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米国の医療制度と診療看護師の存在。日本の在宅医療にも診療看護師を|米国で人々の健康と生活を支える診療看護師|毛受契輔さん

  • #在宅医療全般
米国の医療制度と診療看護師の存在。日本の在宅医療にも診療看護師を|米国で人々の健康と生活を支える診療看護師|毛受契輔さん

診療看護師(Nurse Practitioner:NP)の資格は1960年代にアメリカで創設されました。その背景には、医師不足と高額な医療費が課題にあります。

NPは、看護の知識と医療行為に関する専門的な知識・技術を兼ね備えた存在です。なかでも米国におけるNPは薬の処方、検査の実施・判断、点滴の調整などの医療行為を医師の指示だけではなく独自の判断で実施できます。
NPは医師の負担を軽減するとともに、患者さんに迅速かつ効率的な医療を提供する役割を担っているのです。

日本の在宅医療における現場でも、人材不足やオンコール対応などで医師一人ひとりにかかる負担が大きいのが現状です。
一方で、日本の在宅医療におけるNPの実績はまだ十分に認知されていません。しかし今後、超高齢社会を迎える日本では、在宅医療の需要がますます高まると予測されます。

米国でNPとして活躍されている毛受契輔さん。日本での看護経験を経て渡米し、現在は在宅医療の成人・老年プライマリの分野で活躍されています。
今回は米国における医療の実際や日本のNPの展望について伺いました。

カリフォルニア州診療看護師
毛受 契輔 さん

2007年に藤田医科大学看護学科を卒業し、藤田医科大学病院にて5年間勤務後に渡米。米国で看護学校に入学し、30歳で看護師免許を取得。その後大学院に進学し、診療看護師(NP)免許を取得。
プライマリーケアNPとして現在6年目。150名程の患者さんを受け持ち、診療の傍ら中堅NPとしてリーダー業務や新人教育にも携わっている。

米国と日本の医療制度のちがいとはー高額な医療費と在宅医療における医師不足の課題

日本の皆保険制度とは異なり、米国の医療制度には公的な保険制度が「メディケア」と「メディケイド」の2つのみです。

  • メディケア:65歳以上の高齢者と障害者などが対象
  • メディケイド:低所得者が対象


そのため、公的医療保険に加入していない人々は民間の保険会社に加入しますが、所得により受けられる医療に格差があるといわれています。

日本の皆保険制度では保険適用により1~3割の費用負担で医療を受けることができますが、米国は公的保険の選択肢が限られており、患者さんの経済的負担が大きいのが現状です。

「米国の医療費ってすごく高いんですよ。救命センターに入院するだけで50万くらいかかるし、救急車も片道20万かかります。

在宅医療を担う先生も少ないんです。専門医の道に進む先生が多く、日本でいう”町医者”が少なくて。往診できる医師がいないんです。

医師不足が深刻な過疎地では、NPがクリニックを開業して完全診療を行っているところもありますよ。」

医療費も高く、医師も少ない現状ー。医師の役割を一部担い、迅速に医療を提供したり患者さんの重症化を予防するNPの存在は、本当に必要な人に医療が届かないという課題を解消するために不可欠であるといえるでしょう。

米国の在宅医療におけるNPの重要な役割ー医師の負担を軽減を図る

医師不足と高額な医療費という課題を抱える米国では、医師の多くが病院勤務であり、日本のように在宅医療を提供する開業医は多くはありません。そのため、在宅医療においてNPがプライマリケアの中心になりつつあります。

毛受さんの働いている施設では30人ほどのNPが在籍しています。医師ひとりの受け持ち患者さんが約1500人、そしてNPひとりの受け持ちで150人程度の患者さんを診ているそうです。

「NPの診察は週1回、医師の診察は3ヶ月に1回くらいです。重症度の高い患者さんは訪問頻度を増やして細やかに対応できるようにしています。治療方針の変更が必要なときや症例に対する不安が大きいときには、医師とすぐに相談できる環境が整っています。

オンコール対応でも、ファーストコールがあったら医師ではなくNPに連絡がくるようになっていて、その後の診察もNPが行きます。患者さんの状態によっては医師に報告したり相談したりしますね。日本のように往診できる医師がいないので、NPが役割を担っています。」

NPの頻回な診察やオンコール対応で医師の負担を減らすとともに、患者さんに迅速に対応することが可能になっています。

長い年月をかけて築かれた米国NPの信頼と実績

米国の在宅医療ではNPの活躍が大きい一方で、日本のNPは多くが病院に在籍しており、在宅医療ではその存在が浸透していないのが現状です。

「米国ではNPの約80%くらいがプライマリー分野のNPです。米国の現状には、患者さんが病院に行きたくて予約の電話をしたときに『3ヶ月待ち』と言われることがあります。

そこで、病院側から『医師は難しいけどNPだったら来週診れますよ』と患者さんに伝えたときに『じゃあNPでお願いします』みたいな流れがあります。救命センターを本当に必要な人がアクセスできるような形になってきていますね。」

このように米国では在宅医療に欠かせないNPの存在ですが『看護師より医師に診てほしい』という人はいないのでしょうか。

「NP資格ができたばかりの頃は『医師の代わりになるのか』という疑念もあったみたいです。長い年月をかけて医師とNPの間で診察の結果があまり変わらないことが証明されて、そのおかげか『NPより医師に診てほしい』という声はあまり聞きません。

あと、NPは時間があるので、患者さんとしっかり関われるんですよね。そのぶん強い信頼関係を築けるのもNPの強みだと思います。」

代々のNPたちが実績を作り、知識や技術を証明してきたことで現在のNPの存在が確立されました。また、信頼関係が成り立っているからこそNPに診てほしいという患者さんの想いが生まれるのでしょう。

米国では人生の最期を自宅で過ごすための在宅ホスピスサービスが主流。日本の在宅医療でも実現できたら

医師不足や高額な医療費の問題もあり、米国では、人生の最終段階を過ごす場所の大半が自宅や施設だそうです。

「アメリカではホスピスという会社があり、そこから看護師・ソーシャルワーカー・チャプレン(聖職者)が来てくれて、尊厳を持って最期を受け入れられるような体制が整っています。

日本のホスピスは場所を移らないといけないから患者さんも負担が大きいですよね。日本でもホスピスが自宅で受けられるようになったらいいなと思います。」

日本においても在宅ホスピスサービスを提供できる施設が増えつつはありますが、すべての人の「自宅で最期を迎えたい」という願いを叶えるには至っていない現状があります。

令和4年度の厚生労働省の調査では『病気で治る見込みがなく余命が1年以内と言われたとき、最期をどこで迎えたいか』という質問に対し『医療機関』と『自宅』がそれぞれ約40%と同程度でした。
一方、実際に最期を自宅で迎えた方は約17%にとどまっています。

日本の在宅医療でも緩和ケアとして痛みや苦痛の症状に合わせて薬剤の調整やケアは可能ですが「在宅ホスピスサービス」としてさらに専門的なケアが受けられるようになると、自宅で最期を迎えたい方の希望を、より叶えられるのではないでしょうか。

NPは医療と看護の両方の視点を持てる。日本の在宅医療の現場にNPを増やすためのアプローチとは

日本における在宅ホスピスサービスの広がりとともに、NPの役割が必要となる場面は今後ますます増えていくことが予測されます。
NPとして6年目を迎える毛受さんに、日本の在宅医療におけるNPの人口を増やし、活躍するためのアプローチについてアドバイスを伺いました。

「高度な医療知識や技術が必要なこともあり、どこかで”病院のNPはすごい”という考えがあるのかもしれません。病院では医師がすぐ近くにいるのである意味安心感があります。

でも、在宅医療の現場では医師が近くにいないこともあり、医療の知識や技術が必要とされることがたくさんあります。
『在宅医療でもNPの役割や必要性は大きいんだ』ということをうまく共有して、在宅医療のNPになる動機付けができたらいいのかなと思います。

NPはバックグラウンドが看護なので、患者さんサイドに立てるんですよね。医療と看護、両方を提供できることもNPの重要な役割だと思います。
今はまだNPが希少な存在という考えがあるかもしれない。でも身近な選択肢になれば、在宅医療でもNPのニーズが増えていくのではないでしょうか。」

高齢化社会を迎える日本においても、在宅医療のニーズはますます高まると予測されます。NPがその中心的役割を担えるように、NP制度の整備や認知度の向上などの取り組みが必要となるでしょう。
米国におけるNPの活躍を参考に、日本でもNPの活躍の場が広がることが期待されます。

参考サイト
日本と諸外国の医療水準と医療費|日本医師会
https://www.med.or.jp/people/info/kaifo/compare/
人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査報告書|人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査事業
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/saisyuiryo_a_r04.pdf
死亡の場所別にみた年次別死亡数・百分率|政府統計の総合窓口
https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003411652

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この記事を書いた人

土生恵(けい)

看護師/ライター。看護大学卒業後、総合病院へ勤務。その後、血液センターやクリニック、保育園看護師などの経験を積み、訪問診療クリニックに就職。 現在も看護師として働きながら医療・介護分野でライター活動を行う。 今後は在宅医療を地域に広げる活動もしていきたいと思っている。

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