研究を基に、どのような地域環境が身体活動や歩きやすさに関連しているかを明らかにした論文を紹介します 6)。
目的地やサービスとして、「レクリエーション施設」、「公園」、「店舗/商業施設」、「安全で歩きやすく、見た目にも美しい環境」は、高齢者の身体活動促進と関連していることがわかりました。一方で、医療・介護・福祉専門職個人にとってハードな側面で地域づくりに関与することは難しいかもしれません。そのような背景でも「アフォーダンス」の考えを用いることでソフトな側面で地域環境改善と身体活動向上に寄与することが期待できます。
ウォーカブルで使いやすいまちを育むには、自然と歩きたくなるような、あるいは自然と使いたくなるような場所や設えを用意してゆくことが大切です。様々な立場の人たちが自然と近づきたくなる、自然と使いたくなるような、人を遠ざけないような空間デザイン(アフォーダンスを考えた空間デザイン)の工夫が必要です。アフォーダンスとは、英語の動詞 「afford(アフォード):与える、提供する」を名詞化した James Jerome Gibson による造語です。アフォーダンスとは、「環境が動物に与え、提供している意味や価値」と定義されています。例えば、所属先の施設の屋外歩行路に「椅子」を設定することで「休息」の場に繋がります。ウォーキングの際の休息の場にもつながりますし、結果的にウォーキングがしやすい環境につながります(図2)。
(図2)自然に歩きたくなる環境づくり
(3)糖尿病になりにくいまち
坂の傾斜が急である地域環境は、筋力を使うので糖尿病に良い一方で、外出や歩行時間が短くなるので糖尿病に悪い、という2つの可能性があります。この問題を、血液データで糖尿病を評価し調べた研究はありませんでした。
そこで、介護認定を受けていない65歳以上の高齢者のうち、健診データとリンクのできた8904名のデータを用い、地域ごとの傾斜角と、住民の糖尿病リスクとの関連を調べました。地域ごとの傾斜角は、地理情報システム(GIS)により、小学校区における平均の傾斜角を算出し分析しました。その結果、坂の傾斜が1.48°上がると、コントロール不良の糖尿病(ヘモグロビンA1cが7.5%以上)は18%減っていました7)。わずかな傾斜を活かすことで、糖尿病を予防するまちづくりが期待できるかもしれません(図3)。
(図3)糖尿病になりにくいまち
次の紹介論文として重度糖尿病教育入院患者における入院前のウォーキング行動に関連した心理的要因および環境的要因を調査した研究があります8)。患者22人(年齢55.3歳)を対象とし、入院時に質問紙調査を実施しました。項目は、ウォーキング行動のセルフ・エフィカシー(以下,歩行SE),糖尿病関連領域質問表(PAID)、うつ・不安尺度(HADS),ウォーキング行動評価尺度,国際標準化身体活動質問紙環境尺度(IPAQ-E)としました。歩行時間は歩行SEと正の相関を認め、うつ得点と負の相関を認めました。また、歩行時間の下位尺度である「運動のために歩く時間」は環境尺度の「公園、体育館、施設などがある」項目と正の相関を認めています。
このように糖尿病になりにくい地域づくりとして、地域の「坂の傾斜」や「公園、体育館、施設」等を有効活用すると良いかもしれません。
(4) ポイント・まとめ
- 生活習慣病予防や重症化予防のためには「自然に健康になれる環境づくり」が必要である。
- 身体活動を支援する地域環境としては,「3つのD」(3Ds)、密度(Density)、土地利用の多様性(Diversity)、歩行者志向のデザイン(Design)が重要である。
- 所属先の施設の屋外歩行路に「椅子」を設定する等の、人を遠ざけないような空間デザイン(アフォーダンスを考えた空間デザイン)の工夫が必要である。
- 坂の傾斜を活かすことで、糖尿病を予防するまちづくりが期待できる可能性がある。
1) 日本糖尿病学会. 糖尿病ガイドライン2019. 南江堂.
2) Dishman, RK. Exercise Adherence :Its impact on public health. 1998, Human Kinetics.
3) 太田壽城ほか. 運動の動機づけと継続化の要因について. 臨床スポーツ医学. 13(11), 1996, 1213-1220.
4) Edmund, C. et al. The metabolic effects of long term exercise in Type 2 Diabetes patients. Wien Med Wochenschr. 156, 2006, 515-519.
5) Cervero, R. et al. Travel demand and the 3Ds: Density,diversity, and design. Transportation Research Part D: Transport and Environment, 2(3), 1997, 199-219.
6) Barnett D W. et al. Built environmental correlates of older adults’ total physical activity and walking: A systematic review and meta-analysis. International Journal of Behavioral Nutrition and Physical Activity, 2017, 14(1).
7) Fujiwara T. et al. Is a hilly neighborhood environment associated with diabetes mellitus among older people? Results from the JAGES 2010 study. Soc Sci Med. 2017 Jun;182:45-51.
8) 水本淳ほか. 重度糖尿病患者のウォーキング行動に関連する心理的要因および環境的要因. 理学療法科学, 2011, 26.5: 599-605.