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社会的処方×まちの保健室 -まちに溶け込む社会的処方の事例紹介-

  • #地域連携
社会的処方×まちの保健室 まちに溶け込む社会的処方の事例紹介

今、注目を集めている「社会的処方」について解説していく本シリーズ。

社会的処方の実践において、三重県名張市の取り組みが注目されています。
今回は名張市におけるその取り組みについて紹介していきます。

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著者

水谷 祐哉

医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカー
みえ社会的処方研究所 代表
一般社団法人カルタス 理事

理学療法士として病院勤務後、自治体とともに暮らしの保健室設立に携わる。2020年より任意団体 「みえ社会的処方研究所」を運営し、地域資源を活用した社会的処方の実践をおこなっている。現在は、医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカーとして活動。自治体と共に社会的処方に関する研修の企画・運営にも取り組んでいる。

三重県名張市について

三重県名張市は人口約75228名、高齢化率35.2%(令和6年1月現在)であり1)、全国の高齢化率29.1%(令和5年9月15日時点)に比べ6.1ポイント高くなっています。名張市は、昭和29年の市制施行時において人口が3万人程度でした。昭和38年頃より住宅地開発が進み、主に関西圏のベッドタウンとして、昭和50年代から人口が増加、昭和56年には人口増加率全国1位となる等発展を続けてきました。しかし平成12年を境に人口減少に転じ、現在も人口減少は続いていました。


今回紹介する名張市のまちづくりの実践は平成15年にゆめづくり地域交付金の交付に関する条例が制定とともに始まっています。ゆめづくり地域交付金とは、地域づくり組織の活動支援として交付されており、住民が合意で、地域の課題解決に向けたまちづくり事業を実施するための財源として交付されるものです。名張市内15地域に地域づくり組織が設置され、各地域の市民センターが地域づくりの拠点として機能してきました。名張市ではその拠点を「まちの保健室」として社会的処方を進めてきました。

地域住民による美化活動の様子

まちの保健室の取り組み

名張市のまちの保健室2)は、地域づくり組織と一体的な地域福祉を推進するために市内15カ所の市民センターに設置されています。まちの保健室には社会福祉や看護師、介護福祉士等の資格を有している市の嘱託員を1カ所あたり1-3名配置しています。


まちの保健室は保健福祉に関する身近な「よろず相談所」として機能しています。相談対象も子供から高齢者まで世代を問わず相談に応じています。そして、まちの保健室に来所することが困難な方には、アウトリーチする取り組みもされています。少人数で地域の保健福祉にアプローチするためには、地域とのネットワークが欠かせません。まちの保健室に届く相談は、当事者発信だけでなく、民生委員などの住民発信による相談も多く寄せられます。民生委員や児童委員からの情報を基に、まちの保健室がアウトリーチを実施しています。このように住民との密な関係づくりがまちの保健室の特徴と言えます。


住民との関係づくりだけでなく、医療機関との関係づくりにも取り組まれています。医師会との情報連携支援事業を実施し、医療機関のみでは対応が困難な事例(生活困窮、引きこもり、社会的孤立など)に対しても医療機関と連携を図りアプローチする取り組みもされています。このようにまちの保健室は、地域住民、医療機関、社会福祉協議会、まちづくり協議会など、きめ細やかな地域のネットワークをまちに張り巡らせることで、地域包括ケアの実現を目指しています。

まちの保健室での相談の様子

出張相談の様子

まちの保健室×社会的処方

社会的処方の実践において、リンクワーカーの存在が欠かせません。リンクワーカーには大きく二つのタイプに分けることができます。一つは、対象者の社会・経済的課題を発見し、地域につなげる役割の「ヘルスコネクター」、生活に伴走しつながりを創出するような活動を実践する「コミュニティコーディネーター」があります3)。医療機関に属するリンクワーカーを「ヘルスコネクター」、地域で活動するリンクワーカーを「コミュニティコーディネーター」と捉えることが多いかもしれませんが、まちの保健室の活動はその限りではありません。時に地域包括支援センターのブランチ機能として、医療機関への橋渡しの機能を果たし、またある時は、地域住民と共に社会資源の創出に奔走します。地域住民のニーズに合わせて、まちの保健室のリンクワーカーの役割は変化しています。

社会的処方の基本理念として、「人間中心性」「エンパワメント」「協創」が挙げられます。まちの保健室の活動を社会的処方の理念と照らし合わせていきたいと思います。

まず人間中心性について考えます。まちの保健室と相談者、地域住民との関わりは決して、「支援者-相談者」の関係ではありません。医療介護福祉専門職という「専門性」を前面に出した関係性ではなく、「人-人」の関係性を紡いでいきます。そのため、相談内容に合わせてサービスを紹介することがメインではなく、程よい距離感の伴走支援を大切に関わりを継続していきます。そのため、相談内容によって関わり方を決定するのではなく、その人自身の特性に合わせて関わり方を考えていくことが特徴といえます。

次に、「エンパワメント」についてです。エンパワメントとはその人の秘められた能力を見つけていくことを言います。まちの保健室職員は「全ての人に可能性があることを諦めない」というマインドを持っています。貧困、引きこもり、8050、ヤングケアラーなど困難な状況にある人の相談支援においても、そのマインドは変わることがありません。目の前の困難な状況を医療介護福祉的な視点で把握・分析するとともに、「その人らしさ」にフォーカスを当て、その人自身の人間力に働きかけるアプローチを大切に取り組まれています。具体的には、健康や社会課題ではなく、その人の強みにフォーカスを当てるアプローチを実践しています。支援者がサービスを提案し解決に導くことを安易に施すことは、当事者自身のためにはなりません。具体的には、集いの場の開催時、活動の中心は住民であり、まちの保健室スタッフは、相談を受ければアドバイスをしますが、進んで助言するなど、活動の舵取りは住民に任せ、黒子役に徹しています。このように、住民一人一人の能力を発揮できる環境づくりを大切にします。

最後に協創について考えます。まちの保健室はまちづくり協議会と共に活動をしています。まちづくり委員会の活動に積極的に参画し、住民と地域活動を共創しています。また、地域単位だけでなく、個別での活動支援にも積極的に取り組まれています。まちの保健室には、沢山の地域活動の情報が蓄積されています。誰かの「やってみたい」と地域情報を繋ぐハブの役割をまちの保健室が果たすことで、個別のニーズに合わせた地域活動を協創しています。住民の「やってみたい」を引き出し、共に「ワクワク」することが共創の鍵かもしれません。

社会的処方の醸成に向けた取り組み

まちの保健室では、社会的処方の取り組みを広げるために様々な取り組みをされています。まちの保健室職員だけでなく地域住民も交えたリンクワーカー研修を行い、ヘルスコネクターだけでなく、コミュニティコネクターの養成にも力を入れています。

取り組み事例①:リンクワーカー研修によるリンクワーカーの養成

まちの保健室では、リンクワーカーを養成するための研修「リンクワーカー研修」を定期的に開催し、専門職のほか地域住民の参加も促し、ヘルスコネクターだけでなくコミュニティコネクターの養成にも注力しています。また、他市町の社会的処方の推進にも積極的に取り組まれており、三重県の社会的処方に対する機運の高まりに大きな影響を与えています。

みえリンクワーカー研修の様子

取り組み事例②ステイホームダイアリーによるまちの保健室と地域住民とのつながりづくり

ステイホームダイアリ4)ーはstudio-Lが開発したツールで、交換日記を通して専門職と地域住民が共に地域の資源を発掘し、共創していく取り組みです。交換日記は10代~80代まで幅広い年代が参加しています。3人一組となり交換日記を実施します。交換日記の受け渡しはまちの保健室が担います。この取り組みを通じて、地域の未だ発掘されていない地域の資源の発掘、地域に「あったらいいな」と思う活動のスタートのきっかけとなっています。実際に、不登校がちなお子さんを持つお母さんが、同じ境遇にある人たちの集いの場を創りたいという声が挙がり、活動の趣旨に賛同したお寺の住職と共に活動がスタートしています。その他にも交換日記を通して明らかとなった参加者の強みを活かした取り組みが市内各地で起きています。

取り組み事例③様々な研修を通じた知識のアップデート

人と地域資源をつなげることで「社会的孤立」を解消する協力型ゲームである「コミュニティコーピング」5)をまちの保健室の職員のアップデートに活用しています。また、まちの保健室職員と地域住民が参加するコミュニティコーピング体験会を開催し、社会的処方について考える機会を創出しています。また個別支援の支援の幅を広げるため、一般社団法人草の根ささえあいプロジェクトによる「できることもちよりワークショップ」6)を通じて、複雑困難事例に対する支援について考える機会を創るなど組織としてのアップデートも定期的におこなっています。

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まちの保健室が描く名張市の地域共生社会

これまでに述べたように、まちの保健室は身近なよろず相談所という役割だけではなく、相談者のニーズに合わせて時に寄り添い、共に活動を創り、共に汗を流す。対象は子供から高齢者まで誰もが利用することができ、相談の敷居を下げています。まちの保健室の役割は「相談事を解決すること」ではありません。まずは相談を受け止め、共に悩み、伴走することがまちの保健室の本質だと思います。また、悩み事を抱えている人の多くが適切な相談先にたどり着くとは限りません。専門性を持ちながら、まちに溶け込み、住民の黒子役になることで、住民の多くがまちの保健室を認知し、結果的に悩み事を抱えている住民の安心につながっていきます。


人口減少社会、超高齢社会を迎え、地域福祉は大きな課題となっています。しかし、名張市のまちの保健室の取り組みは、そのような課題を乗り越えるヒントを与えてくれます。住民と共に考え、住民をエンパワメントし、共にワクワクしながら共創し乗り越えていきます。同様の取り組みを他市町村で実践することは難しいかもしれません。しかし、まちの保健室が実践する社会的処方の取り組み、地域への向き合い方は大いに参考になると感じています。

  1. 1)名張市ホームページ:https://www.city.nabari.lg.jp/index.html

    2)まちの保健室:https://nabari-machiho.com/

    3)一般財団法人オレンジクロス , 社会的処方白書 , 2021 

    4)ステイホームダイアリー:https://stayhome-diary.org/

    5)コミュニティコーピング:https://comcop.jp/

    6)できることもちよりワークショップ:https://kusa-p.net/1/

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水谷祐哉

医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカー/みえ社会的処方研究所 代表/一般社団法人カルタス 理事  理学療法士として病院勤務後、自治体とともに暮らしの保健室設立に携わる。2020年より任意団体 「みえ社会的処方研究所」を運営し、地域資源を活用した社会的処方の実践をおこなっている。現在は、医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカーとして活動。自治体と共に社会的処方に関する研修の企画・運営にも取り組んでいる。

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