『行動第一』で切り拓いた多彩なキャリア―救急、総合診療を経て在宅医療へ

『行動第一』で切り拓いた多彩なキャリア―救急、総合診療を経て在宅医療へ

救急医としてキャリアをスタートし、総合診療、老年医学など複数の専門医資格を取得。
現在は、香川県高松市にある敬二郎クリニックの院長として、在宅医療の現場で地域を支える西信俊宏医師。
一見すると多岐にわたるそのキャリアは、いかにして形づくられたのか。その根底に流れる「行動」と「ご縁」、そして次世代へと繋ぐ「恩返し」の哲学に迫ります。

医療法人社団慈風会在宅診療 敬二郎クリニック 理事長 西信 俊宏先生

香川県坂出市の社会医療法人社団大樹会回生病院で初期研修と救急後期研修を修了。
その後、栃木県の獨協医科大学病院総合診療科で2年間総合診療を修め、熱心な医学生や初期研修医、専攻医と共に学ぶ機会を持つ。
香川県の回生病院に戻り、内科医とともに総合診療科を立ち上げる。
香川大学医学部附属病院感染症教育センターで半年間感染症を研鑽し、現在に至る。

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「すべての科が面白かった」初期研修と“ロールモデル”との出会い

―まず、先生が医師を志されたきっかけからお聞かせください。

改めて振り返ると、子供の頃の原体験として唯一あるのは、父と祖父が医師で、自分の周囲に医師という職業の人が多かったことです。
身近に聴診器があり、祖父が勤める病院も近く、家に往診に来てくれる先生もいました。
そうした生活の中に医療が自然にあった体験が、医師という職業選択につながったのではないかと思います。


―初期研修では、どのような経験が印象に残っていますか?

正直言って、学生時代の私は決して真面目な学生ではありませんでした。
外科系や救急に興味があり、研修先も救急と整形外科に特化し、現場でしっかりとしたトレーニングができる場所を選びました。
初期研修で最も印象に残っているのは、精神科以外のすべての科を回ったのですが、そのすべてが面白かったことです。
2年目の夏には進路を決めなければいけないのに、「どの科に行っても楽しめそうだ」と、良い意味でのギャップを感じました。
産婦人科を回れば産婦人科医に、放射線科を回れば放射線科医になろうと思うくらい、どの科の先生方もプロ意識を持って取り組まれており、やりがいを感じさせてくれました。
もう一つは、自分の"ロールモデル"となるような先生方との出会いです。
当時10年目くらいの救急の先生、そして「気持ちは研修医です」とおっしゃって何でも学ぼうとされていた60歳近いプライマリ・ケアの先生。
そうした方々と現場で一緒に働き、その姿勢を間近で見られたことは、非常に貴重な経験でした。


―ロールモデルの存在は、キャリアを歩む上で重要だと思われますか?

はい、とても大切だと思います。本を読んだり一人で研修したりするだけでは学べないものがそこにはあります。
若い先生方には、目標となるような先生を見つけたら、その先生に付いて回って「何をしているんですか」と質問攻めにするくらいでちょうど良い、とお伝えしたいですね。

救急現場での「もどかしさ」から始まった、次なる道への模索

―救急の道から、なぜ総合診療へとキャリアを転換されたのでしょうか。

救急には3年間いましたが、正直なところ「この先どうしよう」と日々考える、モラトリアムのような期間でした。
私がいた救急では、初期診療から入院、集中治療まですべてを経験でき、緊急性への対応力など、現在の在宅医療に活かされているスキルをすべて学ばせていただきました。
しかし、ICUで状態が悪化して亡くなる方を多く診る中で、診断がつかないことに強いもどかしさを感じていました。
そこで、内科、特に「診断学」というものを突き詰めたいと思い、総合診療科の中でも診断学に特化した獨協医科大学総合診療科で学ぶことを決意しました。
そこでの問診と身体診察を軸にした学びは、医療資源の限られた在宅の現場で病態を考える上で、非常に役立っています。


―複数の専門性を追求された理由についてもお聞かせください。

現場で対応する頻度が高く、自然と学ばなければいけなかったことが、結果的に内科や老年医学といった専門性に結びついたのだと思います。
私個人としては、専門医や資格といった具体的な目標設定が、キャリアの節目におけるマイルストーンになっていました。
そのために勉強を重ねた結果、複数の資格が積み上がっていった、ということです。

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「行動第一」で掴んだ縁。なぜ開業ではなく「継承」を選んだのか

―総合診療から在宅医療へは、どのようにして道が開かれたのですか?

これも「ご縁」です。ある時、自分が医師として働くフィールドで、唯一学んでいない場所が「在宅医療」の現場だと気づきました。
地域を診られる医師になりたいという思いがあったので、「在宅を学ばないといけない」と。
そこで、ある先生に相談したところ、「香川なら三宅敬二郎先生という方がいらっしゃるから、まずは話を聞いてみてはどうか」とアドバイスをいただき、お話を伺いにお邪魔したのがきっかけです。


―先生はご縁に恵まれている、という印象を受けます。

良い意味で言うと、興味があることにはまず行動してみる「行動第一」を心がけていました。
言い方を変えれば、押しかけて話を聞かせていただくわけですから、今思えば、少し図々しかったかもしれません。
私がご縁を呼び寄せたというよりも、周りに優しい先生が多かった。こんなわがままな私を受け入れてくださる方々がいらっしゃったことが、結果につながったのだと思います。


―2019年に院長に就任されていますが、ゼロからの開業ではなく「継承」という道を選ばれたのはなぜでしょうか。

これまで17年間、前院長が牽引してこられたクリニックの地域での役割を継続させることがまず重要だと考えました。
そしてもう一つは、私が院長でなくても成り立つような「属人化しないシステム」を構築することです。
そのために、曖昧だった部門を整理してリーダーを配置したり、業務をマニュアル化して言語化したりと、組織の再構築に取り組みました。
前院長が積み上げてこられたものに甘えることなく、私の視点で地域に還元できることを実践していく。それが私の役割だと考えています。

「医学的な知識だけでは足りない」—お子さんへの病状説明が教えてくれたこと

―キャリアを歩む中で、特に価値観が変わるような大きな転機はありましたか?

在宅医療を始めて指導を受けていた頃、ある患者さんのお孫さん(小学生)たちに、お祖母様の病状について説明する場に同席した経験です。
アニメーションを交えたスライドで分かりやすく説明し、ご本人の気持ちやご家族の関係性も丁寧に確認しながら進めていく一連の流れを見て、大きなインパクトを受けました。
これまで病院では「科学的根拠に基づいた治療がベストだ」と考えてきましたし、それは今も正しいと思っています。
しかし、人が生き、家族を形成し、その中で亡くなる方を家族で見送っていく。
そのプロセスを目の当たりにし、医学以外の、例えば死生学や社会人類学といった知識が必要なのだと痛切に感じた瞬間でした。
医師として「その人に向き合う姿勢」が何より大切なのだと。

未来の医療者へ―「自分のやりたいことに、どんどんチャレンジしてほしい」

―キャリアに悩む若手医師や医学生にメッセージをお願いします。

今は情報にあふれ、世界は小さくなっています。
それを有効活用して、自分のやりたいことを制限せずに考えてほしいです。
せっかく努力して医師になったのですから、「医師だからこうあるべきだ」と決めつけず、「自分は何がしたくて、今何が楽しいのか」を常に追求し、物事に取り組んでいただきたいです。

―最後に、先生の今後の展望をお聞かせください。

在宅医療はとても楽しいです。
ですが、自分がいなくても地域が回る医療システムを作ることが大きな目標なので、在宅を担うスタッフがもっと増えれば、私自身は病院でも診療所でも、求められる場所で働きたいです。救急もICUも病棟も、どこも大好きなので。
結局、私の原点は「自分が良い先生に診てもらいたい」、そして「良い指導者に恵まれてきたから、それを次の世代に恩返しする」という、すごく単純な話なんです。
まだまだ諸先輩方がたくさんいらっしゃるので、人より多いのは「伸びしろ」くらいですかね。これからも楽しみながらやっていきたいです。

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この記事を書いた人

ささまほ

国立大学卒業後、大学病院、障害者福祉施設、離島クリニック勤務を経て、2015年より訪問看護師として従事。 在宅分野での豊富な経験と知識を活かし、"誰もが自分らしい最期を送れる社会を"をモットーに、在宅医療専門ライターチームを運営。 執筆・編集業のほか、在宅医療の普及活動にも尽力している。 正しい医療知識を広める会所属。

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