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社会的処方の実践者|孫大輔 さん|文化が人を繋ぐ

  • #地域連携
社会的処方の実践者|孫大輔 医師|文化が人を繋ぐ

社会的処方の実践者を紹介する本稿では、鳥取県大山町を拠点に活動している医師 孫大輔さんを紹介したいと思います。孫さんは、鳥取大学地域医療学講座にて地域医療を教える一方で、暮らしの保健室の実践、おせっかい人と呼ばれるリンクワーカーの育成、映画制作など多岐に渡る活動を実践されています。また、「文化的処方」の第一人者でもあります。今回は、孫さんがなぜ地域に関心をもっているのか、なぜ「文化」に着目し、文化的処方に取り組んでいるのかを中心に、社会的処方の実践におけるヒントを考えていきたいと思います。



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著者

水谷 祐哉

医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカー
みえ社会的処方研究所 代表
一般社団法人カルタス 理事

理学療法士として病院勤務後、自治体とともに暮らしの保健室設立に携わる。2020年より任意団体 「みえ社会的処方研究所」を運営し、地域資源を活用した社会的処方の実践をおこなっている。現在は、医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカーとして活動。自治体と共に社会的処方に関する研修の企画・運営にも取り組んでいる。

医師としてのキャリアの始まり

腎臓内科医として始まった医者としての道のり

医師を志し、腎臓内科医となった孫さんは、血液透析を必要とする患者を担当する際に「人間全体を診ることの大切さ」を感じたことをきっかけに、様々な取り組みを実践されています。腎不全となり、血液透析が必要となった患者にとって、身体機能の回復が望めない患者も多くいらっしゃいますが、このような患者と接する中で、臓器のみで患者の健康を捉えるのではなく、全人的に評価する必要性を感じたことがきっかけでした。このような臨床経験から、患者を一人の「人」として捉え、より全人的に捉えることの重要性を感じ、家庭医を目指し、社会的処方を実践されています。

「人」を診ることが出来る医師になるために選択した「家庭医」という道

全人的な医療を学ぶために孫さんは家庭医の道を選択しました。家庭医では病気を単なる生物学的な問題としてとらえるのではなく生物、心理的、社会的背景も重要な要因としてとらえるBPSモデルという視点で患者の状態を捉えます。BPSとは、Bio(生物)Psycho(心理) Social(社会)の頭文字をとったもので、生物心理 社会モデルとも呼ばれています。
 また、患者の健康を守るだけでなく地域全体の健康を考える「地域志向アプローチ」も重要とされています。患者の健康は生物学的な健康だけでなく、心理面や環境面の健康も同時に考えていくことで、孫さんは地域にも関心を持たれるようになりました。

白衣を脱いで町で創り出す「対話の場づくり」

孫さんは、これまで東京を中心に活動をされ、現在は鳥取県大山町を中心に様々な活動を展開されています。今回はいくつかの活動事例をご紹介いたします。

谷根千まちばで健康プロジェクト 1)

東京都谷根千を舞台に2016年より始まったプロジェクトでは、谷根千にある銭湯や寺社、映画館など、その地域に根付いた文化や活動がソーシャルキャピタルとして人々の健康やウェルビーイングに影響を与えていることを明らかとしました。例として、銭湯は地域住民のゆるいつながりを育み、住民のウェルビーイングにも大きな役割を担っていることが明らかとなり、人々のゆるい対話の場と繋がりを育む場の重要性を明らかとしています。2)

おせっかい人育成講座(大山町)

大山町では、一般社団法人コミュニティウェルビーイング研究所を設立され、地域の⼈々の暮らしに近いところで、健康や福祉に関する相談に乗り、適切な専⾨家につないだり、伴走的に⽀援する⼈である「おせっかい人育成講座」を実施しています。3)おせっかい人は、大山町内の様々な場所で活躍しています。例として、町内のスーパーや空き家を活用し、「暮らしの保健室」を実施しています。暮らしの保健室とは、地域住民の健康に関する相談や、集まった人同士で交流を楽しむ場所です。このようにおせっかい人は住民とほどよい距離感での対話の場づくりを行い、地域全体のウェルビーイングの向上や孤立・孤独の予防に繋がっています。

健康やウェルビーイングに影響を与える「文化的処方」

孫さんは、「まちけん」での取り組みなどから、それぞれの地域の文化活動が人々の健康やウェルビーイングに良い影響を与えていることを知り、文化活動の重要性を「文化的処方」という言葉を通して発信をしています。孫さんは、医療がもっと文化活動との関わりを持った上で社会資源に目を向けていくこと、またその繋がりを強調する意味で「文化的処方」と表現しています。4)

文化的処方を考える上で大切なこと

「まちけん」での取り組みを通して、谷根千に根付く銭湯文化、落語会や市民主催のお祭りや映画会などが数多く開催されており、その地域に根づく文化活動を知り、地域住民の健康やウェルビーイングにどのような影響を与えるかを知ることが重要であると言えます。

映画を通した文化的処方

孫さんの文化的処方の取り組みの一つとして「映画」があります。活動の拠点を東京から鳥取県大山町に移した後、看取りをテーマとした「うちげでいきたい」5)、うつ病をテーマにした「どうして空は青いのか」6)などの映画が制作されました。映画上映会は公民館などで上映され、地域住民との交流の機会を創出しています。映画を通して、これまで地域では語り合うことが難しかった精神疾患に関する想いなどを表現するきっかけにもなっているそうです。また看取りについてなど、医療者にとっては日常の出来事かもしれませんが、地域住民にとっては非日常の出来事と言えます。このように映画が対話の場づくりに繋がったり、医療と地域の垣根を下げるきっかけになっているのです。

社会的処方の現在地

社会的処方の現在地

孫さんは日常診療において「社会的処方には実践上の難しさを感じる」と仰います。診療の場面で社会的な困難を抱えた患者のアプローチとしてまずは介護保険サービスなど公的サービスの利用に繋げることが多いと言います。一方で、暮らしの保健室でのアプローチは、地域で困りごと抱えている人に出会ったとき、あるいは認知症状などがあり日常生活で困りごとがあるければ診断はされていない住民さんなどは、暮らしの保健室や地域のサークル活動に繋がることも増えているそうです。社会的処方の実践は、暮らしの保健室にいらっしゃる「おせっかい人」が困りごとを抱えた人をキャッチし地域の集いの場を紹介したり、伴走的に関わることが増えているそうです。
 社会的処方は英国の取り組みを参考にしていますが英国の仕組みそのままに実装することは難しく、地域性に合った取り組みにしていく必要があると言えるかもしれません。

社会的処方の本質

社会的処方という概念が注目され、地域に出て活動を行う医療者が増えてきました。一方で、医師のみならず多くの医療者は病院や施設等、地域に実際に足を運ぶことが難しいのが現状です。しかし、孫さんは、「地域に出る」ということを、物理的に地域を感じることが全てでは無いと仰います。地域を社会的なネットワークや家族環境など、人間の健康を心身のみで限定して見るのではなく、社会との繋がりや家族環境など、患者の取り巻く環境まで診ること、すなわち「越境性」の重要性を訴えています。医療という枠組みで患者の心身を捉えることはもちろん、医療者自身が「医療」という枠組みを越境し、より包括的に患者を診ることが、社会的処方の本質と言えるのかもしれません。

孫さんが大切にする「対話する医療」

医療分野におけるAIは日進月歩に進化していますが、孫さんは哲学の視点が重要であると仰います。AIの活躍の幅が広がるにつれ、問題の解決はよりスピーディにかつ正確に進むことが予想されます。一方で、AIが導き出した解を「疑う能力」が重要であるとも言われています。医療は限られた時間の中で、「正しい解」を迅速に見つけることが重要とされてきました。一方で、社会的に困難な状況にある患者、死を目の前にする患者やその家族に対し、「正しい解」を見つけることは対話を無くしてできません。

 医療の役割は「正しい解」を迅速に見つけることだけでなく、「確実な答えが見つからない状況に共に耐える」ことも重要な役割と孫さんは考えています。「確実な答えが出ない問題について考え続ける能力」をネガティブ・ケイパビリティと呼ばれ7)、孫さんは、哲学を医学教育に取り入れることで、ネガティブケイパビリティを養い、「対話する医療」の実践を目指しています。8)

さいごに

社会的処方の取り組みとして、地域での実践者を多く取り上げてきました。一方で、時間的な制約などで地域に出ることが難しい人にとっては社会的処方を実践することが難しいと感じる人もいらっしゃるかもしれません。しかし、孫さんのお話を通して、診療の場面において、患者の暮らしや社会背景、暮らしている地域の情報を把握し、医療という枠を「越境」することが何よりも重要ではないかと感じました。患者の暮らす町を知るために町に飛び出すことも重要な取り組みですが、患者との対話を通して患者の暮らしや地域の文化に想像を巡らせていくこともまた地域での実践と言えると思います。対話を大切にし患者のみならず地域との対話を大切にする医療者がこれからの医療を支えるのではないかと思います。

1)https://www.ynsmachiken.net/
2)孫大輔 , 人々の「健康」をいかに支えるか—銭湯と地域住民の健康の関係—日赤看会誌  
   J Jpn Red Cross Soc Nurs Sci Vol.20, No.1, pp.152–156, 2020
3)一般社団法人コミュニティウェルビーイング研究所 https://cwellbeinglab.com/
4)健康プロジェクト(まちけん)代表・孫大輔(Artpoint Meeting #09 レポート後篇)https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/blog/41939/?fbclid=IwAR0EZNMqz2o0SXKnbj2QaufppJMlMVJsCXwNNzUYzrrzAgJyOIhH-Crt2k4
5)うちげでいきたい:https://daisen100movie.wixsite.com/daisen-uchige
6)どうして空は青いのか:https://www.youtube.com/watch?v=WGhBtz_K0jU
7)帚木蓬生著, ネガティブ・ケイパビリティ,朝日新聞出版
8)そんそんずアカデミー:https://www.youtube.com/@SonsonsAcademy2020


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水谷祐哉

医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカー/みえ社会的処方研究所 代表/一般社団法人カルタス 理事  理学療法士として病院勤務後、自治体とともに暮らしの保健室設立に携わる。2020年より任意団体 「みえ社会的処方研究所」を運営し、地域資源を活用した社会的処方の実践をおこなっている。現在は、医療法人橋本胃腸科内科 はしもと総合診療クリニック リンクワーカーとして活動。自治体と共に社会的処方に関する研修の企画・運営にも取り組んでいる。

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