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社会的処方×まちづくり いつだれキッチン

  • #地域連携
社会的処方×まちづくり いつだれキッチン

今、注目を集めている「社会的処方」について解説していく本シリーズ。

今回は、みえ社会的処方研究所代表でリンクワーカーでもある水谷祐哉さんに
「食」を通じた場づくりの取り組みとして
福島県いわき市の「いつだれキッチン」をご紹介いただきます。



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著者

水谷 祐哉

医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカー
みえ社会的処方研究所 代表
一般社団法人カルタス 理事

理学療法士として病院勤務後、自治体とともに暮らしの保健室設立に携わる。2020年より任意団体 「みえ社会的処方研究所」を運営し、地域資源を活用した社会的処方の実践をおこなっている。現在は、医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカーとして活動。自治体と共に社会的処方に関する研修の企画・運営にも取り組んでいる。

今回の社会的処方×まちづくりは「食」をテーマにさせて頂きます。
食を通じた場づくりは、全国でこども食堂や地域食堂など様々な取り組みがされています。

今回は数ある食を通じた場づくりの中でもユニークな取り組みを実践している、
福島県いわき市の「いつだれキッチン」1)をご紹介します。

いつだれキッチン

いつだれキッチンとは

福島県いわき市にあるいつだれキッチン(以下、いつだれ)。令和元年から始まったこの場所は、いわゆる地域食堂やこども食堂と思われがちですが、そうではありません。時に食材を調達する役割、時に厨房に立ち料理を振舞う、時にお客さんとして利用するなど、提供者・利用者の立場は日によって異なります。このように、「いつだれ」は提供者と利用者の境界が無いため、「食堂」ではなく、「キッチン」という言葉で表現されています。
「いつだれ」は「ボランティア」と「寄付」という地域の善意が集まって運営されています。
そして、この場所には以下のような特徴があります。

【いつだれの特徴】

①食材をシェア
 作りすぎた野菜、食べきれない頂き物など、地域の「もったいない」を持ち込み「もったいない」を減らしていきます。

②スペースをシェア
 食事をするだけでなく、おしゃべりの場としても、相談の場としても利用できます。利用方法は自由です。

③悩み事をシェア
 食材だけでなく悩み事の相談も受け付けています。「どこに相談していいか分からない」
 そんな悩み事も「いつだれ」に持ち込むことができます。

④支払いは投げ銭スタイル
 利用料金は投げ銭スタイルとなっており、お財布事情に合わせて支払いをすることができます。

 
(写真:筆者)

「いつだれ」の生みの親

「いつだれ」は、NPO法人布紗代表の中崎とし江さんの想いから始まりました。とし江さんのご出身は新潟県の豪雪地帯で、当時は、今のように満足に食事が食べられることばかりではなかったと話されました。とし江さんが、結婚を機に福島県に引っ越しをされ、畑にある沢山の野菜が収穫されずに畑にそのままになっていることを知り、「もったいない」と感じたそうです。しかし具体的な解決策が、当時、思い浮かぶことはありませんでした。


とし江さんには、7歳年下のダウン症の弟がいました。弟の人生や生活を考え、弟は施設に入所しました。しかし、施設での弟の暮らしは、弟が施設に合わせるものであり、弟が望むものとは異なるように、とし江さんには映ったのでした。そこで、とし江さんは、弟を自宅で引き受け、弟の想いに寄り添う施設探しを始めました。やがて、とし江さんはご自身でグループホームやシェアホームを立ち上げ、NPO法人を設立し現在に至っています。


とし江さんは、これまでを振り返る中で、「福祉の世界に入ったという感覚は特にない」と話されます。弟と過ごした日々の中で、様々な隔たりが生まれている社会を目の当たりにしてきました。そして、これまでの活動の中で、生まれながらにして苦境に立った人達が存在することを知ってきました。それをとし江さんは、「橋のない川」と表現をされています。


とし江さんは、これまで橋のない川の中にいる人をいつでも誰でも受け容れる。そして、地域の中にある「もったいない」を解決できるような場所、橋のない川に橋を架けることを想いながら活動をされてきました。

「いつだれ」の始まり

5年前、とし江さんの思い描く場所の実現が現実となります。そのきっかけは、ある一人の個別ケア会議の場がきっかけで生まれました。相談事例はある問題行動を繰り返す人が地域にいるということでした。その人には介護保険サービスの利用は該当しますが、既存のサービスでは、問題行為の解決には結びつきませんでした。何度もその人の支援を考える場が設けられました。そして、会議の場で中崎とし江さん、猪狩僚さん(当時、いわき市地域包括ケア推進課)、吉田郁子さん(当時、いわき市地域包括支援センター)の3名が出会いました。この出会いが「いつだれ」の始まりとなるのです。


個別ケア会議を通して、既存のサービスでは制度の隙間を埋めることが出来ないことを知った3人は、とし江さんの想いを知り、実現しようと動き出します。それが「いつだれ」だったのです。

「いつだれ」の実現のために、とし江さんは市内の目当ての空き店舗を見つけます。しかしその物件は「いつだれ」のみの利用では大きすぎるため、コストがかかり過ぎます。そこで、猪狩さんは、市内を駆け回り、障害者の自立支援に関わる支援団体、引きこもりの子供たちの支援事業所などに声をかけ空き物件に入居してもらうことで、空き店舗を医療と福祉の複合施設「ALATANA」として立ち上げました。こうすることで、ランニングコストを分散することが可能となり、「いつだれ」は実現しました。

写真:筆者【中崎とし江さん(左)、猪狩僚さん(中央)、吉田郁子さん(右)】

「いつだれ」の日常

「いつだれ」は、毎週木曜日にオープンします。スタッフは医療介護福祉の専門職、元料理人、元保育士など様々な人が関わり、全てボランティアが運営に関わっています。提供される料理は、その日集まった食材で決定します。そのため献立はありません。揃った食材からボランティアの皆さんがそれぞれの知恵と経験を基にレシピを考えていきます。そしてそれぞれが調理やフロアの準備に当たっていきます。


現在では、お弁当づくりもされています。もちろん料理はすべて手作りです。お弁当は、オープン前に完成させていきます。
無事にお弁当が完成すると、オープンの準備です。出来上がった料理をテーブルに並べていきます。基本的には、ビュッフェ形式となっており、食べられる分をご自身で取り分けていきます。利用者は「いつだれ」と同じ建物内の事業所の職員、近隣住民、市役所職員、障害がある人や認知症の人も利用しています。まさに「いつでも、だれでも」利用できる場所となっているのです。
また、毎週水曜日は認知症カフェ事業「オレンジカフェ以和貴」2)の会場としても利用されています。

(写真:筆者)

「いつだれ」が地域に描く社会的処方の形

官民連携で創りあげる共創の場づくり

「いつだれ」はある一人の支援の場がきっかけとなり生まれました。制度の隙間を埋めるために地域の医療介護福祉に関わるプレイヤーがそれぞれの立場を超えて創り出したのです。代表のとし江さんの想いが重要であることは言うまでもありません。一方で、行政職員でありながら普段から地域にアウトリーチを行う猪狩さんの存在も「いつだれ」の実現には欠かせません。猪狩さんはリンクワーカーとしての役割を果たし、実現に向けて無くてはならない人や機関を繋げていきました。地域の課題を吸い上げるためには、まずは自身が地域と繋がることです。そして地域のプレイヤーの活動をエンパワーメントしながら、押し付けでは無く伴走支援していく姿勢が行政には求められています。

「いつだれ」が大切にする「空気感」

「いつだれ」が大切にしていることがあります。それは「空気感」です。
とし江さんは「いいことをしようとか、損得勘定では成立しない。自分が面白いと思えること、夢中になれることをどんどんやっていくだけ」と話されました。「〇〇でなければならない」といった空気感が閉塞感を生み出し活動を委縮させることは多くあります。この空気感が、ボランティアの人たちがイキイキと自分らしく活動することが出来る要因であると感じます。「いつだれ」に来た利用者が自然と悩みや不安を打ち明けることが出来ることもボランティアの皆さんが創り出す空気感の賜物と言えます。

 
(写真:筆者)

日常に溶け込む支援のカタチ

「いつだれ」のボランティアには、行政職員や医療介護福祉専門職もいます。そのため、利用者の相談や悩み事にいち早く気付くことができます。また、利用者の中には、近隣の居宅介護支援事業所のケアマネージャーなども利用されます。中には、担当している利用者と、「いつだれ」で出会うということもあるそうです。


医療介護福祉の相談窓口の多くは、市役所や医療機関など、相談を目的に訪れる必要があります。つまり、日常の生活の動線上に相談の場は少ないことが現状です。結果、相談は先送りにされ状況は更に悪化し緊急を要する場面に相談機関が介入するということも少なくありません。


「いつだれ」のように、相談が目的ではなく、相談「も」出来るという場づくりが相談や支援のハードルを下げることに繋がっていきます。現在、「いつだれ」の建物内には居宅支援介護事業所が入居しています。また、ベテラン介護支援専門員がボランティアとして「いつだれ」にいらっしゃいます。そのため「いつだれ」はケアに関わる人の駆け込み寺のような機能も果たしています。


このように、「相談」を目的としない場の空気感と共に、日常に溶け込む支援を形にする上で、「食」「福祉」「医療」など様々な分野の事業が一つの建物に混在するハード面の構造も日常に支援が溶け込む上で重要な要素と言えます。

「いつだれ」から考える社会的処方の実践

「お人好しが創りだす空気感」を大切にすること

「いつだれ」が大切にしていることは「空気感」です。「良いことをしよう」「損得勘定」ではなく、「自分が面白いと思えること、夢中になれることをどんどんやっていく」という空気感をいかに維持するかが重要であると話されました。
社会的処方では、地域や相談者のニーズを把握することが重要です。そして、収集したニーズに沿った活動を始めることは重要です。しかし同時に「自分たちが面白いと思えているか?」ということも重要な観点です。相談者のために使命感や責任感だけで行動するのではなく、主催者自身が「やりたいと思えること」も大切にして活動にしていくこともまた重要です。

 
(写真:筆者)

一人のために活動を始める個別性の大切さ

「いつだれ」は一人の事例の居場所を作ることがきっかけで生まれました。相談者に合った活動が地域に無い場合、リンクワーカーは必要に応じて地域に活動を創りあげていく必要があります。この時、漠然としたイメージで活動を考えるよりも、一人の事例という具体的なペルソナをイメージすることによって、活動は始めやすくなるのではないでしょうか。立場によって、個別性の高い活動を創りだすことが難しい場合もありますが、「いつだれ」のように、複数人で活動を始めること、関わる人が業務という枠から半歩踏み出し「目の前の人」を想像することで、活動の推進力は高まります。

社会的処方は、町の中の「お人好し」と「お節介」を見つけることから始めよう。

「いつだれ」は全てボランティアで運営されています。ボランティアは皆、自ら望んで参加しています。とし江さんが「この場所にはお人好しとお節介しかいない」と言うように、地域の中のお節介とお人好しが、所属も関係なくごちゃ混ぜになっています。所属や立場を超えて自発的に活動をする「いつだれ」のスタッフがいるからこそ、地域の住民だけでなく医療介護福祉関係者だけでなく企業まで信頼しています。立場を超えて少しだけお節介ができる場所が増える環境を創り出していくことで社会的処方は形になっていくのです。(活動の結果、社会的処方の役割を果たすという視点を忘れてはいけない)

さいごに

「いつだれ」は名前の通り、いつでもだれでも受け容れてくれる場所です。その役割はボランティアをする場所、悩みを相談をする場所、「もったいない」を届ける場所、誰かに紹介する場所と役割は様々です。それは、「いつだれ」に分野や立場を超えて様々な人々が関わっているからです。そして、「いつでもだれでも」の空気感を大切にする人たちで活動しているからです。


「いつだれ」は、もったいないを解消し、橋のない川に落ちた人たちの橋になっているのです。社会的処方は、橋のない川に落ちた人々の橋を架けることが役割の一つとしてあります。しかし、橋を架ける作業が重要ではなく、川の中に目を向けることが何より大切です。私たちが社会的処方を考えるとき、声をあげることが出来ない人たちの声を聞くためにまずは地域にある「橋のない川」に飛び込むことから始めてみることが大切かもしれません。

1)いつだれキッチン https://itsudare-kitchen.studio.site/
2)オレンジカフェ以和貴 https://www.city.iwaki.lg.jp/www/contents/1454293773647/index.html

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この記事を書いた人

水谷祐哉

医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカー/みえ社会的処方研究所 代表/一般社団法人カルタス 理事  理学療法士として病院勤務後、自治体とともに暮らしの保健室設立に携わる。2020年より任意団体 「みえ社会的処方研究所」を運営し、地域資源を活用した社会的処方の実践をおこなっている。現在は、医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカーとして活動。自治体と共に社会的処方に関する研修の企画・運営にも取り組んでいる。

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