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在宅医療におけるグリーフケアのポイント|医療法人おひさま会 最高人材育成責任者|荒 隆紀 先生

  • #在宅医療全般
在宅医療におけるグリーフケアのポイント 医療法人おひさま会 最高人材育成責任者 荒隆紀

著者

荒 隆紀 先生

医療法人おひさま会 最高人材育成責任者

2012年新潟大学卒業。洛和会音羽病院で初期研修後、同病院呼吸器内科後期研修を経て、関西家庭医療学センター家庭医療学専門医コースを修了。家庭医療専門医へ。「医療をシンプルにデザインして、人々の生き方サポーターになる」を志とし、医療介護福祉領域の人材育成パートナーとなるべく起業。その他、関西で在宅医療を展開する医療法人おひさま会の管理医師・最高人材育成責任者として法人全体の人材育成/組織開発をしながら、新潟大学総合診療研修センターの非常勤講師として医学生教育にも従事している。著書:「京都ERポケットブック」(医学書院)、「在宅医療コアガイドブック」(中外医学社)

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そもそもグリーフケアとは何か

グリーフ(Grief)とは、「大切な人の死を含め、愛着を抱いていた人物や環境、身体機能などを失う喪失に対する反応の総称」であり、「死別後の心理的な回復過程を促進し,死別に伴う諸々の負担や困難を軽減するために行われる包括的支援」をグリーフケアと呼ばれます。本来、グリーフケアは、必ずしも死別体験者のみをケアの対象とするわけではないですが、死別した人への支援という意味で日本では浸透してきています。
(濱野佐代子『人とペットの心理学―コンパニオンアニマルとの出会いから別れ―』北大路書房,2020)
(坂口幸弘『死別の悲しみに向き合う―グリーフケアとは何か』講談社現代新書,2012)

なぜグリーフケアと呼ばれる特別な支援を行うべきなのか

その理由は、グリーフがあらゆる面で遺族にダメージを残すからです。

例えば、過去1年間に配偶者との死別を経験した人は、配偶者が健在な人に比べ、死亡率が男性で1.22倍、女性で1.03倍であることがコホート研究のメタ分析で示されています。(PLos ONE 6:e23465,2011) 

グリーフケアと複雑性悲嘆

どんな方でも死別というストレスフルな状況に対してグリーフは起こります。

一方で、複雑性悲嘆とは「死別の急性期にみられる強い悲嘆反応が長期的に持続し、社会生活や精神健康など、重要な機能の障害をきたしている状態」(NEJM 372:153-160,2015)を指します。

日本では、一般人口における死別後10年以内の複雑性悲嘆の有病率は2.4%と言われ(J Affect Disord 127:352-358,2010)、高血圧やがん、心疾患、自殺の危険性を高めるという報告があるため、単なる一過性の反応として処理するのではなく特別な対応が必要です。
 
DSM-5-TR(『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院),2023)では、複雑性悲嘆はPCBD(持続性複雑性死別障害)として「A 親しい他者の死」に加えて下記のB~E症状が12ヶ月持続しているものを診断基準として設定しています。

 B 分離の苦痛(故人への持続的な思慕やあこがれ、死に反応した深い悲しみと情動的苦痛、故人へのとらわれ、死の状況へのとらわれ)
 C 死に反応した苦痛、社会性/同一性の混乱
 D 臨床的に意味のある苦痛や機能障害
 E 文化や宗教、年齢相応の基準を超えている

例えば、死別後に正常な悲嘆の過程をたどることが困難といわれる特徴としては下記のような遺族が挙げられます。

  • 小さいこどものいる家庭で配偶者を失った遺族
  • 故人への愛着の程度が強い人や依存度が高い人、愛憎の入り交じった関係、故人との葛藤を解決できなかった遺族
  • 予測できない急激な死別を体験している遺族
  • 経済状態の低いあるいは社会的サポートが得られない遺族
  • 罪責感や自己批判の強い遺族


生活に密着した終末期ケアを実施している在宅医療のスタッフであればこそ、上記のような特徴のある遺族に対しては特に意識してグリーフケアを計画した方が良いでしょう。

そもそも人はどのような悲嘆プロセスをたどるのか

では、人は辛い出来事へ対処するために、どのようなプロセスを辿っていくのでしょうか?

これには、様々なモデルが考えられています。
特にわかりやすいのが、Stroebeらが提唱した「死別へのコーピングの二重過程モデル」(Death Studies 23:197-224,1999)です。これは遺族が故人を思慕して涙するような「喪失志向」と呼ばれる行為と、故人が不在の新しい日常生活を構築していくような「回復志向」の行動をとることの双方を行き来しながら、グリーフに対処していくというモデルになっています。

死別へのコーピングの二重過程モデル
ニーマイヤーRA(編),富田拓郎,菊池安希子(訳):喪失と悲嘆の心理療法ー構成主義からみた意味の探究,金剛出版,2007,p71より引用

こうした遺族の行動モデルを支える複数の社会システムも存在します。例えば、日本では、一般的に葬儀、初七日、四十九日、百箇日、一周忌などといった「喪のシステム」が存在します。
他のことは何も手につかず嘆いてばかりいる喪失志向が過度に優位な状態や、仕事などに没頭して悲嘆を回避している回復志向が過度に優位な状態などでは、悲嘆過程が進みにくいと言われているため、そういった視点で遺族を観察することができます。

グリーフケアの分類

グリーフケアとして、提供されるケアの内容に基づき下記の4つに分類されると言われています。

① 情緒的サポート→精神面に焦点をあてたケア
② 道具的サポート→家事や育児、経済的問題、法律問題などの負担解消
③ 情報的サポート→死別悲嘆への対処法などの知識や法律相談窓口や公的機関や民間組織が提供するピアサポートなどの紹介
④ 治療的介入→複雑性悲嘆のある遺族に対する専門医紹介、薬物治療、心理療法など
(坂口幸弘『増補版悲嘆学入門ー死別の悲しみを学ぶ』昭和堂,2022を参照)

全てが医療従事者でカバーできるものではなく、適宜必要な専門家と連携すべきことがよくわかると思います。

グリーフケアとしての自宅訪問のコツ

グリーフケアの実施時期に定まった基準はありませんが、筆者は配偶者と死別した人々で死後1ヶ月に50%、2ヶ月後には25%がうつ病と診断されたという報告(Oxford University Press,NewYork,pp321-334,2000)を参照して、グリーフ訪問の時期は概ね死亡後1ヶ月頃に設定することが多いです。

まずはご遺族に事前に連絡をし、約束した日時に伺います。
お線香をあげる際は、ろうそくの火から線香に火をつけ、左手で線香をあおいで火を消して、「おりん」を一度鳴らしてから合唱します。(蛇足かもしれませんが、浄土真宗本願寺派はお線香をあげる際に「おりん」を鳴らさず、神道の場合は線香そのものがないため二拝二拍手一拝を行います。卓越した在宅医の場合、仏壇をみると宗派がわかることもあります。)

また、個人的に良いグリーフケア訪問かどうかの指標として、訪問時に「喜怒哀楽の感情が遺族から表出されるかどうか」をポイントにしています。遺族の考えや思いを傾聴しつつ、亡くなった人への複雑な感情を感じることは自然な反応であることを保証するほどに、遺族は泣いたり、笑ったり、悔しがったりと様々な表情をされるものです。その全てが「死別へのコーピング」の大切なプロセスとして必要なものだと感じるからです。

もし仮に複雑性悲嘆を認めた場合は、精神科を含めた専門医紹介が望ましいと言われています。やむを得ない理由で受診を希望されない場合では抗うつ薬としてSSRIを用います。(Am J Psychiatry 164:1760-1761,2007)成人にはエスシタロプラム(レクサプロ®︎)として10mgを1日1回夕食後に経口投与することが多いです。年齢・症状により適宜増減しますが、増量は1週間以上の間隔をあけて行い、1日最高用量は20mgを超えないこととします。

まだまだ、診療報酬の整備や効果のエビデンスに関して発展途上の側面もある「在宅医療におけるグリーフケア」ではありますが、緩和ケアに関わる多くの医療従事者にとっての大切なケアの柱と思います。

今後ますます、国内においてグリーフケアの価値が見出され、それに対する研究などが蓄積されることを願っています。

参考文献

1)濱野佐代子 『人とペットの心理学―コンパニオンアニマルとの出会いから別れ―』北大路書房,2020
2)坂口幸弘『死別の悲しみに向き合う―グリーフケアとは何か』講談社現代新書,2012
3)PLos ONE 6:e23465,2011
4)NEJM 372:153-160,2015
5)J Affect Disord 127:352-358,2010
6)『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院),2023
7)Death Studies 23:197-224,1999
8)ニーマイヤーRA(編),富田拓郎,菊池安希子(訳):喪失と悲嘆の心理療法ー構成主義からみた意味の探究,金剛出版,2007
9)坂口幸弘:増補版悲嘆学入門ー死別の悲しみを学ぶ.昭和堂,2022
10)Oxford University Press,NewYork,pp321-334,2000
11)Am J Psychiatry 164:1760-1761,2007

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