離島で育む医師としてのキャリア──全人的に診られる医師を目指して|神津島診療所 栗原 智先生

離島で育む医師としてのキャリア──全人的に診られる医師を目指して|神津島診療所 栗原 智先生

医療資源が限られる離島では、幅広い症例に対応できる総合力が求められます。
神津島診療所で日々診療にあたる栗原 智先生は、妊婦健診から高齢者のお看取り、外傷対応まで、多岐にわたる診療を担いながら、地域の一員として患者さんの暮らしにも寄り添っています。
本記事では、栗原先生のキャリアについて、日常の診療や学びの視点を交えてお話を伺いました。

栗原 智先生 プロフィール

2017年杏林大学医学部を卒業。杏林大学医学部付属病院にて初期研修、都立広尾病院総合救急診療科の総合診療専門医第1期生として後期研修終了。学生時代より研修を通して島嶼医療の魅力に魅入られ、後期研修で小笠原村診療所に勤務。その後も、継続して島嶼医療を実施し、御蔵島、青ヶ島を経て、神津島診療所に勤務し現職。地域全体をまるごとみる島嶼医療、総合診療の魅力を発信している。

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医師を志したきっかけと離島医療を選んだ理由

ーー先生が医師を志されたきっかけや、現在実践されている離島医療を選ばれた理由についてお聞かせください。

うちは医者の家系ではなく、もともと医師という職業は身近なものではありませんでした。
そんな中転機になったのは、中学1年生の時の交通事故です。
横断歩道を渡っていたところを車にはねられ、生死をさまよう状態になりました。
1か月ほど意識がなかったのですが、後遺症もなく回復できたことが医療に興味を持つきっかけとなりました。
離島医療については、中高の頃から旅行が好きで、日本全国を電車やバスで旅していました。
東京の島に遊びに行く機会もあり、自分が訪れて面白かった地域に貢献できるのは魅力的だと思い、杏林大学の地域枠に進学しました。
東京都の地域枠の場合は地域医療だけでなく、救急も選べるので、その両方に興味があったことも大きな理由の一つです。

ーー在学中、将来医師として働くうえで、特に意識して取り組まれたことはありますか?

大学入学時から地域診療に関わるという目標があったので、自治医科大学の先生方のように地域枠としての役割を果たすことは意識していました。
10代の頃からある程度キャリアの道筋を描いていたこともあり、進路を比較的スムーズに決められたと思います。
また、医師免許を持つ以上、特定の分野に偏らず全身を診られる医師になりたいという思いが強かったので、一つの科にこだわらず幅広く学ぶことを心がけていました。
医学部6年目には自由に病院を選べる期間があり、その際に東京の新島で1か月間受け入れていただいたほか、広尾病院の救急総合診療科や救命センターでも1か月間学びました。

島での医療や救急の現場を経験したことは、地域医療への理解を深めるとともに、自分の医師としての方向性に大きな影響を与えたと感じています。

神津島診療所 栗原 智先生

島の暮らしを通して見える診療のヒント

ーー後期研修では、東京都立広尾病院で「総合診療科 東京医師アカデミー専門研修プログラム」に参加されたと伺いました。
実際に研修を通じて、印象に残っていることや学びがあれば教えてください。

このプログラムは、救命センターや内科などをローテーションしながら幅広く学べる内容になっています。
特に三次救急の現場では、迅速な判断と対応が求められ、そのプロセスを学べる点に大きな魅力を感じました。
また、島で診療していた先生が設計した「島医者養成プログラム」も組み込まれており、自分が目指す医師像と重なる部分が多かったことから、参加を決めました。
広尾病院は東京の島しょ医療を担う拠点でもあり、救急医療・災害医療・島しょ医療などを重点に据えた病院です。
限られた医療資源の中で目の前の患者さんを診る「総合力」が重視され、診療科を問わずあらゆるケースに対応する力を磨くことができました。
研修中にも小笠原の父島に1年間行き、その後もプログラムを終えてから御蔵島、青ヶ島、今年は神津島で勤務しています。
広尾病院で培った総合診療の力は、限られた資源の中で幅広く対応する現在の離島診療に直結しており、自分の医師としての基盤を作ってくれた場所だと感じています。

ーー離島での診療を経験されて、赴任前と後でご自身の考え方や患者さんとの向き合い方にどのような変化がありましたか?

本土で働いていた頃は、病院を出れば周囲は全員知らない人という感覚が当たり前でしたが、島では常に「医者」として見られ、患者さんの生活が自然と目に入ってきます。
たとえば「〇〇さんがウォーキングしている」「〇〇さんがお菓子を食べている」といった日常の様子から、その人の背景や暮らしを診療所の外でも感じ取れるようになりました。
訪問診療で家に入るとその人の暮らしが分かるのと同じで、地域の一員として自分が溶け込むことで、ちょっとした体調の変化や生活習慣の改善点など、診察室の中だけでは気づけないことを考えられるようになったと思います。
一方で、島には長年築かれてきた人間関係や地域特有の先入観があり、その中で診療する難しさもあります。
何をしても良くも悪くも自分に返ってくる環境なので、逃げずに責任を持って向き合う覚悟が必要です。
その分、地域全体を見ながら患者さんのために何ができるかをしっかり考えることができるのは、離島医療ならではのやりがいだと感じています。

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島での診療経験がキャリア形成に与えた影響

ーー神津島での診療経験は、先生のキャリアや医師としての成長にどのような影響を与えていますか?

一昨年、総合診療専門医を取得しました。島での診療は医師のキャリアとしては特殊な環境ではありますが、非常に充実感があり、何より面白い仕事だと感じています。
島の診療は、来る者拒まずという姿勢で、「専門外だから診られません」とは言っていられません。
妊婦健診から高齢者のお看取り、子どもの予防接種、外傷対応、CPA(心肺停止)まで、あらゆる診療を担います。
こうした幅広い診療を通じて「何でも診られる」という自信がつき、私が目指してきた“全人的に診られる医者になりたい”という目標に少しずつ近づけている実感があります。
もちろん分からない疾患や、うまくいかないケースもありますが、日々患者さんから学びながら研鑽を積むこと自体が、今の私にとって大きなキャリアだと感じています。


ーー今後のキャリアプランとして考えていることや、挑戦してみたい分野はありますか?

現在は漢方の分野にも興味を持ち、専門医取得を目指して大学院で体系的に学ぶことも検討しています。
普段の診療でうまく対応できない症例にも、漢方の知識を組み合わせることで改善がみられることがあり、地域医療や在宅医療でも活用できる分野だと考えています。
島で365日診療する経験は、「どこに行っても患者さんの役に立てる」という自信につながっており、その強みを生かしてこれからも活動していきたいです。
今後も引き続き島の医療に関わりながら、幅広い症例に対応できる医師を目指し、どんな環境でもその場に合った医療を提供できる力を磨いていきたいと思っています。

神津島診療所 栗原 智先生

若手医師に伝えたい、離島医療の魅力と学び

ーーどのような医師が、離島や僻地医療に向いているとお考えですか?

幅広く診療に関わりたいという意欲や、患者さんや地域の人との関わりを楽しめる姿勢を持った方が適していると思います。
島では、年齢や診療科に関わらずさまざまな症例に対応する必要があります。
すべてを完璧に診る必要はありませんが、「まず診てみる」「まず手をつけてみる」という姿勢が大切です。

離島では、患者さんの生活や地域のつながりを身近に感じながら診療ができるため、病院内だけでは見えない全体像を把握しやすく、診療のやりがいも大きくなります。医師としての責任感は増しますが、その分、患者さんや地域の方々から学べることも多く、非常に貴重な経験が積める環境です。


ーーこれから離島医療に挑戦しようと考えている若手医師へのメッセージをお聞かせください。

「全部自分でやらなければならない」というハードルや不安はあるかもしれませんが、飛び込んで挑戦したときの充実感は非常に大きいです。
私自身、後期研修で総合診療と救急対応を重点的に学んだ経験が、現在の診療を支える大きな力になっています。
これから離島医療を目指す方も、これらのスキルをしっかり身につけておくことで、安心してやりがいのある経験が積めると思います。

離島・僻地医療は本当に面白く、貴重な経験になるので、興味のある方はぜひ思い切って飛び込んでほしいです。

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この記事を書いた人

一坊寺 唯

医療ライター・コンテンツディレクター/Cuddle Writing(カドルライティング)代表。大学卒業後、ヘルスケア関連企業にて企画職に従事。2019年にフリーランスWebライターとして独立し、医療・健康ジャンルを中心に多数メディアの記事制作を手がける。「信頼できる医療・健康情報を通じて、ヘルスリテラシーを向上させる」というミッションのもと、医療系記事制作チームCuddle Writingを運営。

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