キャリア/ワークスタイル

寄り添う在宅医療で意思決定を支援する|ひかりクリニック院長 謝 新先生

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今回は、ひかりクリニック院長・謝新先生にお話を伺いました。
心不全緩和ケアチームでの経験を経て、地域で患者さんを支えたいという思いから地域医療に飛び込んだ謝先生。
「病気を診るだけでなく、患者さん自身を診てベストな提案をしたい」と語る謝先生。患者さんの生活に介入した地域医療を実践しています。
開業に至った謝先生の思いや取り組みについてお聞きしました。

医療法人緑光会 理事長 謝 新先生

 鹿児島大学医学部卒。急性期病院を経て、国立循環器病研究センターで心臓血管病全般に携わる。

地域の課題に向き合うべく在宅診療分野に転職し、2022年に大阪府吹田市でひかりクリニックを開業。

現在は意思決定支援・緩和ケアに加え、NSTを立ち上げ地域の栄養・嚥下課題にも積極的に取り組む。現・医療法人緑光会理事長。

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言葉の壁を乗り越えて医学部へ進学

ーー今日はよろしくお願いします。まずは先生が医師を目指されたきっかけを教えてください。

私は中国で生まれ、高校卒業まで中国で育ちました。

勉強もそれなりに頑張りましたが、普通の子どもでしたね。

親の仕事の関係で日本に来ることになり、日本の大学を受験しました。
進路を決めるタイミングで父が病気になり、それをきっかけとして医学部を受験しました。

もともと建築関係に進もうと思っており、医学部を受験したのは1校だけで、他に受けたのは建築学科です。

1校だけ受験した医学部に受かったのも何かの縁だと思ったのと、周りのアドバイスもあり医学部に進学しました。


ーー大学生から本格的に日本で生活をはじめたとのことですが、言葉の壁はどのように乗り越えたのですか。

日本語能力試験でほぼ満点になるくらいの準備はしていました。

しかし、実際の会話ですぐに活かせるかというとそうではありません。言葉の壁で非常に苦労したのを記憶しています。
大学の先生に「こんな日本語で大丈夫か」と言われたこともありました。

授業も大変でしたが、それよりも同級生との会話に苦労しましたね。

口語やフランクな言葉が難しく、友人との会話についていけないことも多々ありました。

しかし今となれば、この経験があったからこそ今の自分があると思います。

研修医時代に学んだ訪問診療医の礎(いしずえ)

ーー大学では学業、語学、部活動と多忙だったと思いますが、卒業後はどのような道に進まれたのですか。

大学卒業の時点では、具体的に進路は決めていませんでした。ただ、日本の文化面なども含め、関西方面に興味がありました。

とくに京都に憧れがあり、大学の同級生とともに京都の病院で初期研修を受けました。

地域医療に力を入れている病院だったため、研修医時代から地域医療には関わってきました。

社会的弱者や生活困窮者と接する機会も多く、社会的問題を抱えている方たちも多かったです。
ここで地域医療に関わり、当直をたくさんした経験が、さまざまな状況に対応できる現在の力に繋がっていると思います。

当時の先輩に言われて印象的だったのが「医者というのは面白い仕事で無駄な知識はない。どんどん学んで引き出しを多く持てば、どこかで役に立つ」という言葉です。
その考えのもとに、研修をしながら一つでも多くの引き出しを作ろうと、さまざまな勉強会に参加したり、違う病院の見学に行ったりもしていました。

多職種連携で患者さんをサポートする心不全緩和ケアチーム

ーー後期研修は循環器内科に進んだのですね。循環器内科医として急性期医療に携わる中、緩和ケアに方向転換したきっかけをお聞かせください。

はい。後期研修では同じ病院の循環器内科に進みました。
循環器内科医として急性期医療に携わり、専門性が高く難しい症例をたくさん経験しました。

状態の悪い方を、退院できるまでに安定させた症例も多くあります。
しかし、そのような中で急性期医療の限界にも気づきました。

心臓病は高齢者が多い慢性疾患です。病気と長く付き合うからこそ「医師として急性期だけではなく緩和ケアについても知らないといけない」と強く感じました。

そこから病院内の心不全緩和ケアチームに「勉強させてください」とお願いする形で参加するようになりました。
心不全緩和ケアチームでは、多職種が連携して患者をサポートします。

専門看護師、臨床心理士、精神科医、薬剤師、栄養士などさまざまな専門家と一緒に働くことができました。

それぞれの専門家の関わり方や必要性を学べたことは、非常に良い経験でした。
私は心不全緩和ケアチームで、ACP*に力を入れていました。ACPは一度きりの話し合いで完結するものではありません。

入院初期から病状を説明し、家族や緩和ケアチーム全体で患者自身の意思決定をサポートしていきました。

ACP*(アドバンス・ケア・プランニング):いわゆる『人生会議』とよばれ、患者家族・医療者とともに医療方針や本人の希望を話し合い意思決定を支援する取り組み

患者さんの意思決定を地域から支援したい

ーー心不全緩和ケアチームで精力的に働く中、どのような経緯で開業に至ったのでしょうか。

緩和ケアチームでの経験は充実していましたが、同時に病院という場の限界も感じるようになりました。

病院で症状をコントロールしても、家に帰ると悪くなってしまう。家で生活できる状態にして退院させても、在宅で診られる環境が整っていないなど、さまざまな問題がありました。
さらに力を入れていたACPについても、病院だけでは限界を感じていました。

ACPは時間をかけて行うものであり、焦ってやっても逆効果です。そのため入院中の限られた期間では、なかなかうまく進みませんでした。
「地域医療の現場からACPの認知度を高めて、広げていかないといけない。

もっとACPに理解ある文化を地域で作ることができれば、全部変わってくるのではないか」と思い、地域医療に飛び込む決意をしたのです。
自ら地域医療に関わる医療従事者にアプローチすることで、ACPに対する理解を深めてもらい、在宅医療からACPを広げていきたい。

急性期になったときに「何も考えていなかった」という状況をなくしたいと開業を決意しました。

在宅医療で人生の最終章をより良いものにしたい

ーー先生が患者さんと向き合う上で心がけているところを教えてください。

地域医療では、医療だけでなく患者さんの生活面も含めて介入しなくてはなりません。

患者さんの生活環境を見ながら「家でどのようなリハビリができるだろうか」「生活面でこういうところを注意した方がいいだろう」など考えるようにしていますね。
さらに患者さん自身の人生や、気持ちを知るように働きかけています。患者さんに「自分の気持ちを知ってくれている先生の提案だったら任せよう」と思ってもらいたい。

私自身が患者さんを深く理解した上で、最適な提案ができる医師でありたいと考えています。


ーー地域医療を実践してどのようなところにやりがいを感じますか。

他の医療従事者や家族を巻き込んで、患者さんに最適なケアができたときに、やりがいを感じますね。
むせがあり、なかなか食事が摂れない患者さんが「最期に寿司が食べたい」と言った願いをかなえるため、言語聴覚士など多職種が介入して、握り寿司を作って家族と一緒に召し上がっていただいたというエピソードもあります。
最期何がしたいか、どこへ行きたいか、誰に会いたいかなど、ちゃんと話し合い、共有できていないと、いざ急変したときに本人も家族も悔いが残ります。残された家族に悔いが残らない、本人も「人生の最終章が良いものだった」と思ってもらいたい。

そのお手伝いができることにやりがいを感じます。
これからも一人ひとりの患者さんの生活に寄り添い、その人らしく生きられる医療を提供していきたいと考えています。

参照:心不全患者のアドバンス・ケア・プランニングの概念分析|日本看護科学会誌Vol40.2020

この記事を書いた人

岡村 奈津子

医療ライター/薬剤師。昭和大学薬学部卒。病院、ドラッグストア、薬局と様々な分野で経験を積み、現在は地域医療、在宅医療に注力。薬剤師として臨床の現場で働きながら、医療ライターを行っている。多くの人へわかりやすい医療の情報と、医療従事者の姿を届けるべく執筆活動中。

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