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在宅医療専門の運営コンサルタント・林達朗氏に、訪問診療クリニックにおける「事務長」の必要性と、育成・確保のポイントについて伺いました。
これからクリニック開業を考えている先生方、あるいは開業して間もない院長に向けて、クリニックの成長に欠かせない「事務長」の役割と、人材確保・育成のポイントをお話いただきました。
合同会社エイチコンサル 代表
林 達朗 氏
北海道釧路市出身。大学卒業後、医療事務として病院勤務。その後は、鍼灸師・パソコン学校/医療事務講師を経て、30歳で訪問診療に出会う。事務長等役職を歴任し、40歳で合同会社エイチコンサルを起業。20以上の医療機関/株式会社と業務提携。医療事務20年・訪問診療10年の経験から、あらゆる運営の困りごとを解決=訪問診療の世界平和を目指しています。
なぜ「事務長」が必要なのか?
ー事務長不在であることがどのようなリスクになるのでしょうか。
クリニックが成長していく過程で、多くの院長が「組織マネジメントの壁」という課題に直面します 。特に、開業後1年未満で初期メンバーが辞めてしまうケースは少なくありません。その主な原因は、院長のマネジメント経験不足による、人間関係のケアや経営リテラシーが欠落する傾向にあるためです。
事務長が不在のままクリニックが拡大すると、以下のような問題が生じるリスクがあります。
- スタッフの離職
院長が診療で不在の時間が増えると、スタッフ間の人間関係の問題が発生しやすくなります。 - 院長の疲弊
診療に加えて、労務、税務、庶務といったあらゆる業務を院長一人が担うことになり、疲弊してしまいます。 - 医療の質の低下
院長がマネジメントに追われることで、本来の役割である診療に集中できなくなり、医療の質にも影響を及ぼす可能性があります。
患者数が100人、あるいはスタッフが院長を含めて5人を超えたあたりが、事務長を置くべき一つのタイミングだと考えます。
訪問診療クリニックにおける事務長の役割
ー訪問診療クリニックにおいて事務長にはどのような役割が求められるのでしょうか。
訪問診療クリニックにおける事務長は、「医療事務」を深く理解し、誰よりも精通していること・現場対応力があることが求められます。訪問診療の事務長には、外来クリニックと比較しても、より実務的で現場密着型の感覚が求められます。
事務長のコアとなる業務は以下の通りです。
- 診療に関する全ての事務業務
レセプト関連業務はもちろん、訪問診療に関わるすべての事務業務を幅広くこなせることが求められます。 - 組織づくり
院長の理念や方針を理解し、それを具体的な形にしていくことが事務長の重要な役割です。多くの患者を受け入れられる組織を構築するため、採用や教育なども行います。 - ネットワーク構築
ケアマネジャーや訪問看護ステーションなど、地域でのネットワークを形成することも、事務長の重要な業務です。
労務や税務の基本的な知識は必要ですが、実務の専門的な対応は税理士や社労士といった専門家に任せることができるため、事務長が全てを抱える必要はありません。
医療事務の理解・組織作り・ネットワーク構築こそが、事務長の本質的な役割であり、クリニック運営の中核を支える部分です。
誰を「事務長」にすべきか?
ー事務長はどのように採用すべきでしょうか?
事務長候補としては、「内部昇格」と「外部採用」の2つの選択肢が考えられます。
- 内部昇格
既存スタッフの中から、気配りができ、主体的に行動できる人を見極めることが大切です。医療事務の経験は必須ではなく、人柄やコミュニケーション能力を重視し、専門知識は後から教育していく方が成功しやすい傾向にあります。 - 外部採用
訪問診療の経験者を外部から採用する場合は、組織との相性を慎重に見極めることが重要です。訪問診療分野での事務長経験のある人材は限られているため、採用には時間がかかるケースも少なくありません。
異業種からの採用も有効な選択肢の一つです。例えば、営業職の経験者はストレス耐性やコミュニケーションスキルに優れているだけでなく、未知の分野への学習意欲が高いケースも多く、医療や医療事務といった新しい知識の吸収にも前向きです。結果として、医療業界の文化や業務にも比較的早く適応しやすい傾向があります。
「事務長」をどう育てるか?
ー事務長育成のポイントについて教えてください。
院長が事務長育成を全て担うのは現実的ではありません。
育成は、事務経験者や管理職経験者が担うのが理想的です。というのも、マネジメントや組織運営には、医師である院長自身が経験してこなかった領域も多く含まれるためです。そうした分野を理解している人材が関わることで、より実践的で効果的な育成が可能になります。組織にそのような育成できる人材がいない場合は外部のコンサルタントに相談するのも一つの方法です。
育成のロードマップとしては、以下のステップが考えられます。
- 医療事務の習得
まずは、経営の根幹である医療事務の知識を徹底的に学びます。私が指導した経験では、早い人で半年、通常は1年程度でおおよその知識を習得しています。 - 現場での信頼関係構築
院長との訪問診療に同行する、挨拶回りをするなどして、患者やその家族、地域の多職種スタッフと顔の見える関係を築きます。「医師より声をかけられる事務長」を目指すことが一つの目標です。 - ネットワーク形成とスキルアップ
地域のネットワークを広げると同時に、事務長としてのスキルを磨いていきます。
院長が注意すべきは、「細かく口を出しすぎないこと」。
理念や方針といった大枠を示し、具体的な実行は事務長に任せることが重要です。この姿勢が成長を促すポイントであり、信頼関係と自立を育てます。
ー事務長のパフォーマンスを評価するにはどのような指標を立てるとよいでしょうか?
事務長の働きを評価するには、「数値だけでは測れない部分」にも目を向けることが大切です。訪問診療クリニックでは、次の3つの観点も評価の指標として押さえておくとよいでしょう。
- 地域ネットワークの構築力
ケアマネジャーや訪問看護ステーション、施設など、地域の関係者と自発的に関係を築けるかどうかは、事務長の大きな強みとなります。院長に頼らずにネットワークを形成できる事務長は、クリニック運営を支える「最強の右腕」といえるでしょう。 - 現場対応力(現場力)
スタッフや患者、家族とのやり取りの中で、柔軟に問題を解決できる力が求められます。現場の課題に気づき、先回りして細やかに行動できるかどうかが評価のポイントです。 - 医療事務スキル
レセプト業務をはじめとする医療事務スキルは、クリニック経営の根幹を支える基礎力です。事務処理の質や業務改善への提案力も評価に加えるとよいでしょう。
院長と事務長の理想的な関係
ー院長と事務長はどのような関係でいることが理想的でしょうか?
院長はまず理念や方針を示す、そして最終的な意思決定者として大きな決断を下すことに集中し、日々の業務の執行は事務長に任せるという関係が理想的です。このためには院長のマインドセットも重要です。
外部サービスという選択肢 ― 事務長派遣・代行の活用法
近年、事務長を直接雇用せずに「事務長派遣」や「事務業務代行」といった外部サービスを活用するクリニックが増えています。
特に開業初期のクリニックでは、すぐに経験豊富な人材を確保することが難しいため、こうしたサービスを活用するケースが目立ちます。立ち上げ期においては、こうした外部リソースを上手に使うことが、現実的な選択肢になるケースが多いでしょう。
ー外部サービスを利用するメリット・デメリットを教えてください。
メリット:
- 即戦力を確保できる
育成に時間をかけることなく、経験豊富な人材をすぐに現場に投入できます。 - コストを抑えて開業できる
事務長を正社員として雇用する場合、年収500万円が目安となることも多く、社会保険料や福利厚生の負担も加味すると600~700万円の費用となります。これは開業初期には大きな負担です。派遣・代行サービスであれば、必要な業務に限定して依頼できるため、採用と比較して費用を抑えられる点も魅力です。
デメリット:
- 長期的なコスト増の可能性
継続的に依頼すると、結果的に自前で採用するより費用がかさむこともあります。 - 内部スタッフの育成機会が減る
現場スタッフが組織マネジメントに関わる経験が少なくなり、内部に頼れる次世代の事務リーダーが育ちにくくなる点に注意が必要です。
外部サービスにすべて任せるのではなく、“共に業務を進めてもらう”という姿勢が重要です。現場のスタッフと並走しながら仕組みを整えることで、クリニック自体の成長につながります。
外部の力を借りながらも、自院の中で「主体的に経営を進める姿勢」を忘れないこと。
それが、事務長派遣・代行サービスを最大限に活かすための鍵だといえるでしょう。
ー外部サービスを選ぶ際のポイントは?
事務長派遣や代行サービスを選ぶ際に重要なのは、単にスキルだけでなくクリニックとの相性や対応力です。たとえば、連絡が迅速に来るか、疑問や問題に対して速やかに対応してくれるかといった点は、日々の運営をスムーズに進める上で非常に大切です。
また、クリニックとして何を求めるかを明確にしておくことも重要です。単なる作業の代行だけでなく、レセプト業務の改善やスタッフ教育、組織運営のサポートなど、具体的な役割を共有することで、派遣事務長や代行サービスとより良い関係を築くことができます。
院長先生へのメッセージ
ー最後に、事務長の必要性を感じつつも、一歩を踏み出せずにいる院長先生方へ、メッセージをお願いします。
どのクリニックも、やることは同じです。他のクリニックで出来ているのですから、あなたのクリニックに出来ないことはありません。
スタッフの離職や予期せぬトラブル、経営上の課題があっても、院長先生ご自身が健康でさえあれば、クリニックは何度でも立て直すことができます。
まとめ
事務長は「経営の右腕」であると同時に、「現場を支える伴走者」です。
信頼できる事務長とともに歩むことで、院長が診療に専念でき、スタッフも安心して働ける環境が生まれます。
クリニックの成長は、院長一人の努力ではなく、「チームでつくるもの」。
人材確保や育成に悩むときこそ、「院長がすべてを背負わない仕組みづくり」を意識してみてください。









