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在宅医療領域における若手医師教育の課題と今後の展望|医療法人滋賀家庭医療学センター|中村 琢弥先生

在宅医療領域における若手医師教育の課題と今後の展望|医療法人滋賀家庭医療学センター|中村 琢弥先生

高齢化が進む日本では、在宅医療の需要が高まっています。現在の在宅医療業界を支えるトップランナーたちは、これからの在宅医療に対してどのような課題を感じているのか。

今回は、弓削メディカルクリニックの中村琢弥先生にお話を伺いました。中村先生が本部長を務める弓削メディカルクリニックは「常に”教育”とともにある」というコンセプトを大切にされており、地域医療のリーダーとなる家庭医・総合診療医の育成に力を入れたクリニックを運営されています。
多くの医師を教育してきた経験をもとに、在宅医療領域における若手医師教育の課題と今後の展望について教えていただきました。

医療法人滋賀家庭医療学センター 本部長
中村 琢弥 先生

滋賀県出身。2007年滋賀医科大学卒業後、京都や北海道中心に家庭医療学専門医研修およびフェローシップを経て、2014年4月より医療法人社団弓削メディカルクリニック教育部門担当指導医として就任。2020年5月ジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院修士号取得。2021年4月より本部長職就任、2023年4月「医療法人滋賀家庭医療学センター」へ法人名改称、現在は地域医療実践とその教育・組織運営を行っている。日本専門医機構総合診療専門医・指導医、日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療専門医・認定指導医、日本在宅医療連合学会認定専門医/指導医。

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ー在宅医療に関する若手医師育成の課題について教えていただけますか。

まず日本の在宅医療の発展の背景から話をします。
高齢化社会、多様な生活の尊重される時代背景を受けて、在宅医療の需要は年々増えてきました。それに伴って在宅医療を実践できる医療機関が増え、在宅医療を当たり前に選択できる地域も増えてきています。またかつて在宅医療で取り扱えなかった領域も、技術の発展によって取り扱える範囲が広がってきました。そうした影響から、在宅医療そのものが医療全体の中で重要なポジションとされ、現在は脚光を浴びている状況と理解しています。

そのような状況から、在宅医療をやってみたいという若い医療者は増えており、実際に在宅医療に従事する若い医療者は増えています。ただ、これまで在宅医療の領域で、若い医療者に対して体系立った教育が十分構築されておらず、訪問に同行して先輩の技術を見よう見まねで習得していくという、良くも悪くも学習者次第という状況が課題でした。ようやく日本でも在宅医療に関する学会などの活動が盛んとなり、教育について表立った議論がなされ、体系立った教育プログラムは徐々に構築されつつありますが、まだまだ発展が必要な状況にあります。
すなわち在宅医療に関する若手医師育成の課題は、ニーズは劇的に増えているもののノウハウが構築できていないことが大きな課題となっています。在宅医療を実践している医師はたくさんいますが、教育者として全体像を捉えて在宅医療を指導できる立場の医師は多くありません。そういった意味ではまさに過渡期だと感じています。

2つ目の課題は小規模組織が多いことから教育環境の構築が難しいことです。加えて近年の在宅医療のニーズの増加に伴って、臨床現場もより忙しくなりがちであることから、教育プログラムの構築以前に、後輩を指導する時間すらとれないといった状況もよく耳にします。多くの在宅医療を提供するクリニックがこういった状況に直面しており、組織改革を含めた教育環境の構築を進めていく必要性を感じています。

3つ目の課題は在宅医療の提供場面によって教育方法を変える必要があるということです。自宅や介護施設といった患者様やご家族のいる生活空間の中で在宅医療は提供されるため、病棟のベッドサイド教育のような教育方法は実践しにくい状況にあります。医療機関だからこそ成立していた教育方法は在宅医療では提供できないため、在宅医療の提供場面に応じた教育方法を構築していく必要があります。

ーそれらの課題を解消するために必要なことを教えてください。

1つ目の課題である在宅医療に関するノウハウ構築については、近年状況が大きく変わってきています。各地で在宅医療に取り組んでいる医師が集まり、学術団体として教育プログラムの構築が進んでいます。オフィシャルな形で議論され、在宅医療で必要なコンテンツが徐々に定められています。これまでなんとなく感覚的に実践してきたことが言語化されつつあり、こうしたノウハウ構築によって在宅医療の標準化に向けて進んでいる印象を感じています。オフィシャルなガイドラインなどが充実した先に、それを各在宅医療機関が現場に持ち帰ってどのように活かしていくか検討が必要です。その後は指導する立場にある医師の腕の見せ所だと考えています。

2つ目の教育環境の構築については、我々の組織での取り組みを例にお伝えすると、医師や医学生向けに週1回約3時間程度の学習できる時間を勤務時間内に設けています。我々の組織もかつては教育コンテンツを始業前や終業後、休日に利用して学習していた時期もありましたが、勤務時間内で行えるかは重要なポイントの1つだと考えています。休む時はしっかり休むことが当たり前のように大切ですし、勤務時間外はその人の自由な時間になるため、学習が個人の時間に過度な影響を及ぼさないようにしたいと考えています。実際に時間外学習を強要してしまうと、その時間帯に参加できない人は教育コンテンツを受けられないままとなってしまい、教育が均等に浸透しない状況も懸念され、我々の思っている理想的な教育の形ではありませんでした。だからこそ誰もが受けられる勤務時間内に時間を設けるよう組織を再構築し、業務とリンクする形で教育を組み込むようにしています。具体的な我々の取り組みを挙げると、毎週木曜日の午後を教育時間として確保し、教育コンテンツを受けたり学べる環境を構築しています。教育を進めるにあたっては個別に年間計画を立案し、体系立った教育コンテンツを順番に受けていく流れで運営しています。コンテンツの具体例としては、カンファレンスやレポートの抄読会、外来の様子を映像撮影した資料をもとにフィードバックし合うなどといったもので実践的な内容を盛り込んでいます。運営側も提供されているコンテンツの種類が確認できますし、偏りのある教育コンテンツでないように定期的な確認をしています。そういった意味でも適切に決められた時間や環境を組織として用意するということが非常に重要だと考えています。

3つ目の提供場面に合わせた教育方法については、状況に依存するので指導の難しさは変わりありません。そのような中で我々が工夫している点を挙げると、実際に訪問してみてどうだったのか、何を感じたのか、どのような点で困難感を感じたかなどといった振り返りの時間を定期的に設けるようにしています。我々はそれをメンタリングと呼び、カンファレンスとは別に時間を設けています。最低でも月1回は確実に指導者と学習者が対話する時間を確保することで、今困っていることが何かわかりますし、加えて少し先を見据えたキャリアへの準備などについてもサポートをしています。その他にも教育コンテンツの中に含まれる正式なカンファレンスとは別に、フランクに相談ができるミニマムカンファレンスを週2回ランチョン形式で開催しています。ZOOMを併用しオンラインでも参加できますが、1つだけルールを設けています。それは事前準備不要で何を聞いてもよい時間とすることです。正式なカンファレンスだと準備も大変になってしまいますし、少し相談したいような内容でも気軽に相談できるように、調べるところから一緒に取り組むという姿勢を大切にしています。もちろん内容によってはミニマムカンファレンスから正式なカンファレンスとして取り扱った方が良い内容もありますので、そういった場合は必要な準備もしていただきながら対応してもらっています。

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ー今後さらに在宅医療に従事する医師が増えていきますが、その中で在宅医療における教育がどのように発展していくとよいか、先生のお考えを教えてください。

在宅医療の押さえておくべき要所がある程度わかるようになってきて、感覚的になんとなく在宅医療を提供するという状態から脱却していく時代となってきています。現在は意識の高い人たちが個人の努力で学べる場所を見つけ、在宅医療について学んでいる状況ですが、これからは個人の意識に依存することなく、在宅医療に従事する方に情報や魅力を届く状態を作っていく必要があると考えています。
各地域に在宅医療を学べる受け皿を用意することで、在宅医療に興味のある人やこれから取り組んでいく人たちが学べる環境を構築していく必要があります。そういった教育に対して注力する在宅医療機関が増えることはもちろん、指導医が地域に多く存在することも必要です。更には、患者側も若い医療者が教育を受けながら在宅で臨床をしていることに納得してもらえる社会にしていくことも必要だと思います。様々な視点から見た「在宅医療の教育の場づくり」が必要だと考えています。

ー今後在宅医療に従事していただく方へのメッセージをお願いします

在宅医療は魅力的な働き方の1つだと思います。実際に在宅医療に従事してから、より在宅医療に魅力を感じていく医師も多いと認識しています。ただ、在宅医療ならではの難しさがありますし、身に着ける知識やスキルが多い側面もあります。だからこそ適切に学べる環境が必要だと考えています。
在宅医療に従事したいと考える若手医師の皆さんが必要以上に苦労することないように、それぞれの在宅医療機関では学べる環境を作り、それが一般的になる社会にしていきたいと考えています。ぜひ全国の皆さんと教育体制の構築を進め、今後在宅医療に従事したいと思う若手医師を増やしていきたいと思っていますので、在宅医療を若手のうちから選択肢として持ってもらいたいと思います。

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この記事を書いた人

杉浦 将太

まごころの杜 施設長。理学療法士として病院勤務を経て、サービス付き高齢者向け住宅まごころの杜のリハビリ事業の立ち上げに従事。医療度・介護度共に高い入居者に対し、その人らしい暮らしを提供し約200名の看取りを経験。2020年5月より施設長に従事し、まごころの杜に関わる訪問介護や訪問看護を含めた全体の統括をしている。

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