在宅医療は「人対人」の最適な医療 ー寄り添いの軌跡とチームの力|みなみ在宅クリニック| 南大揮先生

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高知県高知市で患者一人ひとりの生活に寄り添う「みなみ在宅クリニック」。
院長の南大揮先生は、循環器内科医として病院や診療所で勤務した後、在宅医療の道へ進みました。
医師としての原体験や病院医療での葛藤を経て、「患者さんの最期までその人らしく」という強い想いを胸に、現在は栄養士を含む多職種チームを率いて温かな医療を実践しています。
本記事では、南先生が「ライフワーク」と語る在宅医療への情熱、専門性を活かした診療、そしてスタッフと共に成長するクリニックの姿に迫ります。

医療法人OWL みなみ在宅クリニック 理事長・院長 南 大揮医師

2004年岡山大学医学部卒業。
中部徳洲会病院(初期研修)、近森病院内科・循環器科等での勤務を経て、2016年2月よりつばさクリニックで訪問診療に従事。2018年10月高知市にみなみ在宅クリニックを開設。
2020年1月に法人化し、理事長就任。現在、高知市・南国市を中心に約330名の在宅患者さんへ24時間対応の訪問診療を行っている。

医師としての原点、在宅医療への道

ーーまず、医師を志したきっかけや、在宅医療に繋がる原体験を教えてください。

医師を目指したのは父の影響が大きいです。
内科の開業医である父の姿を小さい頃から見て育ち、自然と自分も医師になるんだという気持ちが芽生えました。
在宅医療への関心という点では、徳洲会病院での研修医時代に離島研修で沖縄の伊良部島へ行った経験が非常に印象深いです。
本当に時間がゆったりと流れる場所で、おばぁが朝から酒を飲みながら私たちの訪問を待っていました。
そして、私たちがご自宅に伺うと、本当に心から喜んでくださる。
その光景があまりにも日常離れしていて、また病院で提供する医療とも全く異なるもので、非常に強烈な原体験として心に刻まれました。
島の生活や医療の片鱗に触れたことも今思えば大変貴重な経験だったと感じています。


ーー循環器内科医から在宅医療へ進まれた背景は?

病院や診療所での診療にやりがいは感じていましたが、外来では効率が求められ、もっと一人ひとりの生活の近くでじっくり関わりたいという思いが強くなりました。
「もっと別のやり方があるんじゃないか」と。患者さんが住み慣れた場所で、最期までその人らしく穏やかに過ごせる医療を実践したい。
患者さんやご家族の話をじっくり伺い、寄り添いたい。病院とは違う「人対人」の「最適な医療」を目指したのがきっかけです。
開業当初は一人で始めたので、24時間365日対応するという覚悟はいりました。

専門性を活かし、患者一人ひとりと向き合う

ーー内科専門医や循環器・救急でのご経験は、在宅医療でどう活きていますか?


内科医としての知識は、自分のベースとして非常に役立っています。
また、研修医時代に救急外来で2年間研修したので、そこで培った処置の経験も活きています。
例えば、施設で転倒した患者さんがどうしても病院受診できない場合に、簡単な傷の縫合をしたことがありますが、これは救急外来での研修がなければ難しかったと思います。
腹水穿刺やバルーンカテーテルの挿入といった処置も、これまでの経験があるからこそスムーズに行えます。
また、専門的なレベルではありませんが、急性腹症の際にエコーを使って「急性胆のう炎の疑いがある」など、ある程度の診断をつけて急性期病院へ迅速に紹介できているケースもあります。
循環器内科での勤務経験があることを地域の基幹病院の先生方に知っていただいていることで、心不全を含めた循環器疾患の患者さんのご紹介が増えているという側面もあると感じています。 

ーー在宅で患者さんと向き合う上で大切にしていることは?


患者さんの多くは高齢で多疾患を抱えています。一つ一つの問題を丁寧に整理し、それぞれに対応・管理していくことが非常に重要になります。
これは内科医として病院勤務をしていた時代に培った基本的なアプローチが、そのまま活きていると感じています。
何より、それぞれの患者さんが何を一番望んでいらっしゃるのか、ご家族が何を大切にされているのかをしっかりと把握すること。
医学的な正しさだけではなく、その方らしい生活を支えるために、何が最善なのかを常に考え、寄り添う姿勢を大切にしています。 

忘れられない出会い ~在宅医療だからこそ紡げる物語~

ーー特に印象的な患者さんとのエピソードを教えてください。

最近あったことですが、病院から退院する時にもう長くないと言われた方がいらっしゃいました。
主に心臓と腎臓を患っておられた方で、紹介時には予後3〜4ヶ月と言われていたのですが、退院直後は浮腫や胸腹水が著しく、私からは「それよりももっと短くなる可能性がある」とご家族に説明しました。
その際、「生命を維持する上で十分な量ではなくなってしまうかもしれませんが、症状緩和のためには栄養や水分の量を減らした方が良い場合もあります。」と正直にお伝えし、ご提案したところ、ご家族もその方針を理解し、受け入れてくださいました。
ケアを進めたところ、少しずつ浮腫や胸腹水が減り、全身状態が思いのほか安定しました。
何よりも忘れられないのは、退院から1年のお祝いをご家族と共に盛大に行った後、少し経った頃の診察での出来事です。
それまで診察時にはあまり発語がなかったその患者さんが、はっきりと「具合はまあまあです」「痛みはないです」など、お話をしてくださったのです。
本当に驚き、心の底から感動しました。

ーー1年という月日の中で、ご家族のサポートも大きかったのでは?

お二人の娘さんが本当に熱心に介護をされていて、お母様に少しでも長く、穏やかに過ごしてほしいという強い気持ちがひしひしと伝わってきました。
工夫した点としては、ご家族の不安を少しでも和らげられるよう、通常月2回の訪問を毎週に。
また、連携していた訪問看護ステーションも、医療用SNS(MCS)で密に情報を共有し、非常に丁寧な看護を提供してくれました。
訪看さんの力はとても大きかったです。 

チームで支える温かな医療 ~栄養士の存在意義~

ーー栄養士2名体制は地方では先進的ですね。どのような思いで採用されたのですか?

亡くなる直前まで「食べたい」と仰る方は本当に多いです。「食支援」の重要性は学会などでも常々発信され、議論されているテーマだと認識しています。先進的に在宅医療に取り組んでいる他の医療機関を見ると、必ずと言っていいほど管理栄養士が在籍し、活躍されています。
そうした状況を見て、「田舎である高知でも、同じような質の高い食支援ができないだろうか」と、開業当初からずっと考えていました。
そして、経営がある程度軌道に乗ってきたタイミングで、栄養士の採用に踏み切りました。

ーー栄養士の具体的な役割とチームへの良い影響は?

訪問栄養指導、診療同行での食事・栄養相談、多職種カンファへの出席など多岐にわたります。
特に印象的だったのは、認知症の進行によって経口での食事が難しくなり、脱水症を起こして入院された患者さんです。
病院からは経管栄養を勧められましたがご本人は希望されず、退院後に当院の訪問診療が始まりました。
「お誕生日ケーキが食べられなかった」と聞き、栄養士が娘さんと一緒に、嚥下状態に配慮したクリスマスケーキを手作りしました。
普段はほとんど発語がない方だったのですが、ケーキを召し上がった際、はっきりと「ありがとう」と言ってくださったと聞いて、本当に嬉しかったですね。このケースでは、訪問看護ステーションの言語聴覚士(ST)による訪問リハビリにも栄養士が同行し、嚥下状態の確認を行うなど、まさに多職種連携にも繋がりました。
「食支援は究極の多職種連携だ」と仰る先生もいらっしゃるほどです。

患者さんとスタッフ、双方にとって「より良い」場所であるために

ーー地域から信頼されるクリニックであり続ける秘訣は?

特別なことをしているという意識はないのですが、やはり一つ一つのご依頼に対して丁寧に向き合い、基本的には「断らない」という姿勢を大切にしてきたことでしょうか。
そして、開院当初から24時間365日体制にはこだわってきました。
現在は常勤医2名と、当番制で複数の非常勤医師、そして地域の訪問看護ステーションとしっかりと連携することで、この体制を維持しています。
患者さんやご家族が、いつでも安心して頼れる場所でありたいという思いが根底にありますね。

ーースタッフが働きがいを感じ、安心して長く勤められる環境のために、具体的にどのような工夫をされていますか?

関わるスタッフの心身の健康があってこそ、質の高い医療を提供できると考えています。
そのため、スタッフがゆとりを持って働ける体制づくりは常に心がけています。
具体的には、学会への参加を奨励したり、有給休暇とは別に最大年間5日間のリフレッシュ休暇を導入したりしています。
また、できる限り残業が発生しないように、診療は原則夕方5時までとし、「はようかえりよ(早く帰りなさいよ)」と声をかけるのが私の日課です。
残業削減の取り組みとしては、結局はマンパワーにもよるので、ゆとりのある人員配置にしてできるだけ時間内に仕事が終わるように心がけています。
幸い高知は自然豊かで、「時間の流れがゆったりしている」のが魅力です。
食べ物も美味しいですし、釣りやゴルフ、サーフィンなど、趣味を楽しめる環境もあります。
オンとオフをしっかり切り替えて、ワークライフバランスを大切にできる。そんな職場で、スタッフには長く、安心して力を発揮してほしいと願っています。

この記事を書いた人

ささまほ

国立大学卒業後、大学病院、障害者福祉施設、離島クリニック勤務を経て、2015年より訪問看護師として従事。 在宅分野での豊富な経験と知識を活かし、"誰もが自分らしい最期を送れる社会を"をモットーに、在宅医療専門ライターチームを運営。 執筆・編集業のほか、在宅医療の普及活動にも尽力している。 正しい医療知識を広める会所属。

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