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社会的処方×まちづくり|草の根ささえあいプロジェクトが実践する地域づくり

  • #地域連携
社会的処方とまちづくり 草の根ささえあいプロジェクトが実践する地域づくり

著者

水谷 祐哉

医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカー
みえ社会的処方研究所 代表
一般社団法人カルタス 理事

理学療法士として病院勤務後、自治体とともに暮らしの保健室設立に携わる。2020年より任意団体 「みえ社会的処方研究所」を運営し、地域資源を活用した社会的処方の実践をおこなっている。現在は、医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカーとして活動。自治体と共に社会的処方に関する研修の企画・運営にも取り組んでいる。

今回の記事では、愛知県名古屋市を拠点に活動されている一般社団法人草の根ささえあいプロジェクトをご紹介します。

草の根ささえあいプロジェクトは「誰もがありのままを認められる暮らしの中で、ひとりひとりの小さな一歩を大切にしあえる社会にしたい」という理念のもと、制度や支援の手が届かずに社会的孤立や貧困に苦しんでいる方の支援に取り組まれています。

事業の始まり

事業の始まりは、2011年に代表の渡辺ゆりか氏が社会活動家の湯浅誠氏のワークショップに参加したことでした。

ワークショップでは制度や支援の狭間の「穴に落ちた人々」の存在について話されたそうです。穴に落ちた人々とはどのような人達を表すのか、参加者は最初は想像ができなかったそうです。そこで、湯浅氏はそれらの人々について「分かっているけれど、仕方がないよね・・・」と表現されている人達と置き換えて説明しました。すると、参加者はその存在に気づくことが出来たと言います。

ワークショップ受講後、「穴に落ちた人々」に対して出来ることを模索するため、仲間と共に「穴をみつける会」という勉強会を発足しました。活動を通して仲間を増やしていき、草の根ささえあいプロジェクトは誕生しました。

現在の取り組み

現在の取り組みは、①調査・研究事業 ②現場支援 ③社会活動 の3つの事業を主軸に活動を展開しています。
以下にそれぞれの事業について詳細を説明していきます。

① 調査・研究事業 -社会的孤立の視える化-

草の根ささえあいプロジェクトでは、現場支援だけでなく、支援を通して穴に落ち、社会的孤立や貧困を経験した人々がどのような経過をたどり回復に至ったのかプロセスを明らかにすることを目的とした調査研究も行われています。

これまでの支援者の調査において明らかとなった孤立の要因が「孤独の川」の存在です。下図では、発達障害などの個人特性、経済困窮や虐待などの環境特性により、”人から理解されない”という経験が積み重なることで、孤立の川を渡り社会とのつながりを徐々に失う経過を説明しています。

社会的孤立や貧困、引きこもりなどの状態にアプローチすることは重要ですが、その背景を明らかにし、当事者を理解することも重要な当事者支援と言えます。


(引用)草の根ささえあいプロジェクト ホームページ

② 現場支援について

調査研究事業において、孤立の川の存在を明らかとしたことで、支援ではその川を渡ることを予防する支援、あるいは孤立の川を渡った後に戻ることが出来る支援を目指して事業を展開されています。事業は、草の根ささえあいプロジェクトが名古屋市より委託を受け、「子ども・若者総合相談センター」として運営され、相談支援、生活支援、就労支援に取り組まれています。

主な支援対象者は子ども・若者とその家族となっており、名古屋市在住の方の相談に応じるワンストップセンターとしてあらゆる相談に応じています。問題解決のために、来所相談のみならず、アウトリーチ、同行訪問、ボランティア活用、就労支援、支援機関開拓等を実施しています。困りごとを抱える人やそのご家族が安心して暮らすことの出来る社会の実現の為に精力的に活動を展開されています。

<<主な事業の紹介>>

a.オーダーメイドな個別支援
現場支援では、支援者は相談者にとって社会との接点となる重要な役割を担っています。個別支援では、相談者が安心できる場所で相談支援を行います。そのため、積極的にアウトリーチを行い、相談者の指定する場所(馴染みのカフェやファミリーレストランなど)で支援を行うなど、相談者の環境を大切にします。支援者は相談者にとって「信頼に足る大人」として接していきます。徐々に支援者との関係を築き、草の根ささえあいプロジェクトとの繋がりのあるボランティアとの関わりを増やすなど、相談者と社会との繋がりを徐々に増やし、社会での経験を蓄積していきます。支援を通して、相談者に枯渇していた社会経験、人の優しさを充足させることで、相談者自身で社会を歩んでいけるように支援していきます。一人一人の相談者に寄り添う個別支援を実践されています。

b.日常の延長の場「Moi Moi」
子ども・若者総合相談センターでは、個別支援のほかに15歳~39歳くらいまでを対象とした居場所「Moi Moi」の運営をされています。Moi Moiは福祉や相談に繋がっていない若者の予防支援の場として位置づけられ、高校生や大学生などの本人の利用を想定されています。Moi Moiでは、学習の場、音楽活動の場、読書の場など様々な利用目的を想定した居場所づくりをされています。普段使いの出来る場に、頼りになる大人や仲間と出会うことで、相談のハードルを下げる工夫をしています。また、この場所は利用者にとって頼り甲斐のある大人が迎えてくれる「社会に巣立つ第一歩の場所」としての役割を果たしています。

(写真提供:草の根ささえあいプロジェクト)

c.相談のハードルを下げる工夫「SNS相談」
相談のハードルをより下げるために、支援機関の利用だけでなく、SNS相談も活用されています。相談支援機関の利用に辿り着けない人を減らすための取り組みとして、SNS相談が活用されています。

③ 社会活動 -穴に落ちた人たちを支える地域づくりに向けたアクション-

社会的孤立に苦しむ人々の支援において、法人のみの活動では限界があることを知り、地域づくりにも取り組まれています。また、支援者がやがて地域に巣立っていくとき、安心して帰ることの出来る地域を実現するために、様々な地域づくりのアクションが展開されています。

以下に草の根ささえあいプロジェクトが実践されている地域づくりの例を挙げさせて頂きます。

a.ボランティアバンク「よりそいサポーター」の設立
制度や支援の間を埋めるために、また、スタッフ以外の地域の人との関わりの裾野を広げるため、よりそいサポーターが約300名在籍しています。サポーターは特別なボランティア研修などを受けることはなく、自身の特技や特性を活かしたボランティア活動を実施されています。多くの人が草の根ささえあいプロジェクトのボランティアとなり力になろうとしてくれる背景には、ボランティアに対する理念があるとヒアリングを通して感じました。草の根ささえあいプロジェクトでは、ボランティア自身のままで相談者に関わってもらうことを大切にしています。ボランティア自身がありのままで関わることが出来るように相談者とのマッチングを行うコーディネーターの役割がとても重要です。

b.できることもちよりワークショップ
重複困難事例を参加者全員で共有し、解決に向けてひとりひとりの「できること」を書き出して、みんなで共有するワークショップです。前述したように、草の根ささえあいプロジェクトでは、個別支援の現場において、専門職のみならず、地域の様々なボランティアの力も活用した支援を実践しています。このワークショップは、草の根ささえあいプロジェクトのこれまでの実践から生まれたもので、何者でもない地域のひとりひとりが「できること」を持ち寄り、事例のケアに関わることを体験することが出来ます。専門職のみのケアではなく、地域の「できること」が持ち寄られることで、多様なケアの形が示されることを経験することができるワークショップです。

(写真提供:草の根ささえあいプロジェクト)

草の根ささえあいプロジェクトの取り組みから考える社会的処方の実践

相談者も支援者も「ありのまま」で向き合う

草の根ささえあいプロジェクトでは、相談者の支援を行う際、本人の個性や特性を変えるのではなく、環境を合わせることを大切にしています。また、ボランティアに対しても同様に、ボランティアの特性や個性を引き出していくことを大切にしています。相談者が環境に合わせることもなく、ボランティアが相談者に合わせることもない。互いに「ありのままの自分」として関わることを大切にしています。そして、相談者と支援者の個性や特性をコーディネートしていくことで相談者は社会への第一歩を歩み、支援者もまた能力を発揮した支援を実施することが出来ます。社会的処方において「人間中心性」が重要であるとされますが、それは相談者に対してだけでなくボランティアなど支援者にもまた同様の視点を持つことが重要かもしれません。

丁寧なつながりづくり

草の根ささえあいプロジェクトには、これまでの活動を通して出会った人や社会資源などをマッピングした表があります。しかし、その表から相談者の支援に合った社会資源を探し、繋げることはしません。相談者と支援者のつながりづくりはとても丁寧に行われます。相談者はどのような場面で力を発揮したいのか。また支援者はどのような場面で力を発揮したいのか。双方の想いを繋げることで、お互いが信頼できる関係を創り上げることを大切に支援をされています。

社会的処方の実践においても、相談者に合った社会資源を繋ぐことが想定されます。相談者のニーズに寄り添うことはもちろんですが、支援者のニーズにも寄り添うことが重要です。また、必要な人に「社会資源」を「処方」することが重要と思われがちですが、社会資源もまた、最小単位は人であり、ひとりひとりの人が集い活動が営まれています。繋ぐ役割を担うリンクワーカーは、「社会資源」を構成する人を大切に、相談者と支援者の双方を大切にした「処方」を心がけなければなりません。

時に依存される関係性も許容する

社会的孤立、引きこもりの状況にある相談者にとって、自身の部屋や環境に依存されている場合が多く、相談者が社会に踏み出していくには、環境を変化させていくことも必要です。そのためには、時に支援者に対し依存されることも重要であると代表の渡辺氏は話します。相談者にとって、支援者が「相談できる信頼に足る大人」として認識されることで、相談者は一歩を踏み出すことができると言います。

誰かに頼ることができる体験を通して、孤立の川を渡る手前、あるいは渡った先から戻ることが出来る。どのような状況に陥った人にも「可能性がある」と支援者が信じることが重要です。


(引用)草の根ささえあいプロジェクト ホームページ

さいごに

草の根ささえあいプロジェクトの始まりは、支援や制度の狭間の「穴に落ちた人たち」に手を差し伸べることから始まりました。

日々の診療や活動においても「分かっているけど、仕方がない・・・」と表現する出来事があるかもしれません。もしかすると、そのように表現をされた人は穴に落ちているのかもしれません。そんな時は、そっと穴の中を覗いてみませんか。特別な専門性も技術も必要ありません。あなたの「できること」を差し出すだけで、穴の中から抜け出す一歩になるかもしれません。

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この記事を書いた人

水谷祐哉

医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカー/みえ社会的処方研究所 代表/一般社団法人カルタス 理事  理学療法士として病院勤務後、自治体とともに暮らしの保健室設立に携わる。2020年より任意団体 「みえ社会的処方研究所」を運営し、地域資源を活用した社会的処方の実践をおこなっている。現在は、医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカーとして活動。自治体と共に社会的処方に関する研修の企画・運営にも取り組んでいる。

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