キャリア/ワークスタイル

へき地の地域課題に多角的アプローチで挑む|国民健康保険深浦診療所 |平野貴大 先生

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へき地の地域課題に多角的アプローチで挑む|国民健康保険深浦診療所 |平野貴大 先生

今回は、国民健康保険深浦診療所の平野貴大先生にお話を伺いました。

平野先生は総合診療医として地域医療に携わりながら、行政や認定NPO法人の職員として地域づくりにも貢献されています。
地域課題へ多角的な視点から挑戦する平野先生のキャリアについてお話しいただきました。

国民健康保険深浦診療所 医員
平野 貴大 先生

自治医科大学を卒業後、総合診療医として地域医療に従事し、少子高齢化対策としての「地域づくり」に貢献。この経験から、認定 NPO 法人ムラのミライに加わり、メタファシリテーションの講師、研修事業の企画・運営を手がける一方で、総合診療医としても地域医療に貢献を続ける。また、へき地において現場で継続的に利用される遠隔医療の実装を目指し活動中。青森県庁において保健医療政策アドバイザー、へき地オンライン診療支援アドバイザーも併任。

地域医療に携わりつつ行政やNPOの職員としても地域に関わる

ーこれまでの経歴を教えてください

自治医科大学を卒業後、9年間の義務年限※としてへき地医療に携わりました。

まず青森県立中央病院で2年間の初期研修を行い、次に国民健康保険大間病院に3年間勤務しました。後期研修では、弘前大学附属病院の総合診療部に勤務しながら、弘前大学大学院の総合診療医学講座の社会人大学院にも入学し、1年間在籍しました。

翌年に中泊町国民健康保険小泊診療所で1年間所長として勤務。その翌年に大間病院へ戻り2年間勤務しながら、副院長、院長と務め、9年間の義務年限を終えました。

2023年からは国民健康保険深浦診療所に週3日勤務しつつ、行政とNPO職員の仕事を兼務し、現在に至ります。

※義務年限:医学部卒業後は、出身都道府県に戻り、一定の期間を知事の指定するへき地等の公的医療機関で医師として勤務すること

ー行政の仕事に携わるきっかけを教えてください

地域づくりに関する活動に取り組む中で、行政の方と接点をもったことがきっかけです。

学生時代にワークショップを経験し、みんなで一つのテーマを話し合い、何かをアウトプットする手法に楽しさを見いだしていました。多職種連携や総合診療に関する勉強会でワークショップが開催されることが多く、参加したり運営・企画をさせていただいたりしていました。卒業後もそういった勉強会に参加したかったのですが、青森県に戻ってすぐは、開催している団体などが見つからず、そうした中で、自ら勉強会の企画に携わる機会を得たので、多職種連携や総合診療などの勉強会を始めました。

はじめは多職種連携をテーマにしていましたが、自治医大の義務年限で地域医療を目の当たりにして、医療・介護と住民のくらしとの距離をもっと近づける必要性を感じ、地域づくりをテーマに勉強会を開くようになりました。

そうした中で、県内で地域のために尽力したいと考える方たちを集めた「青森サミット」の登壇者としてお呼びいただいたことをきっかけに、運営にも関わらせていただくことになりました。ここに行政の方も参加されていたことがきっかけとなり、義務年限があけたタイミングで県庁に政策アドバイザーとしてお声がけをいただきました。

地域づくりに関する活動を通して行政との接点ができ、そこから行政の施策へ関わることになりました。

ーNPO職員として働いたきっかけについても教えてください

さきほど地域づくりに興味があって勉強会を開いていたという話をしましたが、特に住民が主体となって地域づくりを進めていくことが大切だと感じていました。専門家が主導になると、その人が退職や異動をしてしまった後、活動が続かなくなる場合があるからです。しかし住民が主体と言っても、具体的にはどのように主体性を引き出せばよいのかわからず、悩んでいる時期がありました。

そのような中「対話型ファシリテーションの手ほどき」という本に出会ったのです。この本で紹介されている「メタファシリテーション」というアプローチは、まさに私が求めていた手法でした。住民から丁寧に事実を聞き取ることで、住民が自ら課題を発見することを促し、住民の自己決定・合意形成により主体性を高めるというアプローチです。早速この手法を学び、ワークショップなどに取り入れていきました。

義務年限中は、長期的な事業に参加できない、企画からじっくり参加できないなどの制限がどうしてもあったので、義務年限終了をきっかけにムラのミライにお願いして、一緒に働かせていただくことになりました。

メタファシリテーションに出会ったことで地域づくりの新しい手法を学ぶことができ、ムラのミライ自体とも関係性が生まれました。

先入観をもたずに事実を聞くことがニーズの把握には重要

ーメタファシリテーションの手法である「事実の聞き取り」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか

メタファシリテーションは、従来の「困りごとを直接尋ねる方法」と大きく異なっています。淡々と事実を聞き取ることで、相手が自らを客観視できるようになり、本来のニーズを言語化できるようになります。
発展途上国支援の例を用いて説明しましょう。

ある村の住民に、従来の方法で「何か困っていることはありますか?」といった直接的な質問をしたところ「井戸がほしい」という要望が出ました。そこで支援者は、飲み水に困っていると思い、要望通り井戸を作ったのです。しかし、数年後には誰も井戸を管理しておらず、壊れてしまったというケースがありました。

一方、メタファシリテーションの手法を用いた場合「水はどこでくんでいますか?」「誰が水をくみに行きますか?」「どのくらい時間がかかりますか?」といった、事実をベースに質問します。この手法を用いたところ、実は飲み水に困っていたわけではなく「農業用水が必要だった」という、住民も今まで気づいていなかったニーズがわかりました。

住民の潜在的なニーズと支援者が考えるニーズに乖離があったのは、支援者が「水道や井戸がないと飲み水に困るはずだ」という先入観をもっていたことが一つの原因です。相手の潜在的なニーズを知るためには、抽象的な「困りごと」を聞くのではなく「実際の生活実態」を聞き出すことが不可欠です。

当たり前かもしれませんが、ニーズというものは、顕在化していたら住民はすでになんらかの対応をしていることがほとんどです。潜在的なニーズは、そこに暮らす住民にも支援に入ったばかりの支援者にもわかりません。だからこそ事実を聞く質問の繰り返しによって、生活実態を明らかにし、住民自身の気づきを促し、自分たちの状況を客観的に見つめ直す機会をつくり、自己決定や当事者の合意形成を促します。

これがメタファシリテーションの基本的な手法です。

ー平野先生は、地域づくりの中でメタファシリテーションを活用されているのでしょうか

現在私自身としては地域づくりの現場がないので、直接使っているわけではありません。これから現場でこの手法を使おうとしている人たちに向けて、講師として使い方を教えています。

日本の地域づくりも途上国支援においても、支援者は住民の方に「こうなってほしい」という気持ちが強ければ強いほど「何に困っていますか」「どうしたいですか」といった聞き方をしてしまうものです。しかし地域のみなさんも、自分たちが何に困っているかわからないケースがたくさんあります。

支援者は専門的な知識をもっているので、どうしても少し上から目線で「こうすべきですよ」と言ってしまいがちです。健康でいてもらいたいと思うので、勉強会や体操教室などを開催するのですが、実際は地域の方が求めていない場合もあります。支援者から必要だと何度も言われるので、住民の代表者が活動を始めることもあります。しかし、自分から始めたことでなければ負担になってしまい、そのうち活動自体が続かなくなってしまうこともあるのです。

支援者が主導になる地域づくりでは、支援者の赴任先が変わったり、金銭的なサポートがなくなったりするだけで活動が続かなくなります。そういった問題を考慮すると、住民が主体になって行う地域づくりは時間がかかるかもしれませんが、場所や人材に左右されないメリットがあります。

そのためメタファシリテーションの手法を用いて、対話ができる人を養成していくことが重要だと思い、そのお手伝いをしています。

誰もが住みやすい地域を目指す

ー臨床と行政とNPO活動、さまざまな活動をどのように取り組まれているのでしょうか

いろいろなところに所属していますが、実は目的は一つです。少子高齢化の進展を見据え「誰もが暮らし続けることができる地域をつくる」ことを意識しています。少子高齢化においても継続して暮らし続けるための、仕組みやシステムをつくりたいと思っています。今つくろうとしているシステムの一つとして、住民主体の地域づくりや、行政の仕事で行っているオンライン診療といったものがあります。

また、地域医療の現場で患者さんやスタッフに関わることで少子高齢化の影響が実感できると思っており、総合診療医として地域医療にも医師として関わり続けたいと思っています。

ーお仕事で大切にしていることや、今後取り組んでいきたいことを教えてください

何かシステムをつくるのであれば、それが現場の役に立つものであるべきだという考えを大切にしています。ポイントが3つあり、まず1つ目は結果が数字やロジックで示されることです。楽になった、助かったという結果が客観的にわかるような形にしたいですね。

2つ目は、現場に受け入れてもらえることです。斬新すぎて突拍子もないシステムではなく、今までやってきたものを少し変えるだけで対応できるものにすることです。

3つ目は、着任したスタッフが誰であっても無理せずに成り立つシステムであることです。今までいた人間が欠けたらできなくなってしまうのではなく、人が入れ替わっても継続できるシステムになればいいと思います。

こういったポイントを踏まえることで、みんなに大事にしてもらえるようなシステムをつくることができればと思っています。

ー平野先生にとって地域医療とはどのようなものでしょうか

地域医療の中でも、特にへき地医療は少子高齢化や医師・医療スタッフ不足といった、今の社会課題に直面しているという点では最先端にあると思っています。そのため、地域医療において個別の問題を解決することは非常に価値があります。

たとえば「患者さんへのケアの質が向上した」「スタッフが働きやすくなった」といった事例は、働き方改革の好事例としてほかの医療現場で役に立つ可能性があります。

地域医療は、医療技術や治療という観点からは最先端の対極にあるかもしれませんが、医療の運用という観点では、課題の最先端であると思っています。地域医療の現場での取り組みが、将来の医療システム全体の改善につながることを祈っています。

この記事を書いた人

すずや

医療・介護ライター/理学療法士。2008年理学療法士免許取得。介護老人保健施設に勤務し、入所・通所・訪問リハビリに携わる。理学療法士として働くかたわら、ライター業を行う。保険制度や医療・介護系職種のキャリア、疾患やリハビリについての記事作成を専門とする。

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