地域のニーズに敏感に/変化を恐れない首都圏の地域医療|医療法人社団悠翔会 くらしケアクリニック城東 院長|田中 顕道 先生
- #キャリア
今回は、都心ながら下町情緒あふれる亀戸にある、医療法人社団悠翔会くらしケアクリニック城東院長・田中顕道先生にお話を伺いました。
田中先生がくらしケアクリニック城東の院長に就任してから約1年。地域の患者さんを外来診療から在宅診療までサポートしています。
地域のニーズに応えながら、変化を恐れずに新たなチャレンジを続ける田中先生の現在の活動や今後の展望についてお聞きしました。
医療法人社団悠翔会 くらしケアクリニック城東 院長
田中 顕道 先生
2013年熊本大学医学部卒業。2016年より熊本大学総合診療科の家庭医療専門医研修を開始し、公立玉名中央病院(現、くまもと県北病院)、熊本赤十字病院、安成医院等に勤務。2019年に上京し、東京城東病院総合診療科勤務を経て、2021年に医療法人社団悠翔会に入社。2023年6月よりくらしケアクリニック城東の院長に就任。一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医・指導医、一般社団法人日本専門医機構認定総合診療専門医・指導医。臨床の傍ら東京慈恵会医科大学・臨床疫学研究部で家庭医療の研究も行う。
地域に寄り添う働き方と親和性の高い家庭医療の道へ
私は九州の小さな町の出身です。私の父は地元で町医者をやっています。
父の影響もあって医師を目指すようになり、熊本大学の医学部に進学しました。決して優秀な学生ではありませんでした。
初期研修を終える頃には、救急や循環器内科、外科系に興味がありましたが、まだ進路を決めきれていませんでした。もう少し臓器横断的に経験を積んでから方向性を決めたいと思い、熊本大学の総合診療科に入局し、家庭医療専門医プログラムに参加しました。
どのような道に進むにしても、地域や人に寄り添える働き方をしたいという思いが常にありました。何でも相談にのる町医者の父の姿が、原風景にあったのかもしれません。
自分のイメージしていた「地域に寄り添う働き方」と「家庭医療」に親和性を感じ、家庭医療・総合診療を専門として続けていくことを決めました。
診療所の立場から地域医療の質を高めたい
家庭医療専門医を取得するため、熊本県内の診療所や総合病院で3年間の研修をした後に上京しました。江東区の亀戸にある総合病院の総合診療科に2年間勤務していました。
自分が総合病院で働いているときから、プライマリ・ケアを担う診療所が地域医療の中で重要な役割を果たしていることを強く感じていました。
総合病院と診療所とでは地域医療における役割に違いがあるため、視点にも違いがあります。
患者さんの緊急性の判断について、総合病院では主に疾患の重症度という視点で判断することが多いですが、診療所では患者さんの生活様式や家族の介護力などの視点も踏まえて判断します。
例えば同じ病態の患者さんであっても、独居の方とご家族との同居の方とでは、自宅で生活できる条件に違いがあるため、入院の必要性にも違いが出てきます。
総合病院と診療所がお互いにコミュニケーションを取り、このような患者さんのケアにおける視点の違いを理解し合うことで連携が強化され、地域の医療の質が高まります。
そのような中で、診療所はより重症度の高い状況に対応できる体制を構築しつつ、総合病院と対等な立場で連携し、役割分担をしていくことが重要だと考えています。
このような経緯があり「診療所の立場から地域医療の質を高めたい」という思いを持ち、くらしケアクリニック城東の院長をお引き受けしました。
現在は常勤医師が2名と非常勤医師が2名在籍し、外来診療と訪問診療の両方を行っています。
がんの患者さんの中には、総合病院での化学療法などの治療を終了した後、外来診療への通院を断られるケースがあります。
いわゆる積極的治療が終わり、緩和ケアを中心とした療養にシフトしていく中で、急性期を担う総合病院の外来診療とマッチしない状況になってしまうのです。
このような状況で、まだまだ外来通院ができる元気がある患者さんが訪問診療を選択せざるを得ないことがあります。そのような患者さんには外来診療で症状を緩和しながら、必要なタイミングで訪問診療にシフトし、同じ医師が一貫して担当できる当院のシステムがマッチしていると考えます。
多職種連携で患者さんだけでなく家族のケアも
私たちは患者さんの病気だけでなく、患者さんの生活や家族の生活にもきちんと目を向けたいと思っています。
私の担当している患者さんに脊椎損傷の男性がいらっしゃって、奥様と当時高校生の息子さんで介護をされていました。
昼間は奥様が介護して、夜は息子さんにバトンタッチして介護されていました。息子さんはいわゆるヤングケアラーでした。
そんな中、息子さんが高校3年生で大学受験の時期になりました。昼間学校に行って、夜は患者さんの介護をされていたため「受験勉強は大丈夫なのかな」と心配になりました。
奥様の負担も大きく「息子に気兼ねなく勉強する時間を作ってあげたいけれど、自分も体力的に昼夜を通して介護をすることは難しい」という状況でした。それを聞いて、受験まで少しの期間でもいいから、息子さんの負担を集中的に取り除きたいと思いました。
ケアマネージャーさんとも相談しながら、レスパイト入院*やショートステイを受験前の1〜2ヶ月の間に集中的に利用し、短期間でしたが受験勉強に集中できる環境を作れるようにサポートを行いました。
訪問診療で患者さんの家庭にお邪魔していると、時折このような状況に遭遇することがあります。そのような状況では、医師1人の力ではどうにもできません。
多職種の力を借りながら、患者さんとご家族の両方の生活の質を高めようとすることは、プライマリ・ケアにおいて重要な視点です。
このような視点が医療の範疇を超えていると感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、私たちのクリニックでは、そこも含めてプライマリ・ケアであり、患者さんやご家族を包括的・継続的に支援したいと思っています。
レスパイト入院*:在宅療養されている医療処置が必要な患者さんの家族の休息や負担を軽減するための一時的入院。患者さん自身のケアの見直しの機会にもなる
【ヤングケアラーの調査】
上:世話をしている家族の有無の調査
下:世話をしている家族が「いる」と回答した高校生で、平日1日あたりに世話に費やす時間の調査
引用)ヤングケアラーの実態に関する調査研究について|令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業
地域のニーズに敏感になり、変化を恐れず進化するクリニックへ
プライマリ・ケアの5つの理念の中の包括性の視点で、私たちのクリニックにまだ足りないことの1つが小児訪問診療だと考えています。
周辺の地域でも、小児訪問診療を実施している診療所が少ないと感じています。そのため現在実施している診療所に負担が集中している状況だと伺っています。
私たちもこの地域では新参者ですが、地域のニーズに合わせて自分たちができることを増やしていきたいと考えており、将来的に小児訪問診療にも対応していきたいと思います。
地域の病院やケアマネージャーさん、訪問看護の方とお話しする機会があれば、積極的に情報を交換し、地域のニーズを聞くようにしています。
最近では「輸血をやっていますか」と地域の総合病院からお話しをもらったところから、訪問診療で輸血を実施できる体制を整えて開始しました。
1つずつ地域と対話しながら「これがあったら助かる」ということをできる限りやっていきたいと思います。
【プライマリ・ケアの5つの理念】
I. Accessibility(近接性) 1.地理的 2.経済的 3.時間的 4.精神的 |
II. Comprehensiveness(包括性) 1.予防から治療、リハビリテーションまで 2.全人的医療 3.Commondiseaseを中心とした全科的医療 4.小児から老人まで |
III. Coordination (協調性) 1.専門医との密接な関係 2.チーム・メンバーとの協調 3.Patientrequestapproach (住民との協調) 4.社会的医療資源の活用 |
IV. Continuity(継続性) 1.「ゆりかごから墓場まで」 2.病気の時も健康な時も 3.病気の時は外来·病棟·外来へと継続的に |
V. Accountability(責任性) 1.医療内容の監査システム 2.生涯教育 3.患者への十分な説明 |
(引用)プライマリ・ケアとは?(医療従事者向け)|一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会より一部改変
私たちはいろいろなところに間口を広げ、変化を恐れずに常に挑戦していきたいと思っています。
「やれません」と言うのは簡単ですが、私たちはやれない理由を考えるのではなく、どうやったらやれるかを考えるように意識しています。
また、やる以上は一定の質を担保しなくてはなりません。自分たちのケアの質を高める努力を行いつつ、一方では自分たちの限界を知っておくこともプライマリ・ケアでは重要だと考えます。
プライマリ・ケアの5つの理念の中の「責任性」として、必要な状況では自分たちで抱え込まずに、適切なリソースに繋げることも行います。
求められているところや足りないところに対しては尽力しながら、地域のリソースの中で支え合い、補い合っていくことが大切だと考えます。