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医師の働き方改革の在宅医療への影響を読み解く|前編|夜間対応や医師の確保で間接的な影響を懸念

  • #在宅医療全般
医師の働き方改革の在宅医療への影響を読み解く前半 夜間対応や医師の確保で間接的な影響を懸念 医療法人おひさま会 荒隆紀先生

2024年4月からスタートした「医師の働き方改革」は、在宅医療の現場にどのような影響をもたらすのでしょうか? 

医療法人おひさま会最高人材育成責任者の荒隆紀先生は「夜間対応や医師の確保で間接的に影響がある」と指摘します。
医師の働き方改革の在宅医療への影響や診療報酬改定に込められたメッセージなどについて、荒先生に意見を伺いました。

医療法人おひさま会
荒 隆紀 先生

2012年新潟大学卒業。洛和会音羽病院で初期研修後、同病院呼吸器内科後期研修を経て、関西家庭医療学センター家庭医療学専門医コースを修了。家庭医療専門医へ。「医療をシンプルにデザインして、人々の生き方サポーターになる」を志とし、医療介護福祉領域の人材育成パートナーとなるべく起業。その他、関西で在宅医療を展開する医療法人おひさま会のCLO(Chief Learning Officer)として法人全体の人材育成/組織開発をしながら、新潟大学総合診療研修センターの非常勤講師として医学生教育にも従事している。著書:「京都ERポケットブック」(医学書院)、「在宅医療コアガイドブック」(中外医学社)

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「人材確保」の点で大きな影響

今年の4月から、医師の働き方改革がスタートしました。医師の働き方改革が在宅医療へ及ぼす影響については、直接的にはそれほど大きな影響があるとはいえないと考えています。在宅医療をクリニックで行っている医療機関は、一部を除いてほとんどが一般のA水準で月あたりの時間外上限45時間レベルなので、院内で雇用している常勤医師に関して大きな影響はないと思われるからです。
 
一方で、24時間対応をする在宅療養支援診療所などで、B基準・C基準施設の常勤医師を非常勤雇用して日中や夜間の診療を行っている場合は、「人材確保」の点で大きな影響が出ると思います。
 
端的にいえば、副業で在宅医療をしていたB基準・C基準施設の常勤医師に対しては勤務時間の制限がかかります。そのため、医師の人材確保が厳しくなることが予想されます。
 
一方で、宿日直許可を出さない複数の医療機関で当直などの副業をしていた医師に制限がかかり、減収につながり転職を考える医師も増えていくと思います。実際に、当法人でも宿日直許可を提出していない救命センターで当直バイトをしていた医師が労働時間上限に抵触するためバイトを諦めることになったというケースもありました。
 
こうした経緯を踏まえて、今後在宅療養支援診療所にとっては、(1)常勤医師の安定的雇用と維持、(2)夜間の新たな医療提供体制の構築――の2つの対策が大事になると思います。

採用マーケティングやブランディングで「働きたい医療機関」になる

(1) 常勤医師の安定的雇用と維持については、採用マーケティングやブランディングによって「働きたいと思える医療機関」と思ってもらえること、つまり、"働きやすさ"と"働きがい"の両方を提供する医療機関になる、という当たり前のことが重要です。それぞれの医療機関が、どうすれば働く場所として選ばれるようになるか、シビアに問われるようになります。
 
しかし、これは実際にはとても難しい問題です。世にあふれる医師のアルバイト案件は、多くが時給ばかりクローズアップされていて、1晩でどれだけ稼げるかという話になりがちです。それでは結局のところ、お金で人を取り合っているに過ぎません。
 
そうではなく、いかにしてそこに学びであったり経験であったりなど、プラスアルファの価値を見いだせるかが重要。たとえ夜だけの勤務だとしても、そこで働くことでどのような経験が積めるか、やりがいを感じられるかなど、その組織に所属して短時間でも勤務する意味を働く医師に感じさせるような医療機関が求められていくと思います。
 
     
(2) また、夜間の新たな医療提供体制の構築では、夜勤対応できる医師人材を確保するだけでなく、質の低下をもたらさないテクノロジーの活用やタスクシフトが必要になります。診療形態も対面診療に加えて、オンライン診療への柔軟な対応も求められていくでしょう。

診療報酬改定に込められた在宅医療へのメッセージ

必要な医師数を確保しながら、医師以外の専門職とも連携し、いかにして提供する医療の質を落とさないかということも重要になります。
 
2024年度の診療報酬改定では時間外対応加算の見直しが行われましたが、ここには「かかりつけの医療機関が、夜間も含めて患者のことを診てください」というメッセージが込められていると感じました。つまり、夜間を含めてかかりつけ医がしっかり対応してほしい、というのが政府からのメッセージなのだと思います。

かかりつけの機能を発揮しなければ診療報酬が与えられない時代

このほかにも診療報酬改定関係では、往診料の緊急往診加算や夜間・休日往診加算、深夜往診加算で一部加算の引き下げが行われました。普段から見ている患者や連携体制を取っている医療機関・施設の患者とそうでない患者を分けて、そうでない患者に対する対応の場合は大きく減算になったのです。
 
これらは、方向性としては極めて妥当な流れだと感じています。今よりももっと在宅医療に取り組む医療機関が少なかった時代は、入院日数を短縮して医療費を削減するためにも、とにかく在宅医療に取り組む医療機関を増やそうという傾向がありました。
 
しかし、今では在宅医療に取り組む医療機関もある程度増えてきたので、しっかりとかかりつけ医としての機能を発揮しなければ、診療報酬が与えられないような流れになっているのです。

新たな働き方を求めて医師の転職市場が変動する可能性も

一方で、今の医師の働き方改革は不完全です。本来の目的である働く医師のウェルビーイング(Well-being)の向上というよりも、単に副業の制限止まりになってしまっている感は否めません。長時間労働の是正といっても、実際に過労による健康被害を減少させるほどの長時間労働の是正になっているとは思えないからです。
 
そうした中で、少し視点を変えれば、新たな働き方を求めて、医師の転職市場が変動する可能性が高いと個人的には考えています。少しずつ在宅医療へ人材が流れてくるような手応えも感じています。
 
まとめると、医師全体の働ける時間が限られてくる中で、働く場所として選んでもらう医療機関になるためには、今まで以上にやりがいや働きやすさを重視することが大切になります。その一方で、かかりつけとして自分たちでしっかりと24時間365日対応できる体制を整えるには、足腰がしっかりした法人であることが求められるのではないでしょうか。

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この記事を書いた人

横井 かずえ

医療ライター。医薬専門新聞社『薬事日報』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2014年に独立。現在はプレジデント、講談社・コクリコ、ドクターズマガジン、m3.comなどで幅広く執筆。共著『在宅死のすすめ方 完全版』(世界文化社)。取材してきた医師、薬剤師、看護師は500人以上。

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