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「第4の診療形態」、オンライン診療を地域に根づかせるために|医療法人博愛会頴田病院総合診療科長|吉田 伸 先生

「第4の診療形態」、オンライン診療を地域に根づかせるために|医療法人博愛会頴田病院総合診療科長|吉田 伸 先生

外来、在宅、病棟に続く「第4の診療形態」としてオンライン診療を育てていきたい――そう語るのは、日本プライマリ・ケア連合学会で初代ICT診療委員長を務めた家庭医の吉田伸先生です。吉田先生は、オンライン診療は生活空間から一歩も動かずに医療を受けられるという特性から、プライマリ・ケアと非常に相性が良いと語ります。しかし、診療報酬の低さや制度の未整備、医師・患者間の関係性など、多くの課題も立ちはだかります。家庭医の立場から見たオンライン診療の課題と可能性について、お話をうかがいました。

医療法人博愛会頴田病院 総合診療科長
吉田 伸 先生

2006年名古屋市立大学医学部卒業。在学中に学生向けACLS活動に注力。卒業後は福岡県飯塚市にある飯塚病院にて研修を積み救急医を目指していたが、初期研修2年目に在宅医療に触れ、家庭医を目指すようになる。現在は、飯塚病院から長期出向する形で、頴田病院総合診療科長を勤めつつ、自分が卒業した飯塚・頴田家庭医療プログラムで後輩の育成にあたっている。最近、病院経営を知るために九州大学に社会人大学生として入学し、Master of Health Administration (MHA:医療経営・管理学修士) を取得。日本プライマリ・ケア連合学会 理事、頴田病院在宅医療専門研修プログラムプログラム責任者、総合診療科 飯塚・頴田総合診療専門研修プログラム副責任者

ファーストタッチを担うプライマリ・ケアはオンライン診療と好相性

-吉田先生は、日本プライマリ・ケア連合学会で初代のICT診療委員長を4年間務めておられました。プライマリ・ケアとオンライン診療の関係について教えてください。

日本プライマリ・ケア連合学会では、オンライン診療を外来・病棟・在宅に続く「第4の 診療形態」として育てていくために「プライマリ・ケアにおける オンライン診療ガイド」を取りまとめています。なぜ、私たちがオンライン診療を育てていこうとしているかというと、オンライン診療はプライマリ・ケアと非常に相性が良いからです。

オンライン診療とは、簡単にいえば「患者さんが、自分の生活空間から一歩も動かずに受診できる診療形態」です。移動のコストを払う必要がないため、患者さんからすれば、オンライン診療は最も受診のハードルが低くなります。受診のハードルを下げることは、ファーストタッチを担うプライマリ・ケアと非常に相性が良いのです。

-他にも特徴はありますか?

オンライン診療とプライマリ・ケアとの関係でみたもう一つの特徴は、私たち家庭医は患者さんとの継続的な関係性を重要視している、という点が挙げられます。日本医学会連合の「オンライン診療の初診に関する提言」では、原則として「かかりつけの医師が(背景の分かっている患者に対して行う場合のみ)初診からのオンライン診療を行う」と提言されています。

また、オンライン診療を行っていても、必要に応じて対⾯診療に切り替えることが可能な状況(地理的、時間的にも)で⾏うことも求めています。つまり、背景や素性の分からない患者さんに対して、いきなりオンライン診療をすることは、あまり適さないといえます。

例えば、次のようなケースのオンライン診療は適切ではありません。都内の患者が初診で地方の医師に対して、突然、オンライン診療の予約を入れて、咳止めと睡眠薬の処方を求めたようなケースです。この場合、患者さんの背景も分かりませんし、地理的に対面診療に切り替えることもできず、さらに咳止めの一部は麻薬の扱いとなったり、睡眠薬も含め、初診のオンライン診療では処方ができないのです。

―オンライン診療の歴史的な背景を教えてください。

もともとオンライン診療は、離島やへき地など、医療過疎地に医療を届けるために始まりました。地理的に医療にアクセスができない患者さんを救うために体系化されてきたのです。地理的な要因以外にも、精神疾患で外出ができなかったり、特定の場所に対して強い不安を感じたりなど、精神的な理由で受診ができない患者さん、あるいは子育てや介護によって自由に外出できない人にとっても、オンライン診療はメリットがあります。

当初はこうした人を対象に導入が進められてきたものが、コロナ禍で一気に要件が緩和されて、一般の人に対しても拡大していったのです。

患者さんとの関係性を大切にする家庭医は、オンライン診療がやりやすい

―世界的に見ればオンライン診療を行うことはすでに常識になっているにもかかわらず、日本では普及が遅れています。普及が進まない理由は何なのでしょうか。

いくつかの理由があります。一つには技術的な側面から、取得できる診療情報に限界があること。そして、他には医療制度の問題もあります。

例えばイギリスでは、日本でいう家庭医のような存在のGeneral Practitioner(GP)がファーストタッチを担うように医療制度がつくられています。地域住民は、必ずGPを通して専門の医療機関を受診する仕組みになっているのです。そのため、地域住民とGPは互いに強く紐付いていて、オンライン診療も導入しやすいのです。

これに対して、日本はフリーアクセスを原則としているため、患者が医師を自由に選ぶことができ、必ずしも医師と患者が紐付いていません。そのため、背景の分からない患者に対して、医師がオンライン診療を導入しにくいという課題があります。

その中で、私たち家庭医は患者さんやその家族との関係性の構築に努める性質があります。これは、日本の『オンライン診療の適切な実施に関する指針 』のなかでも、医師患者関係として重視されるべきものと一致しています。

オンライン診療が普及しないその他の要因としては、通常の診療とオンライン診療で、あまりに単価の差が大きいことも挙げられます。通常の外来診療と比較すると、オンライン診療の単価は83%に過ぎず、在宅医療と比較すると差はさらに拡大します。オンライン診療にはそれなりにランニングコストがかかるため、なかなか採算が合わないのです。

在宅医療についても、もともと志のある先生たちが細々と実施して、少しずつ体系化していたものが、2010年頃から在宅時医学総合管理料などが手厚くなってきたことで、飛躍的に普及しました。やはり、経営面で採算が取れるかどうかは大きなポイントです。

往診とオンライン診療の組み合わせは医療経済面からメリットも

―オンライン診療のメリットについて教えてください。

オンライン診療は、医療者から見ると手間ばかりがかかって採算が合わないと思えるかもしれませんが、医療経済面から考えると在宅医療とオンライン診療の組み合わせは非常に効果的です。患者さんの状態に応じて往診とオンライン診療を組み合わせることによって、医療資源を有効に活用できるからです。

例えば、16km圏内を超えた遠方の患者さんから、夜間に発熱で往診依頼があったとします。訪問すれば往復の移動と現地での診察で1時間を要するものが、オンライン診療であれば10分ですみます。普段から診ている患者であればオンラインであっても状態を把握しやすいですし、残ったリソースをより重症患者に振り分けることができます。

このように考えると、かかりつけ医と患者の関係性が強い診療形態である在宅診療に、オンライン診療を組み合わせる潜在的なメリットはあると思います。

専門医へのアクセスを容易にするという意味でも、オンライン診療にはメリットがあります。希少疾患や難病など、専門性の高い医療が必要な病気の患者さんが在宅医療を受けている場合、専門医にアクセスすることは簡単ではありません。

そのようなときに、患者さんと私たちかかりつけ医、専門医の3者間をオンラインで結ぶことで、患者さんは自宅などにいながら安心して専門医の診察を受けることができます。専門的な治療についてはオンラインで専門医の診察を受けて、それ以外の部分は私たちかかりつけ医がカバーする。これは、非常に大きなメリットになるはずです。

―オンライン診療の現状はどのようになっているのでしょうか。

離島医療などでは、オンライン診療は順調に導入が進んでいて、実証実験も行われています。例えばドローンを活用して薬を配送したり、必要な診療キットを備えたオンライン診療カーのような車を巡回させたりなど、さまざまなプロジェクトが走っているのです。

一方で、コロナ禍で一気に始まった一般の人を対象としたオンライン診療は、残念ながらあまり普及していません。私が勤める頴田病院でもオンライン診療のシステムを入れて1年以上が経ちますが、お恥ずかしながらほとんど活用できていません。やはり、まだまだ課題は多いのを実感します。

確かに現状の仕組みでは、オンライン診療は必ずしも採算が取れる診療形態ではありません。しかし、採算が合わなくても、やらなければならないことはあるはずです。課題は山積していますが、だからといって、考えるのを止めてはなりません。患者にとっても医療者にとっても、ベストな方法を模索し続けることが重要です。

今はまだ、プライマリ・ケアの中でオンライン診療の立ち位置が明確になっていないのが現状です。しかし、患者さんと家族、医療者で少しずつ認識をすりあわせていって、オンライン診療を第4の診療形態として育てていく姿勢が欠かせません。

そうなれば、例えば一家のおじいさんやおばあさんを診ていて、少し離れたところに住む子どもや孫が体調を崩したときに、おじいさんやおばあさんのかかりつけ医がオンラインで診ることもできます。祖父母や親が信頼している医師ならば、子どもや孫も安心して相談できるはずです。

これこそまさに家族丸ごとコンプリート、家庭医の神髄だと言えるのではないでしょうか。

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この記事を書いた人

横井 かずえ

医療ライター。医薬専門新聞社『薬事日報』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2014年に独立。現在はプレジデント、講談社・コクリコ、ドクターズマガジン、m3.comなどで幅広く執筆。共著『在宅死のすすめ方 完全版』(世界文化社)。取材してきた医師、薬剤師、看護師は500人以上。

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