DXやエコーの活用で、へき地診療所でも住民に負担の少ない医療の提供を|紀美野町国民健康保険国吉・長谷毛原診療所 所長|多田明良 先生
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現在の在宅医療業界を支えるトップランナーたちは、どのようなキャリアを経て、何を学び、今に至るのか。
今回は、和歌山県紀美野町国民健康保険国吉・長谷毛原診療所所長の多田明良先生にお話を伺いました。
「制約が多いから、どう創意工夫をこらすかがおもしろい」。
へき地での診療について、多田先生はこう語ります。
住民に負担の少ない医療の提供と、診療場面でのエコー検査の普及活動に意欲的に取り組む多田先生にこれまでの足跡を聞いてみました。
紀美野町国民健康保険国吉・長谷毛原診療所 所長
多田明良 先生
2010年自治医科大学医学部卒業。日本小児科学会小児科専門医、日本超音波医学会超音波専門医。長野県立信州医療センターで初期臨床研修を修了し、長野県内で小児科勤務を経て、2016年から和歌山県国保北山村診療所所長として勤務。2019年奈良県立医科大学総合画像診断センター、2020年から現職。医師、訪問看護師、医学生などの指導を通して地域医療・在宅医療にエコー(POCUS)の普及を行っている。3児の父。
患者家族の思いがけない感謝の言葉
長野県の中核病院で整形外科医として勤務する父を見て育ち、高校生の頃には医師を目指すようになりました。地域医療を担う医師を育成する自治医科大学を卒業後、初期研修開始当初は、イメージしていた診療科は父と同じ整形外科あるいは外科。しかし、初期研修の最後に回った小児科でのある経験から、後期研修は小児科を選択しました。
普通の風邪だと診断した子どもが帰宅後に急変し、小児専門の病院に搬送されたのです。意図していたのとはまったく違う経過。ショックでした。でも、搬送先の病院に片道2時間かけて様子を見に行くと、ご家族から思いがけず、診察や説明が丁寧だった、と感謝の言葉をいただいて。
当時、研修医だった自分には、診療で技術的に貢献できることはほとんどありませんでした。できるのは、心配されているご家族の気持ちを汲み取って、指導医の診断や治療方針を噛み砕いて説明することぐらい。そこを意識してコミュニケーションをとったことが、結果的にはよかったのですね。
この経験から、患者さんやご家族と真摯に向き合うことの大切さを学びました。
疾患が「見える」エコーに感激
後期研修の前半は、長野県では数少ないNCIU(新生児集中治療室)がある中核病院。新生児科医などのスペシャリティーを持つ経験豊富な先生方が多く、一人ひとりが“子どもの総合医”というプライドを持って小児診療に取り組んでいました。子どもやご家族の話にしっかり耳を傾け、症例を調べて、科員みんなで相談して対応するというスタンス。大変でしたが、その分とてもやりがいがありました。今は成人の総合診療に携わっていますが、そこに通じる診療姿勢はこのときに学んだと思っています。
この病院はまた、エコーの技術がとても高いのも大きな特徴でした。子どもたちの診療では、CT検査などに伴う放射線被曝は可能な限り減らすべきです。小児科の場合、特に虫垂炎や腸重積など消化管が原因の疾患が多く、CTよりエコーが診断上重要になります。エコーを駆使することで、安全な医療を提供できるわけです。
この病院では医師はもちろん、診療放射線技師や臨床検査技師のテクニックがとにかく素晴らしかった。検査に立ち会い、自分の想定した疾患がありありと画面に映し出されるのを見て、これはすごい、と。そして、自分もこの技術を身につけたいと思うようになりました。
ほぼ独学の3か月でエコーを習得
本格的にエコーの勉強しはじめたのは、次の派遣先の病院に行ってから。実は勤務を始めて間もないころ、子どものエコーを検査室にオーダーしたら、「経験が少ないので難しい」と断られてしまったのです。
病院が変わっただけで、子どもの放射線被曝低減に取り組めなくなるとは。非常にジレンマを感じました。
そのころ、小児腹部エコーを学ぶためにバイブルにしていた本がありました。著者はエコーを駆使して、小児科の総合診療をしている他県の先生。僕にとって憧れの存在でした。病院の現状やエコーの学び方への悩みなどが募り、あるとき思い切ってその先生に直接電話してみたのです。すると面識もないのに、とても丁寧に悩みを聞いて、学び方を解説して、資料まで送ってくださって。
ここから、エコー習得に火がつきました。
遠く離れた都市部にセミナーを受けに行き、忙しい外来の中で時間を見つけて検査室で患者さんのエコーを撮らせてもらうことを繰り返しました。臨床検査技師に立ち会ってもらったり、CTを撮って横に並べてエコーでの見え方を確認したりしながらの独学です。
それでも、セミナーで最初に基本を学んだせいか、3か月もすればエコーの撮り方がわかるようになりました。すると、自分でも見える世界が広がったことを実感できたのです。
医師がエコーを当てながら、例えば、虫垂炎はなさそうですねと説明すると、親御さんも目に見えて安心されます。子どもも自分のおなかを画面で見て、痛みの原因がここにあるとわかると、治療に臨む気持ちが全然違ってきます。エコーは信頼関係を築く上でも、とてもいいツールだと気づきました。
病院小児科医からへき地での総合診療医へ
小児科で4年間診療を続けたあと、内科医である妻の出身県、和歌山県の南部にある北山村診療所で勤務することにしました。この診療所は近くの病院に行くにも、車で1時間かかるへき地にあります。自分の医療レベルがこの地域の医療レベルになってしまう。それはとてもプレッシャーに感じました。
もちろん、小児科医からへき地の総合診療医になることへの不安もありました。ただ、それは和歌山県で早くから展開していた、「遠隔診療支援」というオンラインでの相談体制に助けられました。へき地でも、予約すれば患者同席で画面越しに専門医に診てもらったり、診断についての相談ができたりするのです。DXの力を感じましたし、和歌山県は進んでいるなと思いました。
もう一つ、大きな力になってくれたのが、POCUS(Point-of -Care超音波検査)という、ベッドサイドで短時間に焦点を絞ってエコーを行うプロトコル。僕がちょうど小児科での後期研修最終年のころに日本に広まってきた手法です。当時、小児科医の自分にとって、病院の「全科当直」はプレッシャーでした。しかし救急診療の診断をする上で、POCUSはとても有用だったのです。へき地で成人の総合診療に臨む際もPOCUSを展開していこうと考え、これも自分にとって一つの支えとなりました。
北山村診療所で診療をはじめて感じたのは、医療はその人の生活の中ではほんの一部なのだな、ということ。病院では、患者さんに生活や治療についてさまざまな指示をしていました。でも、医療はできるだけシンプルな方がいい。そう気づき、患者さんにできるだけ負担をかけない医療の提供を、自分の根幹に置くようになりました。
例えば、薬は飲み忘れを避けるため、可能なら1日1回の処方に。血糖値は指で血を採って計るのではなく、腕に貼ったセンサーにかざすと計れる機器を使う、など。
在宅診療に行くと、病院や診療所で診るときとはまったく違う患者さんの姿や顔を目の当たりにすることがあります。これが本来のこの方なのだなと感じ、その姿を治療の目標としてイメージするようになりました。
診療所や在宅医療では、病院での医療はそのままできないことがほとんどです。では、どうすればいい診療、いい治療ができるか。地域医療に携わるようになり、制約の中で創意工夫するおもしろさを強く感じています。
DX活用で連携強化、時短化が可能に
今は、紀美野町国民健康保険国吉診療所と長谷毛原診療所という、和歌山県北部にある2か所の診療所所長を兼務。週2回ずつ診療を行っています。医師が患者さんにできることはほんのわずかです。特にへき地では、いろいろな職種の方の協力が欠かせません。今の診療所からは、連携が必要な病院や介護事業所、町役場などの機関には車で20分ほどかかるため、DXを活用してオンラインでの連携を図っています。
といっても、最初からオンラインでやりとりができていたわけではありません。例えば、退院前のカンファレンスも、最初はこちらから足を運んで参加していました。少しずつ信頼関係を築き、オンラインでのカンファレンスを受け入れてもらえるよう働きかけていったのです。
今では、患者さんについての情報交換も、医療介護用SNSを使ってチャットでやりとりしています。以前は電話をかけまくっていましたから、関わる皆にとって時間の節約になっています。
僕自身、子どもが3人いて妻も病院で医師として勤務していますから、時間を効率よく使うことを心がけています。今は、夜、子どもと一緒に9時過ぎに眠り、朝4時に起きて仕事する生活です。出勤までの限られた時間で仕事を終えようとしますから、夜より朝の方がはかどりますね。
休日や診療がない水曜日は、POCUSの普及のための活動にも充てています。医学生、病院の医師、そして訪問看護師にもエコーを活用してほしいと考え、研修会を開いています。特に訪問看護では、排泄関係のケアでエコー活用が有用です。今後さらに、エコーの活用が、今の地域で拡がるよう活動していきたいと思っています。