「生きる」を支える。総合診療医の在宅医療における役割|山形県立河北病院 総合診療科|深瀬 龍 先生
- #キャリア
現在の在宅医療業界を支えるトップランナーたちは、どのようなキャリアを経て、何を学び、今に至るのか。
今回は、山形県立河北(かほく)病院に勤務する、医師の深瀬龍先生にお話を伺いました。
深瀬先生は病院の総合診療医でありながら、在宅医療にも関わっています。
これまでのキャリアやそこから得た学び、今後の展望などについて教えていただきました。
山形県立河北病院 総合診療科/地域連携推進室長
深瀬 龍 先生
2013年自治医科大学医学部を卒業後、山形県立中央病院にて初期研修修了。 医師3年目からは、県内各地で地域医療に従事。2018年より山形県立中央病院にて緩和ケア研修後、大蔵村診療所に赴任。2022年4月に山形県立河北病院に赴任し、現在に至る。2023年10月より訪問診療部門を再立ち上げし、現在は入院・外来・救急・訪問診療と多様な臨床現場で総合診療の実践に取り組んでいる。
在宅医療で見つけた“エモーショナルなやりがい”とは
ーはじめに、これまでのキャリアについて教えてください。
総合診療に興味を持ったのは、大学卒業後に赴任した山形県立中央病院時代です。
当時は総合診療専門医のプログラムがなく、義務年限の都合もあり専門医資格を取る機会を持てませんでした。その代わり、プライマリケア連合学会の繋がりで指導してくださる先生に出会い、オンラインで総合診療医としての研鑽を積むことができました。
3年前から山形県立河北病院に総合診療医として勤務しています。
外来・入院診療から救急車対応まで何でもやっているような形で、昨年は訪問診療部門の再立ち上げをしました。その関連でコロナ対策や緩和ケアの提供もしています。
総合診療医の育成もおこなっており、半分プレイヤー、半分マネージャーとして活動しています。
ー在宅医療に興味をもったのはどういった経緯でしょうか。
在宅医療を経験したのは、後期研修で緩和ケア科を1年間研修していた時のことです。がん患者さんの訪問診療や在宅看取りを経験させていただきました。
そのなかにはいわゆるへき地と呼ばれるような場所への訪問診療もありました。月山(がっさん)の麓に住んでいる患者さんのもとに、電灯もない道を車のライトだけを頼りに家を探す……というような経験もありましたね。
このときの訪問診療や在宅看取りを通じて、在宅医療にエモーショナルなやりがいを感じたんです。
また、人口3,000人未満の大蔵村にある診療所で訪問診療をしていたときのことです。
最期を自宅で迎えたい患者さんのもとを訪ねると、隣のおばちゃんが買ってきたふかしたての温泉饅頭をうまそうに食べたり、最後まで大好きなお酒を飲んだり……そういった暮らしを多職種で支えて、亡くなる時をみんなで迎えてあげる。
病室でも叶えてあげられるけれども、暮らしやその人が生きていた時間の中でカーテンコールまで見届けられることが単純にいいなと思ったんですよね。
一方で、実際に在宅で看取りたくても搬送せざるを得ないケースもありました。自分の勉強不足だったのではないかと考えるとやはり悔しかったんです。
在宅医療にしかない風景を見られる喜びと、それが叶わなかったときの悔しさの両方が、私の在宅医療へのモチベーションになっているような気がします。
在宅医療は「生きる」を支える仕事
ー先生にとって「在宅医療」とはどういったものでしょうか。
言葉の意味として、在宅医療は暮らしの場の医療として認識されていますが、私は「医療が暮らしの中で関わらせてもらうのが在宅医療」だと考えています。
そもそも総合診療医をやっているのは、病気や臓器を治したいというより、困っている人の助けになりたいというのが一番ですね。
困っている人が困っていない姿とはなんだろうと突き詰めると、平穏に毎日を過ごすこと。
診療のなかで、患者さんと血圧や血糖値の話を少しして、そのあとに天気のせいで今年さくらんぼがどうかとか、今年は米の出来はどうかとか話す時間が私は好きなんですよね。
そんな時間を診察室ではなく、患者さんがありのままでいられる自宅で共有できるのがまさに在宅医療なんだと思うんです。
ー在宅医療の魅力とはなんでしょうか。
在宅医療は死ぬまで飽きない仕事ですね。
急性期医療は、具合の悪い人が何らかの介入でスパっと良くなるため、アドレナリンのような吹き出すやりがいがあると思います。
一方で、人との関わりや平穏といった穏やかなやりがいを患者さんと共に作っていけるのが在宅医療の一番の魅力です。
座学ではもちろんそのことはわからないし、急性期病院の中ではなかなか伝わりにくいかもしれません。ただ、患者さんを臓器に限らず複合的に診る、患者さんの家族や地域も含めて診るのはいつまでも飽きが来ない穏やかなやりがいがあります。
在宅医療で地域ともっと繋がる
ー河北病院での在宅医療の取り組みについて教えてください。
河北病院は、昨年より総合診療科で在宅診療部門を再立ち上げしました。
その経緯としては、総合診療医の育成と河北病院のコミュニティホスピタル*への推進があります。
総合診療医を育成するにはさまざまな場面を経験することが必要で、その一つとして在宅医療を経験するのは非常に重要だと考えています。
また、河北病院がコミュニティホスピタルとしてシフトしていくにあたって、地域と病院の架け橋として在宅医療を始めていくことになりました。
コミュニティホスピタル*とは、地域医療を通して医療と暮らしの架け橋となる身近な存在となる新たな病院像のことをいう。
河北病院にはもともと訪問診療部門があったのですが、中心となっていた医師の退職を機に休止となっていました。
以前の訪問診療部はがん患者さんの緩和ケアを主としていましたが、今回は総合診療科が中心となり、診療科問わず困っている人を対象に受け入れをしています。
当初はかかりつけの患者さんの退院支援や看取りを想定していましたが、実際は急性疾患を契機に救急車で搬送されてきた新規の患者さんの退院支援として訪問診療が入るケースが結構多かったんです。
このケースは病院ならではだと感じていて、社会的入院*を余儀なくされた方の最後の受け皿として救急車で受け入れ、その後自分たちで訪問診療という形で改めて自宅に帰していくという新たな社会支援の形ができあがっており興味深いです。
社会的入院*とは、必ずしも治療を必要としないが、自宅での療養が困難でやむなく入院となること。
次に多いのは、がんが見つかったけれど高齢で手術が難しく、最初から緩和ケアを選択されるケースですね。当院は緩和ケア病棟もあるため、一時的な自宅退院の期間のフォローアップとして訪問診療が利用されています。
どこの地域でも起こりうる問題ですが、患者さんが高齢化し、それを支える世代も高齢化して自宅で面倒をみるのが難しい家庭が増えるなかで、当院のように救急車要請ができたり、緩和ケア病棟にも入院できたり、在宅医療にも移行できたりと一元化されているのは、患者さんの利益にもつながっていると思っています。
愛する山形でずっと診療を続けたい
ー最後に、先生の今後の展望を教えてください。
私は出身地でもある山形県が好きです。
山形で70歳までずっとプレイヤーとして診療を続けていきたいですね。
また、これまでの経験のなかで総合診療医を山形に増やすことが、山形県全体の幸せに繋がるのではないかという想いから、現在この河北病院で総合診療医の育成をしています。
3年前から総合診療医の仲間集めと育成を進めていますが、現在は5人まで増えており成長率は県内トップです。安心して総合診療医を目指せるという教育拠点を今後も作っていきたいと考えています。
最後に、最近博士号を取得して研究者としては始まったばかりですが、地域医療や在宅医療というまだまだ形の見えないものを研究から形にして見えるようにしていくことが目標です。
とはいえ、まず体に気をつけて長生きしたいです。70歳までずっとプレイヤーとしてやっていくことを考えると、自分の健康や訪問診療に行ける体作りをしないといけないですね。