訪問診療における医師・看護師の採用は、いまや争奪戦です。
優秀な人材ほど、面接時のわずかな言動から「クリニックの質」を見抜いています。
「良かれと思って聞いた質問」が、実は法的なリスクを孕んでいたり、候補者の入職意欲を大きく下げてしまうことがあります。
本記事では、厚生労働省の指針に基づいた基本ルールから、訪問診療ならではの「本音を引き出す」言い換えテクニックまでを解説します。
1. 法律的に「聞いてはいけない」事項
職業安定法では、「必要な範囲を超える求職者の個人情報を同意なしに収集してはならない」と定められており、面接時に不適切な質問をすると違法となってしまう可能性もあり、緊張をほぐすための世間話のつもりでも避けるべきです。
厚生労働省は「面接で聞くべきではない項目」を以下のように挙げています。

参考:事業主啓発用パンフレット「公正採用選考をめざして」
https://kouseisaiyou.mhlw.go.jp/assets/pdf/basic/01.pdf?202504_04
特に訪問診療は、狭い車内やクリニックといった密な環境で多職種が連携する仕事です。
そのため、面接官にデリカシーが欠けていると、候補者は「現場でもハラスメントがあるのではないか」と強く警戒されてしまいます。
2. NG質問をすることによるリスク
NG質問をすることによるリスクは法律違反になるリスクだけではありません。
① 貴重な人材の採用失敗(機会損失)
候補者は、面接官のデリカシーのなさやコンプライアンス意識の低さを敏感に察知します。「このクリニックでは安心して働けない」と判断されれば、本来採用できたはずの人材を逃すことになります 。
②採用ブランドの失墜
医師・看護師のコミュニティは非常に狭いです。面接での不快な体験がSNSや紹介会社を通じて広がると、「あのクリニックはコンプライアンスの意識が低い」というレッテルを貼られ、今後の採用の障壁になりかねません。
3. 【具体例】NGまたはリスクが高い質問の言い換え
| クリニック側の本音 | NG例 | 言い換え例 |
|---|---|---|
| せっかく教育しても、産休・育休ですぐ抜けられると困る。 | 「将来、お子さんの予定は?」「結婚しても続けられますか?」 | 「差し支えなければ・・」など応えなくてもよい余地を設ける。 「長期的なキャリアパスを考えるにあたり、当院としてどのようなサポートができるかを知りたいため、お伺いしてもよろしいでしょうか?」 |
| 家族の体調不良などで当日の朝に欠勤されると、訪問予定が組めない。 | 「お子さんが熱を出した時、預け先はありますか?」 | 「オンコールや緊急対応について、現在の生活スタイルの中で懸念される点はありますか?」 |
| 一人での訪問や、過酷な家庭環境への入室に耐えられるか。 | 「訪問先には汚い部屋もありますが大丈夫ですか?」 | 「訪問診療では、病院とは異なり、患者様それぞれの生活環境に合わせたケアが求められます。多様な療養環境において、柔軟に対応されたご経験はありますか?」 |
| できれば居宅をやりたい医師に、施設診療も担当してほしい。 | 「施設も受け持ってもらえますか?」「施設も受け持ってもらえないと困るんですよね」 | 一方的な条件交渉ではなく、相互理解を深める「対話」を心がける。 「居宅・施設へのこだわりや、居宅を希望される理由はありますか?」 「地域のニーズに合わせて対応していますが、居宅・施設それぞれの対応は可能でしょうか。」 |
4. その他、候補者の心証を著しく下げる「もったいない」やりとり
応募者の情報を把握していない初歩的な質問
例:履歴書に記載しているにもかかわらず「これまでどんな科にいらしたんですか?」
人材紹介会社などから事前に共有があったにもかかわらず「当直はできますか?」「オンコールはできますか?」
印象: 「自分に興味がない」「準備不足で医師・看護師をリスペクトしていない」「情報が伝わっていない」と感じさせます。
対応策:面接前に履歴書や紹介会社からの共有事項を読み合わせ、把握しておくことが不可欠です 。
転職理由を無視した条件交渉
例:子供の送り迎えで17時以降の勤務ができないといっている医師に対し「急変で残業してもらう可能性がある」と残業の可能性を打診する。
印象: 候補者のニーズを無視した姿勢は、辞退に繋がります。
対応策:一方的な「交渉」ではなく、相互理解を深める「対話」を心がける。
5. 人材紹介会社(エージェント)を賢く活用する
デリケートな事項を確認したい場合、紹介会社を「緩衝材」として活用するのが有効です。
給与の条件希望や祝日のお休み希望、当直・オンコール対応依頼など、
面接で直接聞くと角が立つ内容は、エージェントを通じて事前に確認しておきます。
面接中に表情が曇った場面があれば、面接後にエージェントを通じて「何が懸念だったのか」を確認します。
直接は言いにくい給与条件や働き方の希望、本音を吸い上げやすくなります。
エージェントとの連携で注意したい特に「年収」に関する行き違い
法的なNG質問とは別に、人材紹介会社(エージェント)を介した面接で意外と多いのが、「年収」に関する発言です。
多くの場合、エージェントからは「条件交渉は後ほど行うので、面接では年収の話は控えてほしい」と事前に共有されることが多いです。
事務長もその意図を理解していますが、現場では院長への共有が漏れてしまい、院長が良かれと思って「希望の年収はいくらですか?」と直接聞いてしまうケースが少なくありません。
この「うっかり」の一言は、実は採用において大きな損失を招きます。
1. 候補者を困惑させてしまう
急に年収を聞かれると、候補者側からするとどう答えるのが正解か判断に迷い、強い心理的負担を感じてしまいます。
結果として、面接全体の印象が「デリケートな話を無遠慮に振ってくる職場」というネガティブなものになりかねません。
2. クリニックの「連携不足」が露呈する
「エージェントに伝えたはずのことが院長に伝わっていない」という事実は、先生の目に「情報連携ができていないクリニック」と映り、不安を抱かせる原因になります。
3. エージェントからの信頼を失う
エージェント側も、先生から「話が違う」と不信感を持たれ、自身の信頼を損なうことになり、エージェントも安心して先生を推薦できなくなり、最終的には「良い人材を優先的に紹介してもらえない」という悪循環に陥ります。
事務長や採用担当者に求められる「事前のすり合わせ」
「とにかく面接を無事に設定したい」という思いから、つい院長への念押しを遠慮してしまうこともあるかもしれません。
しかし、そこをグッと堪えて、面接前に候補者の情報共有をしておくことが候補者の信頼を守り、結果的に採用への最短ルートとなります。
5.Q&A
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Q
訪問診療特有の適性は、どう見極めればよいですか?
A訪問診療では、病院勤務と異なり、患者様の生活環境へ直接入ることに加え、
法人内の職員や地域の多職種(ケアマネジャー、訪問看護師など)との
円滑なコミュニケーションが求められます。
適性を見極める際は、以下の観点で確認することが有効です。
・面接時のコミュニケーションの取り方(傾聴姿勢、言葉遣い)
・礼儀正しさや身だしなみ
・初対面の相手に対する距離感や配慮
実際に会ってみて、
「この方が患者様のお宅に上がった際に、違和感がないか」
という視点で見ることが重要です。
また、訪問診療は個人プレーではなくチーム医療であるため、
・多職種と連携した経験
・意見の違いがある場面での対応経験
など、チームで診療を進めてきた経験を具体的に引き出す質問を行うと、
より実務に即した適性判断が可能になります。 -
Q
「将来の予定」に配慮しながら、キャリア継続性を確認するには?
A「将来どうする予定ですか?」といった直接的な質問ではなく、
働き続けやすい条件を候補者自身の言葉で語ってもらうことがポイントです。
例えば、
・「長く働くうえで、どのような環境だと安心して続けられると感じますか?」
・「これまでのご経験の中で、働きやすいと感じた職場の特徴は何でしたか?」
といった質問を通じて、候補者が重視している価値観や、継続勤務に必要な条件を把握します。
重要なのは、将来のライフイベントを“確認”することではなく、
法人側がどのようなサポートができるかを考える材料を得ることです。 -
Q
採用後のミスマッチ(早期離職)を防ぐための注意点は?
A面接は「候補者を見極める場」ではなく、
お互いの期待値をすり合わせる場と捉えることが最も重要です。
特に訪問診療では、
・オンコール体制の実態
・訪問件数や一日の流れ
・医師に求める役割
など「理想」と「現実」のギャップが生じやすいポイントを、良い面だけでなく大変な側面も含めて正直に伝えることが、
結果的に早期離職の防止につながります。
「入職後に知る」のではなく、「入職前に理解してもらう」ことが、
長期的に活躍してもらえる採用の第一歩です。










