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応急診療と在宅医療で松阪市の医療を支える|いおうじ応急クリニック院長|良雪雅先生

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三重県松阪市で、いおうじ応急クリニックの院長を務める良雪雅先生。
良雪先生は松阪市の救急医療崩壊を防ぐべく、10年に渡り地域の応急診療と在宅診療の推進に尽力されています。
良雪先生が開業された当時の松阪市は救急医療が逼迫しており、在宅医療においては十分な状況ではありませんでした。
在宅医療の後進地域であった松阪市で在宅医療を推進された良雪先生にお話を伺いました。

医療法人医王寺会 理事長
良雪 雅 先生

2011年三重大学卒業。2015年よりいおうじ応急クリニックを開設。
築150年の古民家に1歳半の子供と妻、ニワトリ11羽とアヒル4羽で暮らしています。
猟師。シカやイノシシを山で捕まえて食料を確保する。趣味は天体観測。いつか超新星を発見して「ウリボウ」と名前をつけるのが夢。

応急診療してわかった在宅医療の遅れ

―三重県松阪市で開業された経緯を教えてください

私は三重大学の医学部を卒業しました。卒業後関東で3年ほど過ごし、研修や地域活動をしていた2013年に、松阪市の救急医療が危ないという声がかかり戻ることになりました。
松阪市は地域の医師の高齢化で、医師会の運営する休日夜間応急診療所が人手不足になってしまっていたのです。
そこで私は知り合いの医師を集めて、休日夜間応急診療所の人員を補充するということに取り組みました。
1年間ほどやってみましたが、予想以上に大変でした。「もっと根本的なことをやらないとしょうがないな」と感じ、周りから背中を押されたのもあり、開業に至ったという経緯です。

私が開業したのが2015年の11月、医師として5年目の年です。
当然、医師としてはまだまだ未熟な年齢です。開業してから学んだことも非常に多かったですね。

―最初は応急診療専門クリニックとして開業されたのですよね

はい。松阪市の救急医療が崩壊しそうという状況であったため、応急診療専門のクリニックとして開業しました。
しかし成人や小児は多く来院されるのですが、高齢者が少ないということに気付きました。自宅で寝たきりの高齢者はそもそも病院に連れて行けない。施設にいる高齢者の中には、在宅医が看取りをせずに呼吸停止したら救急車で運んでいる、という方も少なくありませんでした。

松阪市は今となっては県内でも有数の在宅医療先進地域だと思いますが、私が開業した2015年当時は非常に遅れていました。在宅医療で賄える部分の多くを救急医療が肩代わりしており、高次病院も疲弊している状況だったのです。このような経緯もあり、開業1年後から在宅診療にも取り組むことになりました。

応急診療で築いた信頼で在宅医療を拡大

―在宅医療が浸透していない地域で、地域住民の反応や受け入れる救急病院との連携はいかがでしたか

市民や医療従事者でさえも、狭いコミュニティの中で「私たちはずっとこうやってきました」という意識だったため、それを変えることはとても大変でした。
地域の高齢者は「熱が出たら救急車を呼べばいいんやろう」と言い、施設のスタッフでさえ熱が出ただけで「なんで救急搬送しないんですか」という状況だったので。
ときには価値観が合わずに「もう来てもらわなくていい」と言われたこともありました。

救急病院は救急車の要請があったら断るわけにはいきません。松阪市には大きな基幹病院が3つありますが、1日3桁の救急車を受け入れていた病院もありました。そのような中、患者さんや施設と話し合いながら、何とか在宅医療を理解してもらいました。

病院との連携に関しては、開業してから応急診療で信頼関係は築いていたため、在宅診療はスムーズに開始できました。
患者さんの受け入れも「いおうじの患者さんなら」と受け入れてもらえ、逆に退院患者さんを紹介してもらったりもしています。

【松阪地区広域消防組合が発行する救急ガイドにもいおうじ応急クリニックは掲載されている】


引用)救急ガイド|救急車をよぶのはどんなとき|松阪地区広域消防組合

画一的な制度ではなく、それぞれの地域の「人」に焦点を当てた取り組みを

―2025年問題に向けてどのような体制作りが必要と考えますか

確かに一定の体制を作り、そこで医療者に働けと言って働いてもらうのが楽です。
しかし決められた体制というのは、どれだけうまく作っても必ず良くない部分が出てきます。制度の隙間に落ちる人、制度と制度の間でカバーされてない人が出てきてしまうのです。そしてそのしわ寄せは、地域の最も弱い人たちを苦しめます。

私は体制や政策を大上段から語るよりも、現場の人たちがいきいき働くということに心を砕くことが大切だと思います。現場のひとりひとりが患者のことを熱心に考えた上で、そこから出たニーズを管理職がくみ上げ、それに応じて施設全体が変化する。そういう施設を活かせる政策を実現させていけば、おのずと1番適した体制になってくると考えます。
誰かが体制を考えて「こうなるべきだ」というものより、みんながこうした方がいいと自然にできたものの方がいいと思います。
全国一律で同じような仕組みを現場に強制することで、現在これだけさまざまな地域差やゆがみが生まれてくるのですから。

私の提言としては、制度に焦点を当てるのではなく、人に焦点を当てるということです。
当時の松阪市長が「この若いやつにやらせてみよう」と私に声をかけてくれた。私の自由にやらせてくれて、予算を出してくれました。私たちのクリニックも、同じことを現場の社員にしていると思います。
だからこそ松阪市の在宅医療が、かつての後進地域から現在の先進地域になれたのです。

若い人たちがどんどん挑戦していけば、勝手に地域や世の中は変わっていくのです。ただそこで重要なのは、そういう現場を活かすための人間同士の信頼関係です。
互いに言うべきことを、きちんと勇気を持って伝えあう。管理職はひとりひとりの社員のことを知り、悩んでいる社員がいれば共感し、自分に何ができるのか考える。コミュニケーションとマネジメントが肝です。これができているところが非常に少ないと感じます。

―若い世代に地域医療に興味を持ってもらい、どんどん参画してもらいたいですね。先生は今後どのように活動される予定ですか

私は、院長の成長とクリニックの成長は一致すると思っています。
私も頑張るつもりではいますが、自身の中で1番伸びる時期は終わったのかなと。勢いでさまざまなことにチャレンジするというより、現状維持の思考に陥りやすくなる傾向を自覚しています。
その中で、自分の人生の目標である「人を救う」ということをどのように達成するか、今考えているところです。
医療以外の児童福祉や、もともと医師になったきっかけの国際的な展望も考えてみたいと思っています。

人の生きる本質が垣間見える地域医療

―自分で築き上げてきたものに固執しないところも良雪先生の魅力なのでしょうね。今日はありがとうございました。最後に地域医療を目指す若い医師たちにメッセージをお願いします

地域医療はすごくロマンがある仕事というよりは、むしろ泥だらけになりながら、粘り強くやっていく世界です。決してきれいで楽しい世界ではないと私は思います。
けれど同時に、地域医療というのは医療や人が生きるということの本質がある世界だとも思うのです。
「人の日常の幸せや苦しみ」
「家族と暮らすということはどういうことなのか」
「その家族が死んでいく悲しみ」
そのような人が生きる本質を真正面から見られる世界です。

泥だらけだけど、その泥の中から掬い上げる小さな砂金のような希望に私自身が救われることもあります。

もし興味があるなら当院でもどこでも、ぜひ一度見学に来てもらいたいですね。

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この記事を書いた人

岡村 奈津子

医療ライター/薬剤師。昭和大学薬学部卒。病院、ドラッグストア、薬局と様々な分野で経験を積み、現在は地域医療、在宅医療に注力。薬剤師として臨床の現場で働きながら、医療ライターを行っている。多くの人へわかりやすい医療の情報と、医療従事者の姿を届けるべく執筆活動中。

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