よい医療とよい経営は両立する|おうちの診療所・株式会社DTG|岩本 修一 先生
高齢化が進む日本では、在宅医療の需要が高まっています。現在の在宅医療業界を支えるトップランナーたちは、これからの在宅医療に対してどのような課題を感じているのか。
今回は、株式会社DTGの岩本修一先生にお話を伺いました。
岩本先生は「よい医療とよい経営は両立する」を理念とし、医療と経営のコンサルティングをおこなっています。また並行して、東京都のおうちの診療所で在宅医として診療もされています。
経営やマネジメントの視点から考える在宅医療の課題や、その解決方法、在宅医療に従事する経営者にとって必要なことについて教えていただきました。
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岩本先生へのインタビュー「キャリア編」(「在宅医・経営コンサルタントとして在宅医療の最前線を拓く」)はこちら
おうちの診療所 医師/株式会社DTG 代表取締役
岩本 修一 先生
広島大学医学部医学科卒業。福岡和白病院、東京都立墨東病院で勤務。2014年より広島大学病院 総合内科・総合診療科 助教。2016年よりハイズ株式会社で病院経営およびヘルスケアビジネスのコンサルティングに従事。2020年1月より株式会社omniheal/おうちの診療所目黒でCXO・医師として経営参画し、経営戦略、採用・人事、オペレーション構築、マーケティング、財務会計と在宅診療業務に携わる。2021年10月より株式会社DTGを創業し、代表取締役CEOに就任。
経営視点をもつ在宅医・岩本先生が考える4つの課題
-在宅医療における課題を教えてください。
私が、実際に在宅医療のマネジメントに携わるなかで考えることを課題としてご紹介します。全部で4つになります。
- オペレーションと生産性
- 人材確保と育成
- 増患とその最適化
- 診療の質の維持と向上
-今回は、「オペレーションと生産性」、「増患とその最適化」の課題についてより詳しくお伺いしました。
在宅医療における業務フローの見直しが鍵、DXは手段
-「オペレーションと生産性」の課題とは?
オペレーションとは、業務の手順や方法のことです。オペレーションを改善していくことで、生産性(労働生産性)を向上できます。外来医療と比較すると、在宅医療は業務の流れ(業務フロー)が複雑という特徴があります。そのためオペレーションや生産性の部分をどのようにマネジメントしていくかは重要な観点のひとつです。
オペレーション上の違いについて、外来医療との比較で説明します。外来医療の場合には、患者さんが院内にいる前提で、受付や検査、診察、会計……という流れで進んでいきます。それぞれの場所に医師や看護師がいて進んでいくため、オペレーション上は非常にシンプルだと言えます。
一方で、在宅医療の場合は車で移動して患者さんの家に伺い、診察して、処方箋をFAXで薬局に送って、薬局から薬を届けてもらって、そこから他の家にまた移動して、訪問看護などと連携して……といった流れになるため、オペレーションは外来医療に比べると複雑です。
こういったオペレーションをしっかり最適化するといいますか、改善し続けることは収益性に反映されてきます。また現場のスタッフの負担や疲弊にも影響しますので、オペレーションの設計は非常に重要だと思います。
-岩本先生は、自身のnoteで診療におけるデジタルトランスフォーメーション(以下DX)の実例を紹介しています。先ほどのオペレーションの課題を解消する方法のひとつとして、DXの推進について詳しく教えていただきました。
DXの推進は、在宅医療においても非常に有効だと思います。ただし重要なのは、単にデジタルやITを導入することではなく、オペレーションや働き方などを本質的に今より良いものにしていき、そこにデジタルを絡めていくことだと私は考えています。
私が今コンサルティングで関わっている福岡の在宅診療所でのDX成功事例をご紹介します。
その在宅診療所では、患者さんが急増して、スタッフ全員が大変忙しくなりつつある状況でした。
特に電話とFAXの対応に追われているという状況がありましたので、コミュニケーションツールであるSlackの導入支援をさせていただきました。
連携している薬局とのやり取りをSlackにしたり、薬局とカルテ閲覧の共有機能を用いて運用を整備したりすることで、電話の件数が大幅に減りました。診療所の皆さんからとても楽になりましたと。電話対応の時間が減り、ゆとりが持てたと嬉しい声をいただきました。
電話は、する側も取る側も同じタイミングでないとやり取りできません。電話を事務がとって医師に内容を伝えて折り返す、といった伝言を介するケースもあるため、手間もリスクも多くなります。
Slackのような連絡ツールを使うことで、非同期で直接コミュニケーションが取れる形になり、オペレーションだけでなく医療安全上の課題もクリアできます。
増患は診療の質の維持とのバランスが重要
-「増患とその最適化」の課題とは?
経営という観点で言うと、売り上げを増やして利益を出すことで、人材やシステムなどに投資ができるようになるため、「稼ぐ」というのは重要だと思います。その考えにおいて、患者さんを一定の数以上診る・増やしていくというのは損益分岐点*の観点で大事です。
損益分岐点*:コストを収益で賄うことができ、収支がゼロとなりこれ以降は利益が出る、という売上高のこと。
ただ一方で、患者さんを増やし過ぎてしまうと、診療の質が維持できなくなったり、現場が疲弊して現場のスタッフが辞めてしまったりと、組織が崩れてしまうこともあります。そういった面で最適化といっています。増患は経営面を支える意味で大切ですが、診療の提供体制や人材の確保、育成を踏まえた組織づくりとのバランスがより重要です。
-増患に対するアプローチは?
在宅医療業界では、他の事業所から紹介を受けるのが基本であるため、周辺の事業所とどのように信頼関係を築いていくかだと思います。その信頼関係を築く方法として、おうちの診療所の場合は、得意領域を伝える、実際にそれを診療で返すということだと思います。
信頼の築き方は診療所によってもさまざまですが、そのなかでどの診療所にとっても大切なのは「日頃の診療やケアに関するやり取り」です。患者さんの紹介を受けた時にどういう応対をするか、受けた後にどういった診療をするか。
ケアマネージャーや訪問看護の方であれば、実際に患者さんを診ていく時にどういった態度やコミュニケーションで臨むのかといったやり取りが信頼関係を築くのに重要だと思います。
そのなかで、「当院は緩和ケアの医師がいるので、そういうところは頼っていただいていいですよ」や「褥瘡ケアに詳しい看護師がいるので、ぜひ相談してくださいね」と当院の特徴をアピールすることもあると思いますが、差別化のポイントがあれば紹介が増えるという話ではないと思います。まずは診療を丁寧にすることが、信頼を築いていくのに重要なのではないでしょうか。
在宅医療の経営は課題解決にリソースを
-最後に、在宅医療に従事する院長や事務長といった経営陣が学ぶべきマネジメントについて教えてください。
在宅医療のマネジメントにおける論点としては、社会貢献、リソース配分、持続可能性の3つが大事だと思います。社会貢献はクリニック・診療所の多くが意識されています。
したがって、経営で意識して取り組む必要があるのは、リソース配分と持続可能性だと考えています。
今回はリソース配分について中心にお話しします。
ここでお話しするリソースとは、お金のリソースというよりは、院長や事務長といった経営者自身の時間のことです。優先的な課題に時間を使って、きっちり解決することが非常に大事だと思っています。
ただ、実際には院長自身が患者さんを診ていたり、事務長もトラブル対応で日々忙しかったり、目の前のタスクに追われがちというのが実情です。そこで、中長期に考えて重要なところにちゃんとリソースを投下することで、徐々に日々の問題が少なくなっていき、時間的余裕ができます。
一方で、リソース配分を間違えてしまうと現場のスタッフが疲弊して、組織が崩れてしまうことも考えられるため、経営会議などでリソース配分についてちゃんと考える時間を持つ、課題の優先順位を決めて、適切な時間を割り振っていくというのが重要です。