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社会的処方×まちづくり 「演劇」における文化的処方の可能性

  • #地域連携
社会的処方とまちづくり 演劇における文化的処方の可能性

今、注目を集めている「社会的処方」について解説していく本シリーズ。

今回は、みえ社会的処方研究所代表でリンクワーカーでもある水谷祐哉さんに
社会的処方の中でも「文化活動」に焦点を当てた「文化的処方」について解説していただきました。


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著者

水谷 祐哉

医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカー
みえ社会的処方研究所 代表
一般社団法人カルタス 理事

理学療法士として病院勤務後、自治体とともに暮らしの保健室設立に携わる。2020年より任意団体 「みえ社会的処方研究所」を運営し、地域資源を活用した社会的処方の実践をおこなっている。現在は、医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカーとして活動。自治体と共に社会的処方に関する研修の企画・運営にも取り組んでいる。

文化的処方とは

これまで取り上げてきた社会的処方とは、リンクワーカーが対象者にあった活動などを処方する取り組みであると説明してきました。処方先には、「芸術・文化活動」も含まれています。今回は、社会的処方の中でも「文化活動」に焦点を充てた「文化的処方」について取り上げていきます。


文化的処方は、孫 大輔が「Artpoint _Meeting」のトークイベントで国内では初めて取り上げています。1)
イベントの中で、社会的処方を通じて医療者が治療にあたり、社会資源に着目されていく風潮の中、文化に対する関心は低いことに警鐘を鳴らしています。孫は、医療がもっと文化活動との関わりを持った上で社会資源に目を向けていくことを考え、その繋がりを強調する意味で「文化的処方」と表現しています。


2023年には、東京藝術大学が中核となり39の機関の連携した「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」が始まっています。2)この事業は、アート・福祉・医療・テクノロジーの分野の壁を超えて協働的に研究しつつ、文化活動を通じて、人々の繋がりを生み出す「処方」を創出していく取り組みです。文化活動を通じて、社会的孤立の解決を目指し、包摂社会の実現を目指しています。


様々な文化的処方の事例がありますが、今回は「演劇」を活用した文化的処方をご紹介します。

OiBokkeShi 菅原直樹

「介護と演劇は相性がいい」
このように話しをするのは、OiBokkeShi主宰の菅原直樹です。3)菅原は、劇団青年団に所属し俳優として活躍する傍ら、2011年から2018年まで特別養護老人ホームにも勤務していました。菅原は介護の世界に魅力を感じ、介護福祉士を取得し、介護福祉士×俳優という異色の経歴を持つ存在となりました。菅原は、介護の現場を通して、世間では目を背けたがる、高齢者を取り巻く「老い」「ボケ」「死」が、むしろ豊かな人生につながる魅力と感じ、「OiBokkeShi」を2014年に立ち上げました。現在は、岡山県奈義町を拠点に全国で活動を展開しています。


菅原の取り組みの一つとして「老いと演劇のワークショップ」が挙げられます。このワークショップは、介護者が認知症の人との関わりを演劇の手法を用いてコミュニケーションを考えるワークショップです。認知症になると、物忘れや勘違いなど、出来ないことが増えていきます。これらの問題は、認知症の中核症状であり、治すことはできません。出来ないことを指摘するコミュニケーションではなく、認知症の人の世界に飛び込み、受容していくことを体験していきます。介護する側・される側という関係性を超え「今この瞬間を楽しむ」関係の重要性に気づかせてくれます。


また、地域住民を巻き込んだ演劇づくりにも積極的に取り組んでいます。その一つにOiBokkeShiの旗揚げ作品でもある徘徊演劇「よみちにひはくれない」があります。この演劇は、町全体を舞台に演劇を創作していきます。町の時計屋さん、花屋さんは普段の仕事そのままに作品に出演します。「よみちにひはくれない」はイギリス・コベントリーでも上演されるなど、OiBokkeShi菅原直樹の取り組みは、世界からも注目を集めています。
また岡山芸術創造劇場ハレノワ、三重県文化会館など文化施設との協働事業にも積極的に取り組み、演劇を通じた地域づくりにおいても積極的に取り組まれています。

OiBokkeShi×三重県文化会館との取り組み

今回は文化的処方の取り組みとして、OiBokkeShi菅原直樹と三重県文化会館の取り組みについて紹介します。4)
この取り組みは2017年より三重県でスタートしました。取り組みは大きく2つに大別されます。

「介護を楽しむ」を発信する

介護の現場に携わる職員の方々や、専門学校の先生・生徒、認知症の人とそのご家族、また今後の高齢社会を担う子どもたちに向け、講演会や介護に演技の手法を取り入れたワークショップ(体験型講座)を県内各地で開催しています。介護する側・される側のより良いコミュニケーションを考え、新しい介護のモデルケースづくりに取り組まれています。
ワークショップでは、遊びを通じてリハビリテーションを行う「遊びリテーション」や、認知症の人とのコミュニケーションについて考えるロールプレイングの体験などが実施されています。また、認知症サポーター養成講座、認知症カフェ、講演会など、1日を通じて認知症について考えるイベントの開催なども積極的に行われています。

(写真:筆者撮影) 

(写真:松原豊)

老いのプレーパーク

「明るく老いるヒントは遊びの中にある」をテーマに県内の老いや介護に関心のある公募メンバーと共に2018年に結成されました。定年退職したシニア、理学療法士、介護真っ最中の主婦や、認知症の母と娘など多様なバックグラウンドを持つ人たちで構成されています。メンバーと共に「老いの明るい未来」を模索しながら、毎年演劇作品を上演しています。また、コロナ禍、認知症、看取り、引きこもり、孤独や孤立といった社会課題について作品を通してメッセージを発信しています。

(写真:松原豊)

作品例

あたらしい生活シアター(2022年)

コロナ禍で始まった自粛生活により、「会いたい人に会えない」「行きたいところに行けない」「限られた空間で暮らす毎日」を「老いのリハーサル」と表現。演劇を通して、会いたい人に出会い、行きたい場所に行けることを表現している。

(写真:松原豊)
OiBokkeShi×Entelechy Arts 共同製作「Moving Day-引っ越しの日-」(2022年)

OiBokkeShiと、イギリス・ロンドンのルイシャムに拠点を置く団体Entelechy Artsとの共同製作作品。イギリスと日本、それぞれで“高齢者の引っ越し”をテーマにした短編演劇を作成。さらに後日、互いの作品を映像で鑑賞しながら高齢者を取り巻く環境について意見交換を行う。作品は三重県総合文化センター内で行われているフリーマーケットに“出店”され、観客は3つのブースを回って作品を鑑賞する。

(撮影:西岡真一)

演劇の文化的処方の可能性~老いのプレーパークを通して~

演劇づくりから見る「人間中心性」

文化的処方の可能性について「老いのプレーパーク」の取り組みから考察していきます。
老いのプレーパークは演劇づくりが目的ではなく、演劇づくりを通じたコミュニティづくりと明るく老いることを発信することが目的です。そのため、菅原はメンバーとの定期的なワークショップを通じて、多くの対話の時間を創り出していきます。そして、メンバー同士の関係性の醸成、アイディア創出、作品作りを進めていきます。


例として「Movivng Day」では、「高齢者の引っ越し」をテーマとして、メンバー同士で物語、登場人物、場面設定を考え、それぞれの経験を元に登場人物やエピソードを肉付けしていきます。そして全体の流れを菅原が構成台本として執筆していきました。このように菅原の作品づくりは、作者のモノローグの中で生まれるのではなく、出演者のダイアローグから生まれることを大切にしています。生まれた作品は、メンバーのこれまでの人生や価値観などが反映され、作品にメンバーの居場所が生まれていきます。対話を通じて生まれる演劇作品は、社会的処方におけるその人らしさに目を向ける「人間中心性」の実践と言えます。

演劇では出来ないことが強みとなる「エンパワメント」 

2018年から約5年が経過した今、認知症の進行、身体機能の変化、自宅から施設転居による居住環境の変化など、メンバーの取り巻く状況は変化しています。しかし、老いのプレーパークでは、「老いの変化」は「俳優としての魅力」と捉えています。認知機能の低下によるセリフ覚えが困難であれば、セリフが必要なく、その人の普段の立ち振る舞いを活かせる役割を提案し、歩くことが不安であれば、車椅子を活用した場面を創り出す。このように、出来ないことに目を向けるのではなく、出来ないことをポジティブに捉えています。また、出来ないことの多くは、誰かの出来ることを掛け合わせることで乗り越えることができます。誰かの出来ることに目を向けること、「エンパワメント」することが菅原の演劇では自然に取り入れられています。

「共創」により成立する演劇づくり

演劇は一人で行うことは難しい活動です。菅原の作品づくりは、出演者同士の対話の時間を通じて作品を創り出していきます。結果、作品には、出演者の関わり代(しろ)が生まれます。この関わり代がメンバーと作品を創り出す「共創」の意識に繋がっています。関わり代を創り出すことは、演劇の分野のみならず、社会的処方の実践において重要な視点と言えます。

三重県文化会館という場の存在

文化的処方は、どのような場所で育まれるのでしょうか。文化的処方は、その地域や場所の文脈に合った取り組みであることが重要であると感じています。三重県文化会館という文化施設は、芸術文化活動の発信の場であると共に、社会的に弱い立場に置かれている人たちを排除するのではなく、包摂する社会を築いていこうという考え方「社会包摂」につながる施設づくりに取り組まれています。5) また、三重県文化会館の老いのプレーパーク担当者である堤佳奈氏は、メンバーが参加しやすい環境づくりや、コミュニケーションを図ったり、新規参加希望者の調整など、リンクワーカーとしての役割を果たしています。
このように、文化芸術活動を通して、社会包摂を目指す施設であり、リンクワーカーと呼べる人材が揃う施設だからこそ、老いのプレーパークの取り組みは継続した事業となっています。

演劇という文化的処方が創る未来

今回は、演劇を中心に文化的処方の取り組みをご紹介しました。それぞれの人間性に注目し、お互いを認め合い、共創のプロセスを経て一つの演劇作品が生まれていきます。そして、その作品のメッセージは、出演者の様々な想いが込められています。そのメッセージの感じ方は、観劇する人の心境や環境、これまでの経験によって異なります。文化的処方における演劇の魅力は、観る者の「当事者性」に光が当たることにより、出演する人、観劇する人の垣根を超えていくことなのかもしれません。


OiBokkeShi、老いのプレーパークのメンバーは、演劇の舞台を励みに日々を前向きに過ごしています。日常の小さな喜び、悲しみが演劇の題材となる。演劇の舞台があるから毎日が楽しくなる。文化的処方とは日々に喜びを与え、明日に活力を与えるものなのかもしれません。

(写真:松原豊)

1)「患者」ではなく「仲間」。家庭医が対話から見つけたもの。——谷根千まちばの
健康プロジェクト(まちけん)代表・孫大輔(Artpoint Meeting #09 レポート後篇)
https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/blog/41939/?fbclid=IwAR0EZNMqz2o0SXKnbj2QaufppJMlMVJsCXwNNzUYzrrzAgJyOIhH-Crt2k4
2)「共生社会」を創るアートコミュニケーション共創拠点 https://kyoso.geidai.ac.jp/about.html
3)https://oibokkeshi.net/
4)OiBokkeShi×三重県文化会館「明るく老いる」アートプロジェクト https://www.center-mie.or.jp/oibokenbun/
5)文化庁×九州大学共同チーム編, はじめての社会包摂×文化芸術ハンドブック
https://www.sal.design.kyushu-u.ac.jp/pdf/2018_handbook_Bunkacho_SAL.pdf

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水谷祐哉

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