在宅は多様な価値観、世界観と出会い、 多面的に見る力を養える場|医療法人おひさま会|荒 隆紀 先生
- #キャリア
在宅医療のトップランナーの方々のキャリアやそこから得た学びについてお話を伺う「在宅医療キャリア」シリーズ。
今回は医療法人おひさま会 最高人事責任者 荒 隆紀先生に家庭医を目指したきっかけやMBAで得た学び、在宅医になって感じた在宅医療の魅力などについてお話を伺いました。
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医療法人おひさま会 最高人事責任者
荒 隆紀 先生
2012年新潟大学卒業。洛和会音羽病院で初期研修後、同病院呼吸器内科後期研修を経て、関西家庭医療学センター家庭医療学専門医コースを修了。家庭医療専門医へ。「医療をシンプルにデザインして、人々の生き方サポーターになる」を志とし、医療介護福祉領域の人材育成パートナーとなるべく起業。その他、関西で在宅医療を展開する医療法人おひさま会の管理医師・人事責任者として法人全体の人材育成/組織開発をしながら、新潟大学総合診療研修センターの非常勤講師として医学生教育にも従事している。著書:「京都ERポケットブック」(医学書院)、「在宅医療コアガイドブック」(中外医学社)
地域を支える家庭医との出会い
在宅医療専門の「おひさま会」で勤務して5年になりますが、最初から在宅医、家庭医を目指していたわけではありません。きっかけは、研修2年目に北海道更別村国民健康保険診療所に行ったこと。家庭医養成の先駆的機関である、北海道家庭医療学センターの一拠点ですが、このときは単に、夏の北海道は楽しそうだなと思って選んだんです(笑)。しかし、ここで診療所所長の山田康介先生と出会い、家庭医を目指すことを決めました。
山田先生は研修5年目、家庭医療の後期研修の途中で、この診療所に赴任。僻地の診療所の所長となり、一からすべてを作り上げてきた方です。村にたった一つの診療所のドクターとして、乳児から高齢者、学校の健診から救急まで、あらゆる診療に対応されています。でも、山田先生が取り組んでいるのはそれだけではありません。「さらべつほーぷ」という団体を立ち上げて地域の課題に取り組んだり、仕事の幅がとにかく広いんです。医療だけではない、もっと広い視野で村を支えているんですね。
だから、とにかく村の住民や行政、他の職種など、周囲からの信頼が厚い。その信頼は、長い歩みの中で一つ一つ積み上げてこられたことを感じました。そんな山田先生がいる更別が、僕にはとても豊かな村に見えたんです。
そして、自分もこういうことがやりたい。“家庭医という医者”になりたい。そう思いました。
付加価値を発揮できる家庭医を目指して
家庭医になると決めて考えたのは、家庭医としての能力はベースにありつつも、さらに別の価値も提供できる医者になれないかなということ。それで、ストレートに家庭医療に行くのではなく、専門医研修を受けてから家庭医療に進むことにしました。
後期研修先に選んだのは、初期研修を受けた病院の呼吸器内科です。初期研修のときに知り合った他科の先生方に頼んで外来を担当させてもらうなど、普通の呼吸器内科の研修医がやらないことをたくさんやりました。
家庭医療の研修では、僻地の診療所から1000床規模の大病院での研修まで経験しました。そこで感じたのは、良い家庭医療は、家庭医だけが頑張っても実現できないということ。家庭医は担う範囲が広いので、家庭医療のマインドが多職種、病院全体に伝播していかないとうまく機能しません。要するに、家庭医として力を発揮するには、組織作りが大事だなと。そう考えて、医師として働きながらMBAで人事・組織マネジメントを中心に経営全般の知識を学ぶことにしました。
MBAで得た3つの学びとは
MBAでは経営的な知識やノウハウだけでなく、3つの大きな学びがありました。
1つは、経営とは「矛盾のマネジメント」だということ。営利団体であれば利益を出すことが求められますが、利益ばかりを追求したら人の心は離れますし、疲弊します。改革を進めるのか現状維持かなど、経営では常に相反するもののうち、何を捨てて何を取るかを考えなくてはなりません。矛盾の中から活路を見出し、不確実でも選択して決断することが経営なんだなと。それを学んだことで、ぶつかることがあっても慌てなくていいと考えるようになりました。
2つめは、「問いを立てる」ことの大切さ。「課題をどう解決するか」という方法論の問いではなく、「何をしたいのか」「どういう未来をつくりたいのか」という問いを立てる。良い問いを立てられれば良い回答が出やすいということを学びました。
3つめは、単純に「医者の世界は狭いな」ということ。MBAには、エリートビジネスマンからベンチャーの社長、弁護士、税理士などの専門職まで、いろいろな人が来ていました。そういう人たちとつながって、社会を知ること自体が楽しかったし、自分の浅学さにも気づかされました。襟を正す良いきっかけになったと思っています。
避けられない“矛盾”をマネジメントする
働く場として在宅診療専門のおひさま会を選んだのは、病院より地域、生活の中での医療に関心があったからです。病院はどうしても、医療の論理で動きますからね。僕自身、病院にいたとき、システマチックだけれど居心地が良くないと感じ、どうもなじみませんでした。
おひさま会に入職したころ、ちょうどMBAでは自分がしたいことを言語化する授業を受けていました。そこで改めて考えてみると、僕は、以前から医療という難しくて複雑なものを構造化してシンプルにし、患者さんにも医療従事者にもわかりやすく示したいという思いが強いことに気づきました。
おひさま会でも、家庭医療をベースに、それぞれの人にとっての人生を過ごしやすくすることに取り組みたい。そのために、おひさま会から発信して、家庭医療を多職種のチームで展開できるエリアを拡げていけないかと考えました。誰でも参加できる、多職種連携推進のウェブセミナー「おひさまナビ」の開催に取り組んでいるのもその一環です。
そうした活動を重ねる中で、入職3年目に管理医師、4年目に法人全体の人事責任者になりました。現場の医師と人事管理の兼務には難しさもあります。フラットなチーム形成を心がけても、どうしても上下関係がちらついてしまう。これは弱みなのかもしれませんが、反対に専門職の世界観を理解している者が人事管理を行うという強みにもなります。
そこで僕が意識したのは、スタッフが医療人として困っていることを解決することです。患者さんを良くしたい、良い療養環境を整えたいというスタッフの思いに理解を示すと共に、そこでの困りごとの解決ノウハウを示していく。そうしてスタッフとの信頼関係を築くことが、人事管理にも生きてきます。兼務のメリットを最大限生かすことを意識しながら、“矛盾をマネジメントする”わけです。
専門性を手放す勇気が必要な在宅医
在宅医になって感じているのは、医療を先行させないことの大切さ。専門医から来た医師は、どうしても自分の専門性を振りかざしてしまいがちです。僕も呼吸器内科医をしていたときは、呼吸器疾患だけは見逃すわけにはいかないというプレッシャーが大きかった。そこだけは徹底的に除外したい、完璧に診療しなければと考えてしまうんですね。
でも、患者さんからすれば、医師の関心分野だけにこだわられても困ります。心臓も肺も悪い人もいますし、心臓にとって良い薬が肺にとっては悪いこともある。だからバランス感覚がとても重要なんです。
時には専門性を手放して、目の前の患者さんの全体性を見てベストな治療を選択する必要があります。在宅では、あえて手を引く勇気がとても求められているんです。これは研修しないと気づけないことなので、徹底的に育成します。そこに対して開かれている人は、自分の偏りに気づけている人なんですね。
患者さんの中には、自分には絶対に理解できない、と感じる世界観を持つ人もいます。そんな世界観に接したときも、自分の相対化と患者さんの相対化を両方行っていく。それはとても難しく、しかし、とても大切なことです。そこを問い続けられる足腰の強さみたいなものが、家庭医、在宅医には求められていると思います。
でも、そういう相容れないものも含め、様々な世界観、価値観に触れることができるのが在宅医療の魅力でもあります。家の様子、療養環境、食べているもの、隠れて飲んでいるサプリなど、在宅は、病院の診察室では決して得られない情報の宝庫です。いろいろなものが見えることで、かえって悩むことも増えます。でも、それならこういう方法もあるなと、個別にフィットする医療サービスを提案できる。多面的なものの見方が求められる分、自分の引出も増えていくのが在宅医療です。これからは在宅医療に関わる様々な人たちが、患者さんを、状況を、地域を多面的に見る力を高められるよう注力したいと思っています。