総合診療医育成と研究で医師偏在問題に希望を|山形県立河北病院 総合診療科|深瀬 龍 先生
高齢化が進む日本では、在宅医療の需要が高まっています。現在の在宅医療業界を支えるトップランナーたちは、これからの在宅医療に対してどのような課題を感じているのか。
今回は、山形県河北(かほく)病院に勤務する、医師の深瀬龍先生にお話を伺いました。
山形県は令和2年時点で、医師の数が2,448人と人口あたりの医師が少ない「医師少数県」に国から指定されています。また昨年の調査では、県内の診療所の約6割が後継者問題に直面していることが明らかとなりました。現在、この問題を受け、県や医師会をあげて医師の確保に尽力している背景があります。
深瀬先生からは、山形県という地域性と在宅医療における問題点やその解消方法について伺いました。
山形県立河北病院 総合診療科/地域連携推進室長
深瀬 龍 先生
2013年自治医科大学医学部を卒業後、山形県立中央病院にて初期研修修了。 医師3年目からは、県内各地で地域医療に従事。2018年より山形県立中央病院にて緩和ケア研修後、大蔵村診療所に赴任。2022年4月に山形県立河北病院に赴任し、現在に至る。2023年10月より訪問診療部門を再立ち上げし、現在は入院・外来・救急・訪問診療と多様な臨床現場で総合診療の実践に取り組んでいる。
在宅医療と地域性
ー現在の在宅医療において感じている課題を教えてください。
日本という大きな規模で在宅医療を語るのは難しいです。在宅医療は地域コミュニティの特性と密接に関わります。在宅医として活動していれば誰しも感じることで、沖縄と北海道の在宅医療が同じであるはずがないけれど、国としての制度の枠組みは1つです。このギャップをどのように考えていくのかは今後の課題ではないでしょうか。
また、日本各地で起きている問題である医師不足。地方の在宅医療ではまだまだグループ・プラクティスが少ないため、地域で頑張っているソロプレイヤーたちが高齢化したり、病気で倒れたりしたとき、リソースの持続性が大きな課題となります。
山形県特有の課題としては、在宅医療の研鑽を積める場がないことです。
新規参入できるフィールドはあるけれど、参入者が少なく、基本ソロ・プラクティスの体制が変わらないため継続性が不透明です。組織拡大や後継者育成という意味で教育という土壌がまだまだ不足していると感じています。
山形県のような地方は、地方自治体病院がその地域の在宅医療を担っていることも多いのです。地方自治体病院や診療所の医師の高齢化により、地域医療の継続性が不透明になっていることに直結して、その地域の在宅医療の後継者問題にもなってくると考えられます。
在宅医療だけに限らず、今後10年、20年経ったときに専門医療の担い手も減ってきて、そこに研修医が残らない問題も合わさり、田舎では緊急手術もできない状況になってくるのではと危惧しています。
これらの問題は山形県全土で、医師に限らず働き世代をどう育てていくか、山形に残ってくれる働き世代をどう増やしていくか、維持していくかに帰着するのではないかと個人的には思っています。
ー在宅医療に興味をもったのはどういった経緯でしょうか。
在宅医療を経験したのは、後期研修で緩和ケア科を1年間研修していた時のことです。がん患者さんの訪問診療や在宅看取りを経験させていただきました。
そのなかにはいわゆるへき地と呼ばれるような場所への訪問診療もありました。月山(がっさん)の麓に住んでいる患者さんのもとに、電灯もない道を車のライトだけを頼りに家を探す……というような経験もありましたね。
このときの訪問診療や在宅看取りを通じて、在宅医療にエモーショナルなやりがいを感じたんです。
また、人口3,000人未満の大蔵村にある診療所で訪問診療をしていたときのことです。
最期を自宅で迎えたい患者さんのもとを訪ねると、隣のおばちゃんが買ってきたふかしたての温泉饅頭をうまそうに食べたり、最後まで大好きなお酒を飲んだり……そういった暮らしを多職種で支えて、亡くなる時をみんなで迎えてあげる。
病室でも叶えてあげられるけれども、暮らしやその人が生きていた時間の中でカーテンコールまで見届けられることが単純にいいなと思ったんですよね。
一方で、実際に在宅で看取りたくても搬送せざるを得ないケースもありました。自分の勉強不足だったのではないかと考えるとやはり悔しかったんです。
在宅医療にしかない風景を見られる喜びと、それが叶わなかったときの悔しさの両方が、私の在宅医療へのモチベーションになっているような気がします。
山形県の医師の高齢化について補足になりますが、2018年日本医師会総合政策研究機構より発表された医師数データ集によると、65歳以上の医師は1996年から2016年にかけて26%増えており、全国平均を上回る増加率となっています。また、2016年から2036年にかけて、35~49歳は5%減少、65歳以上は30%に増加すると推計されており、医師の高齢化は深刻な問題となっています。
グループ・プラクティスの体制づくり
ー先生が挙げた課題について解消方法はあるのでしょうか。
山形県はこれまで熱量を持っている医師が1人でその地域の在宅医療を担ってくれていました。今後そのような「スーパー医師」がいつ出てくるかわからないし、なろうと思っても難しい。だからこそ、グループ・プラクティス*で在宅医療の拠点を、少なくとも二次医療圏**に1つ作るだけでもうまく運用できるのではないかと思います。
河北病院ではグループ・プラクティスの在宅医療を運用できるよう動き始めていますので、解答例として山形県で示せればと考えています。
グループ・プラクティス*とは、何人かの医師で集団となり診療や開業をおこなうこと。在宅医療においては、24時間対応を可能とするため、グループ・プラクティスの推進が厚生労働省からも推奨されている(21世紀初頭に向けての在宅医療について|https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/0906/h0627-3.html)。
二次医療圏**とは、都道府県が医療政策を立案するために設定した地域区分の1つで、救急医療を含む一般的な入院治療が完結するように設定した区域。
在宅医療におけるエビデンス創出
ー先生は地域医療や在宅医療という形の見えないものを、研究により形にしていこうと取り組まれています。そういったエビデンスは課題解決の糸口になるのでしょうか。
博士課程を通じて思ったのは、自分のやっている総合診療や在宅医療は形がわからない分野であること。多くの要因があるため、在宅医療における診療ガイドラインはまだまだ整備が進んでいないと把握しています。臓器別の研究分野に比べると未知の領域で、そこに形を与えることができたら面白いと思いました。
今後人口が減少していくなかで、プレーヤーが頭打ちとなり減っていくことは、残念ながら間違いありません。そのなかで熱意のある医師が熱量だけで頑張り続けるのが果たしていいのでしょうか。
在宅医療における診療の実態はブラックボックスだと感じています。それぞれの先生がどのように診療をしているのかが見えづらいんです。診療方法を共有できるようになることで、診療の質改善や効率化、スムーズな連携につながるのではないかと思い、プレーヤーが減る次のステージのためにエビデンスを構築していけたらと思います。
先ほど、在宅医療は地域コミュニティごとに異なるとお話しましたが、そう思う一方でもしかしたら共通項があるかもしれない。研究を通じて共通項が示せたら、今後の診療に有意義なものになると確信しています。
在宅医療をもっと身近に
ー今後、在宅医療はどのように発展していくと良いと思いますか。
在宅医療も、総合診療科も同じくいえることですが、大学の教育や初期研修のなかでは見えづらい分野です。基本的に学生や初期研修医は、急性期医療を基軸に教育が組まれているため、総合診療や在宅医療の現場に触れる機会は本当に少ない。
一方で、メディアでは「神様のカルテ」や「Dr.コトー診療所」などの作品を通して、総合診療や在宅医療がクローズアップされています。実際にそういったメディアを観て、医療職に憧れる人が一定数います。同様に、在宅医療の担い手を増やす・育成するという意味では、学生時代から在宅医療に触れる経験や教育の機会があるといいと思います。
また医療としては、患者さんが選択肢として在宅を選べるようになることを望んでいます。今の日本はどの地域の人も在宅医療を選べるわけではないのが現状です。日本中の困っている方が在宅医療を頼れるようになると良いですね。
ー最後に在宅医療に従事する方へのメッセージをお願いします。
在宅医療の担い手になろうとしている方がいるのであれば、まずその人が一番幸せであることが大事ではないでしょうか。やはり誰かを幸せにするためには自分が健康でなければなりません。ちゃんとご飯を食べて、よく寝て、健康でいることが大切です。
それから、お互い様の気持ちですね。在宅医療では多くの職種や施設と連携を取り合います。お互いの事情があって、すべてを見えるようにするのは難しい。だからこそ、リスペクトの気持ちを持って、お互い様と思いながら困ったときに助け合えたらと思います。