医療を軸に「“つながる”まちづくり」を目指して｜やまと診療所日吉 院長｜阿部 佳子 先生

家庭医とは、地域の健康のために働く総合診療医、その使命は「地域を“まるごと”診る」こと。

特定の疾患や臓器をより深く診療する他の専門医とは、まったく異なる知識や能力が家庭医には求められます。
今回は、医療法人社団やまとのやまと診療所日吉、院長である阿部佳子先生にお話を伺いました。

長く家庭医療学に携わってきた阿部先生のライフワークと目指す「まちづくり」について教えていただきました。

やまと診療所日吉 院長
阿部 佳子先生

1987年星薬科大学薬学部卒業。1997年山形大学医学部卒業。同年東京北部医療生活協同組合（現東京ほくと医療生活協同組合）入職。王子生協病院にて研修開始。2006年２月生協浮間診療所所長。2006年4月から日本医療福祉生協連家庭医療学開発センター（CFMD）指導医。日本プライマリ・ケア連合学会認定指導医、ひまわり企画プライマリ・ケア臨床薬剤師レジデンシーアドバイザー、日本医療福祉生協連診療所看護指導者研修プログラムアドバイザーなどを経て、2016年6月より医療法人社団やまと 日吉慶友クリニック在宅診療部長。2020年4月より同院院長となる。在宅・外来医療を行いながら、生まれ育った地域の課題にも取り組んでいる。

－阿部先生は、診療以外に多くの団体や組織に参加し、地域活動に積極的に活動しているそうですね。具体的にどういった組織に参加され、どのような活動をしているのでしょうか？

医師になってから20年近く、東京ほくと医療生活協同組合の王子生協病院やいくつかの診療所で家庭医療学を学びながら働いていました。

その後、実家のある横浜市港北区は地域医療や在宅医療が普及していない事実を知り、港北区に戻ることを決意しました。

それから私は、港北区にある多くのコミュニティと積極的につながりを作ってきました。

その一つが、NPO法人びーのびーのです。

地域で一番広く活動しており、主に子育て支援をしている法人で、プレママプレパパの講座や産前産後支援、ヘルパー派遣、子どもの一時預かり、保育事業などもおこなっています。

普段は在宅医療で高齢者を主に診ていますが、幅広い世代に関わりたいという想いがあり、こちらの活動に参加しています。

その他には「産前産後のおうち」という、産前産後を対象とした親子で過ごすことのできる「おうち」の立ち上げもしました。

頑張るママ同士や先輩ママと交流を持てたり、保健師や助産師に気軽に相談出来るようにしたりして、少しでも子育てを安心してできるよう支援しています。

大人の文化祭「えがお祭り」実行委員を務める

ーー小さいこどもから子育て世代の方とも交流があるのですね。他にも活動されていることがあれば教えてください。

港北区に戻ってきてからは、プラチナ世代交流フリーペーパー「えがお」を運営する皆さんと連携して「えがお祭り」の実行委員を務めました。
えがお祭りとは、高齢者のための文化祭で、2020年にはじまり、これまで計6回開催しました。

新型コロナウイルスが流行していた時期はオンラインでの開催となりましたが、第5回と第6回は港北公会堂でリアルでの開催をすることができました。

1階ロビーでは物販や各種相談コーナー、2階には展示会や将棋対戦コーナー、メイクやネイルの体験ブースをつくります。

メイクやネイルコーナーは相談や体験だけでなく、そのあと写真撮影もしてくれるので毎年大人気です。

私は健康相談の担当やステージの司会も務めました。

お年寄りの方が学生に戻ったように、わくわく生き生きしているのを見ると、こちらも元気がもらえました。

まだ“病院に行くほどじゃない”お悩み相談会を開催

個人の活動としては、「受診するには敷居が高い」「ちょっとした体の不調を相談したい」という方向けの医療相談を不定期に開催しています。

えがお祭りの実行委員を通して知り合ったヨガの先生に協力していただき、ハンドマッサージと一緒におこなっています。
医療相談では、実際にご主人に認知症の疑いがあるかもしれないとご夫婦が相談に来られたことがありました。

そこでは認知症専門外来を受診を勧めました。

認知症と診断され、現在は薬物治療を受けているそうで、その後も相談に来られ、治療が順調なことも確認できました。

お互いのハンドマッサージを教えてもらって、ご夫婦が仲良さそうに帰って行く姿をみれ、素敵な出来事に立ち会えました。

地域の健康や予防活動は、家庭医療としての仕事の一つであり、とても大切なことだと思っています。

今後も、地域ケアプラザなどの公共施設で医療相談や市民講座などに取り組み、地域の方がふらっと立ち寄って相談できる場を作りたいですね。

ーー診療以外に多くのライフワークで地域を支えようとしている阿部先生。活動を通じて感じた地域の課題について教えてください。

これまでの活動を通して、地域医療や在宅医療における課題について、目の当たりにしてきました。

とくに、在宅医療に対する知識や認識が不足していると感じています。

自分の家族に介護が必要になってはじめて、「在宅医療」を意識するケースがもっとも多いですが、当事者になってから受け入れるのは時間もかかり、精神的にも負担がかかります。第一に、在宅医療に関する啓蒙活動は必要ですね。

ほかには、いざというときに相談できる場所が身近にない、どこに情報があるのかわからないと感じる方は多いと思います。

じつは港北区は36万人と人口が多く、政令指定都市の中では一番人口が多いこともあって、様々な方が良い活動をしてます。

しかし、そういった情報が必要な人に届いていない現状があります。

ボランティアやNPOの活動などの活動を把握し、困っている人や必要な人につなげる社会的手法の構築やリンクワーカーの育成ができたらと考えています。

コミュニティカフェのような場所で、医療や福祉、健康などの情報に簡単にアクセスできるといったシステムが理想像ですね。

ーー今後の展望について教えてください。

みんなをつなぐ「もの」や「場所」を作りたいという気持ちがあります。
認知症カフェや、さまざまな趣向のデイサービスを提供できる通所もあったら素敵ですね。

たとえば、ハードロックカフェやメイドカフェのデイサービス。

自分が高齢者になった時、介護サービスを選択できないのはつまらない——多様な趣味や趣向のデイサービスを日替わりで行けたら楽しいだろうなと考えています。

高齢者向けの「シェアハウス」もおもしろいと思います。在宅医療をしていると、施設に入るほどではないけれど一人暮らしが不安に思われる方が多いです。
そういった方が共同生活しながら助け合ったり、補い合ったりしながら生活できる「家」があったらいいなと。

老人ホーム内の掃除や炊事などの仕事を入居している高齢者が分担することで、役割や収入を得られるように運営する

「“高齢者”が運営して就労できる」老人ホームも楽しそうです。

誰しも誰かに必要とされていると、生活が充実するので、QOLや健康の維持につながる可能性を考えています。

大人向けの啓蒙活動を地道にしていく予定ですが、小中学生向けの啓蒙活動として地域医療や在宅医療のことを考えるきっかけを作ってみたいですね。たとえば、訪問診療や高齢者施設とはどのようなことをしているのかを知ってもらえると、もちろんその子が大人になったとき役立つかもしれない。それに子どもって勉強してきたことを親などの大人に話したがるので、親世代も考えるきっかけになるのではと思います。

ーーー子どもから大人、そして高齢者、多彩で多方向のアイデアで大変興味深いです。

まだまだ地域に足りないことや取り組んでみたいことがたくさんあります。

そのため、協力して下さる方をもっと見つけたい。

自分だけでは手が足りないけれど、みんなで協力すれば少しずつ実現できると思っています。

じつは、こういったことを言うと「医者じゃなくて“政治家”になってやればいいじゃない」と言われることがあります。

しかし政治家になってしまうと、地域みんなの幸せや健康だけではなく、多様な問題の解決を求められる。

利害関係が介入してくるおそれもあるので、本来私が望む「まちづくり」からは逸れてしまうのではないかと思うのです。

私は、あくまで医師として、医療の立場からみた「まちづくり」を実践していきたいですね。