キャリア/ワークスタイル

処方調整、看取り対応など嘱託医の力量次第で介護施設は変わる|医療法人忠恕 春日部在宅診療所ウエルネス院長| 笹岡 大史先生

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笹岡大史先生は、春日部在宅診療所ウエルネスの開業前に、大学病院の循環器内科部長を経て介護保険施設の一つである介護老人保健施設の施設長に転身するという経歴をお持ちです。在宅医となった今も、特別養護老人ホームの嘱託医を務め、今の介護施設での医療のあり方、報酬には課題を感じているとのこと。その内容について詳しく伺ってみました。

医療法人忠恕 春日部在宅診療所ウエルネス 理事長・院長
笹岡 大史 先生

大学病院で循環器内科部長を歴任した後、介護施設長を務め、精神科病院で内科医としても経験を積む。その後、春日部在宅診療所ウエルネスを開設し、在宅医療を中心に診療。小児科から内科まで幅広く対応し、大学院経営管理研究科で介護医療制度や経営管理も学び、セミナー活動を通して在宅医療の啓発に取り組む。終末期医療や緩和ケアにも注力し、地域医療に貢献している。

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処方の見直しで薬の量が半分に

―開業前に施設長を務めていた介護老人保健施設はどのような施設でしたか。

介護老人保健施設は急性期病院等での治療を終えた人が維持期のリハビリテーションを受けて在宅復帰するための中間施設です。施設長就任前に見学したときには、リハビリ職の人数が多く、若い職員が活躍しているという印象を持ちました。

ただ、前任の施設長が精神科医だったせいか、向精神薬が投与されている入所者が多く、日中寝ている人が多かったんですね。それで内科医の目で処方内容を見直したところ、薬の量が半分ぐらいになり、救急搬送件数も1/3に減りました。管轄の消防署が「最近救急要請が少ないが、何かあったのか?」と問い合わせてきたくらいです。

―それは劇的な変化ですね。それまではなぜそのような処方が続いていたのでしょうか。

高齢者はよく痛みを訴えます。痛いと言われると痛み止めを胃薬とセットで処方する。介護職員から夜中になかなか寝ないと言われると、向精神薬を処方する。それが積み重なって、日中、眠っている人が多い状況になったのだと思います。

―その状況が当たり前になっていたのですね。一方、救急搬送はどうしたら減らせるのでしょうか。

高齢者に多いのは感染症です。口腔ケアなどの予防も大切なのですが、例えば少し食欲が落ちてきたときに、何かおかしいぞと気づいて聴診し、抗生剤を投与すれば重症化せずにすみます。それを見過ごしてしまうと、施設の中で管理できなくなり、救急要請するしかなくなってしまうのです。

向精神薬も使い過ぎると麻酔がかかったような状態になりますから、誤嚥しても気づきません。それで、肺炎になりやすいのです。向精神薬を使わないようにすると、肺炎も減りますから、救急車を呼ばなくてすむようになります。

それと、施設での看取りを増やしたのも救急搬送が減った一因ですね。

―施設で看取ると救急搬送が減るのですね。詳しく聞かせていただけますか。

施設長を引き受けた当初、施設で呼吸停止の状態で見つかった入所者がいました。職員が救急車を呼んだのですが、四肢が拘縮していて搬送の適応ではないと言われ、警察が来たのです。現場検証で職員が警察官に事情聴取を受けることになりました。

その入所者は古い脳梗塞で片マヒがあり、もともと拘縮もありました。それを救急隊が死後硬直と判断して、早期発見できずに放置していたかのように見られてしまったのです。ショックですよね。一生懸命介護してきたのに、最後に警察から事情聴取を受けて終わるなんて。

それで僕は、ターミナル期にある入所者は家族を呼んで、「最後だけ入院させるより、うちの施設で見させていただいていいですか」という話をすることにしました。そうして静かに旅立つ人を増やしたのです。これで、病院で死亡診断をしてもらうためだけの「看取り搬送」が減りました。看護職員も夜中にオンコールで呼ばれることが少なくなり、負担が減ったと思います。

医師がきちんと介入して家族の承諾を得ておけば、看取りは怖くないですし、トラブルも起きないと思います。

施設看護師のオンコール対応を廃止

―医師がきちんと介入できるかどうかがポイントですね。今、嘱託医を務めていらっしゃる特別養護老人ホームでは、どのように対応されていますか。

夜間、入所者に異変があったとき、多くの施設では看護職員が介護職員からの連絡にオンコール対応して、看護職員から嘱託医に連絡が来るという流れだと思います。でも、当院では看護職員ではなく介護職員から直で当院の看護師に連絡をもらうようにしています。連絡を受けた当院の看護師が施設の介護職員に状態を確認し、情報を整理してから僕に連絡が来る体制です。

―介護と医療の連携がうまくいかないという話を耳にすることがありますが、そうしたことはありませんか。

当初は、体温、血圧、脈拍を測らずに連絡してくる職員もいたと思います。そうした職員には、測ってから連絡してほしいと繰り返し伝えていくことも大切です。今では、バイタルを測って記録してから当院に問い合わせることがマニュアル化されていると思います。そういう体制が整えば、特に困ることはないですね。

介護職員は胸の音を聞いたり、おなかを触診したりすることはできません。ただ、表情が苦しそうだとか、付随症状はわかります。医師は入所者の状態を普段からよく見ていれば、介護職員からのそうした情報だけでも十分判断できます。

日頃から口腔ケアと褥瘡予防には、力を入れて様子を見ています。また、過剰な点滴をしなければ、吸引が必要になる方もほとんどいません。それに、老衰で旅立ちそうな方は、前もってご家族に夜10時を過ぎたら翌朝看取り対応することをお伝えして、了承を得ています。だから、夜中に電話をもらうことは週1回あるかないか。昼間にきちんと診て指示を出し、対応しておけば、夜中にバタバタすることはほとんどないですね。

当院に直接連絡をもらうようにしたことで、施設の看護職員はオンコール対応がなくなり、看護師採用がしやすくなりました。今は稼働率100%と、経営状態も良くなったと聞いています。また、有料老人ホームの入居者の訪問診療もしていますが、そちらも今は介護職員から直接オンコールを受ける契約に変更してもらっています。

ただ、こうした対応は在宅療養支援診療所だからできることでもあります。

―開業医の先生が施設の嘱託医だと、タイムリーな対応が難しいこともありますね。

外来中は、問い合わせを受けてもすぐには対応できないですからね。医師が悪いわけではないのに、「聞いてもなかなか答えてくれない」という話になる。それなら、開業医ではなく在宅医に嘱託医を依頼すればいいのです。僕はチャットソフトを使って施設や訪問看護師などの連携先とやりとりしていますが、訪問先への移動中もチャットをチェックし、問い合わせにはできるだけ早く答えるようにしています。

情報発信で在宅医療の意義を広く伝えたい

ただ残念なことに、施設の嘱託医は引き受けたくないという先生は少なくありません。その背景には、施設入所者は病態管理が難しいという思い込みもあります。でもそれ以上に、入所者1人あたりの報酬単価が低いことが大きいですね。嘱託医の報酬は、各施設が設定して契約するのですが、在宅患者さんの1/4~1/6くらいです。いい医療体制を整えている施設には、嘱託医の報酬に充てられるよう加算がつくような制度設計になるといいのですが、なかなか難しいですね。

―今、医療依存度が高い高齢者の行き場がないと言われています。嘱託医の先生の対応次第で、受け入れ可能になることもあるのでしょうか。

僕は循環器内科医なので小型エコーで心臓の状態を確認できますから、施設でも心臓疾患がある方の病態管理が可能です。在宅医に循環器専門医がいると、施設では受け入れ困難と思われていた心不全で入退院を繰り返している方やペースメーカーを入れている方など、受入れの幅は広がると思います。

今の研修医世代は研修カリキュラムに地域医療が入っています。当院にも同行研修に来てくれているのですが、そういう先生方が中堅以上になると、地域医療に対する考え方も変わってくるかもしれないですね。

施設も含め、病院ではない場での療養は病院から見えないので、勤務医にはイメージしにくいのです。地域に返してどうなるのか。何のために在宅医療が必要なのか。地域で受け入れて対応可能なのか。僕も勤務医の時にはよくわかっていませんでした。

勤務医も少しずつ変わり始めていますが、まだ啓発不足だと感じます。定期的に訪問し、異変に早く気づいて早く処方調整などをすることで入院を防ぐことができるのが在宅医療です。そんな在宅医療の意義を多くの人に伝えていきたいですね。

介護老人保健施設の施設長をしていた頃から、年5回勉強会を開催していますが、こうした活動などを通して、これからも学びと情報発信を続けていきたいと思います。

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この記事を書いた人

宮下 公美子

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士 早稲田大学卒業後、求人広告制作に携わり、その後フリーに。介護保険制度創設前後より介護分野で取材活動を行いつつ、社会福祉士、臨床心理士、公認心理師の資格を取得。取材執筆と並行して、成年後見人、クリニック心理士としても活動している。著書は『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)など

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