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訪問診療医がおさえておくべきカルテの書き方 診療編①|医療法人おひさま会|荒 隆紀 先生

  • #在宅医療全般
訪問診療医がおさえておくべきカルテの書き方  診療編 医療法人おひさま会 最高人事責任者 荒 隆紀先生

外来診療や入院診療のカルテとは異なる特徴を持つ在宅医療におけるカルテ。
本シリーズでは医療法人おひさま会 荒 隆紀先生に「在宅医療におけるカルテの書き方」について解説いただきます。

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著者

荒 隆紀 先生

医療法人おひさま会 最高人事責任者

2012年新潟大学卒業。洛和会音羽病院で初期研修後、同病院呼吸器内科後期研修を経て、関西家庭医療学センター家庭医療学専門医コースを修了。家庭医療専門医へ。「医療をシンプルにデザインして、人々の生き方サポーターになる」を志とし、医療介護福祉領域の人材育成パートナーとなるべく起業。その他、関西で在宅医療を展開する医療法人おひさま会の管理医師・人事責任者として法人全体の人材育成/組織開発をしながら、新潟大学総合診療研修センターの非常勤講師として医学生教育にも従事している。著書:「京都ERポケットブック」(医学書院)、「在宅医療コアガイドブック」(中外医学社)

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さて、前回はカルテ記載に関する原則と在宅医療のカルテの特色について整理をしました。
今回から2回に渡って、実際の在宅医療の「診療内容」に関するカルテ記載に関してお話しをしたいと思います。
(対象読者は医師をイメージしています)

医師がカルテを立ち上げるタイミングとは?(When)

前回の復習ですが、厚労省の「診療情報の提供等に関する指針」1)によれば、「診療記録とは、診療録、処方箋、手術記録、看護記録、検査所見記録、画像所見、紹介状、診療経過の要約その他の診療の過程で患者の身体状況、病状、治療等について作成、記録または保存された書類の記録」と定義されています。 
つまり、医師がカルテを立ち上げるタイミングとは、「診療の過程で患者の身体状況、病状、治療等について新たな変化が起き、記録または保存が必要と判断されたとき」と言えます。
在宅医療の実務に立ち返ると、概ね、①初診時、②医学管理開始後、③死亡診断時の3つに大きく分けて整理すると理解しやすいと思います。
それぞれの特徴として大まかに下記のようなポイントがあげられます。

① 初診時

以前から外来・入院などで自院が診療に関わっている場合を除き、他医療機関や他施設から提供される診療情報をベースにしつつ、初回の自院での診療で得られた情報を統合したカルテ記載が求められるフェーズです。例えば、前医から引き継いだ情報に対して、「本当にこの病名をプロブレムとして継続フォローすべきか」、「処方に対する対応病名はレセプト上過不足なく記載されているのか」、など様々な知識を総動員して記載する必要があります。この初診時の記載には相当の労力とスキルが必要とされます。

② 医学管理開始後

①で記載されたカルテをベースにしながら、定期診察や臨時往診、検査・処置時において変化が起きた場合に保存が必要とされる項目を記載していくフェーズです。ここで注意すべきは、カルテの記載がどうしても患者・家族の短期的変化のみに集中してしまうことです。そうではなく、「この患者の問題リストを刷新すべきか」、「特定の問題リストに関する重症度やステージはどの段階に変化しているだろうか」などと、定期的に長期的変化に対する解釈を更新していく必要があります

③ 死亡診断時

看取り加算(※)などにも影響をするため、死亡に至るまでの対話や意思決定の流れを踏まえつつ、死因・死亡事故・死亡場所といった死亡診断書に必要な項目を記録するフェーズです。特に、死亡時刻は、その時点で死者の権利、義務が消滅することになり、その時点から医療行為の対象外となるため精確に記載する必要があります。


※看取り加算とは、事前に当該患者又はその家族等に対して、療養上の不安等を解消するために充分な説明と同意を行った上で、死亡日に往診又は訪問診療を行い、当該患者を患家で看取った場合に算定することができる加算のこと。この場合、診療内容の要点等を当該患者の診療録に記載することが必要となる。

SOAP形式のカルテにおいて何を・どのように書くべきか?(What&How)

では、実際のカルテの記載のポイントについて述べていきます。一般にカルテの記載はSOAP(「Subject(主観的情報)」、「Object(客観的情報)」、「Assessment(評価)」、「Plan(計画)」)形式の記録方法を採用されることが多いため、それぞれの項目で何を意識して記載すべきか私見もふまえて整理してみます。

(1)Sの記載時に意識したいこと

Sとは、対象者が話した内容などから得られた情報です。具体的には患者や家族、施設職員などの訴えを記載することが多くなりますが、記載に関して混乱されることが多いパートでもあります。
病院家庭医の佐藤健太先生は、”Sとは、「患者や家族,前医などの他人」から収集した、「過去から現在に至る」までの「間接的情報」であり「患者や家族の証言,前医の手紙やカルテに記載された情報」2)”と定義されています(すなわち、前医の身体診察所見や検査結果などは過去のものであり、その精度も自らは保障できない間接的な情報であるためSに入れる)。
この定義は非常に有用だと思います。

個人的には、SOAPの中でSは他のパートと異なり、唯一医師の主観を通した内容を記載しないパートであることが特徴と感じています。例えば、暴言などの発言があった場合も、患者や家族が発言したことであればその詳細を記載しても問題ない場所と言えます。実際書くべきかどうかはケースバイケースですが下記のように否定的な表現や批判的な表現を避け、事実のみを記載すべきです。
例)
× 「父親が主治医をにらみつけ、大声で、この地域で働けなくしてやると威嚇された」
○ 主治医に対しての発言→「この地域で働けなくしてやる」(事実のみを記載)

また、Sの記載は患者を取り巻く多彩な情報を含みます。発言の有無や内容からは、本人の意識レベルや認知機能といった機能面の情報だけでなく、吐露された現在の困りごと、関心事などナラティブな側面の記録は読み手に多くの示唆を与えるでしょう。
私は、このSの記載が普段の通常診療の中で、関わる専門職がどのような対話が引き出しているか、という視点において非常に重要なパートだと個人的には考えています。単に主訴のみを取り扱うのではなく、健康社会学者アーロン・アントノフスキー(Aaron Antonovsky)が提唱した健康生成論(salutogenesis)3の文脈で語られるように「患者を創意工夫する主体」として認識し、病いがある中でも、それぞれの個人が有する創造的な営みの源泉がどこに眠っているかを引き出すことが在宅医療では特に必要です。例えば、「こうやって色々辛い症状がありながらも、○○さんが頑張れている秘訣は何ですか?」や「毎日楽しみにしていることはありますか?」、「いつもその身につけているものはすごく大切なものなんですか?」と言った問いを投げることでその方を健康を構成している強みを発見することを何度か経験しています。
残念ながら、当法人でも医師のカルテを見ると、Sがほとんど記載されていなかったり、一行だけしか書いていないものが散見されます。全ての対話内容を記載する必要はないものの、”豊かなSの記載は豊かな診療体験を反映している”のではないかと考えています。

(2)Oの記載時に意識したいこと

「O」は客観的情報のことであり、身体所見や検査結果など客観的に患者の現状を捉えた情報のことを指します。記載する内容は行われた診療によって異なりますが、視診・聴診・触診・内診などの所見、血液検査や画像検査の情報等が含まれます。
先述の佐藤健太先生は、”Oとは、「医師自身や、診察能力を把握している同僚」が取った、「現時点」で「直接観察した所見」であり、「診察時の身体所見と検査所見」2)”と定義されています。


このように、身体所見も実は医師等の主観を通して観察した所見にすぎません。
Oは続くAPに直結する参照情報となり、原則、過去ではなく「現在」の情報を記載すべきです。コピー&ペーストが容易な電子カルテでは特に過去の情報が更新されないことが混乱の元になるため注意する必要があります。
個人的には、Oに家の情報を記載するのが在宅医療のカルテの特徴と感じています。拙著からの引用で恐縮ですが、下記のような視点を持って家を”診察”しつつ、カルテに記載しています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・庭の乱れ→介護者の疲労か認知症を疑う
・玄関→玄関の段差や手すりの位置,玄関マットの設置は転倒リスクになっていないか?
・風呂場→水滴の位置,カビの有無で使用頻度や範囲を確認
・ベッドルーム→トイレまでの通り道は安全に確保されているか? ベッドの高さは深くもなく,浅くもなく最適か?(最適なベッドの 高さとは、下腿長+約 5 cm)
・飾り物や家族の写真など→仏壇やキリスト像などは宗教的志向の把握に有用.亡くなった先祖を迎える土壌あり=在宅看取りの 1 つの指標?
・賞状→輝いていた時期の“ものがたり”の証明物品
・机の上や冷蔵庫周辺の食べ物→腐敗物の放置はセルフ・ネグレク トの指標となる.塩分や糖分を含んだお菓子は高血圧,心不全,糖尿病コントロールの弊害となる。 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(『在宅医療コアガイドブック』より)

しかし、記載に関してはできるだけ下記のように客観的な情報記載を心がける必要があります。
例)
×「ベッドから転落している」→○「訪室時、ベッドの横に横臥していた」(落ちるところを見ていないなら推測で記載しない)
×「家は荒れていてゴミ屋敷の状態」→○「室内の床に腐敗した食事やゴミ袋が複数置かれている」

【診療編②】に続きます。

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参考文献

1)厚労省の「診療情報の提供等に関する指針」(https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0623-15m.html
2)佐藤 健太,カルテ記載の基本の型 SOAP(1),医学会新聞(2012/8/6),
https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2012/PA02989_04
3)Antonovsky A. Unraveling the mystery of health: How people manage stress and stay well. Jossey-Bass Publishers, San Francisco, 1987.
4)吉村 長久 , 山崎 祥光,トラブルを未然に防ぐカルテの書き方,医学書院 (2022/2/21)
5)佐藤 健太,「型」が身につくカルテの書き方,医学書院 (2015/4/9)
6)荒 隆紀,在宅医療コアガイドブック,中外医学社(2021年4月発行)

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この記事を書いた人

荒 隆紀

医療法人おひさま会 CHRO(最高人事責任者)。2012年新潟大学卒業。洛和会音羽病院で初期研修後、同病院呼吸器内科後期研修を経て、関西家庭医療学センター家庭医療学専門医コースを修了。家庭医療専門医へ。「医療をシンプルにデザインして、人々の生き方サポーターになる」を志とし、医療介護福祉領域の人材育成パートナーとなるべく起業。その他、関西で在宅医療を展開する医療法人おひさま会の管理医師・人事責任者として法人全体の人材育成/組織開発をしながら、新潟大学総合診療研修センターの非常勤講師として医学生教育にも従事している。著書:「京都ERポケットブック」(医学書院)、「在宅医療コアガイドブック」(中外医学社)

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