
大阪府でにじいろクリニックを運営する清水秀浩先生は「病気ではなく人を診る」という視点を大切にし、在宅医療の現場でその考えを実践し続けています。
24時間365日対応の体制を整え、地域に根差した医療を展開。多職種との連携を軸に、患者さんの想いや生活に寄り添う支援をおこなっています。
また、医療保険の枠にとらわれない保険外診療も取り入れ、日々の生活のなかにある「小さな希望」に応える取り組みにも力を注いでいます。
本記事では、清水先生の診療スタイルや地域医療へのまなざしから、これからの在宅医療のあるべき姿を探ります。
にじいろクリニック院長 清水秀浩先生
京都出身。 2013年大阪医科大学卒業(現 大阪医科薬科大学)
京都桂病院で初期研修修了後、呼吸器外科医として京都市立病院・市立長浜病院等で勤務し、肺癌を中心とした様々な呼吸器疾患の治療・ケアを行う。
在宅医療での実務研修を経て、2025年に大阪府吹田市に、にじいろクリニックを開業。
「住み慣れた場所で安心できる生活」と「自分らしく納得できる人生」をモットーに、多職種の方々と一丸となり診療や地域活動を行っている。
安心を届ける医療へー理念に込めた在宅医療への想い
ーーまず、クリニックの理念に込めた想いを教えていただけますか。
当院は「24時間365日の安心提供」・「患者さん中心の医療」・「徹底した多職種連携」という3つの理念を掲げています。
ひとつめの「24時間365日対応」は在宅医療において不可欠なものです。
患者さんが自宅で安心して過ごすためには、いつでも対応できる体制が必要である、それが私たちの原点でもあります。
次に「患者さん中心の医療」です。
在宅医療における主役は医療者ではなく、あくまで患者さんご本人です。
「家でこう過ごしたい」という想いを最優先に考え、私たちの役割はその希望を叶えるための提案をすることだと考えています。
そして「徹底した多職種連携」。
在宅医療は、医師だけでは成立しません。
訪問看護や介護、リハビリテーションといった、在宅医療に関わるすべての職種が、フラットな関係で連携し、互いを尊重し合うことが欠かせないと考えています。
この想いはクリニック名の「にじいろ」にも込めています。
「にじいろ」はさまざまな色の集合体であることから、多職種が協力し合うことをイメージしました。クリニックのロゴもにじをモチーフに、多職種がひとつにまとまる架け橋を表現しています。
ーー多職種との関係性を大切にされている想いが伝わってきます。多職種連携を徹底するにあたり、どのような工夫をされていますか。
地域に根ざしたクリニックであるためには、地域の関連機関との信頼関係が欠かせません。
訪問看護ステーションやケアプランセンターとの連携を深め、彼らが困っているケースがあれば、できる限り当院が引き受けるようにしています。
たとえ患者さんの自宅が少し遠くても、16㎞圏内であれば訪問可能とし、多職種をサポートできるよう努めています。
限られた資源で、最善の医療を提供ー連携の体制と仕組みづくり
ーークリニックの開業、運営にあたり、工夫された点や苦労されたことを教えてください。
当院はマンションの一室でスタートしました。
看板や施設内の家具や装飾などにはコストをかけず、代わりに診療に直接結びつく医療機器やシステム導入への投資を優先しました。
限られた予算のなかで、できるだけ患者さんに還元したいと考えた結果です。
診療報酬や経理の対応なども、当初は自分たちで手探り状態のまま進めていましたが、困難なケースも多かったので、現在は専門家に依頼しつつ、事務長とともに経営の安定化を図っています。
ーー日々の診療は、どのような体制でおこなわれているのでしょうか。
現在は、私に加えて小児外科の医師1名、事務スタッフ2名、看護師2名の計6名で診療にあたっています。
新規の患者さんの紹介は、ケアプランセンターや訪問看護ステーションから依頼をいただくケースが多く、とくにがん末期や認知症などの在宅療養が必要な患者さんが中心です。基本的に、受け入れを断ることはほとんどありません。
ーー限られたスタッフで患者さんに寄り添う医療を提供するために、診療のなかで工夫されていることを教えてください。
24時間対応を実現するためには、日中の情報収集が欠かせません。
小さな変化を見逃さず、患者さんや多職種とこまめに連絡を取り、重症化を防ぐよう努めています。
多職種との情報共有には、MCSやChatwork、signalといったICTツールを活用しつつ、必要に応じて電話で状態を確認し、訪問の要否を判断しています。
また、私が診療できない場合に備えて、ほかのクリニックとの連携体制を構築しています。
16㎞圏内の訪問診療クリニックと繋がりをもち、患者さんの取り合いではなく、協力体制を築くことを重視しているのです。
この仕組みにより、患者さんにとっても「いつでも診てもらえる」という安心感に繋がっているのではないでしょうか。
「その人らしさ」に寄り添うー保険外診療で小さな希望を支える
ーーにじいろクリニックの診療科は幅広いですが、どのようにカバーされているのでしょうか。
当院では内科、外科、精神科、小児科に対応しています。
精神科は、おもに認知症を対象としており、私自身も「認知症サポート医」の資格を取得しています。
難しいケースは連携先の精神科医に相談・紹介するなど、患者さんにとって最善の対応を心がけています。
小児科については、小児外科の医師が担当し、現在は数件ですが小児患者さんの訪問診療もおこなっています。
在宅医療では、患者さんの病気や生活を含め、すべてを診ることが求められるため、日々学ぶ姿勢が欠かせません。
ーー保険外診療もおこなっているそうですね。訪問診療クリニックのなかではめずらしい取り組みだと思うのですが、導入の背景や具体的な診療について教えてください。
保険外診療では、アートメイクやドクターズコスメを提供しています。
これは営利目的ではなく、患者さんの声に応えるかたちで始めたものです。
抗がん剤治療による脱毛に悩む患者さんが、美容面で自信をなくしている姿を見て、アートメイクを提供できればと考えました。
アートメイクは外来診療でも可能ですし、たとえばパニック障害や神経難病により外出が難しい患者さんには、訪問し、診察をしたうえで、アートメイクをおこなうこともあります。
アートメイクを受けられた患者さんにはとても喜んでもらえたので、やってよかったなと思いますね。
ドクターズコスメは、患者さんだけでなく、ご家族やスタッフにも向けて提供しています。
介護で心身ともに疲れが溜まりやすいご家族、炎天下のなか汗を流しながら訪問診療にあたるスタッフ。
そのような日常の負担を、ほんの少しでも和らげたいーそんな想いを込めています。
病気や介護のなかでも美容を諦めず、日々の小さな希望を持てるようなお手伝いができていればうれしいです。
信頼から生まれる、温かなチーム医療
ーークリニックを運営するなかで、スタッフとの関係づくりで心がけていることをお聞かせください。
当院のスタッフは、もともと在宅医療の経験者が多いので、スタッフの育成に関しては、特別な研修を課すことはしていません。
ただ、研修費用や学会の参加費などは全額負担し、学びたい人が自由に学べる環境を整えています。
在宅専門クリニックの研修施設として申請しているため、医師は在宅専門医の資格取得を支援するといった、スキルアップを後押しできる体制づくりを大切にしています。
日中は診療でスタッフがほとんど外出しているため、顔を合わすことが難しい日もありますが、訪問が終わって戻ったときに手作りのおにぎりや素麺が用意されていることがあり、自然なかたちでチームワークが育まれています。
このような温かい雰囲気が、チーム内の強い信頼関係と連携を生んでいるのだと思います。
ーーこれから訪問診療クリニックを開業したいと考えている医師へ、アドバイスをお願いします。
まず「自分がどのような医療をしたいのか」を明確にすることが大切です。
その理想の医療に必要なことに投資し、それ以外の費用は極力控える。
ブランディングや広告よりも、医療そのものへの投資へ重きをおけば、開業のハードルは下がるはずです。
そしてなによりも、スタッフや多職種とのつながりを大切にすること、これが、継続的に信頼される医療を支える土台になると思います。
医療の届かない地域へー未来へのビジョン
ーーにじいろクリニックが目指すビジョンを教えてください。
今後の目標は、日本の医療過疎の地域に在宅医療を届けることです。
この想いの原点は、初期研修で地域医療に携わった経験にあります。
医療が届かない地域では、病院がないために家から出られず、医療を受けたくても受けられない人々がいます。
この課題を解決するには、医師だけではなく、多職種との連携が不可欠です。
そのため、当クリニックを拠点として、必要な地域に医療チームを派遣できるような取り組みができたらと考えています。
この取り組みを実現するためにも、今後も人と人とのつながりを大切にし、互いに助け合える関係を築いていきたいです。