離島での経験を活かして―医療の谷間に灯をともす在宅医療|医療法人博愛会 頴田病院|中安 一夫先生
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福岡県飯塚市にある医療法人博愛会 頴田病院の在宅医療センター長を務める中安一夫先生。
中安先生は初期研修医終了後、離島で地域医療を経験され、訪問診療や緩和ケアに興味をもち、現在在宅医療を最前線で取り組まれています。
医療の隙間に応えながら成長をし続ける中安先生に、在宅医療への思いをお伺いしました。
医療法人博愛会 頴田病院 総合診療科
在宅医療センター長 中安 一夫先生
2008年自治医科大学医学部医学科卒業。山口県立総合医療センターで初期研修及びプライマリ・ケア後期研修を受け、2010年から2012年まで小規模離島のひとり医師として勤務。その後各へき地医療機関に勤務したのち、義務年限後の2017年より飯塚病院総合診療科に勤務。2018年から2020年まで頴田病院一般地域包括ケア病棟センター長、2021年から現在まで在宅医療センター長として約400名の在宅患者と向き合い、コミュニティホスピタルとしての価値を伝えながら、日々臨床とマネジメント業務に取り組んでいる。主な資格は総合診療専門医、緩和医療専門医、在宅医療専門医、家庭医療専門医であり、若手医師のキャリア形成にも取り組んでいる。
人の苦しさを埋める存在になりたい
—最初に、先生が医師を目指したきっかけがあれば、教えてください。
私は普通のサラリーマン家庭で、医者の家系ではありませんでした。
父がよく「自分の足で立てる仕事を選びなさい」と言っていて、その中で漠然と医者って面白そうだなと思ったのが最初です。
その後、小学校の授業で、公害で苦しむ人たちの存在を知ったことが、医師への興味を強くしたきっかけです。
その病気が何なのか、どうすれば治せるのか、誰にもわからない。
そんなとき、病気そのものを治すことはもちろん、精神的な苦痛に悩む人たちの心の隙間を埋めるのに医師という職業が役に立つのではと考え、その目標に向かって努力しようと決意しました。
6年間自治医科大学で栃木で寮生活をしながら医師の勉強を行い、2年間の初期研修を受けている間、何科になろうとは決めず、医者の仕事をしながら、病院や医師のありかたについて考える日々でした。
離島での臨床経験がターニングポイントに
—最初から総合診療医を目指していたわけではなかったんですね。そこからどのように進路を決定していったのでしょうか?
初期研修が終わって医師3年目で、いきなり山口県の離島への赴任が決まりました。
当時人口800人ほどの小さな島で、私が唯一の医者という環境でした。
そこでは、小さな子どもから高齢者まですべての患者を診る必要がありました。
医師としてはまだまだ新米の自分にできることを模索しつつ、悩むことも非常に多かったのですが、思い返すと、医師として大事なことが見えてきたのは、この島で過ごした2年間があったからこそであり、ターニングポイントだったと思っています。
当時、弟からもらった言葉が、今でもすごく心に残っています。
弟は、「大規模な病院を中心に高齢者や住民が集まって、簡単に医療へアクセスできる環境を作ることが理想ではあるけれど、日本の人口がだんだんと減っていく中では、それは実現が難しい。
それぞれのところで、うまくみんなで支えていくことが求められていくはず。
兄貴がやっている離島での医療っていうのは、実は最前線なんじゃない?」
と言っていて、当時はあまりピンと来ていなかった部分もあるのですが、そこから14年経った今、本当に弟の言葉どおりだなという思いがあります。
島で経験した2年間の中で、家庭医や総合診療、訪問診療、緩和ケアなど、一つの診療科に捉われず、幅広く診られるようになることが、大事になってくるだろうなと感じました。
また島にいる間に、自治医科大学のへき地を回る人に向けて総合診療のプログラムがあっていいんじゃないか、と申し出て、急遽自分が1期生としたプログラムを上司が立ち上げてくれました。
そこから、総合診療をベースに様々な専門医の資格を取得していきました。
患者やご家族から学び、現場が分かるセンター長を目指して
—次に、現在先生が携わっているお仕事の内容について教えてください
私は2018年から頴田病院で働いていますが、最初の3年間は一般地域包括ケア病棟のセンター長を経験し、新型コロナウイルスが流行した2021年に、ご縁があり在宅医療センター長になる機会をいただきました。
センター長としての業務は、どちらかというとマネージャー的な役割が大きいです。医師教育や患者の振り分け、組織内での在宅医療部門の位置づけ、自分たちの強みなどを考えながら、どこを目指していくべきか日々議論しています。
ただ、実際の臨床現場で患者さんひとりひとりと向き合いたいという気持ちも強いので、現場に出る時間も大切にしています。
専攻医教育をする立場上、マネージャー業だけだと、言葉に『説得力』とか『思い』が出ない気がするんですよね。
臨床現場は一例一例全然違いますし、教科書通りにいかないことばかりなんですけど、向き合っていると得るものが大きいし、それが自分の成長につながっています。
実際に患者さんやそのご家族から教わることも絶大なんです。
現場を大事にするセンター長であり続けたいなと思っています。
“医療の谷間に灯をともす” 自治医大で学んだ精神
—マネージャー業と臨床現場を二軸で励んでいらっしゃるんですね。先生が実際に訪問診療に携わる中で大切にしている思いや、やりがいを感じるエピソードがあれば教えてください
私の中で大切にしてる言葉があって、それは自治医大の精神でもあるんですが、『医療の谷間に灯をともす』というものです。
医療は本当に隙間・谷間だらけです。
コロナ禍で世の中の情勢がいろいろ変わって、面会したくてもできない…そもそも少子高齢化で課題が山積み…そんな隙間の中に産まれてきた私たちが、日本に生まれて幸せだと感じられる、そして先生たち含めて一緒に生きてくれた、ハッピーだったなっていうのを増やしていきたいです。
一生懸命チームを組んで従事したら、大きな病院の先生方も助けることができると思っています。
例えば、緊急時には患者と一緒に救急搬送に同乗して、病院の先生方に直接状態を説明します。
こうした地道なやり取りを続けることで、療養場所が変わったとしても、患者さんの希望や情報が途切れることなく、地域全体で一貫したケアを提供できると考えています。
療養の場所が変わることがあっても、患者さんやご家族から『この地域で、この先生に診てもらえてよかった』と感謝の言葉をいただけると、本当にやりがいを感じます。
在宅医療では家族の力を引き出してあげることが大切
ー在宅医療は、患者さん本人はもちろん、ご家族のケアも重要になってくる場面が多いかと思いますが、なにか意識されていることはありますか?
家族力ってすごく重要で、家族力を上げるも下げるも医療従事者次第だと思っています。
私たちは病院という機能をもっているので、いざとなったら入院していいんだよ、本当に辛いしんどい時は戻ってきていいんだよと、病院の良さを伝えることが、在宅がスムーズにいくポイントの一つだと考えています。
ご家族は在宅介護がどんな感じで始まるのか分からなくて、やっていく中で見えてくることが多いです。
ご自宅に帰ろうって思えるのは、いざという時に病院がある、同じ病院の中でチームとして診てもらえると安心だ、という気持ちがあるので、その思いを叶えられるように努力しています。
断らずに見るためにニーズに柔軟に対応する
ー先生が考える在宅医療の課題や今後の目標について教えてください
当院では、この1年間で、在宅医療の患者数が300人から400人に増えました。
100人増えたということは、それだけニーズがあるということです。
でも、一気に増えた分、現場が大変になっているのも事実です。
特に私たちの病院では若手の医者が多いので、現場に出る中で振り返りの時間も重要ですが、なかなか十分な時間が取れないこともあります。
行く前に少し話したり、帰った後に振り返りをしたりすることはあるけれど、まとまってじっくり話す時間が取れないというのが課題の一つです。
また、病院の経営という面でも、当院の強みは何なのか、改めて考える機会が多いのですが、患者さんのニーズに柔軟に対応しながら、断らずに診る姿勢を保ち続けていくことを目標にしています。
最近は、心不全の患者さんから、強心剤を使いながら中心静脈で点滴を行い、自宅で過ごしたいという相談が増えています。一時的にでも家に帰りたいという患者さんに対応するために、他科の先生と一緒に相談しながら進めています。
あとは、重症心身障害児など移行期ケアが必要な小児の患者を、小児の先生が抱え込んでしまっているケースもあります。これまでは、調子が悪くなると十分な情報がないまま病院に行くのが普通でした。
けれど、在宅で予防接種や普段のケアについて相談を重ねることで、必要なときに私たちがきちんと対応できるようにして、紹介のお電話で相談する、そういった、患者さんひとりひとりのニーズに寄り添うことが、今後さらに必要になってくると思っています。
在宅医療は現在の日本になくてはならないもの
—貴重なお話しを聞かせいただきありがとうございます。最後に、先生にとって「在宅医療とはなにか」教えてください。
在宅医療は、これからの日本の社会になくてはならないものです。
ひと昔前まで、地域医療が当たり前に行われていましたが、専門分化が進む中で今こそ原点に立ち返り、地域の中で患者を支える医療を大切にするべきだと思います。
病院に通院できなくなった人も最期まで同じ地域の中で診ていく、そんな時期に来てるんじゃないかと思っています。