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科学的根拠と先人の知恵が在宅医療を進歩させる|よしき往診クリニック・京都府立医科大学 救急医療学教室|宮本 雄気 先生

ディス科学的根拠と先人の知恵が在宅医療を進歩 宮本雄気  京都府立医科大学

新型コロナウイルス感染症対策の社会実装に貢献した在宅医・宮本雄気

救急医と在宅医の二つの顔を持つ宮本雄気医師。両者の視点を活かし、新型コロナウイルス感染症(※以下、コロナ)の在宅療養における感染対策の指針をいち早くまとめました。その後、在宅診療チーム「KISA2隊(きさつたい)※」の発足にも携わり、コロナ患者の療養生活を支えました。今回は、コロナの感染対策における経験も踏まえながら、研究をケアにつなげるために必要な視点について伺いました。

※KISA2隊:京都府発祥の在宅診療チーム。アニメ「鬼滅の刃」の鬼殺隊にあやかり、コロナに立ち向かうチーム名とした。現在は、全国30ヵ所以上で展開されている。

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宮本先生へのインタビュー「キャリア編」(「在宅と救急が在宅と救急が手を取り合えば患者によりよい選択肢を提供できる」)はこちら

よしき往診クリニック・京都府立医科大学 救急医療学教室
宮本 雄気 先生

2012年 京都府立医科大学卒業。湘南鎌倉総合病院・京都府立医科大学 救急医療学教室などで救急・集中治療に携わり、2016年より、よしき往診クリニックにて在宅医療にも従事。その後、東京大学 医学系研究科 公共健康医学専攻を経て2021年より現所属。2021年2月より京都府新型コロナウイルス感染症 在宅フォローアップチーム(KISA2隊)を立ち上げ、全国に先駆けて新型コロナウイルス感染症患者に対する在宅医療の提供を行った。現在も「救急医療と在宅医療が手を取り合えば医療はもっと良くなる!」をモットーに臨床から研究、社会実装まで取り組んでいる。

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データを用いれば患者の選択肢は広がる

在宅医療カレッジの監修を務める医療法人社団悠翔会理事長の佐々木淳医師と初めてお話ししたとき、「在宅医療にもっと科学を持ち込む意識が必要だ」と、おっしゃていたことがとても記憶に残っています。

僕も科学的に実証し、データ化することはとても大事だと思っているんです。僕らが京都府で結成した在宅診療チーム「KISA2隊」のメンバー間では、「在宅医療は患者さんが紡いできた物語があるよね」と、一人ひとりの背景を汲み取った意思決定支援の大切さを感じる一方で、患者がよりよい治療を選択するにはデータに準じた説明が必要だと話しているんですよ。

例えば、僕は以前、「介護度の高い高齢者に気管挿管した場合、どれくらい介護度や生存率に影響を及ぼすのか」という内容の研究に携わらせていただきました。その結果、多くの患者は1年後には介護度が悪化または死亡し、介護度が改善する患者はほとんどいないということがわかりました。

医師は患者へ気管挿管の選択肢を提示する場合、そのメリットとデメリットを必ず説明しなければなりません。僕はわかりやすい情報を提供し、ご本人やご家族に納得のいく決断をしていただくため、在宅医療にもっと科学を持ち込んだほうが良いと考えています。

例えば、訪問診療の回数も月1回がよいのか、2回がよいのか意見が分かれます。しかし、患者の疾患や介護度などの背景別に必要な訪問回数がある程度データ化されていれば、指標になりますよね。つまり、今まで経験や感覚で決めていた部分をはっきりさせるのは大事なことなのです。エビデンスとして土台を作ったうえで状況に応じてナラティブな判断ができれば、在宅医療はもっと素敵になりますね。

在宅医療におけるエビデンス創出。超えるべき3つのハードル

僕は救急医療にも携わっていますが、救急医療も以前は経験則に基づく治療の多さが問題視され、近年、エビデンスが急速に確立されてきました。一方、在宅医療は、経験則に頼る風潮がまだ残っており、エビデンスの創出が急務だと考えています。

しかし、在宅医療におけるエビデンス創出には、超えるべき3つのハードルがあるのです。

ハードル(1)疑問を集めること

一つ目は、疑問をしっかり集めること。これは大半の人が念頭にあると思いますが、机上の空論に止まっていてはいけません。よい研究はやはり日常の臨床の上に成り立つとよく言われていて、日々疑問を持つ習慣が必要だと考えます。

例えば、在宅療養されている方の状態が悪化した場合。どこまでなら自宅で治療可能なのか、どこからは入院した方が患者にとってメリットが大きいかなど。自宅療養と入院の選択を迫られるケースは良い例かもしれません。

ハードル(2)データベースをつくる

次に大切なのは、複数の施設からデータベースを作ること。一つの施設だけでデータを取ったとしても、汎用性の高いデータとはいえませんからね。しかし、他施設のデータベースを集めるのはとても難しく、僕もコロナ禍で複数施設で検証したことがありましたが、あまりにも感染症対策のやり方に差があり、使えませんでした。

泣く泣く単施設のみのデータで論文を執筆しましたが、「それってあなたの感想ですよね」と言われてしまえばその通りなのです。研究として再現性が乏しいのは事実でした。また、データベースを作る際、大きなハードルとなるのが労力とお金。臨床が忙しいなか時間外にデータを打ち込んだり、数値を整理したりと厳しい現実があります。

AIに頼るなど代替手法はあるかもしれませんが、リソースに余裕がなければなかなか着手できないかもしれません。

ハードル(3)アウトカムの指標を設定する

最後のハードルはアウトカムの指標を設定することです。在宅医療は「死亡率」や「発症率」というわかりやすいアウトカムではその質を測りづらく、他の医療領域と比較するとアウトカム設定が難しいという特徴があります。どのような状態になったら患者にとってよいといえるのか、はっきり定まらない領域といえるでしょう。

そんななかで、我々が注目しているアウトカム指標があります。「救急搬送をどれくらい防げたか」ということです。慣れ親しんだ自宅で長く過ごすという患者の希望があるなかで、救急搬送を防げているという事実はアウトカムとしてわかりやすいです。医療費・社会保障費の削減に寄与できたかどうかも在宅医療の一つの指標になり得ますね。

在宅医療におけるその他の有用な指標として、生命の質(quality of life: QoL)が挙げられます。しかし、死を眼前にした患者に対し、QoLについて調査したり評価したりすることは容易なことではありません。この場合、次のような対象者を代わりに調査することがあります。

(1)家族・遺族
(2)関わった医療・介護従事者

例えば、日本の緩和ケア領域で使用されるGood Death Inventory(GDI)は遺族に調査を行う代表例であり、在宅医療にも応用しやすい指標だと考えています。同様にGood Death Scale(GDS)は関わった医療・介護従事者に調査を行う評価指標で測定が比較的容易です。

研究をケアに活かすための指標づくり

さらに、研究を実際のケアに活かすためには、データ収集の指標づくりの際に意識すべきことがあります。それは、世界で有用だといわれている指標は日本でそのまま使用できない可能性があるということです。きちんと日本人が使えるものに整備することが重要です。

なぜなら、英語の指標を読み取っても日本語とはニュアンスが異なったり、文化や制度が異なったりすることで、そのまま使用すると信頼性が低いデータになってしまうからです。まずは日本語版を作成して、その指標を使っても同じような効果が出るのかどうか、調べる必要があります。

しかし、逆に言えば、このような先行研究があるということはゼロから開墾する必要がないのです。次の世代に求められる研究マインドとは、既に開墾された土壌を一つひとつ整備をしていくことなのかもしれません。

研究と社会実装の鍵は巨人の肩に乗ること

先ほど、研究をケアにつなげていくとき、新たに土壌を開墾する必要はないとお伝えしましたが、社会実装という点、つまり実際のコロナの訪問診療に携わる中でもそれを強く感じていました。感染対策や在宅での治療について指針をまとめ、京都を中心に在宅診療チームを立ち上げるという形で、エビデンスを社会実装できたのは、すでに先人たちが切り開いた道を後追いすることができたからです。

例えば、在宅でのコロナ治療の指針を作成した際も、諸外国ですでに発表されていたコロナの在宅治療に関する論文を熟読し、日本に適応する形に整えただけです。そして、実際に普及する際には、在宅医療に関わる先輩方が2000年から20年かけて築いてくださった「地域包括ケアシステム」という道に沿っただけなんです。

在宅医療・介護、あるいは地域コミュニティへコロナ治療のエビデンスが急速に社会実装されていったのは、先輩方が道を作ってくださっていたおかげだと思っています。そして、同じように悩む人への参考になればと思い、自分自身でも論文を作成・公表しています。

得体の知れないコロナという障害物を取り除くには、巨人の肩に乗りながら、研究と社会実装の両方に地道に向き合っていくことが必要でした。昼も夜も関係ない大変ハードな3年間でしたが、先輩方が切り開いてくださった土壌を存分に活かし、活動し続けたことで同じ志を持つ仲間も増えていきました。今や第5類に分類され、在宅療養がスタンダードになっているコロナ。ネクストステップに進めた理由は先人たちの努力と仲間の存在が大きいと思っています。

エビデンスに基づいた在宅医療へ

繰り返しますが、在宅医療にはナラティブなケアだけでなく、エビデンスに則ったケアも必要です。僕はこうしたハイブリッドな医療が普及していくためには、多くの仲間が必要だと考えています。一人では思いつきもしないような臨床上の疑問や、多施設のデータを集めれば、もっと在宅医療に役立つエビデンスが創出できるでしょう。

在宅医療の研究はデータベースやアウトカム設定の難しさがあるうえに、生命の存続に直接寄与するようなインパクトファクターを残せる領域ではないことは事実です。しかし、患者にとってよりよい「生の選択」につなげようと、日本の医療が一歩でも前進することを望む仲間が増えるとうれしいですね。

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この記事を書いた人

桑村 美里

理学療法士/ライター/広報。療養型病院、回復期リハビリテーション病院で理学療法士として約4年間勤めた後、ライターや広報に転身。住民が地域医療や福祉を身近に感じられるような情報発信を行う。

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