特集

社会的処方とまちづくり ―社会的処方とは何か?―

  • #地域連携
社会的処方とまちづくり 社会的処方とは何か

地域包括ケアをまちづくりの視点から考える「地域包括ケア×まちづくり」シリーズ。
今「社会的処方」という概念が注目を集めています。今回は「社会的処方」について、必要とされる背景や理念、仕組みについて解説していきます。

■あわせて読みたい
社会的処方×まちの保健室 -まちに溶け込む社会的処方の事例紹介-
社会的処方×まちづくり 「演劇」における文化的処方の可能性
社会的処方×まちづくり いつだれキッチン
社会的処方の実践者|平沼仁実さん|医師焼き芋ー診療所からまちに飛び出す地域づくりー

著者

水谷 祐哉

医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカー
みえ社会的処方研究所 代表
一般社団法人カルタス 理事

理学療法士として病院勤務後、自治体とともに暮らしの保健室設立に携わる。2020年より任意団体 「みえ社会的処方研究所」を運営し、地域資源を活用した社会的処方の実践をおこなっている。現在は、医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカーとして活動。自治体と共に社会的処方に関する研修の企画・運営にも取り組んでいる。

社会的処方とは

社会的処方とは英国の公的医療保険サービス(National Health Service:NHS)が医療機関において患者の孤立や貧困など健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health:以下SDH)に対応する取り組みである「Social prescribing」を日本語に訳したものです。1)社会的処方は、単に症状を治療するだけでなく、患者の健康と福祉の問題の根本原因に対処するための手段です。2)したがって、社会的処方は、医療サービスの提供を非医療化することで、患者の健康や福祉に関する問題をより包括的に対処する手段と言えます。


日本において社会的処方は、患者の健康と幸福を向上させる新たなアプローチとして注目されていますが、その背景には、コロナ禍に伴う社会の分断による孤立の問題が露呈したことがあります。社会的孤立に対し国は、骨太方針2021に「社会的処方」を紹介しました。
2023年には孤立孤独対策推進法を公布し、2024施行を予定しています。このような流れから孤立に対するアプローチとして日本においても「社会的処方」が注目されるようになりました。そのため、日本における社会的処方の歴史は浅く、エビデンスは十分ではない状況で、日本における社会的処方は発展途上であると理解して頂ければと思います。

社会的処方が必要とされる背景

社会的処方が必要とされる背景を説明する上で、健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health , 以下SDH)が欠かせません。3)SDHとは、人体の遺伝や免疫などの医学的な要因以外の、人々の健康を定める要因のことで、SDHの多くは、望まない孤立や貧困など、個人の力では抗いがたい日常生活を形作る環境や構造となっています。
SDHが健康に及ぼす影響は様々な研究から明らかとなっています。例として、社会的孤立の状態は一日タバコ15本吸うことと同程度の健康被害を及ぼすことが分かっています。4)また、時代の変化に伴い、老々介護や貧困、ヤングケアラ―など複合的に絡み合った課題を抱えている患者も増加しています。このような複雑な問題を抱える患者を前にして、医療的なアプローチのみの支援では十分とは言えず、SDHに対するアプローチも検討する必要があります。このような医療現場における状況から、社会的処方という言葉が注目されることになったと言えます。

一方で、SDHに対するアプローチの重要性に気づき、SDHを評価しアプローチすることが重要と言われても、具体的なアプローチの方法は明確にされていませんでした。社会的処方という言葉により、SDHに対するアプローチを具体的に考えることが出来るようになり、加速的に支援が発展していくことを期待しています。また、社会的処方という言葉が持ち込まれる以前より、過酷な状況の患者の生活環境に対し果敢に向き合うことを厭わないソーシャルワーカーをはじめ、日本の医療保健福祉分野でSDHに対しアプローチしている存在を医療者が再認識する機会ともなることを期待しています。

 近藤尚己,健康格差対策の進め方, 効果をもたらす5つの視点, 東京:医学書院 , 2016 
 近藤尚己先生より提供

社会的処方の理念

社会的処方の基本理念は「人間中心性」「エンパワメント」「共創」の3点とされています。1)
「人間中心性」とは、その人らしさにフォーカスを当てるということです。具体的には、その人の生い立ち、職業、趣味、生活環境などその人を形作るあらゆることに関心を持ち、把握するということです。そのためには患者を包括的に評価する必要があります。
次に「エンパワメント」とは、その人の持っている秘められた能力を見つけ出していくことです。患者-支援者という関係性、あるいは支えられる側-支える側という関係性ではなく、病気や障がいがあっても、その人の持っている能力や魅力を見つける視点が重要となります。
最後に、「共創」とは、共に創り出すということです。例えば、患者が必要とする支援やサービスがその地域にない場合、活動を共に創り出すことなどが挙げられます。

このように、社会的処方は薬のように処方されるものではなく、患者が自ら考え、選択し、時に共に創造していくプロセスが重要であると言えます。

社会的処方の仕組み

社会的処方の仕組みは以下のように①社会的処方者 ②リンクワーカー ③紹介先の3つに分けられます。1)

  1. 社会的処方者
    例として医療機関に訪れた患者に対し、健康状態のみならず全人的にアセスメントを行い、患者のニーズの把握を行います。アセスメントの結果、非医療的サービスの必要性の有無を判断し、必要と判断した場合はリンクワーカーに繋げていきます。

  2. リンクワーカー
    社会的処方者から紹介を受けた患者をリンクワーカーは全人的にアセスメントを行い、地域の社会資源への橋渡しを行います。英国の場合、リンクワーカーは非医療者が多いようで、呼称も様々であると報告があります。日本の場合はリンクワーカーという職種は存在しませんが、ソーシャルワーカー、生活支援コーディネーター、認知症初期集中支援チーム、市民活動センター、NPOなどが、その役割を担っていると考えられます。

  3. 紹介先
    リンクワーカーは、アセスメントの結果を基に、紹介された患者に地域のサークル活動や趣味の会などを紹介していきます。紹介先が無い場合は、患者と共に必要な資源を考え新たに創ることもあります。

社会的処方白書(オレンジクロス)より引用

社会的処方とまちづくり

孤立や貧困など様々な社会課題に対しアプローチしていく上で、患者に合った適切な「社会的処方」を行うことが重要ですが、処方することが目的となってはいけません。医療者が患者の「病」以外に目を向けることが重要です。公衆衛生で有名なマイケル・マーモット先生は「せっかく治療した患者をなぜ病気にした環境に戻すのか」5) という言葉を話されています。患者の健康を考える上で、患者がどのような日常を送り、どのような仕事に従事し、どのような暮らしを望んでいるかを知ることが重要です。しかし、環境を知ることは、医療機関の中だけで把握することは困難です。そのためには、町に関心を持つことが重要であると考えます。町の中にいるリンクワーカーと繋がることで、患者の暮らす町の様子が見えてきます。そして、町の状況を知ることで、医療者もまちづくりに積極的に関与する必要があるかもしれません。Fukuiらの報告によると、1000人の住民のうち、何らかの健康問題を抱える住民は794名、そのうち外来受診した住民は265名、残りの519名は一般用医薬品で対処していました。6)住民は健康問題の解決策を医療サービスのみに求めているわけではないことが分かります。このように、住民は幸福な日々を送るために健康を大切に考えることはあっても、医療機関にのみ頼るということはありません。
社会的処方の取り組みは医療機関だけでなく、美術館や銭湯、図書館など、様々な場所から始まっています。医療者がまちに飛び出し、医療という枠を超えて、様々な町の機関や人々と連携をすることで、住民の健康と幸福を支えるための社会的処方が生まれていくと期待しています。次回以降は、まちづくりの視点で様々な社会的処方の事例を紹介できればと思います。

  1. 1)一般財団法人オレンジクロス , 社会的処方白書 , 2021 
  2. 2)WHO. A toolkit on how to implement social prescribing  https://www.who.int/publications/i/item/9789290619765

3)WHO. Social Determinants of Health https://www.who.int/health-topics/social-determinants-of-health#tab=tab_1
4)Julianne Holt-Lunstad,Timothy B Smith, J Bradley Layton “Social Relationships and Mortality Risk : Meta-analytic Review, Plosmedicine, 2010
5)マイケル・マーモット著, 栗林寛幸 監訳, 野田浩夫 訳者代表, 健康格差,2017,日本評論社
6)Fukui T, Rahman M, Ohde S, et al . Ressessing the ecology of medical care in Japan. Jornal of community health. 2017;42(5)935-941

関連記事

  • 社会的処方×まちの保健室 -まちに溶け込む社会的処方の事例紹介-
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    社会的処方×まちの保健室 -まちに溶け込む社会的処方の事例紹介-

  • 社会的処方×まちづくり 「演劇」における文化的処方の可能性
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    社会的処方×まちづくり 「演劇」における文化的処方の可能性

  • 社会的処方×まちづくり いつだれキッチン
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    社会的処方×まちづくり いつだれキッチン

  • 社会的処方の実践者|平沼仁実さん|医師焼き芋ー診療所からまちに飛び出す地域づくりー
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    社会的処方の実践者|平沼仁実さん|医師焼き芋ー診療所からまちに飛び出す地域づくりー

この記事を書いた人

水谷祐哉

医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカー/みえ社会的処方研究所 代表/一般社団法人カルタス 理事  理学療法士として病院勤務後、自治体とともに暮らしの保健室設立に携わる。2020年より任意団体 「みえ社会的処方研究所」を運営し、地域資源を活用した社会的処方の実践をおこなっている。現在は、医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカーとして活動。自治体と共に社会的処方に関する研修の企画・運営にも取り組んでいる。

おすすめ記事

  • 社会的処方の実践者|平沼仁実さん|医師焼き芋ー診療所からまちに飛び出す地域づくりー

    在宅医療を学ぶ

    社会的処方の実践者|平沼仁実さん|医師焼き芋ー診療所からまちに飛び出す地域づくりー
  • 【後編】看取りのいろは~在宅医療での看取り・死亡診断を多職種で振り返る~|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生

    在宅医療を学ぶ

    【後編】看取りのいろは~在宅医療での看取り・死亡診断を多職種で振り返る~|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生
  • 地域包括ケア×まちづくり|震災にそなえた地域づくり

    在宅医療を学ぶ

    地域包括ケア×まちづくり|震災にそなえた地域づくり
  • 【前編】看取りのいろは~在宅医療での看取り・死亡診断を多職種で振り返る~|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生

    在宅医療を学ぶ

    【前編】看取りのいろは~在宅医療での看取り・死亡診断を多職種で振り返る~|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生

「在宅医療を学ぶ」の新着記事

  • 社会的処方の実践者|平沼仁実さん|医師焼き芋ー診療所からまちに飛び出す地域づくりー
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    社会的処方の実践者|平沼仁実さん|医師焼き芋ー診療所からまちに飛び出す地域づくりー

    • #地域連携
  • 【後編】看取りのいろは~在宅医療での看取り・死亡診断を多職種で振り返る~|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    【後編】看取りのいろは~在宅医療での看取り・死亡診断を多職種で振り返る~|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生

    • #在宅医療全般
    • #家族ケア
  • 地域包括ケア×まちづくり|震災にそなえた地域づくり
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    地域包括ケア×まちづくり|震災にそなえた地域づくり

    • #地域連携
  • 【前編】看取りのいろは~在宅医療での看取り・死亡診断を多職種で振り返る~|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    【前編】看取りのいろは~在宅医療での看取り・死亡診断を多職種で振り返る~|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生

    • #在宅医療全般
    • #家族ケア

「特集」の新着記事

  • 社会的処方の実践者|平沼仁実さん|医師焼き芋ー診療所からまちに飛び出す地域づくりー
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    社会的処方の実践者|平沼仁実さん|医師焼き芋ー診療所からまちに飛び出す地域づくりー

    • #地域連携
  • 【後編】看取りのいろは~在宅医療での看取り・死亡診断を多職種で振り返る~|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    【後編】看取りのいろは~在宅医療での看取り・死亡診断を多職種で振り返る~|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生

    • #在宅医療全般
    • #家族ケア
  • 地域包括ケア×まちづくり|震災にそなえた地域づくり
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    地域包括ケア×まちづくり|震災にそなえた地域づくり

    • #地域連携
  • 【前編】看取りのいろは~在宅医療での看取り・死亡診断を多職種で振り返る~|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生
    • 在宅医療を学ぶ
    • 特集

    【前編】看取りのいろは~在宅医療での看取り・死亡診断を多職種で振り返る~|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生

    • #在宅医療全般
    • #家族ケア