キャリア/ワークスタイル

「一家全員コンプリート」――すべての世代を診る家庭医という生き方|医療法人博愛会頴田病院総合診療科長|吉田 伸 先生

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「一家全員コンプリート」――すべての世代を診る家庭医という生き方|医療法人博愛会頴田病院 総合診療科長|吉田 伸 先生

自らも学んだ総合診療科 飯塚・頴田総合診療専門研修プログラム副責任者として、家庭医の育成に情熱を注ぐ吉田伸先生。当初は救急医療を志していたものの、さまざまな出会いに導かれるように家庭医療の道へ入り、今は後輩の育成に取り組んでいます。多くの経験を通して、「家族を丸ごと診る」という家庭医の神髄にたどり着いた吉田先生に、家庭医の魅力ややりがいなどについて伺いました。

医療法人博愛会頴田病院 総合診療科長
吉田 伸 先生

2006年名古屋市立大学医学部卒業。在学中に学生向けACLS活動に注力。卒業後は福岡県飯塚市にある飯塚病院にて研修を積み救急医を目指していたが、初期研修2年目に在宅医療に触れ、家庭医を目指すようになる。現在は、飯塚病院から長期出向する形で、頴田病院総合診療科長を勤めつつ、自分が卒業した飯塚・頴田家庭医療プログラムで後輩の育成にあたっている。最近、病院経営を知るために九州大学に社会人大学生として入学し、Master of Health Administration (MHA:医療経営・管理学修士) を取得。日本プライマリ・ケア連合学会 理事、頴田病院在宅医療専門研修プログラムプログラム責任者、総合診療科 飯塚・頴田総合診療専門研修プログラム副責任者

89歳まで開業医として地域医療を支えた祖母の背中

-始めに医師を志したきっかけを教えてください。

開業医だった祖母の影響が大きいと思います。祖母は愛知県瀬戸市に生まれ、医師を志して上京。当時まだ創立して間もなかった、東京女子医科大学に入学しました。戦時中は男性医師がほとんどいなかったので、病棟医として急性期医療を支え、終戦後に同じく医師である祖父と結婚しました。その後、岐阜県で開業し、89歳まで開業医として地域を支え続けたのです。

私の父が祖父母夫婦の養子になったため、私は初孫としてとても可愛がってもらいました。祖母から聞いた話や診察室の風景は、すべて覚えています。祖母の診察室は、今から思えば骨董品の博物館のようでした。体温計も血圧計もすべて水銀で、煮沸消毒するガラスのシリンジがあり、注射はお尻に打つのです。

患者さんは皆、長い付き合いで、最後の方には「先生に看取ってもらいたいな」と患者さんがいえば、「私の方が先に逝かなければね」と祖母が返事をするような、親密さに満ちたの関係性を築いていました。

祖母は私に診療所を継がせることを望んでいましたが、それは叶わず、私が研修医2年目に亡くなりました。医師会の仲間の先生が主治医だったのですが、最後の皮下点滴は私がさせてもらい、私は祖母を看取ったのです。

研修医時代はやる気が空回りし、失敗することも

-地域医療に生涯を捧げたおばあさまの影響が大きいのですね。研修医時代のことも教えてください。

私は学生時代からACLS(Advanced Cardiovascular Life Support:二次心肺蘇生法)の勉強会を開催するなど、今でいう「意識高い系」でした。勉強会などの活動を通してさまざまな大学で知り合いを増やしたり、部活のキャプテンを務めたりもしました。しかし、そのように活動していても、実はそれほど要領の良い人間ではありませんでした。アルバイトでは「報・連・相(ほうれんそう)」ができなくて怒られるなど、やる気が空回りしてしまうことも多くあったのです。

やる気に経験が伴わないことから、研修医時代に失敗も経験しました。印象に残っているのは、ある時救急外来で経験した壊死性筋膜炎の患者です。壊死性筋膜炎は、筋膜に沿って皮膚の深部で壊死が広がる感染症です。私は教科書や論文ではなく初めてこの病気を診ることができたので、思わず興奮して指導医にさまざまな感想を伝えました。

ところが指導医からは冷静に「吉田、お前にとっては貴重な経験かもしれないが、患者さんにとっては本当に大変なことなのだよ」とたしなめられてしまったのです。これは、医師になって20年が過ぎた今の自分ならばよく理解できます。その患者さんがその後、どれほど大変な人生を送ることになるのか十分理解しているからです。しかし、当時の私はそこまで思いがいたらずに、珍しい症例を前にして興奮してしまいました。これは患者さんやご家族から見れば不謹慎ですし、医療提供のプロの態度とはいえません。

最先端の治療を施すだけではなくても、患者さんから感謝される医療がある

-最初は救急医療を志し、後に家庭医を目指すようになったとうかがっています。家庭医を目指すようになったきっかけは何だったのですか。

最初の頃は救急医療をやりたいと思っていましたが、いくつかハードルを感じていました。一つは、自分の技量が未熟であるということ。もう一つは、救急医療の限界のようなものを感じたことです。救急搬送される患者には高齢者の方も多いのですが、時に何年も寝たきりで食事や会話もできない患者が心肺停止で搬送されてきて、蘇生術を行います。痩せた体に心肺蘇生をして肋骨がバキバキと折れる感触は、今でも忘れることができません。仮に救命できても、元の状態にはもどらない。では、何のための治療なのかというジレンマが自分の中に残りました。

そんな時に、2つの出会いがありました。一つは、在宅医療を行っていた松口武行先生の下で行った地域医療研修です。ここでは膵臓がんの患者さん宅を訪問しました。しかし、麻薬の処方などは松口先生が行うので、私にできることはただ訪問して患者さんや看病している妹さんと世間話をすることです。でも、続けることは意味があるのかなと思い、他の実習場所の日も帰りに寄るなどして1週間ほど毎日訪問し、ローテーションが終わって訪問も終了しました。結局、医師らしいことは何もできなかったかなと思っていたのですが、それにもかかわらず患者さんが亡くなってから、妹さんが私にとても感謝していたと聞かされました。

それを聞いて、心底驚きました。同時に、闘病中の患者さんや家族がどれほど不安で心細く、その心情を理解し、大切な瞬間に立ち会うことに意味があるがあることを知りました。また、その妹さんは後に民家を改造して看取りまで対応する宅老所を開設し、私も何度も入居者さんの訪問診療に行きました。これは、ひとりの患者さんのお看取りが、いかにご家族のその後の人生に影響を与えるかを教えてくれたと思います。この経験から、最先端の治療をするだけでなくても、患者さんから感謝される医療があることに気づいたのです。

「在宅医療にはニーズがある」と確信

-そんな出会いがあったのですね、その後はどのようにキャリアを築いてきたのですか。

在宅医療に興味を持ったものの、在宅医になるためのキャリアパスがよく分かりませんでした。そのような時に、友人が北海道家庭医療学センターで研究を受けていることを知りました。そこで見学させてもらうことになり、北海道の礼文島に行ったのです。たった2日間ですが、指導医の松井善典先生がオリエンテーションのスライドまで用意してくださり、私の学びと家庭医療の魅力について、自身の診療を見せながら教えてくれました。

さらに、北海道から戻った後に、日本プライマリ・ケア連合学会の草場鉄周理事長のクリニックも見学させてもらいました。そのときに、在宅医療が非常に印象的でした。なぜなら、そこではそれまで私が当たり前だと考えていた常識とはまるで違う価値観で医療を提供し、それによって患者さんや家族にとても喜ばれている現状があったからです。

例えば、100歳のおばあさんが尿路感染症になったと聞けば、私は「すぐに入院すべき」と考えます。しかし、在宅の先生たちは「本人が入院を望んでいないし、在宅でも抗生剤で治療ができる」と考えて、在宅での治療を優先させます。

あるいはALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者に対しては、患者さん本人だけではなく介護する家族の腰痛までケアしていました。その様子を見て、非常に衝撃を受けました。それまで私は野戦病院上がりのプライドがあり「徹底的に診断と治療をしてこそ良い医療であり、良い医師だ」と思い込んでいたからです。ところが在宅医療の現場では、そうした価値観とは異なる価値観で医療を提供し、その結果、患者さんや家族に喜んでもらえる世界が拡がっていました。それを見て「素晴らしい」と思ったのです。

他にも、私とさほど年も変わらない家庭医たちが、チームを組んで在宅医療をしていたことも新鮮でした。そこでは初期研修を終えて2、3年くらいの医師たちが在宅をしていて、早い段階で在宅に進むキャリアがあることを知りました。

このような経験を経て、最終的な決め手になったのは、プライマリ・ケア連合学会の冬期セミナーです。ここでは若手向け勉強会で、著名な家庭医である藤沼康樹先生や小嶋一先生などから、これから地域で多くのお年寄りが亡くなる中で、外来から在宅まで継続して診ていくニーズが高まるという話を聞きました。

私は父がビジネスマンであったことからも、ビジネスの視点も大事にしています。ビジネスの視点で考えると、社会ニーズがあることは重要です。個人の「やりたい」という気持ちに加え、現場のニーズがあることで、社会に大きな価値を生むと考えていたからです。

こうした経験から、家庭医になって在宅医療に従事するという気持ちが固まっていきました。最終的に、北海道家庭医療学センターで学ぶか、自院である飯塚病院で学ぶかで迷い、飯塚病院に残ることを決めました。ちょうどその頃、アメリカのピッツバーグ大学から家庭医の教授たちを講義に招くなど、飯塚病院で家庭医療の流れが構築されつつある時期でした。また、飯塚病院と頴田病院を組み合わせて家庭医療プログラムを受けることも可能でした。私自身、お世話になった病院で恩に報いたいという思いが強かったこともあり、飯塚・頴田家庭医療プログラムの家庭医療の2期生になると決めたのです。

家族全員と丸ごと付き合い、深い信頼関係を築く

-家庭医療の魅力を教えてください。

最大の魅力は、一家全員コンプリートできること。家族全員丸ごと診られるのが何よりも魅力的で、やりがいにもなります。私たちは、ゼロ歳の赤ん坊から100歳のお年寄りまで、すべての年齢の患者を診ます。例えば最初、その家のおじいさん、おばあさんを診ていたとして、次に息子さんや娘さんの禁煙や生活習慣病の相談に乗るようになり、やがて孫が生まれたら乳児検診などで関わることができます。

もちろんリスクマネジメントは重要ですから、どこまでは自分たちが対応し、どこから専門医に紹介するかの見極めが重要です。しかし、患者さんから選んでもらうことができれば、かかりつけ医として家族を丸ごと診ることができるのです。これは非常にすばらしい、家庭医ならではの魅力だと思います。

さらにいえば、家庭医や総合診療医は外来から在宅、病棟、そしてオンライン診療まで、4つの診療形態のいずれも経験できます。また、病棟でもICUやHCUや急性期病棟、慢性期病棟などさまざまな形態があり、外来においてもプライマリ・ケアや救急外来など細分化する中で、私たちは相手に合わせてこれらすべてを使い分けることができるのです。
家族全員と丸ごと付き合い、深い信頼関係を築きながら、患者さんの状態に応じてさまざまな診療形態を使い分けられる家庭医という存在は、医師としての使命感と充実感を強く感じられる、やりがいのある仕事だと私は信じています。

この記事を書いた人

横井 かずえ

医療ライター。医薬専門新聞社『薬事日報』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2014年に独立。現在はプレジデント、講談社・コクリコ、ドクターズマガジン、m3.comなどで幅広く執筆。共著『在宅死のすすめ方 完全版』(世界文化社)。取材してきた医師、薬剤師、看護師は500人以上。

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