高齢者ケアのあり方を「できること」から実践する|デンマーク在住高齢者施設勤務|ラワーセンいつみさん
デンマーク在住、高齢者施設に公務員の介護職として勤務されているラワーセンいつみさんに、デンマークの高齢者福祉と地域包括ケアについて伺いました。
「高福祉国家」といわれるデンマークの現状と理由や、地域包括ケアを推進していくための本質的な考え方について教えていただきました。
ラワーセンいつみ さん
デンマーク在住高齢者施設勤務
介護福祉士, 社会福祉士主事, 調理師
デンマーク在住18年。デンマークの公務員/介護職として高齢者センターで17年間勤務。
日本では、老人保健施設にて相談員及び介護士として6年間勤務。
後に、ホームホスピス宮崎『かあさんの家』の立ち上げに携わる。
デンマークが「高福祉国家」といわれる現状と理由
ーデンマークの高齢者ケアの特徴について教えてください。
高齢者のケアは、個別性を強く尊重します。私が勤めている高齢者住宅では、住人の朝食の時間は各自でバラバラです。みなさん、それぞれの時間に起床するからです。
私たちはみなさんが起きた時間に合わせて、朝食をお出ししています。お昼はみなさん同じ時間に食べますが、10時に起きて11時くらいに朝食をとる方でしたら、12時の昼食時におなかは空きませんよね。
そういう方は「置いておいて」とおっしゃいます。そのため、こちらも後で温めて食べていただくように対応していますね。
食べる場所も自由で、好きな所で食事しています。部屋で食べる人、ダイニングルームで食べる人と、それぞれです。
トイレの介助も同様です。「何時だから一斉にトイレへ誘導する」ということはしません。
ある程度決まった時間のトイレ誘導で排泄できる人は、パターン化して誘導することもありますが、みんながみんな同じ時間にトイレへ行くことはありません。
このように、デンマークでは個別性を尊重した対応をとっています。
ーデンマークの福祉制度は日本と比べてどのような違いがあるのでしょうか?
デンマークでは、ケアに携わる職員の数が充実しています。私の職場では、住人3人に対して日勤の介護士が常時1人つきます。夜勤は30人に対して2人です。
施設には30人の住人がいらっしゃって、看護師と作業療法士もいます。
これらは直接処遇をする職員だけの数で、掃除や調理などを担当する職員は別にいます。そのため、みなさんにしっかりと目が行き届く体制になっているんです。
看護師は配置しなければならないのですが、介護士には人員配置の基準が設けられていません。それでも職員の配置は手厚く、質の高いケアを提供できる環境が整っていると思います。
ー高齢者福祉の充実度はどの程度でしょうか?
医療や介護のサービスは、すべて国が負担してくれます。ただし、受けられるサービスの量や質に地域格差はあります。
デンマークは島が多いので、島に住んでいる人と都会の人とでは、同じサービスを受けられるかといえば、やはり難しいです。
なるべく統一したサービスを提供できるように政府は頑張っていますが、格差は出てしまいますね。日本でも離島にいけばドクターがほとんどいないように、デンマークもその点では同じです。
ー高福祉国家といわれるのはなぜでしょうか?
「デンマークは税金が高いから、高福祉国家で幸せなんでしょ?」とよく言われるのですが、ただ高い税金を払っているから高福祉というわけではありません。
医療や介護サービスを国が負担するのは、もちろん高い税金を払っているからです。給料の約48%が税金で、消費税は25%ですから。
でも、日本の消費税が10%から25%になったら、同じ社会サービスを受けられるでしょうか?高い税金=福祉国家では決してないと思います。日本の消費税が25%になったときに、私たちの日本は幸せな国(福祉国家)になれるのでしょうか?
デンマーク人は、高い税金を支払うという「義務」を果たしているので、何に使ったかを追いかける「権利」をもっています。そして国はこの税金を何に使ったかを提示する「義務」があります。この「政府と国民との信頼関係」があるからこそ、国民は高い税金を払っているのです。
そしてこの税金は「必要なところに必要なだけ」公平に使われているのです。
たとえば子供が5人いる家庭で、全員分の学費を政府が負担して医科大学に行かせたとします。だからといって、子供のいない人は別に文句を言いません。同じ税金を払っていてもです。
その理由は、困っているところや必要なところに、私たちの税金が使われることを国民がみな願っているからです。
「デンマークは世界一幸せな国」と言われますが、そこには国の歴史があります。デンマークは民主主義の国です。国民が何をどうしてほしいと国に望み、その望みを叶えてくれる政治家を自分たちで選挙を通して選んでいます。
この選挙権こそが私たち国民の「権利であり義務」となります。
そこを知っていただかないと、税金が高い=幸せと、誤解を生んでしまうのです。
デンマークの地域包括ケアの現状と課題
ーデンマークにおける地域包括ケアの概念と実際について教えてください。
地域包括ケアシステムを作ることが大切なのではありません。システムは後からついてくるものです。デンマーク人は「自分たちがどうありたいか、どうすれば幸せに暮らせるか」をみんな考えています。
政府も国民を守るために動き、その結果システムが作られるという考え方です。
日本では「どうやってシステムを作ろうか」を考えていると思います。その点で、日本とデンマークは違います。
ー地域包括ケアを推進するための具体的な施策は何でしょうか?
その人を「生活者として見て関わっていくこと」だと思います。何ができないかではなく、何ができるかをベースに考えるので、必要な支援だけすればいいんです。無駄なことはしません。
何らかの支援が必要な人を見ると「何ができないか」に目が向いてしまいます。すると「何が足りない、何ができない」から支援が始まろうとしてしまうんですよ。
これでは、やることがいっぱい出てきてしまいます。「人の生活はこうだから、こうあるべきだから」と決めつけがちです。
デンマークは、残存機能を活かした考え方がベースになっていて「何ができるか」から見ていきます。
たとえば、私の生活と他人の生活は違います。私は朝食をとらず、コーヒーだけ飲みます。
でも「こうあるべき一般の生活」の視点で見てしまうと、私は「朝食をとれない人」になってしまいます。
すると「どうすればこの人は朝食をとってくれるんだろう」と考えてしまいがちです。パンなら食べる?ご飯なら食べる?といったように。
そこに無駄なエネルギーを使ってしまいます。でも、私が朝食をとらないのは私の生活ですから。その人の生活なのです。
「この人はもともと食べない人だからね」でいいはずなのです。
生活を尊重し、その方の生活にあったケアを提供することが大事で、決してシステムありきではありません。
ー関係機関・職種間の連携はどのように行われていますか?
病院から退院し、在宅生活を再開するときの例をあげていきます。まず入院すると、日本でいうケアマネジャーのような方が、病院と市がもっている社会サービスを結ぶ大きな役割としてすぐに介入します。
退院する前から、どういう形で在宅生活を再開するのかを考え、関連職種と早期に動くのです。たとえばリフトが必要になりそうな方であれば、PTと情報共有します。どのようなリフトが必要なのかを検討し、ご本人が退院する前に福祉用具が導入されるのです。
退院時、ドクターからの処方による内服薬、ケアプランも同時に開始になります。退院したそのときから、その方の生活は始まります。
ー連携における課題はありますか?
チームの中に歯科医がいないことです。デンマークでは、18歳まで歯科受診が無料なのですが、そのあとは自費です。
そのため、18歳以降で意識的にメンテナンスする人としない人で差が生じ、高齢期になるとほとんど歯がない人もいます。
歯がないと食べる力は失われます。健康は食から始まると思うので、そこを保障してあげられないのがデンマークの弱い部分であり課題だと思います。
薬剤師もチームの中には入っていません。日本の薬は1回分ずつ小袋に入れてありますが、こちらは薬局から箱出しになった薬を看護師またはアシスタント(准看護師)が出します。ドクターの指示書をもとに、2週間分ずつケースにセットしていきますので、住人のところに残薬がたくさんある状況となります。
ここでの薬剤師の役割はドクターから処方された薬を出すことですので、ケアチームの中には入っていないのです。
デンマークの高齢者は高いQOLを維持している
ーデンマークの高齢者はどのような生活を送っていますか?
デンマークでは、年金生活は「第三の人生」と位置づけられています。高齢者はみな、どのように楽しんで生きようかと考えながら、第二の人生(生産期)を過ごしています。
みんな年金生活をエンジョイしていますね。旅行する人もけっこういます。
私の夫は定年後10年ほどになりますが、音楽を楽しんだり楽器を直したりして暮らしています。毎日10キロほど歩くことが日課で、よく歩いていますね。
本当に自分がやりたいことをやってますよ。老後を含む社会福祉がしっかりしているので、日本のように先を心配していません。
ー高齢者のQOL(生活の質)を高めるためにどのような取り組みが行われているのでしょうか?
高齢者自身が、自分たちが将来を楽しめる社会を作ってくれそうな政治家を選んでいます。手厚い年金や医療が基盤にありますが、それを作ったのは高齢者自身が政治家をちゃんと選んでいるからです。
自分たちがしっかり考えて、楽しめる社会を実現し、納得して暮らしています。
国全体を一人ひとりが力をもって動かしているので、そういった意味での社会参加もしっかりできていると思います。
日本の地域包括ケアの課題と展望
ー日本の地域包括ケアの課題と今後の展望についてどのように考えていますか?
「なぜそのケアをするのか」を大切に考えてほしいですね。これが日本の地域包括ケアの課題だと思っています。「プランで決まっているからやる」ではなく「なぜこのプランなのか」を考えてほしいです。
「手に麻痺があるから、ここにお茶碗を置く」というプランがあれば、その本質を考えてもらいたいということです。理解して、自分なりにアレンジできることが大切ですね。
たとえば、麻痺した腕を動かす練習をするためにお茶碗の置き場所が決まっているのなら、「腕を動かす練習」ができればどこに置いてもいいですよね。
「ここにお茶碗を置く理由」がわかり、本質をとらえていれば、プランの文言どおりの場所に置かずともよいのです。いくらでもアレンジできます。別に、右と書いてあれば右、左と書いてあれば左に置かなくてもよいのです。
そこをしっかり考え、ディスカッションすることが大切ですね。
そして、システム作りを目的にしてしまうのはよくないと思います。「デンマークはどんなシステムですか?」と聞かれますが、ポイントはそこではありません。
システムは結果的にできたもので、なぜできたのかを考えなければいけないと思います。
繰り返しになりますが、日本人は「ここにお茶碗を置きましょう」というプランができたら、もうみんなそこにしか置かないんですよ。それがケアプランだと思っています。
「ケアプランに書かれているから」で済ましてしまう。「そういうシステムだから」という思考になってしまう。
ですので「なぜ?どうして?」を考えられる大人になれる教育が大切だと思います。言われるがままに動き「はい!はい!」と言うことを聞くのが良い子であるとみなされてしまうと、彼らは大人になって「どうしてそれをするのか」を考えなくなってしまうからです。
地域包括ケアも理由を考え、必要なことを実践していくことの積み重ねによって、結果的にできるものだと考えます。
ーデンマークの経験から、日本の地域包括ケアの推進にどのようなアドバイスができますか?
人のケアはいろいろな考え方があっていいということです。私たちは「1+1=2」を習います。でも、2にするためにはどうしたらいいかを考えると、いろいろな選択肢が出てきますよね。かけ算、わり算、引き算など、いっぱいあります。
そうやって「なぜ?どうして?」という視点で物事を見ていくと、2にするための選択肢が増えます。人のケアも同じで、いろいろな考え方があっていいんです。
人間はみんな個別性があり、ご飯の食べ方、飲み込み方、靴の履き方、それぞれ違います。
ケアマネジャーさんから認知症の方の相談があり「この方は自分で靴が履けない」と言われるんですよ。
でも、私はこの方が左から靴を履く習慣があることを知っています。左足から靴を入れると、自然に体が覚えて右も履けるんです。
そうすると、この人は靴を履けない人じゃなく「左からであれば履ける人」なんです。
「なぜ、どうして」の視点から「この人は何ができるか」がわかると、解決策が見えてくるんじゃないでしょうか。
そんなことを伝えていきたいと思います。