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訪問診療医必見!在宅医療の『想定外』を防ぐ3つの備え―高裁判決から読み解く事故予防の要点

訪問診療医必見!在宅医療の『想定外』を防ぐ3つの備え―高裁判決から読み解く事故予防の要点

近年、在宅医療のニーズが高まる一方で、在宅医療においても医療事故のリスク管理が重要な課題となっています。今回は、弁護士の加茂先生に「【判例解説】在宅医療の『想定外』を防ぐ3つの備え―高裁判決から読み解く事故予防の要点」というテーマで寄稿いただきました。加茂先生は、ご自身の親族が在宅医療を利用した経験もあり、当事者としての視点を含む内容となっています。本稿では、最近の高等裁判所の判決を題材に、在宅医療における法的リスクを最小限に抑えるための具体的な方法を解説していただきました。

在宅医療現場の第一線で働く皆様は、日々、人命を預かる重責の中で最善の医療の提供に尽力されていることと思います。特に在宅医療については、入院医療から在宅医療への移行といった難しい課題に、限られた時間と人員の中で取り組まなければならず、一つひとつの判断や指導に細心の注意を払う必要がありますが、そうした中でも予期せぬ形で法的リスクに直面する場合もあります。
「退院前に必要な指導は全て行いました」
「ご家族にも手技は習得していただきました」
万一事故が起きた場合、医療側としてはこうした認識を持っていたとしても、必ずしも十分ではないと判断されることがあるのです。

令和6年4月18日、名古屋高等裁判所は、在宅医療における療養指導の在り方について、医療現場に重要な示唆を与える判決を下しました。本件は、医療機関として必要と考えられる標準的な指導は行っていたにもかかわらず、より詳細な説明や具体的な指導が求められ、法的責任が認められた事案として、実務上、特に注目に値するものです。

本稿では、在宅医療に携わる皆様の業務負担を十分に理解した上で、この判決から導き出される実務上の対応策の案について、法的リスク管理の観点から解説させていただきます。皆様にできるかぎり安心して全力で在宅医療に取り組んでいただけるよう、日々の業務の中で、実践できる具体的な対応策の案を、3つのポイントに整理してお伝えさせていただきます。

事案の概要

本件は、在宅人工呼吸器管理下にあった乳児が、退院翌日に気管カニューレ関連の事故により心肺停止となり、その後低酸素脳症により死亡したことにつき、両親が病院設置者に対して損害賠償を求めた事案です。
被害児は、出生後間もなく喉頭軟化症と診断され、気管切開術を受けて人工呼吸器管理となっていました。大学病院から被告病院に転院後、約3週間の入院期間中に3回のカニューレ事故が発生。その後、退院の翌朝、カニューレに関する事故が発生し、心肺停止となり、低酸素脳症の後遺障害が残り、その後死亡に至りました。

具体的な事実経過

本件の判断の前提となった事実経緯は以下のとおりです。

日付 事実の性質 経過
H30.2.1 争いのない事実 原告母(X2)は、大学病院において患児(A)を出生した。
H30.4.12 争いのない事実 患児は、喉頭軟化症及び気管軟化症(軽度)により気管切開術を受けた。医師は、患児の気管切開孔にカニューレを装着し、人工呼吸器管理を開始した。カニューレと呼吸器回路の固定には、固定バンドが使用された。
H30.5月下旬頃 認定事実 大学病院の医師は、患児を在宅での人工呼吸器管理に移行させる時期にあると判断した。同医師は、原告らの面会頻度等を考慮し、原告ら宅に近い被告病院での退院指導が相当と判断した。
H30.6.18 認定事実 大学病院の医師は、被告病院小児科に患児を紹介した。なお、この時、大学病院から被告病院に対し、原告母に難聴があり、補聴器を着けず、コミュニケーションに難があり、理解力にも問題があるとの情報が申し送られた。これを受けて被告病院は、重要な伝達事項がある場合には原告父に伝える方針とした。
H30.7.27 争いのない事実 患児は、被告病院へ転院し、NICUへ入室した後、GCUへ転床した。転院時も、カニューレと呼吸器回路は固定バンドで固定されていた。
H30.7.29
午前7:47頃
認定事実 看護師は、患児の体動が激しいことを認め、顔色不良と喘鳴が著明であることを確認した。患児のSpO2は52%、HRは58まで低下し、何らかのカニューレ事故(閉塞、閉塞を伴う事故抜去又は閉塞を伴う迷入)が発生していることを確認した。看護師はカニューレを再挿入し、吸引にて血痰を確認した(1回目のカニューレ事故)。
H30.7.30
午後1:30頃
認定事実 看護師が患児に経口哺乳を行っていたところ、患児の顔色が悪化し、SpO2が50%台、HRが32%まで低下した。医師は、カニューレに閉塞を伴う事故抜去が生じたものと判断し(2回目のカニューレ事故)、カニューレを再挿入した。これを受けてE医師は、人工呼吸器の使用を夜間入眠時のみとし、日中は人工鼻を使用すること、また固定バンドの使用を中止することを指示した。その理由として、体動等で呼吸器回路が引っ張られた際にカニューレも引っ張られる危険があることを説明した。
H30.8.4
午後7:45頃
認定事実 F看護師は、他の患者の哺乳介助中、患児の寝返りに伴い喘鳴が消失したことを確認した。患児は顔色不良となり、何らかのカニューレ事故(閉塞、閉塞を伴う事故抜去又は閉塞を伴う迷入)が発生していた。SpO2は40%台、HRは60回/分台まで低下し、F看護師はカニューレを再挿入し、吸引にて血痰を確認した(3回目のカニューレ事故)。
H30.8.16
午後4時頃
認定事実 E医師は、退院前カンファレンスを開催し、原告ら及び被告Y1代表者Gらが参加した。E医師は、寝返りによってカニューレが抜けることがあったため、昼間は人工鼻とし夜間入眠時のみ呼吸器回路を接続する方針としたことを説明した。しかし、入院中に発生した3回のカニューレ事故について具体的な説明は行わなかった。カンファレンス後、原告らはカニューレ交換の練習を実施した。
H30.8.16
午後5:10頃
認定事実 E医師及び看護師は、原告母に対してのみBLS指導を実施した。具体的には、呼吸状態が悪化した際の対処方法として、カニューレが外れているか確認して入れ直すこと、外れていなければカニューレ内を吸引すること等を指導し、バッグバルブマスクの使用方法や心臓マッサージの方法について説明した。ただし、3回のカニューレ事故を踏まえた緊急性の高い換気不能の状況における対処方法の説明や、気道確保の重要性についての説明は行わなかった。原告父は仕事の都合で帰宅していたため、BLS指導を受けなかった。
H30.8.19
午前11:20頃
争いのない事実 患児は被告病院を退院し、午前11時40分頃に原告ら宅に到着した。その後、人工呼吸器と酸素濃縮装置の貸出業者が各装置をセットした。
H30.8.19
午後2時頃
争いのない事実 被告Y1代表者Gは原告ら宅を訪問した。原告父から人工鼻が外れやすいとの相談を受け、所持していた固定バンドを手渡した。
H30.8.19
午後11時頃
争いのない事実 原告らは、夜間の人工呼吸器装着時に固定バンドでカニューレと呼吸器回路を固定した。
H30.8.20
午前7:25頃
認定事実 患児が寝返りを打った際、カニューレに接続されていた人工呼吸器の呼吸器回路が外れ、患児にチアノーゼが出現した。原告母は即座に呼吸器回路を接続し直した。原告父が帰宅後、原告らは心臓マッサージを行い、カニューレはそのままの状態で、酸素濃縮装置の接続、携帯用酸素ボンベの接続、バッグバルブマスクでの換気を順に実施した。
H30.8.20
午前7:37頃
~8:23頃
争いのない事実 以下の経過で救命措置が実施された:
・午前7:37 原告父が被告病院GCUに電話連絡
・午前7:39 119番通報
・午前7:45 救急隊到着
・午前8:06 被告病院到着
・午前8:22 医師が気管切開孔から挿管チューブ挿入
・午前8:23 心拍再開
患児は、低酸素脳症となり、意識が戻らず、自発呼吸もない状態が続いた。
R3.2.27 争いのない事実 患児は、低酸素脳症による肺炎を原因として死亡した。

第一審の判断

名古屋地方裁判所は、原告らの請求を棄却しました。その理由として、
①病院は退院前に必要な指導を行っており注意義務違反はない
②救命処置に関する指導も適切に実施されていた
③カニューレ事故発生時の対応も医学的に適切であった
上記のように判示しました。

高裁の判断

これに対し名古屋高等裁判所は、原判決を変更し、請求額の一部である3740万9300円の損害賠償請求を認容しました。高裁は、病院側の療養指導義務違反を認め、以下の点を重視しています。

判断のポイントとなった重要な事実関係

1. 被告病院における短期間での頻発する事故の発生とその説明不足
  • 被告病院は、わずか3~4週間の入院期間中に3回ものカニューレ事故を経験していた。
  • 被告病院医師は、これらの事故の具体的な態様や、それに対してどのような措置を行ったかについて、原告らに説明していなかった。
  • 被告病院医師は、今後も多様な原因・態様によるカニューレ事故が起こり得ることについても説明していなかった。

2. カニューレ事故の態様に関する事実認定
  • 被告病院の看護記録には「カニューレが外れていた」と記載されていたものの、裁判所は、3回の事故のすべてが完全抜去ではなく、カニューレの閉塞、閉塞を伴う不完全抜去、閉塞を伴う迷入のいずれかであった可能性が高いと認定した。
  • 裁判所は、カニューレの完全抜去以外の事故では、外見から事故の態様を判別することが困難であることを重視した。

3. 救命処置指導における不十分性
  • 被告病院医師は、原告父に対してBLS(一次救命処置)の指導を一度も実施しなかった。
  • 被告病院医師は、原告母に対するBLS指導において、緊急性の高い換気不能状態が生じた場合の対処方法について説明しなかった。
  • 被告病院医師は、BLS指導の際に気道確保の重要性について説明していなかった。
  • 被告病院は、カニューレの交換についても、医師の助言により何とかできる程度の指導しかできていなかった。

4. 患者家族の特性に対する配慮の不足
  • 被告病院は、大学病院からの申し送りにより、原告母に難聴があり、コミュニケーションに課題があることを認識していた。
  • 被告病院は、重要な伝達事項は原告父に伝える方針としていたにもかかわらず、救命処置の指導を原告母にのみ実施した。
  • 被告病院のD医師は、原告母のみへの指導では不十分ではないかとの不安を感じながらも、原告父への追加指導を実施しなかった。

5. 患児の特性に関する重要事実
  • 患児は、カニューレによる気道確保がなければ呼吸ができない状態であった。
  • 患児の気管軟化症は軽度であった。
  • 3回の事故時には、いずれも顕著な喘鳴、顔色不良、酸素飽和度の著しい低下が認められた。


高裁は、これらの事実を総合的に評価し、「本件療養指導義務」の違反があったと認定しました。特に、3回もの事故が発生していたという事実を重視し、より具体的で実践的な指導が必要であったと判示しています。

判例を踏まえた工夫の例

このような事実関係を前提に、以下では、在宅医療の現場で実践できる具体的な対応策について、3つのポイントから解説していきます。これらの全てを行わなければ問題というものではありませんが、具体的なケースに応じて、行うことができる限りの対応をすることで、事故を未然に防ぐことが期待できると考えます。

【Point 1】入院中のトラブルを退院指導に活かして共有する

(1)入院中のトラブル記録を活用する
  • 入院中のトラブルについて、電子カルテや看護記録の記載を活用する
  • 繰り返し発生したトラブルの特徴を整理する
  • 退院指導に活かせる具体的な事情を抽出する

(2)退院前カンファレンスで情報を共有する
  • 入院中の代表的なトラブル事例とその対応を説明する
  • 医療者の対応手順のうち、家族ができる範囲を明確に示す
  • 緊急時の連絡体制を確認する

(3)再発防止策を指導する
  • 日常的な注意点を具体的に伝える
  • 簡単にできる予防方法を実践してもらう
  • トラブル発生時の初期対応手順を確認する

【Point 2】患者家族それぞれの理解力に応じた多段階の指導を実施する

(1)主たる介護者の状況を把握する
  • 主介護者の理解力や身体特性を確認する
  • 補助的な介護者の有無を確認する
  • 特別な配慮が必要な点を把握する

(2)段階的な指導を行う
  • 基本的な手技から順に指導する
  • 理解度に応じて説明方法を工夫する
  • 重要な実技は複数回練習してもらう

(3)理解度を確認する
  • 基本的な手技が確実にできているか確認する
  • 不安な点がないか聞き取る
  • 通常の看護記録の中で指導実施を記録する

【Point 3】在宅で起こりうる主な緊急事態への対応手順を文書化する

(1)主な緊急事態の対応手順を整理する
  • 発生頻度の高い緊急事態を中心に説明する
  • 具体的な対応手順を簡潔に示す
  • 救急要請の判断基準を明確にする

(2)簡潔なマニュアルを作成する
  • 既存の指導用資料を活用する
  • 重要な手順を図や写真で示す
  • 緊急連絡先を明記する

(3)在宅での対応を確認する
  • 訪問看護の初回訪問時に手順を確認する
  • 不安な点について質問を受ける
  • 必要に応じて手技を再確認する

おわりに

在宅医療における医療安全管理において重要なのは、入院中に得られた経験を活かし、家族の状況に応じた実践的な指導を行うことです。本判決は、形式的な指導ではなく、実効性のある指導の重要性を示しています。入院医療機関からの移行期支援においては限られた時間と人員の中で対応するしかありませんが、重要度の高いものから優先的に取り組める体制を整備していくことが必要不可欠です。

この記事を書いた人

加茂 翔太郎

東京大学法学部卒業。企業法務に特化した法律事務所に所属し、様々な業態・業種の会社・法人にアドバイスを行う。親族が在宅医療を受けており、在宅医療と法の領域について知見を深めている。また、個人的に生成AIの業務活用を研究しており、生成AIコミュニティの公式アンバサダーにも就任している。※記事の内容は執筆者個人の見解や意見等を述べるもので、所属する法律事務所の意見等を反映するものではありません。また、正確を期すよう努めておりますが、正確性や最新性あるいは具体的な成果を保証するものではありません。

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