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MBA流!在宅医療組織における人材採用の秘訣 Part.1|医療法人おひさま会|荒 隆紀先生

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MBA流!在宅医療組織における人材採用の秘訣 Part.1

在宅医療を展開する組織において、事業拡大のためには採用活動が必須になります。
しかし、院長や管理者・事務長などの経営サイドが人材採用について頭を悩ませていることが多いと聞きます。今回は、医療法人おひさま会 兼 リフレクデザイン合同会社 荒 隆紀先生に「実践的な在宅医療の人材採用の秘訣」についてシリーズで解説していただきます。

講師

荒 隆紀先生

2012年新潟大学卒業。洛和会音羽病院で初期研修後、同病院呼吸器内科後期研修を経て、関西家庭医療学センター家庭医療学専門医コースを修了。家庭医療専門医へ。「医療をシンプルにデザインして、人々の生き方サポーターになる」を志とし、医療介護福祉領域の人材育成パートナーとなるべく起業。MBA・MFA・産業医の資格を取得後、現在は医療介護福祉企業に対する領域横断的なコンサルタント活動に従事。その内容として、近畿圏で大規模在宅医療を展開する医療法人おひさま会の人材育成/教育開発、保育園の労働安全衛生や医療相談など幅広い活動に従事している。著書:「京都ERポケットブック」「在宅医療ケアのための手技・デバイスマニュアル 」(医学書院)、「在宅医療コア ガイドブック」、(中外医学社)

そもそも採用とは何か?なぜ重要なのか?

経営学の書物を紐解くと、「採用とは、企業が直接雇用する労働者を外部労働市場から募集・選考し、労働契約を結ぶこと」(今野浩一郎・佐藤博樹(2020) マネジメント・テキスト 人事管理入門(第3版).日本経済新聞出版社.)」と定義されています。

 ですが、私なりに経営者の目線で採用を表現すると、「採用とは、同じ目標に向かって、共に働くことができる”仲間”を探すこと」だと考えています。

 これはもともと、「会社」の語源がラテン語の「com(共に)」と「panis(パンを食べる)」に仲間を表す「-y」が合わさって「一緒にパンを食べる仲間」という意味から由来していることに由来します。もちろん、会社は食事を一緒にしていればよいわけではなく、協働してビジネスを展開していく必要がありますが、この”仲間”という言葉は1つのキーワードになると思います。

また、「採用」というのは企業の人事活動において最も重要な活動です。
その理由として下記の3つがあります。
(1)企業活動上、避けられない
 組織というのは生き物です。常識から考えると、創業メンバーが未来永劫一つの組織に属することはありません。従業員自身のキャリア志向の変化、健康問題、家族の問題など様々な変化によって必ず一定の出入りは発生します。これはどんな小規模の組織でも起こりうることです。ですから、採用活動を回避することはほとんどの組織では避けられません。

(2)人は大人になるほどに変化しにくくなる
 「採用」に加え、人事活動には「配置」「育成」「評価」「報酬」「代謝(退職)」の合計6種類がありますが、相対的に「採用」が最も重要と言えるでしょう。
 なぜかというと、人間の能力には「臨界期(ある年齢を超えると容易に獲得できなくなる時期)」が一定存在するからです。そのため、優秀な人材を採用できなければ、他の人事活動として、配置を工夫したり、育成したり、評価や報酬でモチベートしていくことになりますが、その多くが期待した結果を得られず徒労に終わります。逆に、良い人材を採用することができれば、能力を発揮する適切な場を与えるだけで人は勝手にパフォーマンスや成果を出すものです。

(3)採用人材を能力不十分を理由に退職させることはできない
 日本の労働市場では、相対的に勤務成績が低位にあり続けることだけでは解雇の正当事由(労働契約法16条)として認められません。(その意味でも、採用人材の質を見極めることからも逃げられません。)

採用活動を行う上で押さえるべき論点

では、採用活動を行う上で考えなければならない論点にはどのようなものがあるでしょうか。
概ね以下の4つになります。
 ①採用計画をどう立てるか?
 ②求める人材像をどう設定するのか?
 ③どのように自施設をアピールし、集めてくるのか?(採用マーケティングやスケジューリング)
 ④どのメンバーで採用し、選抜基準とその方法をどう設定するのか?
今回のシリーズでは、採用マーケティング部分を省略した①、②、④について詳しく解説していきたいと思います。

採用計画の立て方

企業では「要員計画」を実現する一つの手段として「採用計画」を立てます。

要員計画とは、「一定期間において必要な人員を確保するための計画」です。ただし、要員を確保する手段は「採用」だけではありません。他に、「育成」「配置」「外部委託」などの選択肢があります。
このうち、最もコストがかからないのが「配置転換」です。次にコストが抑えられるのは「育成」ですが、こちらは時間がかかり即効性はありません。外部の要員に業務を委託する外部委託は、一般に表面上のコストが膨らみます。ただし、繁閑の差異が激しい業務などでは、中長期的にはコストが抑えられる可能性もあります。(図1参照)

図1↓

また、コスト面だけでなく、自身の事業特性を考慮して、コアコンピタンスとなる大事な業務であれば外注するのではなく内製化を目指す必要もあるでしょう。
「人が足りない!じゃ、採用だ」と短絡的に考えるのではなく、しっかり考えて要員確保手段を選択する必要があります。

では、具体的にどのように採用計画を立てればいいのでしょうか?

一般に要員管理の世界では、計画立案のアプローチはマクロ的算定方式とミクロ的算定方式の2つに分かれます。
 マクロ的算定方式とは経営計画や利益計画といった企業の戦略に基づいて、要員を人件費と採算という財務面から算定する方式のことで、別名をトップダウン方式と言います。
 どの程度の人員数なら、総額人件費として許容できるのかが算定基準になっています。この許容の根拠として用いられる指標には、 売上高、損益分岐点、人件費率、労働分配率などがあります。そして総人件費から算定された総人員数を各部門や階層に振り分けることで、実際の職場に人員が配置されていきます。
 労働分配率は特に重要な指標です。労働分配率とは付加価値の中での人件費が占める割合を指します。
 令和元年の健康保険組合連合会の調査でも、一般病院の労働分配率は70%超となっており、生み出した付加価値の7割超が人件費に充てられている状況にある(H30年度)と言われています。これが一定の目安になるでしょう。ここから、例えば年収500-600万円の看護師の人件費1人を賄うのには概ね2000-3000万円の売り上げが必要だということもわかります。(健康保険組合連合会,第22回医療経済実態調査 結果報告に関する分析より,令和元年11月27日, https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000571267.pdf)
 
 一方、ミクロ的算定方式とは、職務分析をもとにして職務別要員を検討し、各部門や職務、階層別に必要となる人員数を算出したり、実際のオペレーション上の業務量を考慮して適正な人員数を算出する方式のことで、別名をボトムアップ方式といいます。
 例えば、このアプローチに則って、在宅医療を展開する医療法人での必要医師数を算出する場面を考えてみましょう。
 思考実験として、ある医療法人をモデルケースとして考えてみます。この医療法人への新規患者依頼は創業の最初の月は1人、以降3ヶ月ごとに2人,3人,4人と徐々に増えていって20人でプラトーになるとします。患者さんの死亡あるいは転居などの医学管理打ち切りが毎月全患者のうち2%発生し、医師は1人で最大100人の患者までしか対応できないとすると、12年後に医師数はトータル10人程度必要になり、これは組織規模が大きくなるほどに毎年複数人の医師を増やし続ける必要があることがわかります。(Excelを用いて簡単に導き出すことができます)

 このミクロ的算定方式で注意すべきは、現場の要求に対して、考えなしにボトムアップ式「採用」に踏み切ってしまう経営判断です。

 経験上、業績の良し悪しに関わらず、現場スタッフからは常に「人が足りないので採用してほしい」という依頼があがってくるものです。これに対して安易に増員に踏み切れば、業績が下降した時には人が余って経営を圧迫します。一方で、無視して増員しないままでいると、業績が良い場合は更なる業績向上の機会損失になりますし、業績が悪いときは人員不足の言い訳にされ、どちらの場合も現場の不平不満は増加します。
 このように、経営陣は常にジレンマを抱えるわけですが、短期的な現場の仕事の増減によって要員管理が振り回されないために、要員の適正さの判断軸として、現場の業務の処理状況をしっかり把握しておく必要があるのです。例えば、職種ごとの全業務量(=全業務項目×項目別の業務標準時間)を一人当たりの労働時間で割れば、要員の適正さを数値化することができ、これに基づいて要不要の判断の対話ができます。現場の業務の2-3割には「ムリ・ムダ・ムラ」が眠っているものです。これは現場を知らない採用担当者などがよくやりがちな落とし穴だと思います。

図2↓

 
 また、理想的な人材ポートフォリオを実現するには、採用と代謝(退職)をセットで考える必要があります
 ある企業が「毎年全体の5%にあたる人員が新規入社し、5%が退職する」と想定すると、その企業のスタッフが「定年まで居続ける」人ばかりだと、どうなるでしょうか?人員が溢れてどこかのタイミングでリストラが必要になります。しかも、組織に残りたいと思っている人達を無理やり切れば、当然ながら組織は疲弊し、残った人のモチベーションも落ちます。ひいては、事業活動のエネルギーが失われ、組織は衰退していってしまうのです。
 そのため、自社にとって適切な代謝(退職率)を意識しておくことは非常に重要です。例えば、リクルートでは、退職率は概ね8%程度に調整していると言われています。退職率によって、期待継続勤務年数が算出できますが、退職率が8%だと平均予想勤続年数は11.4年と計算されます。これだと、ちょうど新卒で採用した人が10年ほど勤め30代頃になった時に所属部門のトップになるように調整することができます。リクルートではさらに、自然な退職率維持のために、「フレックス定年=38歳から定年が選べる」や「イオ制度=同じ業務を、社員ではなく独立して業務委託としてやり続けられる」など、退職や独立を促す制度を昔から導入しています。こうして、意図的に組織が目指す理想的な人員構成を構築しているのです。(もちろん、実際の離職時勤続年数が期待勤続年数を超えていなければ、辞め過ぎていて、人材投資に見合っていない状態と言えます)
 自分が手塩にかけて育てたり、調達してきた人材が退職するのを必要以上に嫌がる経営者がいますがそれがナンセンスであることがこのことからもわかるのではないでしょうか。

求める人材の詳細化

 (1)で立てた目標に対して、いつまでに(時期)どのような人材(質)がどれだけ(量)必要か、を細かく計画していくことになります。その時に重要なのが求める人材の資質要件を決めることです。
 しかし、「物腰も穏やかで、コミュニケーション能力が高く、⚪︎⚪︎専門医も保有していて臨床判断も的確。決して怒らず、経営への造詣も深くて、いざという時は強いリーダーシップを発揮してくれる、そんな医師が欲しい!!」と思っても、すべてを兼ね揃えた人材など、世の中にはいません。(婚活市場と同じです)
  必要な要件を盛り込み過ぎると対象者が限定され過ぎて、採用の自由度を狭めます。そもそも在宅医療に関心のある人材は市場において希少価値が高いため、最悪の場合は候補者がいなくなってしまうかもしれません。

 実は、求める人材像の詳細化に際して、まず考えるべきは「絶対不採用基準」を決めることです。財務や給与計算とは異なり、個人的な背景や主観が投影されやすい「人材要件」は特にブレが大きくなります。ですから、あえて「どんなにハイスペックであっても、こういう人材は採用しないようにしよう」という基準を事前に決めておくことが大切になるのです。こうした基準は特に、とにかく人手が欲しいと思う欠員補充採用時に”防波堤”の役割を果たしてくれます。
 例えば、私が人事をしていたときは「履歴書の不備が目立つ人」と「特別な理由がなく面接に遅刻する人」「面接時に条件の質問のみする人」はどんなに能力が高くみえても不採用とすることにしていました。
 人が欲しいから「基準を下げて妥協する」のではなく、人が欲しいからこそ「絶対的基準を示し、それに共感しない人は要らない」という姿勢を貫いていくこともまた要求されるのです。
 絶対不採用基準を決めてから詳細の人材要件を考えていきます。これには、自社の事業に応じた求める理想人材像をイメージしたり、自社で成果を上げている人材を分析し、彼らが持つ能力や性格や志向を抽出することで、求める人材像を導き出します。こうして設定された人材像は、そのまま採用サイトのコンテンツを作成したり、採用マーケティングをする際のペルソナとして用いたりすることにも活用されていきます。当法人ではこうした人材要件の詳細を学習到達度を示す評価基準であるルーブリックという形で明示化していました。
 
以上、今回は、採用のそもそも論から採用計画の立て方、求める人材像の詳細化について解説しました。
次回は、実際の選抜方法や基準の検討と具体的な面接方法についてお届けします。

参考文献

・今野浩一郎・佐藤博樹(2020) マネジメント・テキスト 人事管理入門(第3版).日本経済新聞出版社.
・健康保険組合連合会(2019),第22回医療経済実態調査 結果報告に関する分析より,令和元年11月27日, https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000571267.pdf)
・曽和利光(2018),人事と採用のセオリー,ソシム.

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この記事を書いた人

荒 隆紀

医療法人おひさま会 CHRO(最高人事責任者)。2012年新潟大学卒業。洛和会音羽病院で初期研修後、同病院呼吸器内科後期研修を経て、関西家庭医療学センター家庭医療学専門医コースを修了。家庭医療専門医へ。「医療をシンプルにデザインして、人々の生き方サポーターになる」を志とし、医療介護福祉領域の人材育成パートナーとなるべく起業。その他、関西で在宅医療を展開する医療法人おひさま会の管理医師・人事責任者として法人全体の人材育成/組織開発をしながら、新潟大学総合診療研修センターの非常勤講師として医学生教育にも従事している。著書:「京都ERポケットブック」(医学書院)、「在宅医療コアガイドブック」(中外医学社)

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