心臓外科から訪問診療へ──外科医にとっての新たなキャリアパス|よつばや在宅クリニック 院長 中尾 充貴先生

心臓外科から訪問診療へ──外科医にとっての新たなキャリアパス|よつばや在宅クリニック 院長 中尾 充貴先生

心臓外科医として約10年間、多くの命と向き合ってきた中尾 充貴先生。
これまでの経験を活かし、現在はよつばや在宅クリニック院長として在宅医療に取り組んでいます。
地域で安心して暮らせる医療を提供する中尾先生のキャリアや、今後の展望について詳しくお話を伺いました。

よつばや在宅クリニック 院長 中尾 充貴先生

2010年東京慈恵会医科大学を卒業し、2012年より同大学の心臓外科へ入局する。
大学および関連病院で心臓の手術に携わりながら、心筋保護液に関する研究も続け、2020年に学位授与。
2024年によつばや在宅クリニックを開設。
2025年より足立区医師会の理事に就任。地域の医療関係者と連携をとりながら、足立区を中心とした都内の訪問診療に携わっている。

Instagram

「もっと一人ひとりに向き合える医療を」在宅医療への転職は【在宅専科】

忙しさの中に見出した医師としてのやりがい

ーー先生はどのようなきっかけで医師の道に進もうと思われたのでしょうか。そして、その中で心臓外科を選ばれた理由についてもお聞かせください。

きっかけとしては、やはり医師である父の影響が大きいと思います。
父は消化器外科医で、私が小学生の頃に地元でクリニックを開業しました。
物心ついた頃から医療が身近にある環境で育ちましたので、自然と「自分も医師になるのだろうな」と考えるようになりました。

その中で心臓外科を志したのは、大学時代に学んだ心臓の生理学の面白さに惹かれたことが大きな理由です。
もともと外科を志したいと思っていたのですが、そこに心臓への興味が重なり、心臓外科の道を選びました。
さらに、命に直結する分野で日々患者さんと真剣に向き合う心臓外科医の姿に憧れを抱いたことも、大きな後押しとなったと感じています。

ーー心臓外科医として働かれる中で、やりがいや喜びを感じた瞬間、また一方で直面された苦悩についてもお聞かせいただけますか。

せっかく医師になったからには、とにかく忙しく働きたいという気持ちが強くありました。
若い頃は特に「忙しければ忙しいほどいい」と思っていて、命の危険に直面した患者さんに、すぐに手術や処置をしなければならない状況にも全力で向き合っていました。
中でも、薬では治せず、手術をしなければ命を救えないような疾患に向き合うことには、医師としての存在意義を強く感じました。

一方で、心臓手術は他の分野の手術に比べてリスクが高く、どうしても一定の割合で患者さんが亡くなってしまいます。
毎日夜遅くまで必死に診ていても、力及ばず救えないケースがある。そのたびに悲しみは積み重なっていきました。
もちろん、手術が成功して患者さんが元気になり、笑顔で退院される姿を見られた時の喜びは何にも代えがたいものでしたが、辛さや苦しみも同時に抱えていました。

「病気ではなく病人を診る」医師へ ― 在宅医療への転身

ーー心臓外科医として約10年のキャリアを積まれた後、在宅医療へと転身されたと伺いました。
どのようなきっかけや背景があったのでしょうか?

特に劇的なきっかけがあったわけではありません。
心臓外科では、手術が成功して元気に退院される方もいれば、体力が落ちて病院通いが難しくなり、在宅医療へと移っていく方もいます。
当時の私は、そうした「在宅の場」を想像するしかありませんでした。
でも患者さんにとっては、病院で過ごす時間よりも、自宅で過ごす時間の方がはるかに長いんですよね。
その人生の大半を支える医療こそ本当に大切なのではないか。
そう考えるようになり、自然と在宅医療に関心が向いていきました。
もう一つは、自分の医師としてのあり方を考えたことも大きかったと思います。
子供の頃から外科医になりたいと思っていましたが、改めて理想の医師像を考えた時に、やはり「なんでも診られる医師」でありたいと思うようになったんです。
外科も内科も含めて患者さんの全身を診られるようになりたい。
その姿勢は、母校である慈恵医科大学の建学の精神「病気を診ずして病人を診よ」にも通じるものだと感じています。

ーー実際に訪問診療を始められてから気付いた、病院での診療との違いや、そこで得られたやりがいについてお聞かせください。

やはりご自宅は病院とは全く違う環境です。
病院のようにCTやMRIといった高度な検査はできませんし、医療機器も限られています。
限られた環境の中で、わずかな所見や情報を手がかりに患者さんの状態を考えることは、訪問診療ならではの面白さだと感じています。
病院であれば、画像検査をすれば一気に病状が明らかになることもあります。
しかし在宅医療では、胸の音をじっくり聴いたり、患者さんとの会話や日常生活の様子から得られる情報が診断の大きなヒントになります。
病院のように100点満点の医療を提供することは難しいですが、限られた条件の中でも80点以上の医療を目指し、小さな情報を積み重ねながら患者さんを診ていく。
その過程に、訪問診療ならではの学びとやりがいを感じています。

2d0109c303d3a5b8eb3dfbf379c6ca14-1760606690.jpg

「在宅専科」在宅医療専門の医師求人サービス

外科医の技術が活きる訪問診療の現場

ーー訪問診療は内科的な診療が多い印象ですが、先生の外科医としてのキャリアが役立ったと感じる場面はありますか。

はい、外科の経験は訪問診療でとても役立っています。
内科的な知識は勉強を重ねればある程度カバーできますが、外科的な技術はそう簡単に身につくものではありません。
訪問診療は「何でも自分で診る」ことが理想なので、むしろ外科出身の医師との相性はいいと感じています。

在宅医療では、褥瘡(床ずれ)を抱える患者さんも多く、外科医としての処置の経験がそのまま活かされます。
さらに、転倒して頭を切って出血した患者さんをその場で縫合したり、胸やお腹に水が溜まっている方に針を刺して抜いたりするケースもあります。

こうした場面で、躊躇なく的確に処置できる技術が大いに役立ちます。
患者さんの生活の場で臨機応変に対応できるのは、外科医としての経験があったからこそだと思っています。


ーー外科医にとって、訪問診療というのは新たなキャリアパスになり得るとお考えでしょうか。

採用の場面でもよく説明するのですが、「外科の先生がいてくれると心強い」と感じていただけることは多いです。
実際、訪問診療の現場にも外科出身の先生方は一定数いらっしゃいます。
ただやはり外科医の多くは、手術そのものに大きなやりがいを感じていますので、内科中心の訪問診療に転身するには勇気がいると思います。
私自身も心臓の手術は嫌いではなく、むしろ強いやりがいを感じていました。

それでも、医師としてのライフキャリアは長いものです。
あるタイミングで転職や転身を考える時に、「訪問診療という道もある」と知っておくことは、外科医にとって非常に価値があると思います。
外科で培ったスキルや判断力は、訪問診療の現場と非常に相性がいいですし、患者さんやチームにとっても大きな力になります。
外科医にとって訪問診療は、新たなキャリアパスになり得ると感じています。

382afc9bbccaaffe751d192c7fe68540-1760606711.jpg

患者一人ひとりの幸せに寄り添う医療を目指して

ーー最後に、今後の展望や、地域医療への貢献についての具体的な目標をお聞かせいただけますか。


私が目指しているのは、「患者さんが安心して自宅で過ごせるようにすること」です。
そのために、今後もスタッフを増やしながら、一人でも多くの患者さんに自分の考える医療を届けていきたいと考えています。

よつばや在宅クリニックがある足立区は身寄りのない高齢者が多く、医療を必要としていても適切な支援につながれていない方もいらっしゃいます。
そうした方々を行政や多職種と連携しながら拾い上げ、医療面から安心して暮らせる環境を整えていくことが大きな課題だと感じています。
実際に地域包括支援センターや各種委員会とも話し合いを重ねています。

クリニックの名前「よつばや」には、医療を通じて患者さんの人生に幸せを届けたいという思いを込めています。
ただし“幸せ”の形は患者さんごとに違うものです。
単に希望に沿うだけでは本当の幸せにつながらない場合もあり、その調整は難しい部分です。
私自身は「もし自分の家族だったらどう接するか、どのような医療を提供するか」を常に基準にしています。
その人の人生を支える医療を、一人ひとりに寄り添いながら実践していきたいと思います。

「在宅専科」在宅医療専門の医師求人サービス

関連記事

  • 必要な人に医療を届けるー在宅医療で支える「その人らしい暮らし」|にじいろクリニック 清水秀浩先生
    • 在宅医療で働く
    • キャリア/ワークスタイル

    必要な人に医療を届けるー在宅医療で支える「その人らしい暮らし」|にじいろクリニック 清水秀浩先生

  • 食支援とアドバンス・ケア・プランニングで実現する患者中心の在宅医療|ひかりクリニック院長謝新先生
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    食支援とアドバンス・ケア・プランニングで実現する患者中心の在宅医療|ひかりクリニック院長謝新先生

  • 高知で描き、未来へ繋ぐ在宅医療 ー地域貢献と次世代育成にかける想い|みなみ在宅クリニック| 南大揮先生
    • 在宅医療で働く
    • キャリア/ワークスタイル

    高知で描き、未来へ繋ぐ在宅医療 ー地域貢献と次世代育成にかける想い|みなみ在宅クリニック| 南大揮先生

この記事を書いた人

一坊寺 唯

医療ライター・コンテンツディレクター/Cuddle Writing(カドルライティング)代表。大学卒業後、ヘルスケア関連企業にて企画職に従事。2019年にフリーランスWebライターとして独立し、医療・健康ジャンルを中心に多数メディアの記事制作を手がける。「信頼できる医療・健康情報を通じて、ヘルスリテラシーを向上させる」というミッションのもと、医療系記事制作チームCuddle Writingを運営。

おすすめ記事

  • 『困った時にすぐ駆けつける』かかりつけ医を目指して―香川で描くシームレスな地域医療の実現|敬二郎クリニック 西信俊宏院長

    在宅医療を学ぶ

    『困った時にすぐ駆けつける』かかりつけ医を目指して―香川で描くシームレスな地域医療の実現|敬二郎クリニック 西信俊宏院長
  • まちづくり系医師・井階友貴先生に聞く ――社会的処方と地域に根ざした医療のかたち

    在宅医療を学ぶ

    まちづくり系医師・井階友貴先生に聞く ――社会的処方と地域に根ざした医療のかたち
  • 【参加無料】エコーを使った訪問医療の経営戦略 〜機器選定から活用事例まで教えます〜(2025/10/22)

    セミナー

    【参加無料】エコーを使った訪問医療の経営戦略 〜機器選定から活用事例まで教えます〜(2025/10/22)
  • 2025年9月|人気資料|ダウンロードランキング

    在宅医療を学ぶ

    2025年9月|人気資料|ダウンロードランキング

新着お役立ち資料

  • 訪問診療クリニックの医療事務の離職を防ぐポイント|無料ダウンロード

    開業/運営

    訪問診療クリニックの医療事務の離職を防ぐポイント|無料ダウンロード
  • クラウド型カルテのセキュリティの仕組みとは?|無料ダウンロード

    開業/運営

    クラウド型カルテのセキュリティの仕組みとは?|無料ダウンロード
  • 訪問診療クリニックの物件選びのポイント|無料ダウンロード

    開業/運営

    訪問診療クリニックの物件選びのポイント|無料ダウンロード

「在宅医療で働く」の新着記事

  • 『行動第一』で切り拓いた多彩なキャリア―救急、総合診療を経て在宅医療へ|敬二郎クリニック 西信俊宏院長
    • 在宅医療で働く
    • キャリア/ワークスタイル

    『行動第一』で切り拓いた多彩なキャリア―救急、総合診療を経て在宅医療へ|敬二郎クリニック 西信俊宏院長

    • #インタビュー
  • 年収2,000万円も目指せる?若手医師のキャリアを広げる「在宅医療」のやりがいと働き方
    • 在宅医療で働く
    • 転職

    年収2,000万円も目指せる?若手医師のキャリアを広げる「在宅医療」のやりがいと働き方

  • 必要な人に医療を届けるー在宅医療で支える「その人らしい暮らし」|にじいろクリニック 清水秀浩先生
    • 在宅医療で働く
    • キャリア/ワークスタイル

    必要な人に医療を届けるー在宅医療で支える「その人らしい暮らし」|にじいろクリニック 清水秀浩先生

    • #インタビュー
  • “在宅医療マインド”を広める──キャリアの軌跡と在宅医療への想い|いきがい在宅クリニック院長 長野 宏昭先生
    • 在宅医療で働く
    • キャリア/ワークスタイル

    “在宅医療マインド”を広める──キャリアの軌跡と在宅医療への想い|いきがい在宅クリニック院長 長野 宏昭先生

    • #インタビュー