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海外から学ぶ在宅医療|イギリス編|高齢者の緊急入院を83%も減らしたロンドンの取り組み

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海外から学ぶ在宅医療|イギリス編|高齢者の緊急入院を83%も減らしたロンドンの取り組み

※本コンテンツは医療法人社団悠翔会が2018年に公開した記事を転載、一部編集したものです。内容が最新の情報とは異なる可能性があります。

高齢者の緊急入院を83%も減らした「在宅入院」。
それは本気で高齢者の入院を防ぎたいと願う急性期病院とGPの協力による合理的なシステムだった。

英国では病院は3次救急を担う高度急性期病院、2次救急を担う急性期病院、そしてコミュニティホスピタルの3群に大きく分類される。

英国では高齢化に伴い国民の医療依存度も上昇しており、急性期病院の稼働率は非常に高い。
ここノースウィック・パーク病院でも、700床のベッドがほぼ満床稼働を続けている。一方で、入院医療は社会コストが高く、多疾患の高齢者にとってはリスクでもある。急性増悪した高齢者を入院させずにコミュニティでケアしていくことは、社会資源の視点からも高齢者のQOLの面からも重要になる。

ノースウィック・パーク病院 救急車
病院マップ

この病院で行われているのは「STARRTS(Short Term Assessment, Rehabilitation and Reablement Service)」。これは、一言でいえば「病院に配置された多職種のプライマリケアチームが、高齢者からの救急医療ニーズに在宅で対応し、在宅でケアを完結させてしまおう」という試みだ。

STARRSのスタッフ

これまで具合の悪くなった高齢者は地域のGPや巡回看護師、ロンドン救急などから病院に紹介され、そのまま入院になっていた。
しかしSTARRTSは、紹介された患者の自宅に医療専門職がアウトリーチする。そして、自宅でシステムレビュー(全身の診察)を行い、採血等を実施する。そしてGPの関与の下、病院の老年病科の専門医(コンサルタント医師)らの指示に基づき、在宅での治療を開始する。

通常、初回訪問するのは看護師と理学療法士の2人のチーム。
最初の依頼から3時間以内(7割は2時間以内)に患者宅にアウトリーチする。
医師らは往診せず、院内のステーションから遠隔で対応する。STARRSには常時2人の医師(上級医(コンサルタント)+アシスタント(トレイニー))が待機し、I-Phone(FACE TIME)によるオンライン診療を行い、必要に応じて電子処方箋を発行する。

STARRSのチームは、最大1日2回の訪問を行い、必要に応じてGPや巡回看護師など、地域のチームとも連携しながら、在宅ケアを行う。おおむね5日間で急性期治療は完了、その後はGPに治療を引き継ぐ。
患者の基礎疾患は感染症(尿路・気道など)、気管支喘息やCOPD、心不全の急性増悪など。月平均で約400件の紹介に対応し、83%は入院せずに自宅で治療を完結する。1か月以内の再増悪は8.4%、3か月以内の再増悪は14.7%。成績は悪くない。
多職種チームにはソーシャルワーカーも所属する。必要に応じて地域資源への接続を行う。

この仕組みができたことによって、地域のGPは、緊急往診や在宅での高度な医療処置を求められることなく、STARRSの多職種チームと連携して「急変した高齢患者の診療をシェアする」ことが可能になった。
結果として、GPの急性期在宅ケアの負担は少なくなり、患者の入院も大幅に減った。
イギリスでは、このような取り組みをそれぞれの地域の中核病院で進めているという。

課題もある。
それは、紹介数が増え続けていること。
かかりつけのGPと相談せずに直接アクセスする人や、頻回利用する人もいる(年に10回以上このサービスをつかう人が2%くらい)。STARRSが実施するルーティンの血液検査を目的とする不適切な利用もあるという。

STARRSでは、この課題に対応するためIntegrated STARRSという新しい取り組みを始めている。
これはIntegrated(統合型)という言葉が示す通り、地域の医療だけではなく、福祉や公衆衛生、そしてボランティアセクターまでを包括した連携の枠組みの中でSTARRSを動かしていこうというものだ。
日本でも、特に高齢者の救急要請の中には、医療的というよりは社会的な要因が多いものが少なくない。急性期医療という仮のニーズの裏側に見える社会的課題にしっかりと向き合おうという姿勢が素晴らしいと思った。

また、STARRSでは早期退院を支援するためのチームも稼働し始めている。
急性期病院の入院期間を最小限にし、医療的フォローが必要な人たちに、GPとも連携しながら、必要な頻度で病院から退院先の自宅にアウトリーチする。これはフランスの「HAD(在宅入院制度)」に似ている。

高齢者の入院を減らしたい。
これは日本でも同じだ。しかし、いくつかの相違点がある。



①在宅高齢者の急変対応は医師以外のコメディカル
ロンドンでは医師は往診しない。かわりに診断能力を高めた看護師と理学療法士が、遠隔医療を活用しながら、医師の目となり耳となり手となって在宅での処置を行う。STARRSではすべてのコメディカルが胸部聴診などの診察技術を身に着けている。そして具体的な医療介入ができるプラクティスナースなど、チーム全体の医療対応能力を高めている。ソーシャルワーカーも配置され、社会的課題にも対処する。
日本では在宅医が(時に頻回に)訪問し、訪問看護とともに自宅で医療処置を行う。医師に責任と権限が集中し、遠隔医療にも制約がある。医師が動かなければ、医療を行うことができない。そもそも訪問診療を受けている患者以外は、在宅での緊急対応が提供されることはほとんどない。日本の在宅医療を説明すると「医師が動くと(患者宅までの移動時間という)時間の浪費(Time Consuming)が生じるでしょ。あまり合理的じゃないわね。」とSTARRSのコンサルタント医師は笑っていた。

②ケアの主体がGP(かかりつけ医)ではなく病院からの緊急対応チーム
STARRSは病院のチームがプライマリケアの一員として地域にアウトリーチする。そして負担の大きい急性期ケアをSTARRSが担当し、地域のチームに戻す。在宅でのケアはGPによる管轄領域になる。従って、GPの責任の下にSTARRSが活動する。
日本では在宅での急変は主治医(在宅かかりつけ医)がプライマリで対応する。しかし、この緊急対応・24時間対応の義務が、在宅医療の参入障壁となっている。また実際に在宅医療を始めても、休日夜間対応は負担になっているケースが少なくない。ここには、東京都医師会などが検討している地域のかかりつけ医と在宅医療専門クリニックの連携の1つのモデルがあるように感じた。

③「高齢者の入院を減らす」という病院と地域の目的共有
イギリスでもかつて社会的入院が大きな問題になっていた。医療費(自己負担)が原則無料の英国において、経済的には入院させておくのが一番楽だ。しかし、今は、入院の社会的コストの高さ、そして入院そのものが高齢者のADLやQOLに悪影響を及ぼすという点を、すべての医療者が認識している。そして、限られた資源を必要な人に「公平」に届けるべきであるという国民の意識、できれば地域で最期まで生活を続けたいという高齢者の意識が、病院の改革を支持する。何より医療者は、診療報酬を稼ぐことではなく、より少ない介入でより高いアウトカムを出することが評価される。
日本では、特に病床過剰地域においては、病院は経営を維持していくためには空床を埋めなければならない。要介護高齢者の家族は、相対的に低負担で安心感の得られる入院を選択することに抵抗がない。そして「本人の思い」の優先順位が低い。高齢者の入院を減らしたほうがいいのは誰もがわかっている。しかし、病院経営においては、社会のニーズにどう応えるか、だけではなく、いかに患者を増やし、いかに診療報酬を確保するか、ということも考えざるを得ない。経営を維持できなければ、医療が提供できないからだ。ここが英国との最大の違いかもしれない。

国民の誰もが低負担で高度・高品質な医療を受けることができる。
そして、医療者はより自由に医療を提供することができる。
日本の医療制度は本当に素晴らしいものだと思う。

しかし、英国と同じく、日本の制度も公共の財源によって運営されている。
日本がこの制度の素晴らしさを生かし続けるためには、医療提供者側と患者側の双方の努力と工夫、そして良心が必要なのではないか。そんなことを思った。

「Do the right things.」
施設を案内してくれたNHS Brentの理事の一人、エセル先生の一言が印象的だった。

ノースウィック・パーク病院の外観

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在宅医療カレッジ編集部

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