フランスでは古くから専門看護師制度が発達し、加えて看護師全体に「固有の役割」を付与し、包括的な指示の中で多くの診療行為を実践してきた経緯がある。在宅医療が盛んなフランスでは医師から看護師へのタスクシフトを進めるために、2018年からフランス版ナースプラクティショナーである高度実践看護師(IPA:infirmiers en pratique avancee)の養成がスタートした。
さらに、マネジメントや多職種連携を担う管理看護師養成も高度化・多様化し、看護マネジャーや病院長などトップマネジャー養成にも舵を切っている。この動きは看護師だけでなく、コ・メディカル職にも広がっている。
本稿では、フランス専門看護師・管理看護師の動向、IPAの概要と専門領域、IPAに認められている「看護実践・職業行為」の具体的な内容、報酬体系・給与水準について述べる。
日本福祉大学 社会福祉学部 教授
篠田 道子 先生
筑波大学大学院教育研究科修了。病院勤務、民間企業を経て日本福祉大学社会福祉学部赴任。2008年日本福祉大学社会福祉学部教授(現在に至る)。2011年から1年間は慶応義塾大学大学院経営管理研究科で、訪問教授としてケースメソッド教授法を学ぶ。主な研究テーマは、医療・福祉マネジメント、終末期ケア、ケースメソッド教授法、フランス・イタリアの医療・看護・介護制度と人材育成
1.フランスの専門看護師と管理看護師の動向
フランス国内に勤務する看護師数は2021年1月時点で764,260人、内訳は医療機関に勤務している看護師490.197人(64%)、開業看護師135,027人(17.6%)、その他(高齢者施設など)139,036人(18.2%)である。OECD(2019)によれば、人口10万人当たりの看護師数は11.1人で、OECDの平均8.8人を上回る。さらに2年以上の実務経験を経た後に、専門の教育機関で教育を受けると専門看護師の資格を得ることができる(ただし、小児看護師の実務経験は問われない)。
フランスの専門看護師の歴史は古く、戦後まもない1947年に母子保護政策を高める職種として「小児専門看護師」が誕生した。さらに、手術と麻酔技術の高度化に伴い1960年に「麻酔専門看護師」、1971年に「手術室専門看護師」が誕生した。背景には、医療技術の高度・複雑化に伴い、医師にはより高いレベルの医療行為が求められるようになってきたため、医師が提供していた医療行為を徐々に看護師に委譲してきた。
また、専門看護師とは別にマネジメントや多職種連携業務を担う管理看護師制度もある。管理看護師は4年以上の実務経験が必要で、専門看護師を取得する必要はない。さらに管理看護師は表1の通り①保健医療管理職、②上級医療保健管理職、③看護ディレクター(看護部長レベルに該当で1級と2級がある)に階層化されている。③の看護ディレクターは、国家試験に合格すると看護ディレクター2級の資格が与えられる。加えて、5年間の実務経験と昇進試験に合格すると看護ディレクター1級の資格を得ることができる。②③については、2010年から看護師だけでなく、他の職種にも入学の枠を広げ、理学療法士、管理栄養士、臨床検査技師なども学んでいる。
これらとは別にグランゼコール【注1】の病院長コースに進学し、24か月の教育訓練を受け、国家試験に合格すれば病院長にもなれる。看護ディレクターと病院長のコースは、フランス政府よりグランゼコールの一つである国立公衆衛生高等研究院(EHESP :École des hautes études en santé publique)に教育が委託されている。
フランスは看護師のキャリアアップを促進しており、専門看護師と管理看護師を合わせた人数は、2018年時点で57,755人、全看護師の8.2%に相当する。日本の専門・認定看護師(管理看護師含む)の割合は全看護師の約2%にとどまっている。制度が異なるため単純には比較できないがさらなる発展を期待したい。
表1 フランス看護管理者養成教育の概要
| 資格の種類 |
保健医療管理職 (Cadre de Santé) |
上級保健医療管理職 (Cadre Superieur de Santé) |
看護ディレクター (Directeur des Soins) |
病院長 |
| 前提条件 | 看護師または専門看護師の免許取得者で、臨床経験4年以上 |
保健医療管理職の国家免許を有する。修士課程修了またはマネジメント研修終了などを重視 | 保健医療管理職または上級保健医療管理職の実務経験5年以上 | 選抜試験に合格した者 |
| 教育機関 | 保健医療管理職養成校(国内40か所) | なし | EHESP(2010年よりフランス政府の委託) | EHESP(2005年よりフランス政府の委託) |
| 教育期間 | 10か月 | なし(実践での教育・訓練) | 12ケ月 | 24か月 |
| 資格のタイプ | 国家免許 | 国家免許 | 国家免許 | 国家免許 |
| 資格試験の有無 | 国家試験 | 書類審査 | 国家試験 | 国家試験 |
| 根拠法 | デクレN°2008-806 (2008年8月20日) | デクレN°2012-1466 (2012年12月26日) | デクレN°2010-1138 (2010年9月29日) |
デクレN°2005-1112 (2005年8月2日) |
| 更新制度 | なし | なし | なし | なし |
2.高度実践看護師(IPA)の概要と養成課程
フランスでは専門看護師・管理看護師とは別に、2016年頃から高度実践看護師(IPA:les infirmiers en pratique avancée) 創設の議論が始まった。その背景には、①人口の高齢化とそれに伴う慢性疾患患者の急増、②医療アクセスの改善と医療機関・在宅医療・高齢者施設の連携システムの構築、③医師の業務負担の軽減と看護師への業務の委譲、特に在宅医療における医師と看護師の新しい協力体制の構築、④看護師がより高度な業務を実践することで社会的評価を高め、賃金水準を上げる、⑤プライマリケア体制の強化などである。
IPAの養成は、2018年9月からフランス国内の大学・大学院でIPA養成プログラム(2年間)が始まり、2019年度の修了生は63人、2020年度は260人と徐々に増加している。修了後のIPAの登録者数は「世界の看護の現状報告書2025」によれば3200人である。
以下に、IPAの根拠法・5つの専門領域・勤務場所について紹介する。
- 根拠法
「医療制度現代化法(2016年1月26日法)第119条」と、「高度な看護実践に関するデクレ」(2018年7月18日公布)である。 - 資格要件
看護師として3年間の実務経験後、フランス国内の大学・大学院で開講されているIPA修士課程において2年間(4セメスター)120単位を取得すること。 - 主な養成大学・大学院
Paris Est Créteil Sorbonne Université 、AMU Aix Marseille Université やUniversité de Parisなど35か所の大学・大学院。 - 教育内容
1年目は共通科目、2年目は専門科目(慢性疾患、がん、精神疾患など)。 - 5つの専門領域
①症状が安定している慢性疾患(PCM:Pathologies chroniques stabilisées)、②精神疾患(SMP;Santé mentale et Psychiatrie)、③腫瘍・血液疾患(OH:Oncologie-hématologie)、④腎疾患・人工透析・腎臓移植(NDT:Néphrologie-Dialyse et Transplantation rénale)、⑤救急科(Urgences) - 勤務場所
医療機関、在宅医療(HAD)、グループ診療所、高齢者施設(EHPAD)など。基本的には医師の管理する医療チームの一員として活動する。単独での行動は禁止され、一人で開業することはできない。
3.IPAに認められている「看護実践・職業行為」と報酬体系・給与水準
1)IPAの「看護実践・職業行為」は4種類、タスクシフトが進む
IPAに認められている具体的な「看護実践・職業行為」について紹介する。これらの行為は、2018年7月18日デクレで定められており、雇用連帯省2004年7月29日「看護実践・職業行為に関する法」【注2】を改正したものである。行為は広範囲に渡っており、①医師の処方なしでIPAに許可される行為、②IPAが予防・モニタリング目的で処方できる検査、③IPAが更新できる処方、④IPAが処方できる器具・衛生材料の4つに分類されている。
特に①医師の処方なしで実施可能な行為は多岐にわたる。具体的には、ホルター心電図の装着、動脈穿刺による血液ガス採取、分泌物・排泄物の採取、尿道・直腸カテーテルの挿入と管理、胃管の挿入と管理、棒鋼超音波検査、縫合(顔面・手を除く)・縫合糸の除去などである。これらの行為が認められることで、医師の配置が手薄い在宅医療(HAD)や高齢者施設(EHPAD)での医師から看護師へのタスクシフトが進むことが期待される。
2)IPAの報酬体系と低い給与水準
IPAが行うサービスの報酬は、AIM(医療的看護行為)については開業看護師等と同じ報酬であるが、IPA定額加算がある。2021年時点では、「初診」1回のみ算定20ユーロ、「再診(年1回の看護計画策定料・医師のプロトコールの確認)」58ユーロ90セント、「再診(年3回のサーベイランス、多職種連携コーディネート料)」32ユーロ70セント、「年齢加算(7歳以下の小児、80歳以上の高齢者)一人につき3ユーロ90セントである。病院に勤務しているIPAの給与1年目の平均は2,085ユーロである。
また、フランスの看護師の多くは公的医療機関に勤務し、給与は公務員の俸給表に定められている。2019年の平均給与はOECD加盟国32か国中28位と低い。IPAの給与も一般看護師と同様に俸給表に定められている。2021年のIPAの給与は月額2,216.49ユーロであり、これに夜勤手当等が加算される。フランスの最低賃金は月額1,603.12ユーロであり、IPAを取得しても給与の低さは変わらない。卒後5年目のIPAは2,478.91ユーロ、10年目は2,755.38ユーロである。これに夜勤手当等が加算されるものの低い水準である。
おわりに
フランス政府が2023年に発表した「グローバルヘルス戦略(2023~2027)」では、医療制度の強化と多職種連携の推進を重要な柱としている。在宅医療が盛んなフランスでは多職種連携におけるケアマネジャー役の存在として、看護管理者やIPAの活用が期待されている。
ただし、高度な知識とスキルを習得しても、公的病院に勤務する看護師が多いため、給与水準は低いままである。そのためIPAの登録者数は期待された数字には届いておらず、キャリアに見合った給与水準が求められている。
【注1:グランゼコール】
フランスにおける独自の高等職業教育機関である。大学のような教養としての学問や教育ではなく、社会発展に直接寄与する「高度専門職業人の養成」を理念とした学問の普及と教育を行っている。技師系、商業・経営系、社会科学系、行政・司法系、軍事系、公衆衛生系などがある。
【注2:看護実践・職業行為】
A:看護師が判断・決定して行う行為(医師の指示や処方は必要ない、いわゆる療養上の
世話に該当する)、B:医師の処方やプロトコールにもとづき看護師が単独で行う行為(中心静脈路確保、ドレーンの交換や除去など34行為)、C:医師の処方やプロトコールに基づき、かつ医師の物理的臨場を必要とする行為(中心静脈カテーテルへの鎮痛剤注入やカテーテルの抜去など10行為)、D:医師が行う際に介助ができる行為(負荷または薬剤使用下での心電図や脳波の記録など10行為)、E:専門看護師に限って行える行為に分類している。








