キャリア/ワークスタイル

離島医療から“在宅医療のあり方”を知る|ゆい往診クリニック 院長|新屋洋平 先生

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在宅療養支援診療所の施設基準である「24時間365日往診ができる体制」。
在宅専門クリニックを開業しようとしたときに“ハードルが高い”と感じる基準の一つかもしれません。
たとえ情熱や想いがあっても、それだけでは往診の体制は容易に維持できないのが現状です。

今回は沖縄県医師会在宅医療・介護連携に関する市町村支援事業の統括アドバイザーを務める新屋洋平先生にお話を伺いました。新屋先生は離島医療の経験から、在宅医療が自身の進むべき道だと決意。その後、沖縄県内における在宅医療や往診の現状を変えるため、2020年に往診代診医師派遣事業を立ち上げました。2023年には沖縄の在宅医療を推進する団体「一般社団法人OHS沖縄往診サポート」を設立しまています。
新屋先生のこれまでのキャリアやそこから得た学び、今後の展望について教えていただきました。

ゆい往診クリニック 院長 / 一般社団法人OHS 代表理事
新屋 洋平 先生

2005年自治医科大学医学部医学科卒業、沖縄県立中部病院で初期研修及びプライマリ・ケア後期研修を受け、2008年から2012年まで小規模離島のひとり医師として沖縄県立南部医療センター・こども医療センター附属阿嘉診療所に勤務。その後は急性期病院、療養型病院にて在宅医療に従事し、医師会事業等にも関わる。2020年からは新型コロナウイルス感染症対策・診療にも従事。
2022年3月 一般社団法人OHSを設立し、医師会事業等と連携しながら沖縄の在宅医療の推進に取り組む。
2024年8月 ゆい往診クリニック開設。

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“臨床と医師会”2方向から在宅医療を支援

ー最初に、これまでのキャリアと現在の仕事について教えてください。

2005年に自治医科大学を卒業、医師になって今年で約20年目です。
沖縄県立中部病院で初期研修と後期研修を経て、2008年から沖縄県の離島・阿嘉島にある阿嘉診療所で5年間勤務していました。
その後、中部病院に戻り地域ケア科に5年ほど従事。複数の医療圏で仕事がしてみたいという思いから南部地区の療養型病院である西崎病院に勤務しました。現在は中部地区で在宅専門クリニックの開業準備中です。

沖縄県全域の在宅医療のために奔走

2014年からは沖縄県医師会在宅医療・介護連携に関する市町村支援事業の統括アドバイザーとしても在宅医療に携わっています。
仕事としては、市町村や医療圏をまたいだデータ分析や、専門職向けの講演会の調整、市町村ごとに実施することが困難な在宅医療関連の普及啓発活動をおこなっています。具体的には、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)*を推進するためのパンフレット作成や地元のテレビ局と連携してテレビ番組を作るお手伝いをしています。
沖縄県医師会の仕事のなかで、往診代診医師派遣事業にも取り組んでいます。

ACP(アドバンス・ケア・プランニング)*とは、もしもの事態に備え、本人を中心に家族や担当している医療およびケアチームで話し合い、治療やケア、最期の迎え方について意思決定を支援する取り組み。

往診代診医師派遣事業とは

ー臨床だけでなく、医師会の在宅医療・介護連携市町村支援事業にも携わっていらっしゃる新屋先生。「往診代診医師派遣事業」とはどのような事業なのでしょうか。

沖縄県からの委託を受け、2020年に往診代診医師派遣事業を立ち上げました。
沖縄県在宅医療・介護連携市町村⽀援事業を通じて、訪問診療や往診が不足している状況を目の当たりにしたのがきっかけです。
在宅医療に従事する医療機関の休診日や時間外の往診サポートを目的としています。具体的には、訪問診療を実施している医師が、学会出席や私⽤などで往診の対応が難しいときに、主治医の代わりに往診をサポートする代診医師を派遣しています。また同時に、往診代診医師の養成にも取り組んでいます。

往診代診医師派遣事業の大きな成果としては、在宅専門クリニック“開業の後押し”になっていることですね。在宅専門クリニックを開業したい多くの先生方の悩みの一つが、24時間365日往診できる体制を維持することです。最近では、事業について説明すると「それなら……」と開業と同時に利用していただけることも。なかには事業にも賛同していただき代診医師として一緒に働いてくれる先生もいました。
将来的には、往診代診医師派遣事業を通じて、診療所同士で連携をとり、訪問診療や往診件数の改善につなげていきたいですね。

離島医療はまさに在宅医療の実践だった

ー現在は臨床と医師会など、さまざまなアプローチで沖縄県の在宅医療の推進に取り組む新屋先生。その熱意や行動の原点はなんだったのでしょうか。

2008年に赴任した阿嘉診療所での離島医療が今の仕事に大きな影響を与えていますね。
阿嘉島は人口が300人程度の小さな島で、5年もいると住民の皆さん全員と顔見知り。ほぼ全員診察したことがあると言えるほどの関係性がありましたね。阿嘉島で過ごした5年間は「地域医療」にどっぷりと浸かりました。
阿嘉島の周辺は橋でつながっているいくつかの島々があり、そこにも70人くらい住んでいました。定期的に公民館や集会所で出張診療をしていたんです。なかには足が悪く家から動けない方もいたので、直接自宅に伺うことも。

病院勤務が性に合わない私は、離島の診療所での診療がとても好きでした。
そんななか、悔しい思いもしました。その一つが、島での治療が困難となったがん患者さんを本島の病院に送らざるを得なくなった経験です。当時の私は麻薬や緩和ケアの知識が乏しく、緩和ケアが必要となった患者さんが最期を自宅で過ごしたいと願っても、それを叶えてあげることができなかったんです。
フェリー乗り場に見送りに行くと、ほとんどの患者さんが「島にはもう帰れないのだろう」と泣きながら出ていきました。実際に島に戻れない方もいましたね……。

この経験があったので阿嘉診療所で5年過ごしたあと、緩和ケアを学びたいという想いから中部病院に戻りました。地域ケア科や緩和ケアチームの医師として中部病院で再び働いているときに、初めて「在宅医療」の概念を知ったんです。
そこで気づいたのが、私が阿嘉診療所でおこなってきたことは地域医療、在宅医療そのものだったと。
生活背景を踏まえた医療を提供する、自宅に伺うことでその人の生活や家族と積み重ねてきた歴史が見える―—。在宅医療は「自分が実践したい医療に近い」と感じました。それが今、在宅医療を続けているきっかけですね。

“生まれた島で最期を過ごす”を叶えるために

ー離島での診療経験から、在宅医療が自身の望む医療だと気づいたのですね。今後、先生が取り組んでいきたいことはなんでしょうか。

沖縄県は、那覇市や浦添市といった都市部や宮古医療圏の在宅医療の提供体制が充実する一方で、中部や北部は医師不足をはじめとする地域格差が生じています。また南部医療圏のなかでも、私が以前働いていた糸満市や八重瀬町、南城市などの西崎病院周辺は十分な在宅医療の提供体制があるとはいえない状況でした。近い将来、他の都道府県と同様に沖縄県は急激な高齢化を迎えます。在宅で過ごしたいと願う高齢者が、在宅医療が不足していることで病院に殺到することを避けるためにも、在宅医療の整備は急務といえるでしょう。

中部地域で「在宅医療」を選べる

今一番のミッションは、沖縄県中部地区の患者さんやその家族が「希望する場所で最期が過ごせる」ようにすることです。離島に赴任していたとき、生まれた島で最期まで過ごしたい患者さんをどうにかしてあげたいという想いがずっとありました。“自宅や施設で最期を迎えたいけれど、現在の医療体制によって叶えてあげられない”状況はなくしたいです。

ここ数年で沖縄も少しずつですが、在宅医療を提供できる体制が整いつつあり、在宅医療を選べる患者さんは増えています。ただ、患者さんだけでなく、その家族や携わる医療者も在宅医療への認識がまだ十分ではないと感じています。いまだに「最期は病院で看取る方が良い」「在宅や施設では看取りは無理」と暗黙のうちに選べない状況がありますね。
そんな状況を変えていきたいという思いで、現在沖縄県在宅医療・介護連携市町村⽀援事業で在宅医の育成に携わったり、学会発表などにも取り組んでいます。

在宅医療の地域格差解消を目指して

現在進めているのは、在宅医療の比率が低い、この中部地区で在宅専門クリニックを開業することです。私自身がクリニック経営に挑戦しようと思っています。クリニック運営を軌道に乗せ、医師や看護師など複数の医療職の雇用を拡大して、多くの在宅患者さんを診れるよう体制を整えていければと。一緒に働く先生が増えたら、北部やへき地に医師を派遣したり、新たにクリニックを任せたりしていくことが目標ですね。
私自身がクリニックの運営や経営を学ぶことで、現在お手伝いしている沖縄県在宅医療・介護連携市町村⽀援事業にもさらなる貢献ができればと思います。

在宅医療は、私の“一部”

ー最後に、先生にとって「在宅医療」とはなんでしょうか。

離島に住んでいたとき、私は24時間365日「医師」でした。
人は時と場所によって役割がいくつかありますよね。それは、妻と一緒にいれば「夫」、幼稚園であれば子どもの「父」、青年会であれば「メンバー」かもしれません。そのなかで私は離島にいた5年間を「医師」として過ごしました。長い間、仕事とプライベートを区別せず生きてきたので、私にとって一人で開業することや24時間365日オンコールは他の先生方よりハードルが低いかもしれません。
私はもう長いこと自分を「医師」だと思っていて、在宅医療は私にとって人格の”一部”なんです。医師として、患者さんの生活に寄り添い、最期までサポートすることが使命だと感じています。医療従事者が在宅医療を仕事として選んでくれる、患者さんやその家族にとって在宅医療が安心して選べるようになることを願って、これからも活動していきます。

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この記事を書いた人

塩見 友香

薬剤師/ライター。大学卒業後、総合病院に勤務し、内科・泌尿器科・透析科・循環器科での服薬指導を経験。日本糖尿病指導療法士、栄養サポートチーム専門療法士、心不全指導療法士の資格を有する。現在は未就学児2人を子育てしながら病院薬剤師として従事、現場経験をもとに医療ライターを行う。

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