デザインとケアの力で医療と地域をつなぐ「窓」となる|株式会社 Skyhook
今回はデザインとケアの力で医療と地域をつなぐ様々なプロジェクトに取り組んでいる株式会社 Skyhookのみなさんにインタビューさせていただきました。
インターンシップの取り組みや企業とのコラボレーションなど様々な活動をご紹介いただきました。
株式会社 Skyhook
デザインとケアの専門知識を融合させ、医療と地域社会を繋ぐ様々なプロジェクトに取り組む企業。訪問看護ステーション「ナーシングケアいおり」の運営を基盤に、インターンシップや企業とのコラボレーションなど、多岐にわたる活動を通じて、地域社会への貢献を目指しています。
ーまずは皆様から簡単に自己紹介をお願い致します。
内山
株式会社Skyhook代表取締役の内山と申します。弊社は今8期目で「デザインラボと在宅ケア」の協調を目指しています。葦澤と出会いデザインチームとして活動していたのですが、お互いの家族に病人がいたこともあり、自分たちのデザイン思考を在宅ケアに使えないかということで、ステーション開設に合わせて法人化しました。
葦澤
株式会社Skyhook取締役の葦澤ひろみと申します。私は美大を出てショップのブランディングや音楽やゲームなどのデザインをしてきましたが、後に内山と出会い、Skyhookの設立に至りました。
杉本
ナーシングケアいおり管理者の杉本愛子と申します。今年で看護師12年目になります。総合病院の血液腫瘍内科から看護師人生をスタートし、その後施設や訪問診療など様々な職場を経験してまいりました。在宅医療に携わって今年で5年目になります。
ーSkyhookさんはデザインと医療の専門家が混ざり合った組織なんですね。そういった「デザイン×医療」という会社の形を 目指された創業の経緯についてご紹介いただけますか。
内山
家族に病人がいたこともあり、介護について何かしら解決できないかという課題感を持っていました。介護保険に切り替わった時に、家に看護師さんや介護士さんが来てくれるようになり、今まで医療者側との壁を感じていたのですが、やっと医療者側とコミュニケーションが取れる・通じているような感覚があったんです。 今までは住民側と医療介護側との間に大きな壁があったと思うのですが、財政は縮んでいき、利用者側は膨らんでいく、その状況でこれまでのような壁で分けられたままでは成り立たないだろうと考えたんです。だからといって無理に壁を取り払うだけではショック症状を起こすかもしれない。 ではどうやってこの壁を隔てた両者をつないでいくのがよいのだろうと考えた時に、「壁に窓を作る」イメージが思い浮かびました。 医療・介護・福祉・ソーシャルワークと利用者の方が出会う地点を、いろいろなところで、いろいろな形で作っていかないと共生という形にはならないだろうなと思ったんです。 「いろんな種類の窓をいろんな位置に作っていく」、お互いが出会うようなポイントを作っていくっていうのが私たちの今の仕事だと思っています。
ーそのような想いの中で訪問看護ステーションを立ち上げられた理由も教えていただけますか。
内山
起業するにあたって医療介護の現場に全く入っていないというのが嫌だったので介護士の資格を取りました。そしてできるだけいろいろな利用者さんに触れたく、医療介入度の高い難病をかかえた利用者さんも多い訪問介護ステーションで働きました。そこは訪問看護ステーションに付属していたのですが、訪問看護師さんの動きを見て、介護士との大きな違いは「全方向にアプローチできる」ということが分かったんです。利用者さん、医師、介護士などの真ん中に入って全方位にアプローチできる、ここが窓口になったらもっと色々なフィールドを開拓できるのではと思い、訪問看護ステーションを立ち上げました。
葦澤
内山も私も施設と在宅の介護の現場を両方携わらせてもらいました。そこで、在宅はその人の暮らしそのものであり、その人の世界や価値観を大切にし、そこに入っていく困難ややりがい、面白さを感じて在宅ケアの場を選んだというのもあります。
ーそのような経緯の中で立ち上げられた訪問看護ステーションについて特徴などもご紹介いただけますか。
杉本
今利用者さんが64名いらっしゃいまして、最近の特徴としては要支援の方やターミナルの方の依頼を受ける機会が多くなってきています。その中で、ナーシングケアいおりを利用することだけは決まっているけれど、その他は何も決まっていない、ケアマネージャーや訪問診療はどうしたらよいのか、というご相談が多いです。在宅療養を始めるスタート地点からの支援が多いですね。
ー在宅療養を始める利用者様は不安も大きいかと思いますが、デザインの専門家もいらっしゃるSkyhookさんだからこそできることやケアの中で大切にされていることを教えてください。
杉本
私の中で一番印象に残っているのが糖尿病と腸閉塞のある利用者さんです。その方は糖質管理が必要だったのですが、糖尿病による視力障害もある方で細かい栄養指導に限界がありました。そんな中、経営陣のデザインチームに相談をしてイラストでわかりやすい糖質管理表を作ってもらいました。それを利用者さんにお持ちしたところ、「これなら自分でもできそう、ヘルパーさんにお買い物頼むときに活躍しそう」とのお声をいただきました。利用者様がご自身の病気と前向きに付き合っていける姿を見た時、デザインの力でもサポートできるこのチームに入って本当によかったなと思いました。
内山
一般的な解決ツールだったら誰でもすぐに手に入るのですが、その人に合っているか、どのくらい近づけるか、が一番大切だと思っています。訪問看護師さんや訪問介護士さんは利用者さんの第一級の情報を持っていると思っています。その方々から情報をもらって、この利用者さんだったらどういう形にすれば使ってくれるか、自分のものにしてくれるか、というのをデザインチーム・看護師リハチーム全体でよく話しているんです。それが結果的に「あ!こんなことができるかも」という解決策につながっていると思います。
杉本
また、グリーフケアも大切にしています。亡くなって四十九日が過ぎたあたりに訪問させていただくのですが、その際にグリーフカードを持参しています。このカードにはデザインチームにその利用者様の好きだったものやゆかりのある風景、生前食べたいとおっしゃっていたものなどのイラストを描いてもらっています。ご家族の方が涙ぐまれたり、喜んでいただく姿を見て、その方が一生懸命生きた時間を形にできるというのもこのチームならではだと思います。
ー医療とデザインのコラボレーションで利用者の方一人一人に合わせたケアを提供されていらっしゃる具体的な事例ですね。Skyhookのみなさんは地域にも様々なアクションを起こしているということを伺ったのですが、まずはそのような地域・社会への活動を行うきっかけを教えていただけますか。
葦澤
一般的にデザイナーって医療や福祉関係者に出会うきっかけがないんですよね 。でも我々は 訪問看護ステーションを持っているのでケアマネージャーさんなどの医療福祉関係者の方に直接会う機会があります。そこで「実はこんなことがあって」という話をしたりとご縁が生まれて、そのご縁がきっかけになっていますね。
内山
私の中では在宅ケアは人が生きる上での「自由」や「倫理」に直結しているものだと思ってるんです。やっと在宅ケアが当たり前になってきて、これからどうやって維持し展開していくのかが求められていく中でデザイン思考が有効なはずだと思ったんです。「在宅ケア」というと寄り添いとか優しさみたいなイメージを持たれやすい気がするのですが、私の中では全く逆で、「個人が好き勝手に生きるための基盤」というイメージなんです。思わぬことで躓いた個人がSOSを出した時、いつでも誰かが必要な知識とスキルを持って助けに行く準備がある、それが「公(パブリック)」になり得ると思っています。この「公」の基盤をもっと張り巡らせることができないか、自分たちの手の届く範囲でケアにデザインを持ち込んでみようと思いついたことがきっかけになっていますね。
ーそのようなきっかけで地域の色々な方にまずは知ってもらうというアクションをされているのですね。具体的なプロジェクトの一例をお伺いできますか。
葦澤
さきほど内山が話した通り、「壁に窓を作る」ということでまずは知ってもらうことが大切だよねという前提で始めています。色々な方に知ってもらうのが大事なのですが、その中でもこれから社会の制度設計や制度を報道していく立場にある社会科学を学ぶ学生の方に現場を見てもらいたいという気持ちで始まったのがインターンシップの取り組みです。 以前勤務していたお茶の水女子大学の教授と数年にわたり話をして、大学から単位も付与するという形で座学と訪問同行を行うというインターンシップを行っています。 ここ2年で有償のアルバイト含め3人の学生さんがうちの現場を経験してくれました。 ある学生の方は「自分がシングルのまま生きていっても、何かあったときにこういう形で看てくれる人がいるんだ、と安心しました」と言ってくれたり、ある方は「障害があるということはすごく大変なことと思っていたけれど、その人に合った場があればこういう風に働いたり活動したりできるんだ」というコメントをくれました。このような「現場を見て、自分の思い込みから解放された経験」をした学生の方々が大学を卒業して省庁や新聞社に就職したので、私たちも将来に対する小さい種を蒔くことができたのかな、と感じています。
内山
訪問看護のみのインターンシップではなく、弊社を窓口に重度訪問介護や地域包括支援センターやデイサービスなど様々な在宅の領域を経験してもらっています。 そしてその学生の方が省庁や新聞社で働くようになったとき、周りに「現状はこうだったよ」ということを言ってくれるんです。このような一つ一つの種を蒔き、在宅ケアというフィールドを耕していくことも私たちの責任だと思ってやっています。
ーまさに「窓を作る」というコンセプト通りのプロジェクトですね。そのような市民の方との窓を作るというアクションの他、企業との協業でのプロジェクトもお伺いしました。天真堂さんの「スーププロテイン」という商品開発の事例もお話いただけますか。
https://shop.global-healthy.jp/collections/exslim_soup
内山
天真堂の酒井社長とはもともと知り合いで、商品開発の相談を受けていました。その中にプロテインの商品があり、自分の中でプロテインは美容やエクササイズなど「何かをプラスしていく」イメージだったのですが、よく考えてみたら「フラットな状態から下がってしまっている人」、例えば栄養が摂りにくい、疲れてしまっている、過酷な状況にある、などの人を「フラットに戻す」役割として考えられるなと思ったんです。一般的なプロテインのブランディングではなく、フラットな状態から下がって困っている人に向けたケアの文脈でのブランディングをすることで今までとは違う方々に届くのではないか、と考えました。
杉本
実は私自身が昨年の夏に体調を大きく崩してしまいまして、食事を取れない時期が続いていた時に飲んだのがきっかけで訪問の合間や食事が取れないときに利用しています。また、利用者さんのご家族の方でフレイルと診断されてしまった方から相談を受けた時にもこちらの商品をご紹介しました。タンパク質をきちんと計測して食事に取り入れるのってなかなか大変なのですが、これならおいしく手軽に飲めるわ、ということで今でも愛飲されていらっしゃいます。また、ALSの利用者さんで医師から処方された栄養剤が甘くて飲みにくい、という方にも美味しく質のよいタンパク質を摂れるということでおすすめし、飲んでいただいたエピソードもありました。ケアをしているご家族様からも手軽に良質なタンパク質を用意できると喜んでいただけました。
内山
医療従事者も利用者もいわゆる栄養剤についての知識はあるのですが、実際にそれに切り替えるとなると心理的ハードルも高く、できれば食事として摂りたいという思いがあります。そんな中でこちらのスーププロテインは食事として摂れて、しかも美味しいということで多くの方に喜んでいただいていますね。
Skyhook内山代表と天真堂の酒井代表
ーもともとは医療介護に向けて開発された商品ではなかったところを、内山さんが「窓」の役割として医療介護の現場のみなさんにも使ってもらえる接続点になられたのですね。 天真堂の酒井社長はいかがでしょうか。
酒井
Skyhookの皆さんには最初は商品デザインの相談をしていたんです。もとはダイエット目的での商品だったのですが、みなさんとお話をする中で、栄養価が高く、ずっと続けられるということで医療介護の領域でも使ってもらえるということに気づきました。そして、ケアを受ける側の人たちだけのものでなく、ケアを提供する側の人たちにも同じように飲んでいただけるというのが素晴らしいアイディアだなと思いました。実は私自身、社会人になって一番初めの仕事が在宅医療の領域での仕事だったんです。そこから全く異なる化粧品・健康食品という領域に飛び込み、いつの間にか在宅医療のことは忘れてしまっていたのですが、Skyhookのみなさんとお話をして思い出させてもらいました。
ー内山さんが冒頭で話されていた会社のコンセプト通り、色々な方との接合点を作っていらっしゃるのですね。 世の中には「地域へのアクションを起こしたいがどう始めたらよいかわからない」と感じている医療機関や介護事業所の方も多いかと思います。そのような方にSkyhookのみなさまからメッセージをいただけますでしょうか。
内山
地域活動を仕掛けたい方は多くいらっしゃると思います。どういう風に始めていくかは難しいところもあるかと思いますが、個人的にまず思うのは「住民の地力を信じてほしい」ということです。Skyhookでは今日お話した他にもたくさんのプロジェクトを仕掛けていますが「コントロールしない」ことを前提としています。住民一人一人が自由にエンパワメントされるプロジェクトしかやりません。そういう世界を私自身が望んでいるからです。きちんと形が整ったものではなく「ケアが存在する原っぱ」をつくるイメージですね。私たちがすることは、そこに来る人たちが自由に遊んでくれる、あくまでもきっかけ作りです。
葦澤
活動したいということを目的にしてしまうと活動が始まったところで勢いが終ってしまうと思うんですね。医療のプロであるということの他に、その活動に主体的になる理由があるとよいと思います。例えば誰かのお父さん・お母さんであったり、すごく好きな趣味があったりとその活動に本気になれる理由がある、そして「こうなってほしいな」と本気で思えるところから一歩歩き始めてほしいなと思います。私たちもそういう方と関わりたいなと思っています。
杉本
同じ地域の在宅医療クリニックさんやケアマネジャーさん、地域包括支援センターの方から様々な相談を受けます。直接依頼につながらない相談ごとであっても、同じようなことで自分たちも困っていたり、いずれは地域全体が直面する問題だったりすることが多いです。そのような困りごとを地域全体で解決するために、地域をつなぐ訪問看護ステーションが増えたら嬉しいなと思っていますし、私たちもそんな存在であり続けたいと思っています。
内山
これから実現してみたいことはたくさんあります。いまちょうど地域包括支援センターや地元の有志たちと「グリーフケアを核にした地域コミュニティ」を育てているところですし、ファミリーホームやユニバーサルデザイン集合住宅などにもチャレンジしてみたいですね。