海外の在宅医療 第2回|フランス在宅入院制度と在宅医療|日本福祉大学 社会福祉学部 教授|篠田 道子 先生

海外の在宅医療 第2回|フランス在宅入院制度と在宅医療|日本福祉大学 社会福祉学部 教授|篠田 道子 先生

前回はフランス医療制度とかかりつけ医制度の概要を紹介し、入院医療よりは在宅医療にシフトしてきた経緯を説明した。フランスの病院と診療所は外来診療に注力しているため、在宅医療の中核的な存在は「在宅入院制度」である。今回は、在宅入院制度の概要、提供される医療行為と保険給付、病院・在宅入院機関・個人開業者とのトライアングル連携の実際、さらに在宅入院制度の課題について整理する。

日本福祉大学 社会福祉学部 教授
篠田 道子 先生

筑波大学大学院教育研究科修了。病院勤務、民間企業を経て日本福祉大学社会福祉学部赴任。2008年日本福祉大学社会福祉学部教授(現在に至る)。2011年から1年間は慶応義塾大学大学院経営管理研究科で、訪問教授としてケースメソッド教授法を学ぶ。主な研究テーマは、医療・福祉マネジメント、終末期ケア、ケースメソッド教授法、フランス・イタリアの医療・看護・介護制度と人材育成

1.在宅入院制度の概要

在宅入院制度(HAD:Hospitalization a Domicile)とは、雇用連帯省「在宅入院に関する通達」(2000年5月30日)によれば、「病院勤務医および開業医により処方される患者の在宅における入院である。予め限定された期間に(ただし、患者の状態に合わせて更新可能)、医師及びコ・メディカル職のコーディネートにより、継続性を要する治療を自宅で提供するサービス」と定義されている。患者の自宅を病床とみなし、医療ニーズの高い患者に対し、在宅入院機関が病院の医療チームと、かかりつけ医を含む個人開業者と協働で、退院後も入院と同レベルの医療サービスを提供するものである。HADは高齢者のみを対象としているのではなく、あらゆる年齢層の患者を対象とする。

以前、HADは病院サービスの延長として、入院医療の代替的なケア組織とされていたが、現在では、在宅入院組織それ自体が公衆衛生法典上の医療施設に位置付けられている。HADのサービスを行える場所の範囲は広く、患者宅のほか、高齢者向け居住施設(2007年以降)や医療社会福祉施設等(2012年以降)でも利用できる。

2022年時点でフランス国内には281機関のHAD【注1】があり、患者数は158,927人である。表1は2007年から2022年までのHAD数と患者数の推移を示している(3年毎)。2007年から2009年までは前年比二桁の伸び率であったが、2010年以降は伸び率が鈍化し、2016年からは微減に転じている。減少の理由としては、①小規模なHADを統合して、中規模化することで効率化を図っている、②国民や医療従事者のHADに対する認知度が低い、③高齢者向け居住施設でのHAD利用が進んでいないなどである。患者数については微増傾向である。

患者の平均年齢は、男性63.3歳、女性62.5歳である。3割の患者が緩和ケアを受けており、1年間の死亡者数は42,525人で、うち、HAD滞在中に死亡した人は22,890人である。

表1 HAD数と患者数の推移

西暦(年) HAD数 患者数
2007 204 56,287
2010 292 97,624
2013 311 105,144
2016 303 109,866
2019 289 128,227
2022 281 158,927

出典:https://www.fnehad.fr/wp-content/uploads/2023/12/FNEHAD_RA22-23_WEB-PLANCHES.pdf

2.医療行為の半数は緩和ケアと創傷管理、保険給付の1日平均は236€

HADの対象者は新生児から高齢者と幅広く、精神疾患以外をカバーする。医療に特化したサービスであり、身体介護のようなものは含まれない。2022年における医療行為別割合は、緩和ケア27.2%と特殊・複雑なガーゼ交換(創傷管理)25.7%で約半分を占める。以下、重度ナーシング(6.4%)、経静脈治療(5.7%)、経腸栄養(5.3%)と続く。
また、以下の患者はHADの対象外となる。

  1. コーディネートを必要とせず、単一・単職種のケア行為のみを必要とする患者
  2. 在宅看護ケア(清拭、入浴介助、排泄介助など身体介護に近いもの)
  3. (技術的、設備的に)病院での入院の方が適切であると考えられる患者
  4. 経管栄養、ストーマ、呼吸不全(在宅酸素療法)、腎不全(血液透析や腹膜透析)において医療機器のみの使用を目的とする患者。
  5. 精神病院からの退院患者


HADは入院医療の一環であり、医療費の支払いは2006年1月よりフランス版医療行為別入院診療報酬(T2A: Tariffication al‘Activate)による「1日当たりの定額支払い」である。T2Aは主傷病、副傷病、在院日数、介護度コード、カルノフスキー指数【注2】などを合わせてコーディングされ、1800のカテゴリーに分類され、さらに31のプライスカテゴリーに分けている。平均すると一人当たり236€/日の保険給付となる(2022年)。高額な薬剤(抗癌剤など)は出来高で請求できる。

3.HADの人員基準、コーディネーターは医師と看護師

HADの人員基準と多職種連携の要であるコーディネート医師とコーディネート看護師の役割について紹介する。

  1. 人員基準(公衆衛生法典 Decret第712条―37より)
    ①人員基準:6床当たり常勤換算で職員1人以上を配置。医師を除く全職員の半数以上は看護師資格保有者とする。さらに、30床以上の許可を得た組織は、管理看護師を1人以上配置すること。
    ②勤務体制:3または2交替による24時間体制。
    ③専門職の配置と役割
     コーディネート医師(診療との兼務可能)、コーディネート看護師、訪問看護師、開業看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、栄養士、薬剤師、介護士、ソーシャルワーカー、心理臨床士、検査技師、放射線技師、看護助手、事務員などを配置する(コ・メデ
    ィカルについては、常勤職員でなく、委託契約を結んだ個人開業者でも可能)。
    ④退院からHADサービス利用までの待ち時間は24時間以内(待ち時間はほぼない)。

  2. コーディネーターは医師と看護師
    HADのコーディネーターはコーディネート医師とコーディネート看護師が担っている。
    以下に両者の役割について紹介する。
    ①コーディネート医師:病院勤務医(または開業医)から提出された治療指針をもとに、通達に基づいて在宅入院の適応について検討する。職業倫理を遵守しつつ、組織全体の医学的ニーズを調整する。サービス実施中は、病院勤務医と開業医との連携が義務付けられている。HADのコーディネート医師は診療との兼務が可能であるが、専らコーディネートに専念し、診療に出向くことはほとんどない。
    ②コーディネート看護師:日本のケアマネジャーに相当する役割を担う。管理看護師の資格を有している場合が多い。ソーシャルワーカーとともに居宅を訪問しアセスメントを実施。医師の処方に基づいてケアプランを作成する。患者・家族の同意が得られたらサービスの調整を行う。細部の個別プランについては、担当する職種が作成する。

  3. 病院勤務医はHADへの関与が低い
    筆者は2019年3月にパリ市内に拠点を置くHAD最大手「パリHAD」で、コーディネート医師兼管理者であるA氏にヒアリングを行った。A氏によれば、病院勤務医は病診連携や在宅医療への関与が低く、入退院支援はHADに任せする傾向があり、調整に苦慮していたとのことである。 
    その後、通達により病院勤務医の責務が明文化され、病診連携への積極的な関与が義務付けられた。通達の主な内容は、在宅入院関連業務担当医師を病院組織から選出する、入退院カンファレンスを開催して共同でケアプランを作成することが努力義務とされ、これらにより、以前よりは連携しやすくなったとのことである。

4.入院医療の延長線上での在宅医療をトライアングル連携で支える

HADは入院医療の一環であり、退院しても入院と同じレベルの医療が受けられ、かつ費用も無料になる長期慢性疾患(ALD)の患者が多い【注3】。HAD、病院、個人開業者のトライアングル連携による集中的ケアマネジメントは、患者・家族の安心感をもたらす。特に医師同士の連携で、HADのコーディネート医師が果たす役割は大きい。入院から退院まで継続して関わり、さらにHADの利用期間中も病診連携の要として調整機能を発揮する。

フランスHADによる集中的ケアマネジメントは、次の点が参考になる。①病診連携が確立している、②24時間医師や看護師の医療サービスが保障されている、③ケアプランによって医療と介護サービスが統合されたかたちで提供される、④コーディネーターである医師と管理看護師が調整機能を発揮している、⑤リスクの高い疾患のプロトコールが準備され、多職種が共有している、⑥退院からサービス開始までの待ち時間が少ない、⑦HAD、病院、個人開業者(医師、看護師、薬剤師、リハ職など)によるトライアングル連携を構築し、集中的なケアマネジメントを行っていることである。

5.HADの課題

HADは病診連携の要となり、個人開業者とのネットワーク形成を通して、在宅患者の生活を支えている。ただし、以下のような課題も抱えている。

  • 退院患者の70%が退院後にHADを利用するが、入院する患者は30%しかHADを経由していない。これは、HAD利用中であっても、病状悪化時はHADを経由しないで、直接病院に入院している現状がある。「パリHAD」でコーディネート医師兼管理者であるA氏によれば、多くの患者・家族・かかりつけ医は「病状が悪化したら入院する」という考えを持っており、この考え方を変えるのは難しいとのことであった。

  • 早すぎる退院を予防するために、入院後3日以内に退院させるとT2Aの60%しか保険給付されないという「最低入院期間」を設定している。しかし、最低入院期間が過ぎると、病院側は早期退院に拍車がかかり、すぐにHADにアクセスしてくる。HADのT2Aは、「一日定額制」であるため、早期に患者を確保したいというインセンティブが働く。病院側とHAD側の思惑が一致することから、早期退院を促進することでコストが増大する傾向が指摘されている。


ただし、HAD利用による医療費削減効果については、一部の疾病(骨髄腫)については削減効果があったという研究があるものの、逆にHADの方が高くなるという研究も混在しており、研究成果は道半ばである。

【注1】HADの設置主体は、公的機関38%、民間非営利機関(NPO法人や宗教法人など)40%、営利機関22%で、非営利機関が78%を占める。
【注2】カルノフスキー指数とは、身体機能をアセスメントする評価指標である。100%(正常)から10%(死期が迫っている)0%(死亡)まで11段階で評価する。 
【注3】HADの患者は長期慢性疾患(ALD:affectation de longue durée)が8割を占める。ALDとは、がん、神経性疾患、腎不全、糖尿病など長期療養が必要で、かつ医療費が高額になる疾病で自己負担分が免除される。

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篠田 道子

筑波大学大学院教育研究科修了。病院勤務、民間企業を経て日本福祉大学社会福祉学部赴任。2008年日本福祉大学社会福祉学部教授(現在に至る)。2011年から1年間は慶応義塾大学大学院経営管理研究科で、訪問教授としてケースメソッド教授法を学ぶ。主な研究テーマは、医療・福祉マネジメント、終末期ケア、ケースメソッド教授法、フランス・イタリアの医療・看護・介護制度と人材育成

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