高齢者救急から在宅医療へ 診療看護師までの道とこれから|おひさまクリニック西宮|長瀬 亜岐さん
- #キャリア
大学院の修士課程で高度かつ専門的な知識とスキルを修め、患者のQOL向上のために医師や多職種と連携・協働し、倫理的かつ科学的根拠に基づいた診療をおこなう診療看護師(Nurse Practitioner:NP)。
2023年1月現在、全国で664名の診療看護師がプライマリ(成人・老年)、プライマリ(小児)、クリティカルの3分野で活躍しています。
今回は兵庫県西宮市のおひさまクリニック西宮に勤務する、診療看護師の長瀬亜岐さんにインタビューさせていただきました。
長瀬さんはなぜ診療看護師の道を志し、おひさまクリニックで働くことになったのかそのキャリアについて伺いました。
おひさまクリニック西宮 診療看護師・老人看護専門看護師
長瀬 亜岐 さん
2002年札幌医科大学大学院保健医療学研究科修士課程(地域看護学)修了。新潟県立看護大学・北海道医療大学で老年看護学の教員を経て、2016年に診療看護師(プライマリケア)・老人看護専門看護師を取得。2018年より大阪大学大学院で認知症研究に従事。脳外科・神経内科病棟、救急外来で臨床経験を積み、2023年よりおひさまクリニック西宮で訪問診療の世界へ。高齢者が最期まで安心して暮らせるための地域づくりを目指す。共著:「高齢者の飲んでいる薬がわかる本」(医学書院)認知症plus終末期ケアとACP(日本看護協会出版会)
診療看護師へ導いた“高齢者救急”
実は私、診療看護師ではなく専門看護師を目指していたんです!
専門看護師制度がスタートしたのは、私の看護学生時代のこと。当時まだまだ珍しかった専門看護師の方が、ホスピスでのがん患者の疼痛緩和ケアの実践とエビデンスを学生の私にもわかるように話してくれました。
私の学生時代は“緩和ケア”が十分広まっていませんでしたし、『いつかエビデンスのある卓越した看護実践ができる専門看護師になりたい』と思うきっかけになるできごとでした。
2002年に大学院修士課程を修了したあとは、臨床では救急外来の看護師として、大学では老年看護学の教員として勤務しました。大学では老年看護を築き上げてこられた恩師の背中から学ぶことも多く、どんな時でも"認知症当事者”の持てる力を主軸にし、『自立』『尊厳』を大切にする認知症ケアを教育・研究・実践を通して経験できました。さらに認知症高齢者の摂食嚥下障害の研究や、胃ろう離脱を導くケアプロトコールの開発にも携わったんです。高齢者が最期まで美味しく食べるためのケアの重要性を学び、看護を深めることができた貴重な時間でしたね。
2007年頃でしょうか……"高齢者の救急搬送受け入れ困難”が話題となりました。同じ時期には、祖母が10件以上の病院から救急搬送の受け入れを断られてしまったんです。断られた理由は“祖母が認知症だった”から。
そのことがきっかけで老年の急性期医療である“高齢者救急”に取り組みたいと思い立ち、ERで働きはじめました。
ERは地域から医療に繋がる入口の一つです。病気が治ったら地域に戻りますが、特に高齢者は一度入院してしまうと自宅に帰ることが難しいケースも少なくありません。また、事前にDNARの意志を確認していても、蘇生されながらERに搬送される高齢者を何人も受け入れました。その度に「本当に患者さんが望んだ最期の姿なんだろうか……」と心がモヤモヤするんです……。
そのほかにも施設入所中の高齢者が夜中に発熱して、ERを受診するケースがありますよね。施設スタッフの送迎が、スタッフや施設の負担になっていないかと逆に心配になってしまって......。『直接施設に訪問して医療的なアセスメントをして、必要に応じて採血等の処置やケアができたら、患者さんにもスタッフにもベストな医療が提供できるのではないか?』と考えるきっかけになりました。
あらためて高齢者に必要な医療を勉強しなおしたいと、別の大学院に進学しました。進学先には“専門看護師コース”と“診療看護師コース”が併設されていました。高齢者が大切な人たちと、最期までよりよい時間を過ごすお手伝いをするという夢の実現に向けて、両方の単位を取得することにしたんです。
念願の診療看護師コースでは、アメリカの診療看護師資格を持つ教員や実習指導担当の医師から、看護の視点でする診療の面白さと責任の重みを教えいただきました。
ある救急実習では、窒息で施設から救急搬送された高齢者の症例を担当しました。救急隊の的確な処置で病院到着時には、いつもと変わりない状態に回復していました。実習指導担当医と胸部CT画像を確認すると気管内に何かあったんです。吸引してみると、なんと"甲殻類の殻”のようなものが……。同行していた施設スタッフに食形態について情報収集し、嚥下機能評価をしたうえで、施設の管理栄養士と食形態を相談するようにお伝えして施設に帰っていただきました。そのときに診療看護師は医師とは違って生活視点での診療ができることを実感し、大学院卒業後は絶対に診療看護師として働きたいと思うようになりました。
病院では見えない“その人らしさ”がわかる在宅医療
訪問診療では、診療看護師と老人看護専門看護師として学んだことをもとに患者・家族から直接お話をうかがいます。さらに言葉で得られる情報だけでなく、『家』という生活空間に入らせていただいて、玄関の靴、段差、壁にかけられている絵や写真といった自宅を訪れてこそわかる生活の様子にも触れながら、家族関係をアセスメントします。
病院と大きく異なるのは情報量が半端なく多いこと!病院ではわからなかった、その人らしさや生きざまがありありと見えてきて、その差が在宅医療の面白さの一つだと思っています。
また従来は『専門家に任せた方がいい』と思っていたがん症例を担当するケースも、少しずつ増えてきています。いろいろな思いを抱えながら『家』に戻られる患者・家族一人ひとりと向き合います。限られた訪問時間の中で、病気の進行や予後を見据え、タイミングを見計らいながら環境調整をしていくことにとてもやりがいがあるんです。その上で治療を考えていくことが、診療看護師としての専門性ではないかと思いつつ……。患者・家族の本音を引き出し、どうすれば最善の医療を届けられるのかをスタッフみんなで試行錯誤することも楽しいですね。
診療に専念できる理想的な職場“おひさまクリニック”
おひさまクリニックは兵庫県内に4ヶ所、大阪府内に1ヶ所あります。医師・看護師だけでなく、薬剤師・ソーシャルワーカー・管理栄養士・医療事務・訪問診療専属ドライバーが在籍。クリニックなのに総合病院レベルのスタッフが揃っている、とても理想的な環境です。
医師は荒先生を筆頭に、6名の家庭医が在籍しています。家庭医たちは患者の全体像をとらえていくうえで、医学的側面だけではなく心理・社会的側面・家族関係も大切にしながらアセスメントしています。看護との親和性がとても高いですし、総合診療の知識・経験が豊富な家庭医たちは相談しやすく頼りになる存在です。
訪問診療の対象はがん・難病・医療ケア児・精神疾患など、病状も年齢も多岐にわたります。在宅医療現場で働くようになってはまだ日は浅いですが、知識や経験を総動員して一人ひとりの患者に向き合う日々です。診療後は、車内でスタッフとディスカッションをします。これは、訪問診療にドライバーが同行してくれるおひさまクリニックだからできること!ディスカッションを通した学びは多く、アセスメント力がこの1年で強化されましたね。
またおひさまクリニックには、“伴走医療”という理念と”今日も誰かの人生と。”というスローガンがあります。よく“寄り添う”と看護の世界ではいいますが、お節介になりすぎているような、少し近すぎる感じがしていたんです。でも“伴走”は一緒に走っていく感じで、あくまでも主体は患者と家族というのがわかるというか……、時にはちょっと先を先導したり、逆に後ろからサポートしたり……。対象者のペースに合わせて最善の医療・看護をしようとチームで協力できているのが、おひさまクリニックの訪問診療・在宅医療のステキなところだと思います。
一人でも多くの人の笑顔のために
さまざまな出逢いや経験が、私を訪問診療・診療看護師へ導いてくれました。これからも変わらず患者・家族と向き合い、それぞれが望むことを知り、一人でも多くの笑顔のために諦めずにその望みを叶えていきたいです。そして地域が抱えている課題にも目を向け、Community Basedでの課題解決をしていきたいなと思っています。
また、在宅医療は研究テーマの宝庫だと実感しています。診療看護師としての日々の実践も大切にしたいですが、どんな時も研究者としての視点を忘れずにいたいです。
多死社会を迎える現在、まずは救急搬送を減らすために訪問診療ができること、おひさま会としてできることに診療看護師として取り組んでいきます。
(取材・文 小田あかり)